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魔法使いの誤算

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 砂漠の国ジニアの城内で、ヘザー達は客人として休ませてもらっていた。
 彼らがいる客室は、壁一面が黄色で統一されており、明るい暖色系のインテリアで彩られている。テーブルに足を乗せて行儀悪く座っているのは、勇者ライラックだ。

「ヘザーさんよ! もう寝る時間だって言っていたじゃんか。何か用?」
「いや、遅くに集まってもらってすまない。実は、大事な話を決めていなかったものでね」

 商人セルジャックは、日中とは違い元気になっていた。
 ヘザーの改まった言い方に嗅覚が働いたのか、いやらしい笑顔を見せている。

「何ですかいヘザーさん? 大事なことって、もしかしてお金の話ですかな?」
「お金のことではないよ。今回集まってもらったのは、明日の儀式で……誰が加護を受けるかということだ。君達も話を聞いていたと思うが、ヒロイックストーンは人を選ばないようだ。戦士の力を僧侶が得ても問題ないし、魔法使いの力を戦士が得てもよろしい。戦力として、まずは誰が力を得るべきか」

 戦士ロブが呆れたような顔つきで、ヘザーに語りかける。

「何を言うかと思えば。誰が加護を受けるかなど決まっておろう。英雄ホークスは戦士だったのだから、力を与えられるのは戦士であるワシが相応しい」

 ライラックが右手を挙げた。

「今のは異議ありだ! 戦士の力だから、戦士が継承するのがベストって……そんな古臭い考えに縛られているんじゃダメだ。最も力が必要なのは俺だぜ。勇者をとことん強くするべきだろう?」
「貴様にはバルゴの力があるだろうが。まさか自分だけで英雄の力を独占するつもりか? とことん欲深い男だ」

 ロブの言葉に反応したかのように、ライラックの眉が動いた。足をテーブルから降ろすと身を乗り出し、戦士を睨みつける。

「ああん? オッサンよお。アンタここ最近調子に乗ってんじゃねえのか? アンタには英雄の加護なんて必要ねえと思うぜ。魔物と戦っている時だって、石器持ってウホウホ言ってるような戦い方じゃねえかよ。力を得たところで、この先使えるとは思えねえなあ」
「貴様……。今何と言った? 若造風情が侮辱する気か?」

 ライラックとロブの言い合いを、ヘザーは冷ややかな目で静観し、セルジャックは関係ないとばかりに目を逸らしている。

「耳まで遠くなったのか? 力が強いだけのゴリラに、英雄の力なんて無意味。宝の持ち腐れだって言ったんすよ」

 ロブはいよいよ我慢できずに立ち上がり、猛烈な勢いでライラックのそばまで歩み寄ると、右手で胸ぐらを掴んで持ち上げてしまった。

「この小僧が。何の力も無いくせに粋がるなよ!」
「な、何すんだあ! 俺が本気になったら、ゴリラなんて一発だぜ。ここで思い知らせてやろうかあ?」

 2人がいよいよ殺気立ってきたところで、ヘザーが叫んだ。

「お前達……いい加減にしろ! それでも大陸有数の戦士と、人類の希望になるはずの勇者か!?」

 頭に血が上っていたロブは、少しの間ライラックを睨みつけていたが、やがて腕を離し席に戻った。ライラックはロブに向けて舌を出し、挑発することをやめない。ヘザーの言葉は続く。

「相分かった。こうして争ってしまう様子では、2人に的確な判断などできないだろう。そこで、私に一つ考えがある。今回の加護を受けるものは、最も力に劣る者。すなわち私が受けるというのはどうだろう?」

 ライラックは間の抜けた顔で聞いていた。何故そんなことを言い出すのかと、顔に書いていあるようだ。戦士ロブも、まさかという声が聞こえてくるような表情をしている。

「はあ? 何言ってんだよヘザーさん。アンタが戦士の力なんて手に入れてどうするんだ?」
「ヘザー殿、いくらなんでも、あなたが継承するというのは無理がある」
「そうでしょうかね? あっしは案外、ヘザーさんにするほうが良いと思ってますよ」

 今回の話し合いで、初めてセルジャックが意見をはじめた。

「あっしらのパーティでは、度々物理面での弱さを感じたことがありました。商人の私だって分かりますよ、ええ。でもね。ロブさんは言わずもがな充分強いし、流石勇者であるライラックさんも強い! そしてエリーシアさんは、回復さえこなしてくれれば言うことなしの存在。ここはヘザーさんに加護を与えて、バランスを取るべきじゃありませんか?」

 ヘザーは腕を組み、セルジャックの言葉をただ静かに聞いている。
 勇者と戦士が納得していないのは明らかだったが、おだてながら話すセルジャックの言い分に、真っ向から反論することできない。彼らの大きくなりすぎたプライドが邪魔していた。

「あっしは、勇者様のご活躍を広めることが役割の男です。だから勿論加護の対象でもなければ、冒険の要にもなり得ない。でもね、ここで譲り合う姿って美しいじゃありませんか。こういった話は後でより美しく、華やかに話せるんですよ。力の弱い魔法使いの為に、自らが得られるべきものを譲った。あっしは高らかに広めていきますぞ。冒険が終わった時、あなた達の富や名声を上げる一助にもなりましょう。お二人共……如何です?」

 ロブは頭を掻いている。やがて商人に向き合い、首を縦に降った。

「元々ワシは、加護の力が無くても問題ない。戦士としての強さも経験も、誰にも負けないという自負がある。ヘザーが今よりも戦闘で役に立つというのなら、好きにするがいい」

 ロブに続くように、面倒くさげに顔を下げているライラックが話し出した。

「要はアレだろ? 魔法戦士とか言う職業になるんだよね? まあ良いんじゃねえの。でもヘザーさん、石は4つだ。アンタがそれ以上を求めることは許さないよ。そして何より、バルゴの力は俺がもらうからな! あ~あ。クソ怠い話し合いだった……もう寝るわ」

 ライラックは部屋を出ていった。続くようにロブが椅子から立ち上がる。

「まさかこんな話になるとは思わなんだ。ワシには戦士以外の加護を、必ずくれ」

 ヘザーがうなづくのを確認してから、ロブも部屋を出て行く。
 クスクスと笑いながら商人が彼に近づいてきた。

「こんな口車に簡単に乗るなんて、全くアホな連中ですなあ。さあヘザー殿」
「ああ。君にはこれからも協力してもらうよ。色々とな」

 ヘザーは懐にしまっていた金を差し出す。
 嫌らしい笑顔で会釈をした商人は、金を受け取るなりそそくさと去っていった。
 誰もいなくなった部屋で、ヘザーは1人笑っている。

 彼は完璧になりたかった。ホークスの力を得ることができれば、どうしても力では勝てなかった存在を、今後はいとも簡単にねじ伏せることができる。

「加護の力は……ライラックに1つ、エリーシアにも1つやるか。私は2つだ……。勇者というお飾りを持った史上最強の英雄となり、揺るがぬ地位と名声を得て優雅に暮らすのだ。フ、フフフフ……ハハハハ」



 想定していた以上に、砂漠の民の朝は早かった。
 ベッドでまどろんでいたヘザーは、あまりにも騒がしい兵士達が不快でならない。だが、今日は彼にとって記念すべき日だ。魔法戦士としての始まりの1日なのだから、少しのことで苛立つのは良くない。

 不意に部屋のドアを叩く音がした。酷く乱暴に聞こえる叩き方だった。

「なんと無粋な……。誰か!?」
「は! 私は国王様直属の兵士であります。ヘザー様、少し宜しいでしょうか? 大変なことになりました」
「大変なこと? 全く朝から騒がしいことだ。今出る故、少し待たれよ」

 ヘザーは兵士の言うことを、さして気にもとめなかった。
 待たせておきながらゆっくりと身支度をし、優雅に扉を開けて廊下へ出る。

「何があったのかね?」
「あの……何と言いますか。とにかくこちらへ!」

 兵士に連れられて、彼は城の中心部に向かって歩いていった。
 どうやら早朝から騒いでいる原因は、中庭にあるらしい。

 中庭では大きな人集りができていて、はっきり何が起こっているのか分からない。人集りの奥に、知っている女性の後ろ姿がある。彼女はエリーシアで間違いないだろう。座り込んで、何かを見つめているようだった。様子がおかしいことはヘザーにも分かった。

 人混みを掻き分け、エリーシアの近くまで歩み寄る。

「エリーシア。どうしたんだい? こんな所……」

 言いかけて、ヘザーは目の前の光景に言葉を失った。
 エリーシアの目の前には、英雄ホークスの銅像と思われる、無残な残骸が散らかっている。
 台座に書いてある名前からしても、これがヒロイックストーンの埋蔵されていた像で間違い無いだろう。

 しばらく呆然としていたヘザーは、ようやく自体を飲み込むと、掴みかからんばかりの勢いでエリーシアに摑みかかる。

「これはどうなっているんだ!? 銅像がバラバラになっているじゃないか! ヒロイックストーンはどうした? 我々は加護を受けられるよな!?」
「う! ちょっと、痛いわ……ヘザー」

 彼は慌ててエリーシアの肩から手を離し、いつもの冷静な自分を装おうとした。

「私にも分からないの。朝起きたら城の人達が騒いでて、不思議に思って来てみたら……像が壊されてた。ヒロイックストーンも無くなっているわ。誰かが盗んだかもしれない、もしくは銅像と一緒に割れてしまったかも。もう儀式をしても、力を得ることはできない」

 ロブとセルジャックが、2人の元へ走って来た。
 駆けつけるなり、戦士と商人は驚きの声を上げヘザーを見る。

「ヘザー殿、一体何が起こっているのだ?」
「こ、これはビックリです。誰がこんな真似をしたのでしょう」

 ヘザーは返す言葉を探していた。やり場のない怒りが込み上げる。

「とにかく……情報を集めよう。そしてこれからどうするかを考えるんだ。セルジャック、勇者の姿が見えないな。起こしてこい」
「はあ……でも」
「いいから起こしてこい!!」
「は、はいー!」

 駆け出すセルジャックの後ろ姿を見ながら、彼は苛立ちを強めていった。

「あと少しのところで……糞が!」

 兵士達の調べにより、外部から何者かが侵入した形跡はあったが、他に手がかりは見つからない。ヘザー達は何も得られることもなく、次の銅像を求めて旅立つ他なかった。
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