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今回のボスは、地獄の妖精

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 俺達は今、洞窟の広間に押し寄せる魔物の集団と戦っている。
 大コウモリやスライム、ゾンビといった低級の魔物ばかりだが、嫌になってしまうほど増援が来る。

 こんな所で死ぬなんてごめんだ。
 それは、今ここにいる5人が同じく考えていることだろう。

 俺達はひたすらゾンビを斬って、魔法で凍らせて、叩き潰していった。
 がむしゃらに突っ込んでいた魔物達から、勢いが徐々に無くなっていくのが分かる。

「てぇえーい!」

 サクラの攻撃で大コウモリが墜落していく。
 彼女に後ろから体格の大きいゾンビが迫る。ここは俺が行く。

「せえあっ!」

 ゾンビの首に渾身の一撃を入れると、奴は一瞬だけよろよろと歩いてから、突っ伏すように倒れこんだ。周りを見ると、かなり消耗してはいるが、みんな無事な様子だった。もう増援が来ない。

 見渡す限り魔物の死骸で溢れている。早くこんな所は出て行きたいと本気で思う。ランティスが息を切らして座り込んでいる。

「はあ……はあ……にいちゃん。これで、終わったよね?」
「いんや……。まだネクロマンサーを斬ってねえ。誰も奴を倒してねえよな?」

 レオンハルトはあれだけ戦ったというのに、息ひとつ乱れた感じがない。
 俺でも多少息は切れているんだが。

「そ、そうね。多分誰も倒してないわ」
「も、もおう疲れたあ! 卑怯だぞネクロマンサー! みんな倒したんだから、僕の前に出てこい!」

 サクラも相変わらず元気だ。奴の姿は見えない。
 沢山の魔物の死骸があることで、余計に探しにくくなっている。
 俺はまずい状況だと思っていた。
 だって、相当凄い奴を呼ぶとか言ってたから。

「フヒヒヒヒヒ……この間抜けな人間共め」

 声は魔法陣のほうから聞こえた。俺は重い足取りで魔法陣まで向かう。
 黒い煙が渦巻き、丸く人の形に固まっていく。
 奴は魔法陣のすぐ後ろに隠れていただけだった。

「もう頼みの魔物はいない。お前の負けだ」

 俺の言葉を、ネクロマンサーは笑い飛ばした。

「フヒヒヒヒヒー! 全く分かっておらぬな。愚か……愚か……まっこと愚か! 我が追い詰められていると思っておるのか? 逆じゃよ。我はお主達に、捧げものを作ってもらったのじゃ」

 サクラが俺の隣まで来て叫んだ。

「捧げものを作った!? 何言ってんの! 僕らは魔物を倒しただけじゃないか!」
「フヒヒ……そうじゃよ。魔物達の大量の死骸こそが供物。我が本当に求めていた尊い犠牲よ」

 奴は俺達を利用して、儀式のための捧げものを作らせたってことか。
 嫌な予感がしてきた。魔法陣からうっすらと赤い光が放出されている。

「な、何か分からないけど止めましょ! 急がないと!」

 ミカの言葉が聞こえる前に、俺は走り出していた。
 ネクロマンサーの所まで走る。
 あと約40メートル、20メートル、8メートル、今。
 俺は剣を振り上げる。奴に当たったと思った。

 気がつけば俺は宙を舞い、呼吸が止まるほどの衝撃を背中に受け、何もない天井を見上げていた。ミカとランティスが泣きそうな顔で俺を見ている。

「ごは……あ、あれ? な、何だ?」
「あなたは魔法陣の光に弾き飛ばされたのよ! 今サクラ達が何とかしようとしているけど……」
「魔物の死骸が魔法陣に吸い込まれてます! どんどん邪気が膨らんでいます」

 俺は必死に立ち上がると、少し先に魔法陣が見えた。
 本当だ、魔法陣に物凄い勢いで、今まで倒した魔物が吸い込まれていく。
 ネクロマンサーがいやらしい顔で笑っている。

「くそ! あいつ」

 俺は利用された悔しさで頭がいっぱいになった。
 サクラとレオンハルトは、必死に魔法陣を破壊しようと攻撃しているが、馬鹿でかいバリアに阻まれてどうにもならない。

「チックショウ! こいついくら斬りつけても、ビクともしねえじゃねえか!」
「でも僕らで何とかしないと! このままじゃ……」

 魔法陣の赤い光が増していく。
 円状だったバリアは無くなり、縦方向に猛烈な光の柱が発生した。
 俺の嫌な予感は、いつだって当たってしまう。今回は大当たりだった。

「フヒャヒャー! いよいよお出ましじゃあ! 久しぶりの再会に心躍るわ。かつての仲間……地獄の妖精よ!」

 地獄の妖精とやらは、俺達の前に静かに降臨した。
 漆黒の剣、漆黒の鎧、漆黒の兜……全てを黒く染め上げた大柄な騎士が立っている。奴には大きな特徴がもう1つある。それは首が無いことだ。
 左手に兜を抱えている。

「あれは……デュラハンだわ! 首無しの妖精と言われて恐れられている、伝説の怪物」

 サクラとレオンハルトが動揺しているのは、後ろ姿からでも分かった。

 あれは、俺が何とかしないといけない。使うなら今だ。
 ゆっくりと懐から、ドラグーンのカードを取り出し念を込める。
 カードから少しずつ青い光が出て来たのが分かった。
 後は龍の奴が、早く現れてくれるのを待つだけだ。

「フヒヒヒヒー! 勝った勝った! 我の勝利じゃわい。このままデュラハンをフリージアに向かわせ、数多の人間を惨殺し、バルゴの像を破壊させる。さすれば我らの……!?」

 俺はカードを持ったまま固まった。
 一瞬だが、目の前に起っていることに理解が追いつかなかったからだ。
 デュラハンの持っている長い剣が、ネクロマンサーの心臓の位置に突き刺さっている。

「ぎあああ……ど、どうして? どうして我を……」
「お前は口が軽い……誰にも語らず遂行せよ、と言われたのを忘れたのか?」

 デュラハンが静かに剣を抜くと、ネクロマンサーは崩れるように、前のめりに倒れた。ドロドロと身体は崩れ、あっと言う間に魔法陣の中に吸い込まれていく。
 アイツのやったことを考えれば、自業自得だ。

「う、嘘!? 妖精さんが、仲間を刺しちゃったの?」
「……勇者さん。アイツを妖精さんって呼ぶのはどうかと思うぜ」

 俺もレオンハルトの意見に賛成だ。しかし、仲間をあっさり殺すなんて。
 流石は上位の魔物ってところか。
 奴は振り返ると、俺達の姿を眺めているようだった。

「この先にフリージアがあるのだな。ネクロマンサーは、場所取りだけは良い仕事をした。これより血の海で染め上げるとしよう。いでよ……コルシュ……パワー」

 デュラハンが呼ぶと同時に、魔法陣はもう一度輝き出す。
 魔法陣にヒビが入り始め、何かが地表から飛び出すかのように爆発した。
 爆風で俺達は視界を遮られ、ただ前を警戒するしかできない。
 やっとのことで前が見えた時、奴は黒い馬車に跨っていた。

 それにしても、龍はまだ現れないのか?
 俺は計算外の事態に焦りを感じていた。
 最初に使った時は、もう少し早く現れたはずなのに。

「あれは……聞いたことがあるわ。デュラハンが使っていたと言われる馬車よ。首のない二頭の馬……なんて不気味なの」
「あ、ああ! 確かに首が無い……な」

 俺はそれ以上何も言うことが浮かばない。
 次の瞬間、奴の馬が咆哮を上げ一直線にこちらに向かってきた。
 右手に持った黒く長い剣が、俺達の首の高さにある。
 俺は必死になって叫んだ。

「危ない! サク……」

 サクラとレオンハルトの体が飛んだ。血が舞っている。
 続けざまに俺たちの所に馬車が来て、今度はミカが叫んだ。

「避けて! アルダー!!」

 俺の首筋に入りかけた一閃は、紙一重のところで外れた。
 だが、俺の剣は真っ二つにされたらしく、刀身が半分どこかに飛んだのが分かった。

 ミカとランティスはどうなったのか?
 俺はすぐに起き上がり、2人を探したが見つからない。
 代わりにアイツが、首だけをこちらに向けて見ている。

「ほう。俺の剣をかわすとは……なかなかの腕前のようだ。じっくり相手をしたいところだがそうもいかぬ。必ず遂行せねばならん仕事があるのでな」

 デュラハンはそう言うと、首のない馬を走らせ階段に向かった。
 奴の馬車が浮いている。魔力で飛んでいるとでも言うのだろうか。
 だが今の俺にはそんなことどうでも良かった。

 急いでサクラの所へ走る。
 何も考えられず……ただ必死に。彼女は横向きに倒れていた。

「サクラ! サクラ!! おい……。嘘だよな? 死んでないよな……」

 心臓の鼓動が強く、激しくなってくる。一気に胸から上がってくる酸っぱいものを抑えながら、彼女が何か言ってくれるのを待っていた。
 首を斬られてない。今確認できる限り、何処も斬られた様子はない。

 早く目を開けてくれ。俺は神様に懇願していた。

「……ふみゃ。あれ? アルダー?」

 サクラは、眠りから覚めたような反応でこっちを見た。
 俺は深い溜息を漏らし力が抜ける。

「吹っ飛ばされた拍子に頭でも打ったんだろうよ。念の為、ランティスに診てもらいな」

 レオンハルトが俺達のそばに来た。
 左腕を抑えているのは、恐らく奴に斬られたのだろう。
 あの血は、レオンハルトのものだったのか。

「僕は大丈夫だよ! レオンハルトこそ、腕は大丈夫?」
「ああ! こういう時の為に、あそこの坊主はいるんだぜえ」

 振り返ると、ミカとランティスが走り寄って来ている。
 俺は心の底から安心した。

「良かった。誰も死ななかったんだな」
「安心するのは早いわ。早くアイツを止めないと、町が……」
「うん! 妖精さんは僕達しか止められないよ! 急ごう」

 そうだった。大事なことを忘れるなんて、俺もどうかしている。
 カードの光が、俺の全身を包むほどに大きくなっていく。
 以前のように姿は見えないが、きっと近くに龍は来ているはずだ。

 やがてカードがひとりでに浮かび上がり、ゆっくりと俺の胸にくっついたかと思うと、浸透するように中まで入ってしまった。これは前回の反応と違う。
 だがそんなことよりも、俺は龍に一言いいたい。
 どうしても我慢できずに叫んだ。

「遅えよ! こぉのバカ龍ー!!」

 大きな青い光で、みんなの姿が霞んでいく。
 サクラはワクワクした笑顔を見せ、レオンハルトは口を半開きにして固まり、ミカとランティスは目を丸くして驚いていた。

 これ以上誰も殺させない。俺は必ず……デュラハンを止める。
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