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サクラの料理と最初の仕事

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 目の前に大きな霧が広がっている。ここは来た覚えのない森の中だ。
 何故こんな所を朝から歩いているのだろう。自分でも分からない。
 やがて少しずつ霧が晴れると、目の前に大きな滝が見えてきた。

「お前は一体何をしているのだ?」

 誰かの声が聞こえる。この声は、何処かで聞き覚えがある。

「……誰だ? 何処にいる?」
「……目の前を、よく見よ」

 俺は目をこらした。うっすらと何かが浮かんでくる。
 滝の前にいるそれは、俺のカードから現れた龍だった。

「あんたが呼んでいたのか? 俺は何でここにいる?」
「それは答えずとも、すぐに分かる。お前は何故戦わぬ?」

 この龍になら、正直に話してもいいだろう。

「俺はパーティから捨てられて、故郷に帰ったんだよ。だから、戦う機会なんて少ないんだ」

 龍は鼻息を荒くして、大きく体をのけぞらせた。
 まるで、俺への怒りを抑えているようだ。凄いプレッシャーを感じる。

「我を呼び出せた以上、お前が戦わぬことは許されぬ! 勇者とドラグーン、2つのカードが現れる時は、大いなる災いが現れる時でもある」
「……大いなる災い? よく分からないけど、アンタくらいデカかったら、俺の鎧にならなくても勝てるんじゃないか? 代わりに戦ってくれないかな」

 俺はちょっとからかうように言ったが、龍はなんのリアクションもない。

「我はこの世界では霊体だ。お前の体を通していなければ実体化できぬ。だからお前が必要だ」
「え? そうだったのか。でもなあ。大いなる災いって言っても、もう俺には関係ないと思うよ」
「お前は戦う運命にある。どんなに拒もうと、いずれは自ら戦いに赴くであろう。ならば、しばしくつろぐのも許そう。ただ、バルゴの像は守れ」

 龍が意外なことを言ったので、俺は何か聞き間違えたのかと思った。
 バルゴの像……フリージアの噴水近くにある、あの像のことか。

「へ? 何であの像を守る必要があるんだ?」
「では説明してやろう、300年前の英雄バルゴは……」
「ねーねー! アルダー! もう朝だよ~」

 ん? なんか今、サクラの声がした気がする。
 周りを見渡しても、彼女の姿は見えない。

「コホン! もう一度説明するぞ。300年前英雄バルゴは、魔王である……」
「アルダー! ちょっと、いつまでそうやってんの!?」

 やっぱり聞こえる! 一体何処にいるんだ?

「サクラかー! 一体何処にいるんだよ。全然分かんないぞ」

 龍は話を遮られ、怒りでワナワナと震え出している。

「グゥウ! 今は大事な話をしていると言うのに、良いか! お前は英雄バルゴの意思を継ぎ、あやつを……」
「スペシャルフライングアターック!」

 俺のお腹が陥没するんじゃないかと言うほどの衝撃を受けた!

「ぐわわー!」

 反射的に体を仰け反らせた俺は、滝も森もない、普通の家のベットにいた。
 サクラもいる。どうやら彼女の飛び蹴りか何かを腹にもらったらしい。

「なんだ。夢か~」
「夢か~……じゃないでしょ! いつまで寝てるのさ」

 あれ? そういえばドアには鍵が掛かっているはずなのに、なんでサクラがいるんだ?しかも俺のシーツの上で馬乗りになっている。

「ちょ、ちょっと! 何でいるんだよ? どうやって入った?」
「エヘヘー! 実はね。ほら」

 サクラは左手に鍵を持っている。柄は少し違うが、俺の鍵と形が同じだ。

「ま、まさか!」
「ふふーん! 合鍵作っちゃったよ~」
「ふ、不法侵入だあ! この犯罪者! 帰れ!」

 サクラはちょっと不満そうに顔を横にして、すました顔をする。

「良いのかな~。朝ご飯作ってあげたんだけどな」

 あのサクラが朝ご飯を!? 俺はビックリして体を起こした。

「ほ、本当かよ! あ、その服装は」
「もう~。気づくの遅いよ~! 似合ってる? ねえ似合ってる?」
「うーん。似合ってるな。確かに」
「でしょでしょ! けっこうお気に入りなんだ」

 料理とは全く無縁と思われた勇者が、ピンクのエプロンを着けているなんて。
 朝から衝撃を受けることばかりだ。
 しかしこのアングルで見ると……可愛い。
 何だか俺はドキドキしてきた。

「ゴホン! ちょ、ちょっと、どいてくれるかな。サクラよ」
「うん。ご飯食べよー!」

 彼女はひょいと飛び退くと、台所まで歩いて行った。

 どうやら本当に料理を作ってくれたらしい。一体どういう風の吹き回しなのか。
 テーブルにはカレーが置かれている。
 これは、なんか……毒でも入ってそうな色をしているな。
 匂いも、普通のカレーとは何か違う気がする。

「いっただっきまーす!」
「……い、いただきます」

 このカレーはヤバイ。多分だが、人間が口に出来る限界を超えていそうだ。
 俺はどうしても食べることを恐れ、躊躇していた。
 サクラは美味しそうに口に運んでいた。実は彼女は、天性の味覚音痴でもある。

「どうしたのー? 食べないの? 早くしないと冷めちゃうよ」
「う、うん。ちょっとな」

 俺の様子をしばらく見つめてから、サクラは笑った。

「あー! 分かったー! はいアルダー、あーん」
「……え!?」

 何かを勘違いした彼女が、カレーを乗せたスプーンを俺の口元まで持ってくる。

「い、いや。ちょっとそれは」
「あーん!」

 もう、これは食うしかない。
 俺は意を決して、パクリとカレーにかぶりついた!
 あ、これはいけるかもしれないな……と思ったのは一瞬だけ。
 口に入れて5秒で、俺の中の火山が爆発した。

「ぐえええー!!」

 多分この辺りの地区全体に俺の悲鳴が聞こえただろう。
 そう思うくらいの絶叫をして、水を求めて走り回っていると、ドアの鐘が3回ほど鳴った。

「うわー! 大丈夫アルダー!? あ、はーい!」

 悶絶する俺の代わりにサクラがドアを開ける。

「あ。ミカ~。おはよう! どうしたの?」
「あら! サクラこそ、こんな早くからアルダーの家にいるの? え、ちょっとアルダー。大丈夫?」

 俺はゴホゴホと咳き込んだが、ようやく落ち着いてきた。

「ああ……大丈夫だよ。死にそうになっただけだ。どうした?」
「今日から図書館でしょ? そろそろ出勤の時間よ」

 そうだった。朝からいろいろありすぎてすっかり忘れていたが、俺は図書館で働くことにしたんだった。

「え!? アルダー? 図書館で働くの?」

 サクラが驚いている。まあそうだろう。言ってなかったんだから。

「ああ。まあ、お金も稼いでおかないといけないだろ?」
「じゃあ、もう行きましょうか」
「もう~! このカレー僕が全部食べちゃうからね。行ってらっしゃい」

 そのカレーなら好きなだけ食べてくれ。
 サクラに不満そうな顔で見送られ、俺とミカは家を出て図書館に向かった。

 この図書館は、俺が思っていたより大きいみたいだ。
 ギルドの修練場よりも広い上に、3階建てときている。
 集められている本は俺が一生掛かっても読み終えることはできないだろう。

「初めての仕事って、なんか緊張するなあ」
「フフフ。大丈夫よ。簡単だからすぐに慣れるわ」

 俺は一階の中央の受付に座らされた。

「俺の先生って誰かな? 研修とかあるんだろ」
「ん。新人君の先生は私よ」
「えー。ミカがやるのか。全く、今度は俺が教わる側か」
「そうよ! 私が先生なら安心できるんじゃない?」
「ま、まあな」

 一体どんな仕事が待っているのか不安だった俺だが、実際は簡単な受付業務と、返された本を戻しに行くだけだった。こりゃ楽ちんだ。

「確かに難しくないな。けっこう楽だ」
「慣れると本当に退屈なの。だから私も、他の職員も、ここの本を読んでいるのよ」
「読書しながらお金がもらえるのか。本当にいい仕事だね」

 図書館っていうのは、冒険していた外の世界とは違って、静寂に包まれていて落ち着く。ミカは楽しそうに仕事を教えてくれる。
 普通こんな優しい先生はいない。

「アルダーは、長くここに住む気になったのね?」
「ん。ああ、多分長期になるよ。だから働かせてほしいってお願いしたんだ」
「じゃあしばらくは一緒にいれるんだ。嬉しいわ」

 受付にはほとんど人が来ない。
 俺はすぐに慣れてしまい、余った時間はミカと話しているだけで、1日の仕事が終わってしまった。
 せかせかと動き回る必要も、必死になることもない。
 本当に良い仕事を紹介してもらえたと思う。

 辺りはすっかり暗くなっていた。

「今日はいろいろ教えてくれてありがとう。じゃあまた明日」
「ううん。教えるのも仕事よ。おやすみなさい」

 彼女の微笑みと、去り際の後ろ姿を見て、本当に綺麗になったとしみじみ感じる。俺は家に帰ると、風呂に入ってから本を読んで、ゆっくりと眠った。

 今は気楽で、のんびりできて、生活に不満が見つからない。
 サクラさえ一人前になって冒険に出ることができれば、もう何の心配もない。

 こんな生活がずっと続けられるものだと、俺は思っていた。
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