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天使はバイトについてくる
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あれから一日が経った。
早朝から厳しい暑さを感じて目を覚まし、つくづく地球は温暖化が進んでいるなと実感する。
しかし、普段のルーティンワークを崩してしまう程には危機感を感じられない俺は、今日も何事もなく授業を終え、週に三回入っているバイト先に向かう。
驚いたことに、今朝に至っても海原春華は俺に挨拶をしてきた。しかも昨日よりもずっと明るい笑顔で。あっという間にフェードアウトして景色の一部になるとばかり思っていたのに、どうして彼女は声をかけてくれるのか不思議でならない。
バイト先は学校から歩いて二十分くらいの所にあり、考え事をするにはぴったりの時間を提供してくれる。普段俺が考えることと言ったら、将来の進路や好きなテレビゲームのこと、赤点すれすれの毎日をどう乗り切るべきなのか、といったことばかりだったが、今日一つ新しいものが追加された。海原はなんで俺にいつまでも優しいのか、ということだ。
洋服屋やペットショップ、本屋にカラオケ屋を通り過ぎつつ思案を巡らせるが、答えなんて一向に出る気配がない。気がつけばちょっとばかり独り言を吐いている自分がいた。他人がしているのを見ると怪しく映るものだけど、意外とこういうのって喋ってしまうんだよな。人通りが少ない時間帯だが、どうやら背後から早足で近づいてくる音がした。まあ、すぐに追い抜くのだろう。
「どうして海原の奴が……俺なんかに」
「呼んだ?」
「いいや、別に呼んでるわけじゃないけど」
「じゃあ気がついたんだ! 私の気配に気がつくなんて、もしかして天沢君って霊感でもあるの?」
「俺は霊感あんて持ってないし、別に気配なんて……いい!?」
咄嗟に左に首を向けると、ひまわりみたいに爽やかな笑顔の海原が隣を歩いていた。
「な、なんでお前がここにいるんだよ!?」
あまりにも気が動転して、口走った言葉に後悔が膨らむ。さして親しくもない男に、お前なんて呼ばれ方しちゃったら怒り心頭になってしまうんじゃないか、そんな不安が頭を過ぎったからだ。
「えへへ! 実はね、友達と校庭にいたら、天沢君が駅とは反対の方向に向かっていくのが見えたの。ねえねえ、何処に行こうとしてるの? 怪しい店?」
海原は俺の馴れ馴れしい言葉やお前呼ばわりも、全く気にしている気配がない。
「……秘密だ」
「えー! 教えてくれたっていいじゃん。ねえねえ、教えてよ」
「知ったところで面白いことなんて何にもない。それよりさ、早く友達のところに戻ったほうがいいんじゃないか?」
「んん? どうして?」
「いや、どうしてって。友達を置いて行ったりしちゃダメじゃないか」
「今日は先に帰ってて、って伝えておいたから大丈夫だよ。隠されると気になっちゃうんだよね、私。天沢君はもしかして校則違反でもしてるの?」
「校則違反なんてしてないぜ。普通のバイトだ」
「あんまり堂々といえない感じ? ちょっと恥ずかしいバイトなのかな」
「恥ずかしいってこともないな。どうでもいいだろ」
「解った! 正義の味方。隠れて世界を救っているんでしょ」
「こんな地味な正義の味方なんているか」
「じゃあ悪の組織の首領とか?」
「こんな善良そうな顔した悪の組織の首領なんているか」
「じゃあただの変態?」
「こんな常識的な……っておい! 誰が変態だよ!」
「あはは。ごめんごめん。天沢君って話してみると、意外と面白いね」
「俺はお前のほうがずっと面白いと思うぞ。っていうか、最近どうして俺に、そんなに構うんだよ」
「うーん。それは……天沢君がバタンキューしないように見張ってる……っていうか。連鎖して消されないように見守ってるっていうか」
「俺は落ちゲーの玉か!? それ負けた時のセリフじゃん!」
フットワークも声も軽い彼女が、なぜかこの時だけは歯切れが悪かったことを覚えてる。別にそこまで気になったわけじゃなかったが。
「階段のことはもう大丈夫だよ。俺、こう見えても頑丈なんだぜ」
「そうなんだ! ちょっと体が弱いのかなって思ってたけど、意外だねっ。天沢君はなんかミステリアスって感じ!」
「謎なんかねえよ。何も。大体……」
俺みたいなクラスの下っ端に話かけ続けてる、お前のほうがミステリアスだぞと言いかけて、咄嗟に言葉を仕舞い込んだ。どうして海原とこんな会話をしちゃってるんだと我に帰ったからだ。そしてバイト先であるカフェは、もうすぐそこだった。
正直、今こうして一緒に街中を歩いているだけで、なんだか緊張してしまうし、もし学校の誰かに見られたらと思うと気が気じゃない。俺は別にいいとしても、海原に悪い噂が立ちかねない。しかしどうしたものか。もうここまで来たら店内に入るしかない。他で道を潰そうものなら、むしろ誰かに鉢合わせる可能性は高くなってしまうだろう。
「じゃあさ。俺……ここだから」
「ふぇ? もしかして天沢君。このカフェでバイトしていたの?」
「そうだよ。な、つまんない答えだっただろ。正義の味方なんてオチじゃなくて悪かったよ。じゃあな」
「わああ。すっごく良いところでバイトしてるじゃん! ねえ、ちょっとお邪魔していい?」
マジかよ。思わず頭を抱えちまった。こういう時って普通お別れするタイミングじゃないのかよ。しばらく考えたが断る理由が見つからない。ワクワクしてる感がありありと伝わる海原の爛々とした瞳と目が合うたび、ノーと言えなくなってくる。
「……いいんじゃないか? 別に」
「何それ。他人事みたい」
一転してムッとした顔になり詰め寄ってくる海原。どんな顔をしても可愛いから困る。
「い、いや……。他人みたいなもんだと思うけど」
「ひどーい! 同じ学校なのに」
「お前のくくりは本当に広いな。同じ学校でも他人のほうがいっぱいいるだろ」
「君が狭いんだと思うよ。人類みんな兄弟だよ、天沢君っ!」
「とうとう人類全体を仲間にしやがったか!」
「まあそれは冗談だけど、私まで他人扱いは酷いと思うなー」
批難しているようで、実際はそこまで気にしているような感じでもない、ちょっとだけ頬を膨らませた海原を横目に、俺はそそくさとカフェに入っていくしかなかった。
早朝から厳しい暑さを感じて目を覚まし、つくづく地球は温暖化が進んでいるなと実感する。
しかし、普段のルーティンワークを崩してしまう程には危機感を感じられない俺は、今日も何事もなく授業を終え、週に三回入っているバイト先に向かう。
驚いたことに、今朝に至っても海原春華は俺に挨拶をしてきた。しかも昨日よりもずっと明るい笑顔で。あっという間にフェードアウトして景色の一部になるとばかり思っていたのに、どうして彼女は声をかけてくれるのか不思議でならない。
バイト先は学校から歩いて二十分くらいの所にあり、考え事をするにはぴったりの時間を提供してくれる。普段俺が考えることと言ったら、将来の進路や好きなテレビゲームのこと、赤点すれすれの毎日をどう乗り切るべきなのか、といったことばかりだったが、今日一つ新しいものが追加された。海原はなんで俺にいつまでも優しいのか、ということだ。
洋服屋やペットショップ、本屋にカラオケ屋を通り過ぎつつ思案を巡らせるが、答えなんて一向に出る気配がない。気がつけばちょっとばかり独り言を吐いている自分がいた。他人がしているのを見ると怪しく映るものだけど、意外とこういうのって喋ってしまうんだよな。人通りが少ない時間帯だが、どうやら背後から早足で近づいてくる音がした。まあ、すぐに追い抜くのだろう。
「どうして海原の奴が……俺なんかに」
「呼んだ?」
「いいや、別に呼んでるわけじゃないけど」
「じゃあ気がついたんだ! 私の気配に気がつくなんて、もしかして天沢君って霊感でもあるの?」
「俺は霊感あんて持ってないし、別に気配なんて……いい!?」
咄嗟に左に首を向けると、ひまわりみたいに爽やかな笑顔の海原が隣を歩いていた。
「な、なんでお前がここにいるんだよ!?」
あまりにも気が動転して、口走った言葉に後悔が膨らむ。さして親しくもない男に、お前なんて呼ばれ方しちゃったら怒り心頭になってしまうんじゃないか、そんな不安が頭を過ぎったからだ。
「えへへ! 実はね、友達と校庭にいたら、天沢君が駅とは反対の方向に向かっていくのが見えたの。ねえねえ、何処に行こうとしてるの? 怪しい店?」
海原は俺の馴れ馴れしい言葉やお前呼ばわりも、全く気にしている気配がない。
「……秘密だ」
「えー! 教えてくれたっていいじゃん。ねえねえ、教えてよ」
「知ったところで面白いことなんて何にもない。それよりさ、早く友達のところに戻ったほうがいいんじゃないか?」
「んん? どうして?」
「いや、どうしてって。友達を置いて行ったりしちゃダメじゃないか」
「今日は先に帰ってて、って伝えておいたから大丈夫だよ。隠されると気になっちゃうんだよね、私。天沢君はもしかして校則違反でもしてるの?」
「校則違反なんてしてないぜ。普通のバイトだ」
「あんまり堂々といえない感じ? ちょっと恥ずかしいバイトなのかな」
「恥ずかしいってこともないな。どうでもいいだろ」
「解った! 正義の味方。隠れて世界を救っているんでしょ」
「こんな地味な正義の味方なんているか」
「じゃあ悪の組織の首領とか?」
「こんな善良そうな顔した悪の組織の首領なんているか」
「じゃあただの変態?」
「こんな常識的な……っておい! 誰が変態だよ!」
「あはは。ごめんごめん。天沢君って話してみると、意外と面白いね」
「俺はお前のほうがずっと面白いと思うぞ。っていうか、最近どうして俺に、そんなに構うんだよ」
「うーん。それは……天沢君がバタンキューしないように見張ってる……っていうか。連鎖して消されないように見守ってるっていうか」
「俺は落ちゲーの玉か!? それ負けた時のセリフじゃん!」
フットワークも声も軽い彼女が、なぜかこの時だけは歯切れが悪かったことを覚えてる。別にそこまで気になったわけじゃなかったが。
「階段のことはもう大丈夫だよ。俺、こう見えても頑丈なんだぜ」
「そうなんだ! ちょっと体が弱いのかなって思ってたけど、意外だねっ。天沢君はなんかミステリアスって感じ!」
「謎なんかねえよ。何も。大体……」
俺みたいなクラスの下っ端に話かけ続けてる、お前のほうがミステリアスだぞと言いかけて、咄嗟に言葉を仕舞い込んだ。どうして海原とこんな会話をしちゃってるんだと我に帰ったからだ。そしてバイト先であるカフェは、もうすぐそこだった。
正直、今こうして一緒に街中を歩いているだけで、なんだか緊張してしまうし、もし学校の誰かに見られたらと思うと気が気じゃない。俺は別にいいとしても、海原に悪い噂が立ちかねない。しかしどうしたものか。もうここまで来たら店内に入るしかない。他で道を潰そうものなら、むしろ誰かに鉢合わせる可能性は高くなってしまうだろう。
「じゃあさ。俺……ここだから」
「ふぇ? もしかして天沢君。このカフェでバイトしていたの?」
「そうだよ。な、つまんない答えだっただろ。正義の味方なんてオチじゃなくて悪かったよ。じゃあな」
「わああ。すっごく良いところでバイトしてるじゃん! ねえ、ちょっとお邪魔していい?」
マジかよ。思わず頭を抱えちまった。こういう時って普通お別れするタイミングじゃないのかよ。しばらく考えたが断る理由が見つからない。ワクワクしてる感がありありと伝わる海原の爛々とした瞳と目が合うたび、ノーと言えなくなってくる。
「……いいんじゃないか? 別に」
「何それ。他人事みたい」
一転してムッとした顔になり詰め寄ってくる海原。どんな顔をしても可愛いから困る。
「い、いや……。他人みたいなもんだと思うけど」
「ひどーい! 同じ学校なのに」
「お前のくくりは本当に広いな。同じ学校でも他人のほうがいっぱいいるだろ」
「君が狭いんだと思うよ。人類みんな兄弟だよ、天沢君っ!」
「とうとう人類全体を仲間にしやがったか!」
「まあそれは冗談だけど、私まで他人扱いは酷いと思うなー」
批難しているようで、実際はそこまで気にしているような感じでもない、ちょっとだけ頬を膨らませた海原を横目に、俺はそそくさとカフェに入っていくしかなかった。
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