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龍の槍
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取り壊しが決まっている団地の屋上にいた俺は、上空から野獣のように牙を剥いて降下してくるハーピィ達から逃げるべく走り続けていた。
「ちっくしょう! どうして俺ばっか狙ってくるんだよコイツらは!」
俺は逃げつつも彗星に包まれた矢を放ち、目前で食らいつこうとした二匹を消しとばしたが、上下左右あらゆる方向に動き回る奴らはまるで怯まない。気がつくと屋上の端まで追い込まれてしまっていて、
「キヒヒ! 貰ったわあ。美味しそうな子」
「喋れんのかよ。何もやらねえよこの鳥女!」
奴らの突進や口から吐かれている炎をかわしながら俺は飛んだ。思い切り助走をつけていたせいか、目標だった向かいにある一号棟の屋上を超えてしまいそうなくらいの勢いだ。空中で身を翻した俺は、背後から向かってくるハーピィ達をロックオンした。
「舐めんなよ! この気色悪い鳥共!」
「ギャイイー」
連続で放ち続けた矢はハーピィ六羽に命中し、奴らは気色の悪い声を上げながら地面に落下していく。でもまだまだあいつらは闇に包まれた団地を飛び回ってる。下を見るとルカやランスロット、めいぷるさん達が剣を振り回す阿修羅像みたいな奴らと戦っていた。
「出てくるモンスターが強くなってきてるな。早いうちにゲートを閉じねえと」
プレイヤー達の被害も増えている。十メートル以上はあるだろう巨大なおっさんの石像とか、首がいくつもある犬とか、骨だけの恐竜とかがゲートから這い出てきて、上から見ているだけで十人以上のプレイヤーが死んでいた。
俺は次々と滑空して噛みつき攻撃をしてくるハーピィをサイドステップやダッシュでかわしつつ、ロックオンしては矢を放つという行為を繰り返している。標的をロックすることさえできるなら、飛ぶ鳥でさせ撃ち落とすことはたやすかった。
「キイアアアア」
ハーピィ達は俺の上空に集まって炎を吐いてきたが、避けながら放たれる彗星に纏めて吹き飛ばされていく。どんなにアイツらがプレッシャーをかけようが、一番高い位置から降りることは許されない。ここにくる前から決めていた作戦だ。
それでも、ハーピィ達は俺の周りをグルグル周りやがって、少しずつ炎に焼かれ爪に斬られはじめた。このままじゃリンチされちまうかもしれないと思っていた時、エメラルドグリーンの輝きが目前に広がった。
「うおお!? な、なんだ……これ。もしかして……回復魔法?」
「キイイイイアア!」
ハーピィ達にやられた背中の痛みや、打撲や切り傷が塞がっていく。間違いなく回復魔法だろう。だが周囲を飛んでいたモンスター達は光を浴びると悶絶しながら体が溶けていき、やがて糸の切れたマリオネットみたいに落ちていった。どうなってんだ?
「あ……めいぷるさん」
めいぷるさんが杖をこっちに向けているのが見える。俺の視線に気がついた彼女は、微笑を浮かべつつ小さな拳でガッツポーズをした。彼女の杖は初めてみる代物で、多分新しいCursed Skillか何かを使ったんだろう。俺は彼女のガッツポーズに応えた後、
「これでお前らは打ち止めだ!」
気色悪い鳥達が怯んでいる。やるなら今だと俺は残された三つのゲート目掛けて一気に矢を連発する。目的がどんなに遠くにいようと、矢は必ずそこまで届く。そして標的が遠ければ遠いほど、彗星弓から放たれる矢は速度を増していくという矛盾に満ちていた。
矢は赤やオレンジや黄色の彗星に包まれながら勢いよくそれぞれの棟に向かっていき、音もなく侵入していった。これはマジで便利な弓だ。あっという間にゲートは全て破壊され、今残っているモンスター達で全部になったんだ。
「よおし。後は一匹ずつ……?」
嫌な予感がした。視界に写っているレーダーが、遥か遠くの山から近づいてくるプレイヤーマークを映し出す。目的の場所まで新幹線ばりに急接近してくる奴なんて、俺は一人しか心当たりがない。あっという間に団地内に入ってきやがった。
正面の方向に小さく見える長い緑髪と、漆黒の兜と鎧。切れ長の瞳は遥か遠くにいる俺を静かに捉えているようだった。
「来やがったな……闇龍の騎士。今度はやられねえぞ!」
あの時は油断しきっていた。だが今は俺もアーチャーになっているんだ。この姿ならそう簡単にはやられるはずはない。俺は弓を眺めながら信仰に近い気持ちでそう思っていた。幸いハーピィ達は地上で戦っているプレイヤーに興味が移っているらしい。
老若男女、沢山のプレイヤー達がモンスターに殺されて地面に横たわっていた。今だって誰かの悲鳴が聞こえてる。闇龍の騎士はまだ動かない。一体何を考えてるんだ?
奴の全身が黒いオーラみたいなもんに包まれて、猛然と突っかかっていたオーガやゾンビ達が怯えて逃げ始めている姿を見るに、多分触れただけで死んじまう類の光なんだろうと予想した。黒い輝きはどんどんこの地獄みたいな戦場に膨らんでいく。
「あれは……槍か?」
闇龍の騎士はいつの間にか、長い槍を持って振りかぶる姿勢を取る。掃除機で吸っているみたいに何かが槍に集められているのが解った。
まるで地面や大気、そしてモンスター達から一方的にエネルギーを吸い上げているような感じがして、焦った俺が攻撃しなきゃと考えた時、奴は右手に持っていた槍を思い切りぶん投げた。黒い巨大なレーザーに包まれたそれはまるで悪魔の一撃だったと思う。
黒い山みたいに巨大な閃光がすぐ近くを飛び過ぎて行く。気がつけば団地の半分を消しとばしモンスター達のほとんどを消滅させてやがった。モンスターがひしめく戦場が、一人の騎士が投げた槍で一気に無人の荒野みたいな世界に様変わりしちまうなんて、誰が予想できただろう。
「し、信じられねえ……化けもんかよアイツ」
モンスターはほとんど残ってない。大抵のプレイヤーは無事で、ルカやランスロット、めいぷるさんが奴を見てボーッと立っているような姿を見かける。俺の左側にあった団地は綺麗に消滅して、辛うじて巻き込まれずに済んだから良かったが、もう少し槍がこっち側に来ていたらマジで死んでいた。
闇龍の騎士が使ったのは恐らくCursed Skillだろう。ゲージをバトル開始から溜まっている状態にできる武器でも装備しているんだろうか。ちなみに遠くにあった山まで綺麗になくなっちまってる。
「そうか。やっぱ戦おうってんだな、俺と」
奴は剣を抜くと、切先を真っ直ぐにこっちに向ける。ゆっくりと歩き出し、やがて小走りになった後にスポーツカーばりの加速をして来やがった。だが距離は充分にある。俺は虹の彗星弓を構えると、まさに騎士って感じの精悍そうな顔をロックオンする。
「今度は容赦しないぞ! 彗星のアーチャー!」
どっかの歌劇団の男役でもやったらウケそうな声を張り上げて来たアイツに向かって放たれた矢は、俺の予想とは反する形で何もない地面に激突した。ロックオンはしたはずなのに、奴は一瞬で大きく移動して矢をかわしたんだ。
「嘘だろ? 何処に消えやがった」
奴を探している時、レーダーに奇妙な現象が生じていることに気がついた。
俺本人のマークとほぼ重なるように他のプレイヤーのマークがあるんだけど、何処を見回しても誰もいない。奴がジャンプして上空から斬りつけてくるとばかり思っていた俺は、すれすれのところで足場を粉砕し突き上げてくる剣にギリギリで気づいて避けることができた。
「ちいい! 下からかよ」
格闘ゲームの対空技みたいに屋根を突き破って振り上げられた剣。鼻先をかすめたくらいで済んだのは運が良かっただけだ。バク転をしつつ奴から距離を取る。
「どうして俺ばっか狙うんだよお前は!?」
「君を捕まえてくることをカイに頼まれた。だが今回は、殺してしまってもよいと許可を貰っている。覚悟するがいい」
「覚悟なんてしねえよ!」
俺は思い切りダッシュして、まだ残っていた西側の七号棟に走る。闇龍の騎士はため息混じりに首を振ると、ルカよりも女騎士らしい声で、
「男のくせに往生際が悪い。逃げられるとでも思っているのか」
「ただ逃げてるわけじゃ……ねえよ!」
俺がジャンプした後に続くように、少し遅れて走り出した闇龍の騎士がジャンプした。ここだ。ずっと高い場所に居続けていたのはお前と戦う時の為。そしてお前が無造作にジャンプしてくることを待っていたからだ。
俺は空中で体を回転させて逆さまになりつつ奴と向かい合い、虹の彗星弓を構えた。三十メートル程の距離に迫っていた奴の目が大きく開いている。
「空中なら避けれねえだろ!」
「……!」
三回連続で放った矢が奴めがけて飛んでいき、一本目は剣に斬り落とされ二本目は兜をかすめ、ラスト一本は奴の細い腰に命中した……と思ったけどそれは残像だった。
奴は水平に全身を移動させて最後の三本目をかわしやがった。
「お、おいおい嘘だろ! そんなジャンプあり得ねえって」
言った後にはっきり解った。コイツは普通に七号棟の屋上に着地するもんだと思っていたが、数秒ほど空中浮遊してから、無駄な音など立てることもなくブーツを屋根上に乗せて見せたんだ。
「私はジャンプしたのではない。飛行したのだ」
「お前……マッハで動ける上に空まで飛べんのかよ」
どうすればいい? 俺と奴の距離はもう二十メートルもない。弓を構えたところで斬り倒されて終わりだろう。だからって逃げようとしても、すぐ追いつかれることは目に見えている。つまり俺は今詰んじまってるってわけだ。
でもよ、こんなところで終われるか。まだ諦めちゃだめだろ。俺は誰も生き返らせてないし、蓮だって助け出してない。
「どうしてカイに言われたからって俺をあっさり殺そうとするわけ? アンタと俺は同じプレイヤーだろ。普通に考えたら協力しあう仲間じゃねえか」
「……君に答える必要はない。すぐにその短い人生を終える存在に語ることなど何もない」
「おいおい! 短い人生を終えようっていう人間が、せめて理由を教えてくれって懇願してるんだぜ。アンタそれでも人間か?」
視界に映るレーダーには、まだモンスター達のマークがある。だが化け物達を無視するように、青い丸が一つだけこっちに近づいている。誰が近づいているのか解った気がした。闇龍の騎士は少しずつ、ゆっくりとこっちに歩み寄って来ている。
「困った駄々っ子だな。覚悟が足りないのではないか?」
「覚悟ならあるぜ。俺は妹やおふくろの為に戦ってるんだ」
「……君のような兄を持ったら大変だろう。妹さんの苦労が目に浮かぶようだよ」
「逆だよ。むしろ妹に苦労させられてたんだぜ。おふくろと一緒に死んじまったけどな」
瞳の奥が少しだけ悲しげになったのは気のせいだろうか。俺はジリジリ後退して、丁度屋上の中間辺りまで下がっている。奴との距離はもう五メートルもない。でももう少しだ、もう少し。
「いいか、よく聞けよ。俺は何があってもCursed modeのランキングで一位になって、おふくろと妹を生き返らせる。こんなところでは絶対に死なねえ! 絶対にだ」
「悲しいことだが君の願いは叶わない。ここで死んでくれ」
奴が右手に持った血で染めたような赤い剣を、静かに俺の首の高さまで上げてくる。
「……くそ! 解ったよ。だったら諦めるわ! でもよ、最後に遺言の一つでも言わせてくれ」
「コロコロ言うことが変わるのだな。まあいいだろう。言ってみなさい」
「……お前すっげえ美人で、その女騎士みたいなルックスも最高だと思うんだけど……ミニスカートの中にスパッツ履いてるのにはガッカリした」
「は? 何だと?」
奴が一瞬怪訝な顔をした瞬間だった。背後から振り下ろされたエクスカリバーの一閃が、緑色の長い髪を少しだけ斬り裂いた。どうやら横に飛んでかわしたらしい。
「くっ! 貴様」
「やっぱりアンタだったのねリンディス。こんなところで会えるなんて光栄だわ」
ルカはエクスカリバーを構えつつ、ちらりと俺を横目で一瞥して
「まだ生きてるみたいね!」
「まあ、俺は悪知恵が働くからな。ところでお前、アイツのこと知ってるのか」
「アンタ本当に知らなかったのー? 超有名じゃん! 前回のランキングで二位になった、実質最強のプレイヤーって呼ばれてる女よ」
前回のランキングで二位? 間違いなく一位だった影山よりも強いだろコイツ。
「一度戦ってみたかったのよね。アンタ……あたしと被ってるし」
「そうか。願いが叶って良かったな!」
漆黒の鎧から黒い光が煌めいたと思った瞬間に、赤い頭身が俺の目前まできていて、ルカのエクスカリバーが横から阻んでもう一度奴をぶっ飛ばした。
「圭太! あたしを援護して」
「お、おう!」
リンディスとかいう奴に正面から向かって行くルカの剣は、ギリギリで奴の体をかすめているだけで当たることはないが、闇に染まった剣も同じように当たらない。俺は決してルカに当たることがないように狙いを定めつつ、慎重に矢を放った。
「これでも喰らいなさいよ! はああっ!」
「………………」
漆黒の鎧を着た女はルカの乱れ飛ぶような斬撃を的確に弾きながら、同時に俺の矢も斬り落としてなお反撃する余裕があった。コンビネーションの間にできた0.1秒程度の隙を逃さず、上段斬りをぶち当ててエクスカリバーごとルカを吹っ飛ばすと、次の瞬間には背後に回っていた。
「ルカ! 危ない!」
俺は必死で次の矢を放つ。この至近距離ならかわすことも防ぐことも普通はできない筈だが、リンディスは後頭部に決まりかけた矢を振り向くこともなく剣で弾き、そのままルカの首筋目掛けて剣を振った。
「……くぅっ! このおっ!」
ルカにはギリギリで振り返って鍔迫り合いに持ち込むことに成功した。リンディスは確かにとんでもない速さだが、ルカは何とか対応できている。俺の援護もあるが凄いと思う。
「君がルカか……カイから聞いているよ」
「そうよ。アンタもカイも、あたしが倒すっ!」
闇龍の騎士リンディスと、ソードナイトルカは団地の屋上で爆発しているような激しさで斬り合いを始めた。俺は少しだけ距離を置いて矢を放ち続ける。奴がエクスカリバーを避けることが困難になるように、動く道を塞ぐように誘導する矢だったが、
「カイが君のことをこう言っていたよ……」
リンディスが何かを囁いたが俺には聴き取れない。
「……は? アンタそれって」
「危ない! ルカ」
ルカの上段斬りの速度が落ちて、リンディスは頬すれすれでかわしつつまた背後に周り、赤い鎧をまるでパンみたいに真横に斬り裂いた。
「あ、ああっ! ……うぅ」
「ルカ! お、おい!」
ルカの背中から真っ赤な血が吹き出した時、もう俺は遠くから矢を射るなんてしてられずに走り出していた。背中を斬られたルカは大きく態勢が崩れ、体を丸めて前のめりになったところで、黒いブーツが絡めるように足を取って転ばせる。
「やめろ! テメエェ!」
俺は全速力で走りながら矢を放った。こんな戦い方をするアーチャーなんて下の下なんだろうけど、必死すぎて頭の中は空っぽだったんだ。リンディスは矢を的確に剣で弾きながら、目はずっと倒れこんだルカを見下ろしたままだ。
頭が馬鹿になっている。もう十メートルもない距離まで近づいて、返り討ちに遭うことが目に見えているのに足が止まらない。
奴が振り上げた赤い剣が、立ち上がろうとするルカの白い首に、決して治らない傷をつけようとしていた。
「ちっくしょう! どうして俺ばっか狙ってくるんだよコイツらは!」
俺は逃げつつも彗星に包まれた矢を放ち、目前で食らいつこうとした二匹を消しとばしたが、上下左右あらゆる方向に動き回る奴らはまるで怯まない。気がつくと屋上の端まで追い込まれてしまっていて、
「キヒヒ! 貰ったわあ。美味しそうな子」
「喋れんのかよ。何もやらねえよこの鳥女!」
奴らの突進や口から吐かれている炎をかわしながら俺は飛んだ。思い切り助走をつけていたせいか、目標だった向かいにある一号棟の屋上を超えてしまいそうなくらいの勢いだ。空中で身を翻した俺は、背後から向かってくるハーピィ達をロックオンした。
「舐めんなよ! この気色悪い鳥共!」
「ギャイイー」
連続で放ち続けた矢はハーピィ六羽に命中し、奴らは気色の悪い声を上げながら地面に落下していく。でもまだまだあいつらは闇に包まれた団地を飛び回ってる。下を見るとルカやランスロット、めいぷるさん達が剣を振り回す阿修羅像みたいな奴らと戦っていた。
「出てくるモンスターが強くなってきてるな。早いうちにゲートを閉じねえと」
プレイヤー達の被害も増えている。十メートル以上はあるだろう巨大なおっさんの石像とか、首がいくつもある犬とか、骨だけの恐竜とかがゲートから這い出てきて、上から見ているだけで十人以上のプレイヤーが死んでいた。
俺は次々と滑空して噛みつき攻撃をしてくるハーピィをサイドステップやダッシュでかわしつつ、ロックオンしては矢を放つという行為を繰り返している。標的をロックすることさえできるなら、飛ぶ鳥でさせ撃ち落とすことはたやすかった。
「キイアアアア」
ハーピィ達は俺の上空に集まって炎を吐いてきたが、避けながら放たれる彗星に纏めて吹き飛ばされていく。どんなにアイツらがプレッシャーをかけようが、一番高い位置から降りることは許されない。ここにくる前から決めていた作戦だ。
それでも、ハーピィ達は俺の周りをグルグル周りやがって、少しずつ炎に焼かれ爪に斬られはじめた。このままじゃリンチされちまうかもしれないと思っていた時、エメラルドグリーンの輝きが目前に広がった。
「うおお!? な、なんだ……これ。もしかして……回復魔法?」
「キイイイイアア!」
ハーピィ達にやられた背中の痛みや、打撲や切り傷が塞がっていく。間違いなく回復魔法だろう。だが周囲を飛んでいたモンスター達は光を浴びると悶絶しながら体が溶けていき、やがて糸の切れたマリオネットみたいに落ちていった。どうなってんだ?
「あ……めいぷるさん」
めいぷるさんが杖をこっちに向けているのが見える。俺の視線に気がついた彼女は、微笑を浮かべつつ小さな拳でガッツポーズをした。彼女の杖は初めてみる代物で、多分新しいCursed Skillか何かを使ったんだろう。俺は彼女のガッツポーズに応えた後、
「これでお前らは打ち止めだ!」
気色悪い鳥達が怯んでいる。やるなら今だと俺は残された三つのゲート目掛けて一気に矢を連発する。目的がどんなに遠くにいようと、矢は必ずそこまで届く。そして標的が遠ければ遠いほど、彗星弓から放たれる矢は速度を増していくという矛盾に満ちていた。
矢は赤やオレンジや黄色の彗星に包まれながら勢いよくそれぞれの棟に向かっていき、音もなく侵入していった。これはマジで便利な弓だ。あっという間にゲートは全て破壊され、今残っているモンスター達で全部になったんだ。
「よおし。後は一匹ずつ……?」
嫌な予感がした。視界に写っているレーダーが、遥か遠くの山から近づいてくるプレイヤーマークを映し出す。目的の場所まで新幹線ばりに急接近してくる奴なんて、俺は一人しか心当たりがない。あっという間に団地内に入ってきやがった。
正面の方向に小さく見える長い緑髪と、漆黒の兜と鎧。切れ長の瞳は遥か遠くにいる俺を静かに捉えているようだった。
「来やがったな……闇龍の騎士。今度はやられねえぞ!」
あの時は油断しきっていた。だが今は俺もアーチャーになっているんだ。この姿ならそう簡単にはやられるはずはない。俺は弓を眺めながら信仰に近い気持ちでそう思っていた。幸いハーピィ達は地上で戦っているプレイヤーに興味が移っているらしい。
老若男女、沢山のプレイヤー達がモンスターに殺されて地面に横たわっていた。今だって誰かの悲鳴が聞こえてる。闇龍の騎士はまだ動かない。一体何を考えてるんだ?
奴の全身が黒いオーラみたいなもんに包まれて、猛然と突っかかっていたオーガやゾンビ達が怯えて逃げ始めている姿を見るに、多分触れただけで死んじまう類の光なんだろうと予想した。黒い輝きはどんどんこの地獄みたいな戦場に膨らんでいく。
「あれは……槍か?」
闇龍の騎士はいつの間にか、長い槍を持って振りかぶる姿勢を取る。掃除機で吸っているみたいに何かが槍に集められているのが解った。
まるで地面や大気、そしてモンスター達から一方的にエネルギーを吸い上げているような感じがして、焦った俺が攻撃しなきゃと考えた時、奴は右手に持っていた槍を思い切りぶん投げた。黒い巨大なレーザーに包まれたそれはまるで悪魔の一撃だったと思う。
黒い山みたいに巨大な閃光がすぐ近くを飛び過ぎて行く。気がつけば団地の半分を消しとばしモンスター達のほとんどを消滅させてやがった。モンスターがひしめく戦場が、一人の騎士が投げた槍で一気に無人の荒野みたいな世界に様変わりしちまうなんて、誰が予想できただろう。
「し、信じられねえ……化けもんかよアイツ」
モンスターはほとんど残ってない。大抵のプレイヤーは無事で、ルカやランスロット、めいぷるさんが奴を見てボーッと立っているような姿を見かける。俺の左側にあった団地は綺麗に消滅して、辛うじて巻き込まれずに済んだから良かったが、もう少し槍がこっち側に来ていたらマジで死んでいた。
闇龍の騎士が使ったのは恐らくCursed Skillだろう。ゲージをバトル開始から溜まっている状態にできる武器でも装備しているんだろうか。ちなみに遠くにあった山まで綺麗になくなっちまってる。
「そうか。やっぱ戦おうってんだな、俺と」
奴は剣を抜くと、切先を真っ直ぐにこっちに向ける。ゆっくりと歩き出し、やがて小走りになった後にスポーツカーばりの加速をして来やがった。だが距離は充分にある。俺は虹の彗星弓を構えると、まさに騎士って感じの精悍そうな顔をロックオンする。
「今度は容赦しないぞ! 彗星のアーチャー!」
どっかの歌劇団の男役でもやったらウケそうな声を張り上げて来たアイツに向かって放たれた矢は、俺の予想とは反する形で何もない地面に激突した。ロックオンはしたはずなのに、奴は一瞬で大きく移動して矢をかわしたんだ。
「嘘だろ? 何処に消えやがった」
奴を探している時、レーダーに奇妙な現象が生じていることに気がついた。
俺本人のマークとほぼ重なるように他のプレイヤーのマークがあるんだけど、何処を見回しても誰もいない。奴がジャンプして上空から斬りつけてくるとばかり思っていた俺は、すれすれのところで足場を粉砕し突き上げてくる剣にギリギリで気づいて避けることができた。
「ちいい! 下からかよ」
格闘ゲームの対空技みたいに屋根を突き破って振り上げられた剣。鼻先をかすめたくらいで済んだのは運が良かっただけだ。バク転をしつつ奴から距離を取る。
「どうして俺ばっか狙うんだよお前は!?」
「君を捕まえてくることをカイに頼まれた。だが今回は、殺してしまってもよいと許可を貰っている。覚悟するがいい」
「覚悟なんてしねえよ!」
俺は思い切りダッシュして、まだ残っていた西側の七号棟に走る。闇龍の騎士はため息混じりに首を振ると、ルカよりも女騎士らしい声で、
「男のくせに往生際が悪い。逃げられるとでも思っているのか」
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俺は空中で体を回転させて逆さまになりつつ奴と向かい合い、虹の彗星弓を構えた。三十メートル程の距離に迫っていた奴の目が大きく開いている。
「空中なら避けれねえだろ!」
「……!」
三回連続で放った矢が奴めがけて飛んでいき、一本目は剣に斬り落とされ二本目は兜をかすめ、ラスト一本は奴の細い腰に命中した……と思ったけどそれは残像だった。
奴は水平に全身を移動させて最後の三本目をかわしやがった。
「お、おいおい嘘だろ! そんなジャンプあり得ねえって」
言った後にはっきり解った。コイツは普通に七号棟の屋上に着地するもんだと思っていたが、数秒ほど空中浮遊してから、無駄な音など立てることもなくブーツを屋根上に乗せて見せたんだ。
「私はジャンプしたのではない。飛行したのだ」
「お前……マッハで動ける上に空まで飛べんのかよ」
どうすればいい? 俺と奴の距離はもう二十メートルもない。弓を構えたところで斬り倒されて終わりだろう。だからって逃げようとしても、すぐ追いつかれることは目に見えている。つまり俺は今詰んじまってるってわけだ。
でもよ、こんなところで終われるか。まだ諦めちゃだめだろ。俺は誰も生き返らせてないし、蓮だって助け出してない。
「どうしてカイに言われたからって俺をあっさり殺そうとするわけ? アンタと俺は同じプレイヤーだろ。普通に考えたら協力しあう仲間じゃねえか」
「……君に答える必要はない。すぐにその短い人生を終える存在に語ることなど何もない」
「おいおい! 短い人生を終えようっていう人間が、せめて理由を教えてくれって懇願してるんだぜ。アンタそれでも人間か?」
視界に映るレーダーには、まだモンスター達のマークがある。だが化け物達を無視するように、青い丸が一つだけこっちに近づいている。誰が近づいているのか解った気がした。闇龍の騎士は少しずつ、ゆっくりとこっちに歩み寄って来ている。
「困った駄々っ子だな。覚悟が足りないのではないか?」
「覚悟ならあるぜ。俺は妹やおふくろの為に戦ってるんだ」
「……君のような兄を持ったら大変だろう。妹さんの苦労が目に浮かぶようだよ」
「逆だよ。むしろ妹に苦労させられてたんだぜ。おふくろと一緒に死んじまったけどな」
瞳の奥が少しだけ悲しげになったのは気のせいだろうか。俺はジリジリ後退して、丁度屋上の中間辺りまで下がっている。奴との距離はもう五メートルもない。でももう少しだ、もう少し。
「いいか、よく聞けよ。俺は何があってもCursed modeのランキングで一位になって、おふくろと妹を生き返らせる。こんなところでは絶対に死なねえ! 絶対にだ」
「悲しいことだが君の願いは叶わない。ここで死んでくれ」
奴が右手に持った血で染めたような赤い剣を、静かに俺の首の高さまで上げてくる。
「……くそ! 解ったよ。だったら諦めるわ! でもよ、最後に遺言の一つでも言わせてくれ」
「コロコロ言うことが変わるのだな。まあいいだろう。言ってみなさい」
「……お前すっげえ美人で、その女騎士みたいなルックスも最高だと思うんだけど……ミニスカートの中にスパッツ履いてるのにはガッカリした」
「は? 何だと?」
奴が一瞬怪訝な顔をした瞬間だった。背後から振り下ろされたエクスカリバーの一閃が、緑色の長い髪を少しだけ斬り裂いた。どうやら横に飛んでかわしたらしい。
「くっ! 貴様」
「やっぱりアンタだったのねリンディス。こんなところで会えるなんて光栄だわ」
ルカはエクスカリバーを構えつつ、ちらりと俺を横目で一瞥して
「まだ生きてるみたいね!」
「まあ、俺は悪知恵が働くからな。ところでお前、アイツのこと知ってるのか」
「アンタ本当に知らなかったのー? 超有名じゃん! 前回のランキングで二位になった、実質最強のプレイヤーって呼ばれてる女よ」
前回のランキングで二位? 間違いなく一位だった影山よりも強いだろコイツ。
「一度戦ってみたかったのよね。アンタ……あたしと被ってるし」
「そうか。願いが叶って良かったな!」
漆黒の鎧から黒い光が煌めいたと思った瞬間に、赤い頭身が俺の目前まできていて、ルカのエクスカリバーが横から阻んでもう一度奴をぶっ飛ばした。
「圭太! あたしを援護して」
「お、おう!」
リンディスとかいう奴に正面から向かって行くルカの剣は、ギリギリで奴の体をかすめているだけで当たることはないが、闇に染まった剣も同じように当たらない。俺は決してルカに当たることがないように狙いを定めつつ、慎重に矢を放った。
「これでも喰らいなさいよ! はああっ!」
「………………」
漆黒の鎧を着た女はルカの乱れ飛ぶような斬撃を的確に弾きながら、同時に俺の矢も斬り落としてなお反撃する余裕があった。コンビネーションの間にできた0.1秒程度の隙を逃さず、上段斬りをぶち当ててエクスカリバーごとルカを吹っ飛ばすと、次の瞬間には背後に回っていた。
「ルカ! 危ない!」
俺は必死で次の矢を放つ。この至近距離ならかわすことも防ぐことも普通はできない筈だが、リンディスは後頭部に決まりかけた矢を振り向くこともなく剣で弾き、そのままルカの首筋目掛けて剣を振った。
「……くぅっ! このおっ!」
ルカにはギリギリで振り返って鍔迫り合いに持ち込むことに成功した。リンディスは確かにとんでもない速さだが、ルカは何とか対応できている。俺の援護もあるが凄いと思う。
「君がルカか……カイから聞いているよ」
「そうよ。アンタもカイも、あたしが倒すっ!」
闇龍の騎士リンディスと、ソードナイトルカは団地の屋上で爆発しているような激しさで斬り合いを始めた。俺は少しだけ距離を置いて矢を放ち続ける。奴がエクスカリバーを避けることが困難になるように、動く道を塞ぐように誘導する矢だったが、
「カイが君のことをこう言っていたよ……」
リンディスが何かを囁いたが俺には聴き取れない。
「……は? アンタそれって」
「危ない! ルカ」
ルカの上段斬りの速度が落ちて、リンディスは頬すれすれでかわしつつまた背後に周り、赤い鎧をまるでパンみたいに真横に斬り裂いた。
「あ、ああっ! ……うぅ」
「ルカ! お、おい!」
ルカの背中から真っ赤な血が吹き出した時、もう俺は遠くから矢を射るなんてしてられずに走り出していた。背中を斬られたルカは大きく態勢が崩れ、体を丸めて前のめりになったところで、黒いブーツが絡めるように足を取って転ばせる。
「やめろ! テメエェ!」
俺は全速力で走りながら矢を放った。こんな戦い方をするアーチャーなんて下の下なんだろうけど、必死すぎて頭の中は空っぽだったんだ。リンディスは矢を的確に剣で弾きながら、目はずっと倒れこんだルカを見下ろしたままだ。
頭が馬鹿になっている。もう十メートルもない距離まで近づいて、返り討ちに遭うことが目に見えているのに足が止まらない。
奴が振り上げた赤い剣が、立ち上がろうとするルカの白い首に、決して治らない傷をつけようとしていた。
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「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
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寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい
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R15をつける事にしました。
幼い頃からの婚約者、この国の第二王子に婚約破棄を告げられ。あらぬ冤罪を突きつけられたリフィル。この場所に誰も助けてくれるものはいない。
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新たな年を迎える直前、世界は大きな地震に見舞われ各地にダンジョンが現れた。
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眞守鈴子。
母親に再婚の邪魔だと祖父母宅に置いて行かれて11年、祖父母は亡くなり遺産を受け継いだ少女は祖父母が残してくれた家で一人暮らしをしていた。
祖母が残してくれた家にまさかダンジョンが出来ると誰が思うのか。
ダンジョンには火を吐く魔物が居て、そいつらが外に出てきたら家が火事になってしまうしダンジョンがある事を知られたら国に家が取られてしまう。
そう思った私は自らの手でダンジョンをどうにかしようとし――何故か色々な能力を得てしまう。
《この世界の誰よりも早く ダンジョンに踏み込みました》
《この世界の誰よりも早く 魔物を討伐しました》
《この世界の誰よりも早く アイテムを手にしました》
《この世界の誰よりも早くーー》
きっと同じようなタイミングでダンジョンに踏みこみ世界でバラけるはずだった特別な称号と異能を得てしまい頭を抱えることになった。
祖母の残してくれた家を守りたかっただけなのに…。
タイトル変更しました。
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