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ルカと沙羅子と廃ホテル
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バイト先である喫茶店に俺は沙羅子とやって来た。
店の中にはマスターと、いつの間にかバイトとして定着しちまったルカがいて、なぜか解らないがいつもとは異質な場の空気を感じる。
「はーい。ご注文は何になさいますか?」
ちょっと可愛い子ぶった声でルカが俺たちのそばにやって来た。いつもなら奴が占拠している窓際角の一番眺めの素晴らしいポジションに沙羅子が座っている。
「じゃあ、あたしは……んー。きのこと厚切りベーコンのクリームスパゲティとパンナコッタと……あ! タピオカミルクティーあるじゃん! じゃあこの三つで!」
いつの間にタピオカミルクティーなんてメニューに追加されたんだ? まあ、誰が追加したのかは言うまでもなくルカだろうけど。
「はーい! かしこまりました。圭太は?」
「どうすっかな。サンドイッチと紅茶でいいや」
「はーい! じゃごゆっくりー」
ルカは注文を聞き終えるとスキップでも始めそうなほど軽やかな足取りでマスターの元まで歩いて行く。ワガママでイタズラ好きなところがあるから、なんかやってくるかと警戒していたけど、ちゃんと店員らしくなって来たんだなと感心した。
店員がちゃんと店長の元へメニューを伝えに行く姿を確認して、安心して向き直ったところで、沙羅子が身を乗り出して上目遣いにこっちを見つめていることに気がついた。
「うわっ! なんだよ、ビックリするじゃねえか」
沙羅子は俺だけに聞こえるような小声で、
「ねえ、どういう関係なの? あの人と……」と質問をしてきた。
沙羅子が本来のルカに会ったのはこれが初めてだった。一度は星宮邸で、次にこの前の地下鉄で二人は出会っているが、ルカは女騎士に変身していたからまるで別人だったわけで。
「どういう関係って……なんだろうな~。ゲーム友達……かな」
「ふーん。アンタがいつもやってるゲームで知り合ったってこと? オフ会にでも行ってきたの?」
正直に言うべきか悩んだ。沙羅子は鋭いから、少しでも嘘が入っていたら見抜くかもしれないけど、今より更にCursed Heroesのことに深い入りさせることにもなりかねない。
ルカと出会った時のことは今でも覚えている。あの時に話しかけてきた変人と、今はしょっちゅう一緒にいるんだから人生って不思議だ。もう少しで十六歳になる人間にはまだまだ解らねえことばっかりだとか考えていると、アキバのカフェ&バーにいそうなメイドばりに可愛い笑顔を振りまいてアイツが来た。
「はーいお待たせでーす!」
沙羅子が頼んだデザート以外は全部到着して、さあこれから食べようかと思った瞬間のことだ。
「お邪魔しまーす」
隣の椅子に勤務中であるはずの女が座りやがった。え? という心の声がはっきり聞こえてきそうな顔をしている沙羅子を眺めつつ、俺はとりあえずの注意をしてみる。
「こらルカ。お前はまだ勤務中だろうが」
「勤務なら今終わったところよ! マスター! あたしも沙羅子ちゃんとおんなじ奴ね!」
「は~い」とマスターの野太い声が聞こえる中、腕時計を見ると時刻は十九時三十八分を刺していた。
「こんな中途半端な時間に終わるシフトなんてあるかよ!」
マスターが手早く作ったスパゲティを持ってくる間、沙羅子は明らかに呆然とした顔からドン引き顔に変化し、最終的にどうしていのか解らない不安そうな顔になった。
だけど、どうやら何かを決心したかのように深呼吸を一度してから、
「あの……ルカさん。いきなり変な質問しちゃって悪いんだけど、あなたと圭太ってどこで知り合ったの?」
キョトンとした顔になったルカは、天井を見上げながら考える仕草をした後、ふっと沙羅子に顔を合わせて微笑んだ。
「それがねー。結構変わった出会い方だったのよね。あたしが学校から帰る途中の道で、子供達にいじめられている圭太を見つけたのよ。いたたまれなくなって助けに入ったら凄く感激したみたいで、どうかお礼させて下さいって言われたの。そして連れてこられたのがこの喫茶店だったわけ!」
沙羅子は唖然とした顔で固まったままだったが、ようやく口元だけは動かせたみたいで、
「へ……へー……そう、だったんだ」
「いやいや沙羅子! 納得するんじゃない! 俺は亀でここは竜宮城かよ! 違うだろ……電車でお前が声をかけてきたんじゃないか」
「もう! そんな本当のことを言っちゃったらつまんないじゃん」
全然つまらなくないと思うけどな。電車で出会うなんてことそうそうないって。沙羅子はまだ何か納得がいってないみたいに、チラチラと俺に視線を送る。
「それでバイトも一緒になったの? なんて言うか、とても変わった人なのね」
「ああ。こいつは相当な変人だぜ。でも光慶学園で成績がトップらしいからな。世の中っておかしいよな」
「もう! 圭太ってば、そんなに褒めなくていいのよ」
「別に褒めてねえよ!」
ルカはいつの間にかマスターが運んできたスペゲティを食べ始め、俺はサンドイッチを食べながら窓の外を眺めている。
「鎌田が言っていた人ね! 駅前のカフェで会っていたっていう」
何かが脳内で繋がったように納得した顔になった沙羅子が、ようやくルカに笑顔を見せた。
「いつも気になっていたの。圭太と会っていた光慶学園の人って誰なのかなって。あたしは圭太とは小学校からの付き合いなの。その……幼馴染っていうのかな」
ガタッ! と背後から大きな音がしたと思って振り返ると、キリリとした顔でマスターがテーブルカウンターの席から立ち上がっていた。何なんですかあなたは。
「ふ……ふーん。幼馴染なのね。そう……」
ルカはちょっとだけ声のトーンが落ちている様子だったが、どうしてなのかはさっぱり解らん。妙な沈黙が場を支配してから五分も経たないうちに、何かを思い出したように隣の女が立ち上がる。
「あー! もうこんな時間じゃん。圭太、早く行くわよ」
「は? 何処に?」
「イベントよイベント! 今日はCursed Heroesのイベントがあったじゃない。早く行かなきゃ」
いつもどおり俺の腕を細い手が掴んで引っ張ってくる。
「うわっ! ちょ、ちょおっと待てよお!?」
ぐいぐい引っ張られて俺は出口のドアまで歩いて行くことになっちまった。そういえば確かにスマホが振動したなって思ったんだが、こんな時にCursed modeが来ちまったのかよ。
「え? え? ちょっと待ってよ圭太! ルカさん、何で圭太を連れて行くの!?」
背後から聞こえてくる沙羅子の声を聞いて、焦った俺は振り向いて、
「すまん沙羅子! どうしても外せない急用ができちまった! 今日はこれでー!」
「待ってよ圭太! ちょっとぉー!」
俺とルカは喫茶店の扉から飛び出して走り出した。
「おいおい! お前何処にゲートが発生しているのか知ってんのか?」
「大丈夫。レーダーはちゃんと見ていたわ。予想より遅かったけど……」
「へ?」
「何でもない! このままタクシーに乗り込むわよ」
「お前本当に金あるんだなー」
変なところに感心している場合ではなかったんだが、いつも奢ってもらっているからちょっと悪い気がしていた。タクシーを捕まえて都内から出ようと高速道路に向かおうとしている途中で、予備校の並ぶ通りに入ってランスロットを拾い、病院の近くを通りめいぷるさんを乗せることに成功する。
「みんな! 次の目標は潰れてたて壊しが予定されているホテルよ! そして作戦は……超特急で神速撃破! 以上よ。解った?」と助手席に座っているルカが振り向いて中二病全開としか思えないことを言った。
「それ、ちょっと意味が被ってねえか?」
「……めいぷるちゃん、解ったの?」
俺の言葉は黙殺された。ちくしょうめ。
「は、はい?」
めいぷるさんは後部座席の一番右側でぶるるっと怖さに身を震わせ意味が解らないという感じだった。
俺とめいぷるさんの真ん中にいるランスロットは「了解」とだけ言ってバッグの中に入れていたパンフレットを取り出して読みふけっている。本当に解ったのかお前。
「よし! みんな解ったみたいね。目的地まではまだ時間があるから、精神統一なり何なりしなさい!」
車は高速道路に入って、どんどん田舎のほうへ進んでいる様子だった。親父に帰るのが遅くなる言い訳チャットを送信した時、沙羅子とマスターそれぞれからチャットが届いていることに気がついた。
なんか、どっちも嫌な予感がするなーと思いつつルームを開いた。まずはマスターだ。
『圭太君。君はハーレムルートを地で行っているようだね。まさか幼馴染が存在していたとは……君のこれからが楽しみだ』
……もうこの人ブロックしようかな。何だよハーレムルートって。次に見たのは沙羅子だった。なんかルームを開くのにドキドキと言うか、ヒヤヒヤというか。うまく言えないけど嫌な感じがしていた。
『マジで何なの! 今度埋め合わせしてもらうからね!』
良かった。そこまでブチ切れているわけではなさそうだ。俺は丁寧に謝罪のチャットを送信した後、ホッとため息をついた。そんな時にパンフレットを読み続けているランスロットが気になって、
「なあお前、さっきから何読んでんだよ」
「ん? 専門学校のパンフレットだよ」
「お前大学行くんじゃないの? 何の学校?」
パンフレットから目を離したランスロットは、いつものキザな感じとは違う素直な笑顔を見せる。
「いいや、学校に行くわけではないよ。僕は学校そのものに興味があるんだ」
「学校そのもの……ってどういうこと?」
「圭太君。この国の学校っていう制度は素晴らしいと思わないかい。僕はこの制度の仕組みについて凄く興味があるんだよ。ありとあらゆる経験を、安全に誰もが学ぶことができる仕組みをね」
意外な回答だった。自分が通うわけじゃないって、もしかして教師になりたいってことなんだろうか。
「えー。お前本当に変わってるよな。学校なんてほとんどの奴は興味ないし、行きたくない奴がいっぱいいるのにさ。俺もできれば学校は行きたくないし」
愚痴るように言い終えた声を、ランスロットは時間が止まったような顔で聞き入っていた。奴にしては珍しい反応だったと思う。五秒くらいしてから時が動き出したみたいに、
「本当かい? これは驚いたよ。どうして君はあんな素晴らしい高校に行きたくないと思うのかな? 僕はなかなか学校に通いたくても通えなかったから、君の気持ちが理解できないね。どうしてだい?」
「何でもいいだろ。お前教師にでもなりたいの?」
「教師か……まあ、そんなところかな。それより教えてくれないかな? 君が学校に行くのを面倒くさがる理由を」
こんなに食いついてこられたのは初めてだった。ランスロットの質問のほうが面倒くさい。興味も何も、みんなそうだろうよって思いつつ答えを教える。
「怠いからだよ。別に授業も勉強も楽しくはないだろ? 俺からしたらお前みたいに熱心になってるほうが少数派だと思うね。みんなできれば勉強とか授業とか嫌だし、大学なんて通いたくないけど、就職したいから我慢してやってるんじゃん」
「へえ……そういうものか」
ランスロットは腕を組んでうつむき、真剣に考え込んでいる様子だった。めいぷるさんはこいつのことをどう思ってるんだろう。それにしても俺達四人は、けっこう変わった変人の集まりのような気がしてきた。
「みんな見て! あれが今回の戦場よ」
ルカのよく響く声が前から聞こえてくる。山の中を走っている車の窓から、小さな灰色の建物が見えてきて、少しずつ形が解ってきた。近づくにつれてどんどん大きさを増していくホテルは、俺が想像していたものより遥かに大きい。
タクシーを降りた俺達は、運転手さんの姿が消えていったのを見計らって携帯を取り出した。まだゲートが出てきていないが、出現する前に破壊しちまうのが一番だ。
「圭太! 今日も頼んだわよ」
「ああ。解ってる。速攻で全部ゲートをぶっ壊して帰ろうぜ」
めいぷるさんは黙って頷き、ランスロットは静かに笑っている。森に包まれたホテルは所々木の枝が巻きつき始めていて、ヒビも入っていて数年すれば自然と崩壊するような気がした。周りにはプレイヤー達がぞろぞろ集まっているのが解る。
影山も来てんのかな。インストールを開始しながら奴らのことを考えていると、ホテルの奥から三つほどゲートが現れたことに気がついた。
店の中にはマスターと、いつの間にかバイトとして定着しちまったルカがいて、なぜか解らないがいつもとは異質な場の空気を感じる。
「はーい。ご注文は何になさいますか?」
ちょっと可愛い子ぶった声でルカが俺たちのそばにやって来た。いつもなら奴が占拠している窓際角の一番眺めの素晴らしいポジションに沙羅子が座っている。
「じゃあ、あたしは……んー。きのこと厚切りベーコンのクリームスパゲティとパンナコッタと……あ! タピオカミルクティーあるじゃん! じゃあこの三つで!」
いつの間にタピオカミルクティーなんてメニューに追加されたんだ? まあ、誰が追加したのかは言うまでもなくルカだろうけど。
「はーい! かしこまりました。圭太は?」
「どうすっかな。サンドイッチと紅茶でいいや」
「はーい! じゃごゆっくりー」
ルカは注文を聞き終えるとスキップでも始めそうなほど軽やかな足取りでマスターの元まで歩いて行く。ワガママでイタズラ好きなところがあるから、なんかやってくるかと警戒していたけど、ちゃんと店員らしくなって来たんだなと感心した。
店員がちゃんと店長の元へメニューを伝えに行く姿を確認して、安心して向き直ったところで、沙羅子が身を乗り出して上目遣いにこっちを見つめていることに気がついた。
「うわっ! なんだよ、ビックリするじゃねえか」
沙羅子は俺だけに聞こえるような小声で、
「ねえ、どういう関係なの? あの人と……」と質問をしてきた。
沙羅子が本来のルカに会ったのはこれが初めてだった。一度は星宮邸で、次にこの前の地下鉄で二人は出会っているが、ルカは女騎士に変身していたからまるで別人だったわけで。
「どういう関係って……なんだろうな~。ゲーム友達……かな」
「ふーん。アンタがいつもやってるゲームで知り合ったってこと? オフ会にでも行ってきたの?」
正直に言うべきか悩んだ。沙羅子は鋭いから、少しでも嘘が入っていたら見抜くかもしれないけど、今より更にCursed Heroesのことに深い入りさせることにもなりかねない。
ルカと出会った時のことは今でも覚えている。あの時に話しかけてきた変人と、今はしょっちゅう一緒にいるんだから人生って不思議だ。もう少しで十六歳になる人間にはまだまだ解らねえことばっかりだとか考えていると、アキバのカフェ&バーにいそうなメイドばりに可愛い笑顔を振りまいてアイツが来た。
「はーいお待たせでーす!」
沙羅子が頼んだデザート以外は全部到着して、さあこれから食べようかと思った瞬間のことだ。
「お邪魔しまーす」
隣の椅子に勤務中であるはずの女が座りやがった。え? という心の声がはっきり聞こえてきそうな顔をしている沙羅子を眺めつつ、俺はとりあえずの注意をしてみる。
「こらルカ。お前はまだ勤務中だろうが」
「勤務なら今終わったところよ! マスター! あたしも沙羅子ちゃんとおんなじ奴ね!」
「は~い」とマスターの野太い声が聞こえる中、腕時計を見ると時刻は十九時三十八分を刺していた。
「こんな中途半端な時間に終わるシフトなんてあるかよ!」
マスターが手早く作ったスパゲティを持ってくる間、沙羅子は明らかに呆然とした顔からドン引き顔に変化し、最終的にどうしていのか解らない不安そうな顔になった。
だけど、どうやら何かを決心したかのように深呼吸を一度してから、
「あの……ルカさん。いきなり変な質問しちゃって悪いんだけど、あなたと圭太ってどこで知り合ったの?」
キョトンとした顔になったルカは、天井を見上げながら考える仕草をした後、ふっと沙羅子に顔を合わせて微笑んだ。
「それがねー。結構変わった出会い方だったのよね。あたしが学校から帰る途中の道で、子供達にいじめられている圭太を見つけたのよ。いたたまれなくなって助けに入ったら凄く感激したみたいで、どうかお礼させて下さいって言われたの。そして連れてこられたのがこの喫茶店だったわけ!」
沙羅子は唖然とした顔で固まったままだったが、ようやく口元だけは動かせたみたいで、
「へ……へー……そう、だったんだ」
「いやいや沙羅子! 納得するんじゃない! 俺は亀でここは竜宮城かよ! 違うだろ……電車でお前が声をかけてきたんじゃないか」
「もう! そんな本当のことを言っちゃったらつまんないじゃん」
全然つまらなくないと思うけどな。電車で出会うなんてことそうそうないって。沙羅子はまだ何か納得がいってないみたいに、チラチラと俺に視線を送る。
「それでバイトも一緒になったの? なんて言うか、とても変わった人なのね」
「ああ。こいつは相当な変人だぜ。でも光慶学園で成績がトップらしいからな。世の中っておかしいよな」
「もう! 圭太ってば、そんなに褒めなくていいのよ」
「別に褒めてねえよ!」
ルカはいつの間にかマスターが運んできたスペゲティを食べ始め、俺はサンドイッチを食べながら窓の外を眺めている。
「鎌田が言っていた人ね! 駅前のカフェで会っていたっていう」
何かが脳内で繋がったように納得した顔になった沙羅子が、ようやくルカに笑顔を見せた。
「いつも気になっていたの。圭太と会っていた光慶学園の人って誰なのかなって。あたしは圭太とは小学校からの付き合いなの。その……幼馴染っていうのかな」
ガタッ! と背後から大きな音がしたと思って振り返ると、キリリとした顔でマスターがテーブルカウンターの席から立ち上がっていた。何なんですかあなたは。
「ふ……ふーん。幼馴染なのね。そう……」
ルカはちょっとだけ声のトーンが落ちている様子だったが、どうしてなのかはさっぱり解らん。妙な沈黙が場を支配してから五分も経たないうちに、何かを思い出したように隣の女が立ち上がる。
「あー! もうこんな時間じゃん。圭太、早く行くわよ」
「は? 何処に?」
「イベントよイベント! 今日はCursed Heroesのイベントがあったじゃない。早く行かなきゃ」
いつもどおり俺の腕を細い手が掴んで引っ張ってくる。
「うわっ! ちょ、ちょおっと待てよお!?」
ぐいぐい引っ張られて俺は出口のドアまで歩いて行くことになっちまった。そういえば確かにスマホが振動したなって思ったんだが、こんな時にCursed modeが来ちまったのかよ。
「え? え? ちょっと待ってよ圭太! ルカさん、何で圭太を連れて行くの!?」
背後から聞こえてくる沙羅子の声を聞いて、焦った俺は振り向いて、
「すまん沙羅子! どうしても外せない急用ができちまった! 今日はこれでー!」
「待ってよ圭太! ちょっとぉー!」
俺とルカは喫茶店の扉から飛び出して走り出した。
「おいおい! お前何処にゲートが発生しているのか知ってんのか?」
「大丈夫。レーダーはちゃんと見ていたわ。予想より遅かったけど……」
「へ?」
「何でもない! このままタクシーに乗り込むわよ」
「お前本当に金あるんだなー」
変なところに感心している場合ではなかったんだが、いつも奢ってもらっているからちょっと悪い気がしていた。タクシーを捕まえて都内から出ようと高速道路に向かおうとしている途中で、予備校の並ぶ通りに入ってランスロットを拾い、病院の近くを通りめいぷるさんを乗せることに成功する。
「みんな! 次の目標は潰れてたて壊しが予定されているホテルよ! そして作戦は……超特急で神速撃破! 以上よ。解った?」と助手席に座っているルカが振り向いて中二病全開としか思えないことを言った。
「それ、ちょっと意味が被ってねえか?」
「……めいぷるちゃん、解ったの?」
俺の言葉は黙殺された。ちくしょうめ。
「は、はい?」
めいぷるさんは後部座席の一番右側でぶるるっと怖さに身を震わせ意味が解らないという感じだった。
俺とめいぷるさんの真ん中にいるランスロットは「了解」とだけ言ってバッグの中に入れていたパンフレットを取り出して読みふけっている。本当に解ったのかお前。
「よし! みんな解ったみたいね。目的地まではまだ時間があるから、精神統一なり何なりしなさい!」
車は高速道路に入って、どんどん田舎のほうへ進んでいる様子だった。親父に帰るのが遅くなる言い訳チャットを送信した時、沙羅子とマスターそれぞれからチャットが届いていることに気がついた。
なんか、どっちも嫌な予感がするなーと思いつつルームを開いた。まずはマスターだ。
『圭太君。君はハーレムルートを地で行っているようだね。まさか幼馴染が存在していたとは……君のこれからが楽しみだ』
……もうこの人ブロックしようかな。何だよハーレムルートって。次に見たのは沙羅子だった。なんかルームを開くのにドキドキと言うか、ヒヤヒヤというか。うまく言えないけど嫌な感じがしていた。
『マジで何なの! 今度埋め合わせしてもらうからね!』
良かった。そこまでブチ切れているわけではなさそうだ。俺は丁寧に謝罪のチャットを送信した後、ホッとため息をついた。そんな時にパンフレットを読み続けているランスロットが気になって、
「なあお前、さっきから何読んでんだよ」
「ん? 専門学校のパンフレットだよ」
「お前大学行くんじゃないの? 何の学校?」
パンフレットから目を離したランスロットは、いつものキザな感じとは違う素直な笑顔を見せる。
「いいや、学校に行くわけではないよ。僕は学校そのものに興味があるんだ」
「学校そのもの……ってどういうこと?」
「圭太君。この国の学校っていう制度は素晴らしいと思わないかい。僕はこの制度の仕組みについて凄く興味があるんだよ。ありとあらゆる経験を、安全に誰もが学ぶことができる仕組みをね」
意外な回答だった。自分が通うわけじゃないって、もしかして教師になりたいってことなんだろうか。
「えー。お前本当に変わってるよな。学校なんてほとんどの奴は興味ないし、行きたくない奴がいっぱいいるのにさ。俺もできれば学校は行きたくないし」
愚痴るように言い終えた声を、ランスロットは時間が止まったような顔で聞き入っていた。奴にしては珍しい反応だったと思う。五秒くらいしてから時が動き出したみたいに、
「本当かい? これは驚いたよ。どうして君はあんな素晴らしい高校に行きたくないと思うのかな? 僕はなかなか学校に通いたくても通えなかったから、君の気持ちが理解できないね。どうしてだい?」
「何でもいいだろ。お前教師にでもなりたいの?」
「教師か……まあ、そんなところかな。それより教えてくれないかな? 君が学校に行くのを面倒くさがる理由を」
こんなに食いついてこられたのは初めてだった。ランスロットの質問のほうが面倒くさい。興味も何も、みんなそうだろうよって思いつつ答えを教える。
「怠いからだよ。別に授業も勉強も楽しくはないだろ? 俺からしたらお前みたいに熱心になってるほうが少数派だと思うね。みんなできれば勉強とか授業とか嫌だし、大学なんて通いたくないけど、就職したいから我慢してやってるんじゃん」
「へえ……そういうものか」
ランスロットは腕を組んでうつむき、真剣に考え込んでいる様子だった。めいぷるさんはこいつのことをどう思ってるんだろう。それにしても俺達四人は、けっこう変わった変人の集まりのような気がしてきた。
「みんな見て! あれが今回の戦場よ」
ルカのよく響く声が前から聞こえてくる。山の中を走っている車の窓から、小さな灰色の建物が見えてきて、少しずつ形が解ってきた。近づくにつれてどんどん大きさを増していくホテルは、俺が想像していたものより遥かに大きい。
タクシーを降りた俺達は、運転手さんの姿が消えていったのを見計らって携帯を取り出した。まだゲートが出てきていないが、出現する前に破壊しちまうのが一番だ。
「圭太! 今日も頼んだわよ」
「ああ。解ってる。速攻で全部ゲートをぶっ壊して帰ろうぜ」
めいぷるさんは黙って頷き、ランスロットは静かに笑っている。森に包まれたホテルは所々木の枝が巻きつき始めていて、ヒビも入っていて数年すれば自然と崩壊するような気がした。周りにはプレイヤー達がぞろぞろ集まっているのが解る。
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