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第1章 愛を込めて花束を

プロローグ【裏】

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「えっと死因は……自殺?」
「はい」

 絶ちゃんは手元に用意された書類に目を通す。
 そこには彼女の、道端藍瑠の死に至るまでの人生が記載されている。
 その中で、二つ気になる項目があった。
 一つは死因。もう一つは、彼女が今まで積み上げてきた悪行。

「色々、聞きたいけどまずはどうして自殺したの?」

 絶ちゃんの質問を聞き、藍瑠は満面の笑みで答えた。

「愛している人が死んだので。彼を追いかけて死にました」

 表情は変わらず、当たり前の様に彼女は言う。
 自分の命を捨てる程、漕がれた人と巡り合えたのかと絶ちゃんは思った。


 藍瑠の表情を見れば分かるが、彼女は自殺に後悔など微塵も感じていない。
 寧ろ、それが正しい行動だと認識しているようにすら思える。

「なるほど。あとは、藍瑠ちゃんが今まで行ってきた悪行って言えばいいのかな? まあ、これには殺人って書かれているけど」
「……殺したことはありますよ? 拷問も監禁もやりました」
「随分と、愉快な話だね。いい趣味してるよ。十七で君ほど手を汚した少女はいないよ」

 藍瑠はクスリと笑みを浮べて、猫の様に目を細めた。
 その表情からは焦りも後悔も何も感じれない。

「まあ、これほどの行いをしてきたなら藍瑠ちゃんは地獄行きかな」

 その言葉を聞き、藍瑠は首を傾げた。

「……どうしてですか?」

 彼女の問いかけに、今度は絶ちゃんが首を傾げる。

「どうして私は地獄に行くのでしょうか? よく分かりません」

 藍瑠には理解が出来なかった。
 何故、自分が地獄に行くのか。正当な理由が知りたかった。
 人を殺したら地獄に行くとは聞いたことがある。
 しかし、藍瑠の記憶には人を殺したという情報はない。


 幾度となく病原体の駆逐や群がる虫、道端に転がるゴミを殺したことはある。
 だが、人を殺したことは――愛する彼を殺したことは一度もない。

「人を殺したら基本的には地獄に行くものだよ? 死ぬ前に習わなかった?」
「習いましたけど……だからこそ疑問です。私は人を殺したことはありませんよ?」

 藍瑠の言葉に絶ちゃんは混乱した。
 用意された用紙には確かに殺人と記載されている。
 しかし、当の本人はこれを拒否。あげく、嘘をついているようにも見えない。

「いやいや、藍瑠ちゃんさっき言ったよね? 殺人したって」
「? 殺しはしましたが殺人は一度もしたことがありませんよ?」
「んん?」

 いよいよ、話が分からなくなってきた。
 これはどういうわけか、流石の神もお手上げだ。

「……一つ聞いていい?」
「どうぞ?」
「人って人間だよね?」
「えっと、はい。常識的に考えてそうだと思いますけど」

 どうやら、藍瑠と絶ちゃんの間に認識の違いはなかった。

「じゃあ、藍瑠ちゃんが殺したのが人じゃないとしたら、なんだったの?」

 絶ちゃんの問いかけに藍瑠は幾分ばかり憎悪の表情を浮べて、答えた。

「虫、ゴミ、病原体、外的、悪魔、魔女、化け物……とにかく沢山。彼を襲う悪をいっぱい殺しました。でもその中に人はいませんでしたよ? だって私が人を殺すわけがないじゃないですか。人を殺したら地獄に行ってしまいますし、そうしたら天国に行く彼と離れ離れになっちゃうじゃないですか。そんなの嫌ですし。それに、殺すってことは傷つけるってことですよね? 愛している人を傷つけるってそんな酷いことできますか? 愛する人を傷つけるなんてそれこそ地獄に行くべきですよ。それに、傷ついた彼を見たくありませんし」
「ちょ、ちょっと待って。一旦、落ちつこうか」

 予想と反して、いきなり饒舌になった藍瑠に思わずたじろぐ。
 話の内容的に理解できなかった部分があったが、とりあえずは一番気になる箇所を突いてみた。

「えっと、人を殺すがどうして愛した彼を傷つけるってことになるの?」
「どうしてと言われましても……だって彼は人間ですよ? 人を殺すってことは彼を殺すってことですよね?」

 彼女の言葉に絶ちゃんは違和感を覚えた。
 まさかとは思うが、今までの会話は全く噛み合っていなかったのではと。
 そんな予感がした。

「人って他にも沢山いると思うのだけれど……」
「? 言っている意味が理解できません。えっと、私と彼以外に人っているのですか?」

 ああ、やはり。この少女には、彼女にはそう見えているのだろう。
 愛する者と自分以外は人だと、人間だと認知していない。


 先ほどの彼女が使っていた言葉を借りれば、虫、ゴミ、病原体、化け物――全ての人間がそう視えているのだろう。
 だから、彼女は人を殺した自覚が何のだ。
 何故なら、彼女にとって人とは自分とその愛する彼だけだからだ。

「――」

 ふうっと絶ちゃんは息を吐く。
 成程と、ようやく理解できた誤解に納得。
 そして――。

「実にすばらし!! 私、物凄く感銘を受けました!!」

 感動。
 それは神である彼女にとっては当たり前の感情だった。
 神とは人々の信仰心を一番に思っている。
 たった一体の神を崇め、その心に他の神を宿してはならない。


 唯一無二の存在を絶対として崇め奉ることこそが重要。
 そして、彼女の愛はそれに類似していた。
 愛する彼を唯一無二とし、彼だけを愛し、その心に彼以外を宿していない。


 神が最も重要とする信仰心を愛という形に変えて、彼女は持っていたのだ。
 神である絶ちゃんにとって、その愛こそが真実の愛。
 故に、この愛を貫いた藍瑠の生きざまに感動したのだ。

「えっと、大丈夫ですか?」
「ごめんごめん、あまりの感激具合に叫んじゃった」

 心配そうに顔を覗かせる藍瑠に笑みを浮べて、パッと絶ちゃんは立ち上がった。

「よし! ここは私が一肌脱ごう! その真実の愛に免じて、貴女が愛する彼と同じ場所へと送って差し上げましょう!」
「本当ですか! 良かったぁ!」

 この世界に来て初めて見せる藍瑠の心からの破顔。
 絶ちゃんは、そんな表情を見てうんうんと頷いた。

「それで、その男の名前はなんていうの?」

 名が分かれば何処に行ったのかもすぐさま分かる。
 何せ、死者の導きは神の仕事。
 全知と言える記憶力をもってすれば、その様なことは朝飯前だった。

「名前は瀬良清人と言います。分かりますか?」

 藍瑠は不安そうに絶ちゃんを見つめた。
 一方の彼女は、その名に聞き覚えがあった。
 というよりも、今しがた異世界に転移させた男が愛する彼だったことに驚いた。

「それなら、たった今、異世界へと邪神討伐を行いに行ったよ!」
「邪神……。流石、清人さん。死んでも尚も世の為に悪を根絶やしに行くなんて……カッコいいなぁ。素敵。好き。好き」

 本当は行かせたのだが、ここは黙っておこうと絶ちゃんは思った。

「よし! それじゃあ、早速異世界に送りますかね」

 その言葉と同時に藍瑠の足元に魔法陣が展開される。
 清人同様に神々しい光が藍瑠の身を包みゆく。

「あ、待ってください。できれば清人さんとは少し離れた場所に送ってくれませんか?」
「え? 別にいいけどなんで?」
「いきなり会うのは……その……恥ずかしい……ので」

 赤面する藍瑠に若干驚きながらも、絶ちゃんは笑顔で首を縦に振った。

「意外と乙女なんだね。まあ、了解! それじゃあ、そろそろ向こうの世界に転送されるけど準備はいい?」
「はい、よろしくお願いします」

 彼女の返答を聞き、フム、と絶ちゃんは神妙な表情で首を傾げた。

「どんな世界かは聞かないんだね」
「はい、清人さんがいる世界。それだけ分かれば十分です」

 心から嬉しそうに笑う藍瑠に、絶ちゃんも釣られて笑みを浮べた。
 そして道端藍瑠は姿を消して、清人の待つ異世界へと転送された。

「――あ、藍瑠ちゃんに何も恩恵与えてなかった。大丈夫かな……?」

 こうして少女の愛する者と結ばれる為の旅路が始まった。
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