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その後の兄と弟。
☆知玄の中押し勝ち。
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梯子を上がると、梁が剥き出しの天井に、ぶら下がる白熱灯、半分腐ってぶよぶよの畳、敷きっぱなしの煎餅蒲団、ボロいブラウン管テレビ。勉強中の誓二さんは、こっちに背を向けたまま、「アキか」って言う。まるで背中にも目がついているみたいだ。
「誓二さぁん」
「どうした。遂に知玄に打ち負かされたか?」
「ううん。知玄の奴、もう碁は打たないっていう。『どうせお兄さんには勝てないから』って。知玄は嘘吐きだ。どう見ても、俺より知玄の方が強いのに」
「そうか」
しゃくり上げる俺の背中を、誓二さんはトントン叩いた。
「俺がしゃんとしないから知玄までダメになるんだ。俺に勝つのが嫌で手抜きすっから」
俺がこの手の泣き言を言う時、誓二さんはしばらく黙って俺が泣き止むのを待ってくれる。その後で、俺に言うんだ。
「アキは偉いぞ。弟にやきもちを焼かずに努力している。それはすごく大変なことなんだ。誰にでも出来ることではない。お前はすごく立派な兄ちゃんなんだよ」
囲碁に将棋にオセロにトランプ、それに花札。誓二さんは色んな遊びを知っていた。俺は誓二さんから教わって、知玄に教えた。知玄は何でもすぐに飲み込み、たちまち強くなった。俺は兄の沽券を守るべく、こっそり誓二さんに必勝法を教わるが、その頃には知玄は、もう嫌になったと言って相手をしてくれなくなるのが常だった。
あれから二十数年。俺は弟に泣いてすがりつかれて途方に暮れている。
「お願いします! どうかまた僕を『俺の番』って呼んでください! 僕、再びお兄さんの番になれるなら、何もかも棄てられます!」
俺がしゃんとしないからこうなった。継ぐべき会社が潰れた今、俺は無駄に綺麗な顔とムカつくほど健康な身体以外、何も持っていない。定職にも就けず、お袋に食わして貰ってる身だ。そんなダメな俺が手に入るなら他に何も要らないなんて、知玄は泣く。
知玄は三十歳の誕生日であるこの日、俺に「出掛ける為の服を買いに行く服がない」と言い訳させない為に一揃いの服を買い与え、高級ホテルのレストランに食事に誘い、そのまま高層階に取った豪華な部屋に俺を連れ込むという、凄いことをやってのけた。なのに、「十年前にお兄さんの部屋でお祝いされた時の方がずっと幸せでした」などとぬかす。
時刻は0時を回って久しい。シンデレラだったらとっくに魔法が解けて元の貧乏娘に戻っている。ベッドに腰掛けた俺の膝に、知玄はすがりついて泣き続けている。一体いつまで粘る気だ。将棋だって碁だってオセロだってマリオカートだって、すぐに投了した癖に。せっかくの美丈夫が、泣き腫らして残念な事になっている。
はぁ、そろそろ始発……。
「ダメーッ!!」
「いや、ちっと便所に立つだけだからっ」
脚にしがみついたままの知玄をずるずる引き摺って便所に行き、用を足して、また重い脚をずるずる引き摺ってベッドに戻った。
やがて窓の外が白み始めた。ポケットの中で携帯が唸っている。多分お袋だろう。知玄はまだ泣き続けている。すげえ体力だ。
「あーもうわかったよ。俺の負けだ」
いつまでも解けそうにない魔法なら、自分で解いてやらぁ。
服を全部脱ぎ捨てる。ほらよ。お前の兄ちゃんは相変わらず顔と身体だけは綺麗だろうがっ! もう三十一のオッサンだけどな!
「お兄さん……!」
知玄は「きゅう」と喉をならした。そして服を脱ぎながら不二子ちゃんに飛び付くルパン三世みたいな勢いでダイブしてきた。たちまち俺は知玄の下に組み敷かれた。
知玄はついさっきまでのグズはどこへやら、キリッとした顔で俺を見下ろす。
「大丈夫ですよ。絶対痛くしないですから、安心してください」
俺の脚を押し開いて、知玄が入ってくる。
「あ~お兄さんの匂い、いい匂いだぁ~」
俺の首筋に顔を埋めてクンクン嗅ぐと、知玄はそのまま俺の首筋に歯を当てた。番の契りが痛くない訳がない。俺はぎゅっと目をつぶった。
「誓二さぁん」
「どうした。遂に知玄に打ち負かされたか?」
「ううん。知玄の奴、もう碁は打たないっていう。『どうせお兄さんには勝てないから』って。知玄は嘘吐きだ。どう見ても、俺より知玄の方が強いのに」
「そうか」
しゃくり上げる俺の背中を、誓二さんはトントン叩いた。
「俺がしゃんとしないから知玄までダメになるんだ。俺に勝つのが嫌で手抜きすっから」
俺がこの手の泣き言を言う時、誓二さんはしばらく黙って俺が泣き止むのを待ってくれる。その後で、俺に言うんだ。
「アキは偉いぞ。弟にやきもちを焼かずに努力している。それはすごく大変なことなんだ。誰にでも出来ることではない。お前はすごく立派な兄ちゃんなんだよ」
囲碁に将棋にオセロにトランプ、それに花札。誓二さんは色んな遊びを知っていた。俺は誓二さんから教わって、知玄に教えた。知玄は何でもすぐに飲み込み、たちまち強くなった。俺は兄の沽券を守るべく、こっそり誓二さんに必勝法を教わるが、その頃には知玄は、もう嫌になったと言って相手をしてくれなくなるのが常だった。
あれから二十数年。俺は弟に泣いてすがりつかれて途方に暮れている。
「お願いします! どうかまた僕を『俺の番』って呼んでください! 僕、再びお兄さんの番になれるなら、何もかも棄てられます!」
俺がしゃんとしないからこうなった。継ぐべき会社が潰れた今、俺は無駄に綺麗な顔とムカつくほど健康な身体以外、何も持っていない。定職にも就けず、お袋に食わして貰ってる身だ。そんなダメな俺が手に入るなら他に何も要らないなんて、知玄は泣く。
知玄は三十歳の誕生日であるこの日、俺に「出掛ける為の服を買いに行く服がない」と言い訳させない為に一揃いの服を買い与え、高級ホテルのレストランに食事に誘い、そのまま高層階に取った豪華な部屋に俺を連れ込むという、凄いことをやってのけた。なのに、「十年前にお兄さんの部屋でお祝いされた時の方がずっと幸せでした」などとぬかす。
時刻は0時を回って久しい。シンデレラだったらとっくに魔法が解けて元の貧乏娘に戻っている。ベッドに腰掛けた俺の膝に、知玄はすがりついて泣き続けている。一体いつまで粘る気だ。将棋だって碁だってオセロだってマリオカートだって、すぐに投了した癖に。せっかくの美丈夫が、泣き腫らして残念な事になっている。
はぁ、そろそろ始発……。
「ダメーッ!!」
「いや、ちっと便所に立つだけだからっ」
脚にしがみついたままの知玄をずるずる引き摺って便所に行き、用を足して、また重い脚をずるずる引き摺ってベッドに戻った。
やがて窓の外が白み始めた。ポケットの中で携帯が唸っている。多分お袋だろう。知玄はまだ泣き続けている。すげえ体力だ。
「あーもうわかったよ。俺の負けだ」
いつまでも解けそうにない魔法なら、自分で解いてやらぁ。
服を全部脱ぎ捨てる。ほらよ。お前の兄ちゃんは相変わらず顔と身体だけは綺麗だろうがっ! もう三十一のオッサンだけどな!
「お兄さん……!」
知玄は「きゅう」と喉をならした。そして服を脱ぎながら不二子ちゃんに飛び付くルパン三世みたいな勢いでダイブしてきた。たちまち俺は知玄の下に組み敷かれた。
知玄はついさっきまでのグズはどこへやら、キリッとした顔で俺を見下ろす。
「大丈夫ですよ。絶対痛くしないですから、安心してください」
俺の脚を押し開いて、知玄が入ってくる。
「あ~お兄さんの匂い、いい匂いだぁ~」
俺の首筋に顔を埋めてクンクン嗅ぐと、知玄はそのまま俺の首筋に歯を当てた。番の契りが痛くない訳がない。俺はぎゅっと目をつぶった。
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