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○大したやつ。
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内臓を大きな手で握り潰されるような痛みが、嘘みたいに消えた。ほっと一息つく暇もなく、胸の上に赤ん坊が載せられた。
一掴みでポンと置かれちゃうほど小さいけど、ちゃんと生きていた。細い手足でもがき、自力で頭を上げた。大したやつ。必死に生きようとしている。邪魔する者全てを蹴散らしてでも生き延びてやる、という気概を感じる。瞼は固く閉じられたままだが、俺がどこにいるか、わかっているかのように、真っ直ぐこっちに這ってこようとしている。
「あぶなっ!」
背中を仰け反らした小さな身体がコロリと転がって、咄嗟に受け止めようとした俺の掌に収まった。温かい体。掌の下から顔を出して、餌をねだる雛鳥のように、口を大きく開けた。すごいな、諦めないんだ。お前、根性があるよ。
けど、ごめん。俺にはもう、何もしてやれん。何とかしてやりたいが、こんな小さいのに産まれちゃったら手の施しようがないって。お前はこんなに頑張ってるのにな。
医者がなんか言ってる。バチが当たっただのなんだの。知るかよ。最期の時間を邪魔しないでくれ。
痛い思いをした挙げ句、こんな事になるまで放置するなと説教される。いや、病院には行ってたって。この大学病院は俺がガキの頃からのかかりつけで、だがΩの研究してる癖にいつもΩに対してこんな感じだから、お腹の子の事では俺は別の病院に通っていた。
少し前までは本当に順調だった。つわりが終わったら何でか頻繁に腹が張るようになってしまったが、それも薬を飲んで安静にしていれば大丈夫って話だった。仕事があるから完全に安静にはできなかったが、重い物の持ち運びなんかは、意地でもやらなかった。
……とか、説明するのがめんどい。どうせただの言い訳だと思われるだけだし。
血を沢山流したせいか、頭がくらくらする。もう寝よ……。
と思って眠れるはずもなく。ぐるぐると後悔ばかりしてしまう。でもこの間、腹が張るのが気になって医者にかかったら言われたじゃん。赤ん坊なんて、親がどんなに不摂生したって産まれる時は産まれるし、どんなに気を付けたって天に還る時は天に還るんだって。こればっかりはどうしようもないって。あれこれ考えても仕方ねえんだよ。なんて俺が言うと、無責任だとか反省の色がないとかって、言われちゃうのか?
ガシャンと金属の当たる音がして、
「そんな乱暴にすることないじゃないですか!」
知玄が吼えた。
「気持ち悪い」
看護師が吐き捨てるように言うのが聴こえた。
間仕切りのカーテンの間から知玄が入ってきた。金属製の器を大事そうに抱えている。歯医者で抜歯した後に、歯や血の着いたガーゼなんかを入れとくようなやつ。知玄は器を後生大事に抱えたまま、俺が寝ているベッドの脇に腰掛けた。
「側にいられなくてごめんなさい。僕がお兄さんの番ですって言ったら、別の部屋に連れて行かれて、血液検査をされました。結果はまだですが、僕の言うことが本当なら、僕はαで間違いないだろうと。お兄さん、僕は本当の意味で、お兄さんの番……そうなんでしょ?」
俺が頷くと、知玄は泣きながら言った。
「それなら早く言ってくださいよ。僕だって、この子にちゃんと、父親らしいことをしてあげたかったのに」
一掴みでポンと置かれちゃうほど小さいけど、ちゃんと生きていた。細い手足でもがき、自力で頭を上げた。大したやつ。必死に生きようとしている。邪魔する者全てを蹴散らしてでも生き延びてやる、という気概を感じる。瞼は固く閉じられたままだが、俺がどこにいるか、わかっているかのように、真っ直ぐこっちに這ってこようとしている。
「あぶなっ!」
背中を仰け反らした小さな身体がコロリと転がって、咄嗟に受け止めようとした俺の掌に収まった。温かい体。掌の下から顔を出して、餌をねだる雛鳥のように、口を大きく開けた。すごいな、諦めないんだ。お前、根性があるよ。
けど、ごめん。俺にはもう、何もしてやれん。何とかしてやりたいが、こんな小さいのに産まれちゃったら手の施しようがないって。お前はこんなに頑張ってるのにな。
医者がなんか言ってる。バチが当たっただのなんだの。知るかよ。最期の時間を邪魔しないでくれ。
痛い思いをした挙げ句、こんな事になるまで放置するなと説教される。いや、病院には行ってたって。この大学病院は俺がガキの頃からのかかりつけで、だがΩの研究してる癖にいつもΩに対してこんな感じだから、お腹の子の事では俺は別の病院に通っていた。
少し前までは本当に順調だった。つわりが終わったら何でか頻繁に腹が張るようになってしまったが、それも薬を飲んで安静にしていれば大丈夫って話だった。仕事があるから完全に安静にはできなかったが、重い物の持ち運びなんかは、意地でもやらなかった。
……とか、説明するのがめんどい。どうせただの言い訳だと思われるだけだし。
血を沢山流したせいか、頭がくらくらする。もう寝よ……。
と思って眠れるはずもなく。ぐるぐると後悔ばかりしてしまう。でもこの間、腹が張るのが気になって医者にかかったら言われたじゃん。赤ん坊なんて、親がどんなに不摂生したって産まれる時は産まれるし、どんなに気を付けたって天に還る時は天に還るんだって。こればっかりはどうしようもないって。あれこれ考えても仕方ねえんだよ。なんて俺が言うと、無責任だとか反省の色がないとかって、言われちゃうのか?
ガシャンと金属の当たる音がして、
「そんな乱暴にすることないじゃないですか!」
知玄が吼えた。
「気持ち悪い」
看護師が吐き捨てるように言うのが聴こえた。
間仕切りのカーテンの間から知玄が入ってきた。金属製の器を大事そうに抱えている。歯医者で抜歯した後に、歯や血の着いたガーゼなんかを入れとくようなやつ。知玄は器を後生大事に抱えたまま、俺が寝ているベッドの脇に腰掛けた。
「側にいられなくてごめんなさい。僕がお兄さんの番ですって言ったら、別の部屋に連れて行かれて、血液検査をされました。結果はまだですが、僕の言うことが本当なら、僕はαで間違いないだろうと。お兄さん、僕は本当の意味で、お兄さんの番……そうなんでしょ?」
俺が頷くと、知玄は泣きながら言った。
「それなら早く言ってくださいよ。僕だって、この子にちゃんと、父親らしいことをしてあげたかったのに」
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