兄がΩ 〜うっかり兄弟で番いましたが、今日も楽しく暮らしています。〜

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○茜ちゃん。その④

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知白ともあき先輩」
 タメからそう呼ばれてもなぁ、と最初は思ったけど、もう慣れた。しょうがねぇ、行く先々で「嫁か?」と聞かれまくった結果、茜の方から俺に気を使ってきての「先輩」呼びだ。
 ま、こうなることは想定内だしな。会社の跡取り息子が、嫁の貰い時に年頃の女子を連れてりゃ、そういうつもりで連れてんだろって、大抵の人は思うだろう。
 あの子は嫁じゃなきゃ何なんだと聞かれると、ちょっと説明に困る。ただの見習いってことにしてもいいが、茜がうちに居るのは今週一杯だけでありつつ、この地方には大学在学中ずっと居る訳で。就職してすぐに逃げ出した女の子、なんてレッテルを貼られるのは、避けた方がいいだろう。
 かといって、本当の肩書きを俺から言っていいのか。「“自称”小説家」だなんて。
「お忙しいところ失礼します。私、小説家の榎戸えのきど茜と申します。次回作では生コン業界を舞台にした物語を書こうと思っています。なのでよろしかったら少し、お話を聞かせていただけないでしょうか」
 自分で言ってるわ。
 それはいいけど、話の長ぇジジイに取っ捕まって、唖然としながら傾聴し続けるのはいただけない。生コンの配達は時間との戦いなの! 茜をお喋り好きの年寄りから引き剥がして助手席に乗せ、急いで帰社する。タンクに生コンを入れて、次の現場に急ぐのだ!

「高一の時、文芸部の顧問だった恩師に自分の書いた小説を見せ、小説家になりたいんですと打ち明けたら、恩師は言いました。『よろしい、ならば君は今この時から小説家だ。堂々と小説家を名乗りたまえ!』と」
「ふーん」
 次の現場に向かいながら、茜が小説家になった経緯いきさつを聞く。その時、自分が小説家だと名乗ったから自分は小説家なんだ、と。へぇ、ガッツのある子だな。
「よぉ、アキ。なんだお前結婚したんか」
 荷下ろしをしていると、顔見知りの左官屋が話しかけてきた。
「ちげーよ。この子は、」
 言いかけたら茜自ら前に出て、左官屋に深々とお辞儀をした。
「初めまして。榎戸茜です。小説家をしています。次回作の舞台が生コン業界で、それで取材の為に井田さんのところにお世話になっています」
「お、おぅ……」
 左官屋がドン引きしている。こんな大人しそうな子が、ハキハキと自分は小説家だと名乗ればな……。
 行く先々でこう言って、好意的な反応もあれば眉をひそめられることもあるんに、茜はブレないし悄気しょげない。そういうとこが、本家の祖父さんに気に入られたのかもな。
 祖父さんは、家の若いのの誰かに茜を嫁に取らせる気でいるらしい。俺は断ったけど。まず、うちに「小説家の嫁さん」を養う余裕はねえ。ただの嫁さんを貰うんだって、俺の薄給じゃ難しいしな。それに、どんなに俺や家族が気を使ったとしても、嫁に来たからにはそれらしい振る舞いと働きを世間から期待されるもんで、そうすれば小説を書く暇なんかないだろう。
 結婚してからも女が自分の好きなことをするなんて容易なことじゃないことくらい、男の俺だってわかる。この子は自由に飛び回ってた方がいいんだ。
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