兄がΩ 〜うっかり兄弟で番いましたが、今日も楽しく暮らしています。〜

文字の大きさ
上 下
41 / 86

●茜ちゃん。その③

しおりを挟む
 僕が帰宅した時、兄が茜ちゃんに生コン車の洗い方を教えているところだった。
 水飛沫が飛び、茜ちゃんが「きゃあ!」と声をあげた。顔を見合せて笑う二人には、曇天の下の砂礫の転がる殺風景な広場より、常夏の島のビーチの方が似合いそうだ。
 いいなぁ。家業のことに僕が関わるのは禁止、というのが、この井田家のルールの一つだ。
 子供の頃から、兄だけが家業を継ぐということに、僕は何の疑問も持たなかったけれど、そうか、お兄さんのお嫁さんになる人ならば……。
 そう気付いてしまうと、途端に自分の立場が恨めしくなる。弟には、兄の隣に立つ資格はない。僕の立ちたい場所にはいずれ、兄に選ばれた女子が立つのだ。やだなぁ、と思いながら、僕は二人に帰宅の挨拶もせず、家の二階へと上がった。
 珍しいことに二日連続で、家族四人がちゃんと揃っている。父と母と兄と茜ちゃん。僕は、はみ出者。昨日と同じく、僕は茜ちゃんに指定席を譲ってしまったので、兄と母の間にちんまりと座っている。
 父、母、兄、そして僕の四人だったら、談笑しながらの夕食なんてあり得ない。茜ちゃんが僕と交代しただけで、こんな和気藹々家族になってしまう。『僕は要らない子なのでは……』なんて思いながら食む母特製のコロッケは、じゃがいもの代わりに砂でも詰まっているかのような味気なさだった。
 夜、兄は布団に入ると早々に寝てしまい、僕が背中に鼻面をぐりぐり押し付けても、ぴくりともせず寝息をたて続けた。
 眠れないので、何か温かいものでも飲むかと台所に向かうと、茶の間にまだ明かりが点いていた。見れば茜ちゃんが炬燵のテーブルにうつ伏して寝ている。
「こんな所で寝たら風邪を引きますよ」
 僕が肩を揺すると、茜ちゃんはがばっと跳ね起きた。
「ふぁ! なんだぁ、知玄とものり君か」
 僕は思わず吹き出した。ノートと原稿用紙を枕にしていた茜ちゃんの頬には、鉛筆で書いた文字が転写されていた。彼女は自分の頬を指で拭い、エヘヘと照れ笑いした。
 びっしりと文字の書き込まれた紙を、茜ちゃんは上着の袖で覆い隠す。
「小説を書いてたんですね」
 一瞬見えた文章は、明らかに論文の類いではなかった。
「そう……といっても、私、ただの“自称”小説家なんだぁ。文学賞に応募したこともあるけど、全然ダメ。そんななのに、取材だなんていってお家にお邪魔しちゃって、ごめんね」
「いいえ。僕、ホットミルク飲もうかと思って来たんですけど、茜ちゃんも飲みます?」
「うん、いただきます、ありがとう」
 僕は台所でミルクパンを火にかけ、牛乳を温めた。
 二つのマグカップにホットミルクを取り分けて茶の間に持っていくと、茜ちゃんは一心不乱に鉛筆を動かしていた。斜め後ろから近寄り横顔を覗けば、見たことがないほど真剣な表情をして、僕の存在に全く気付かない。
 彼女は本気で小説家になろうとしている。いや、プロデビューをしていないだけで、彼女は既に小説家なのだ。彼女がこの家に来たのは、あくまで仕事のためであり、嫁入り候補先の視察なんかじゃない。やきもちなんか焼いていた自分が恥ずかしい。僕は茜ちゃんの邪魔にならない所に、そっとカップを置いた。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

キサラギムツキ
BL
長い間アプローチし続け恋人同士になれたのはよかったが…………… 攻め視点から最後受け視点。 残酷な描写があります。気になる方はお気をつけください。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

別れようと彼氏に言ったら泣いて懇願された挙げ句めっちゃ尽くされた

翡翠飾
BL
「い、いやだ、いや……。捨てないでっ、お願いぃ……。な、何でも!何でもするっ!金なら出すしっ、えっと、あ、ぱ、パシリになるから!」 そう言って涙を流しながら足元にすがり付くαである彼氏、霜月慧弥。ノリで告白されノリで了承したこの付き合いに、βである榊原伊織は頃合いかと別れを切り出したが、慧弥は何故か未練があるらしい。 チャライケメンα(尽くし体質)×物静かβ(尽くされ体質)の話。

放課後教室

Kokonuca.
BL
ある放課後の教室で彼に起こった凶事からすべて始まる

主人公のライバルポジにいるようなので、主人公のカッコ可愛さを特等席で愛でたいと思います。

小鷹けい
BL
以前、なろうサイトさまに途中まであげて、結局書きかけのまま放置していたものになります(アカウントごと削除済み)タイトルさえもうろ覚え。 そのうち続きを書くぞ、の意気込みついでに数話分投稿させていただきます。 先輩×後輩 攻略キャラ×当て馬キャラ 総受けではありません。 嫌われ→からの溺愛。こちらも面倒くさい拗らせ攻めです。 ある日、目が覚めたら大好きだったBLゲームの当て馬キャラになっていた。死んだ覚えはないが、そのキャラクターとして生きてきた期間の記憶もある。 だけど、ここでひとつ問題が……。『おれ』の推し、『僕』が今まで嫌がらせし続けてきた、このゲームの主人公キャラなんだよね……。 え、イジめなきゃダメなの??死ぬほど嫌なんだけど。絶対嫌でしょ……。 でも、主人公が攻略キャラとBLしてるところはなんとしても見たい!!ひっそりと。なんなら近くで見たい!! ……って、なったライバルポジとして生きることになった『おれ(僕)』が、主人公と仲良くしつつ、攻略キャラを巻き込んでひっそり推し活する……みたいな話です。 本来なら当て馬キャラとして冷たくあしらわれ、手酷くフラれるはずの『ハルカ先輩』から、バグなのかなんなのか徐々に距離を詰めてこられて戸惑いまくる当て馬の話。 こちらは、ゆるゆる不定期更新になります。

あなたの隣で初めての恋を知る

ななもりあや
BL
5歳のときバス事故で両親を失った四季。足に大怪我を負い車椅子での生活を余儀なくされる。しらさぎが丘養護施設で育ち、高校卒業後、施設を出て一人暮らしをはじめる。 その日暮らしの苦しい生活でも決して明るさを失わない四季。 そんなある日、突然の雷雨に身の危険を感じ、雨宿りするためにあるマンションの駐車場に避難する四季。そこで、運命の出会いをすることに。 一回りも年上の彼に一目惚れされ溺愛される四季。 初めての恋に戸惑いつつも四季は、やがて彼を愛するようになる。 表紙絵は絵師のkaworineさんに描いていただきました。

暑がりになったのはお前のせいかっ

わさび
BL
ただのβである僕は最近身体の調子が悪い なんでだろう? そんな僕の隣には今日も光り輝くαの幼馴染、空がいた

悩める文官のひとりごと

きりか
BL
幼い頃から憧れていた騎士団に入りたくても、小柄でひ弱なリュカ・アルマンは、学校を卒業と同時に、文官として騎士団に入団する。方向音痴なリュカは、マルーン副団長の部屋と間違え、イザーク団長の部屋に入り込む。 そこでは、惚れ薬を口にした団長がいて…。 エチシーンが書けなくて、朝チュンとなりました。 ムーンライト様にも掲載しております。 

処理中です...