兄がΩ 〜うっかり兄弟で番いましたが、今日も楽しく暮らしています。〜

文字の大きさ
上 下
23 / 86

●喧騒の中でも兄と二人。

しおりを挟む
「うわぁ」
 思わず溜息が出た。紙灯篭の幻想的な灯りに照らされた、門前町。ちょっと脇道に入ってみたら、そこは不思議の国だった……みたいな。
 大鳥居を潜ると、すぐ正面に古くて立派な屋台があった。屋台というのは的屋のことではなくて、よその地域では「山車だし」と呼んだりするもの。木製の四輪車の上に、お囃子や生き人形を乗せる舞台がついている。僕達が着いたときには、祭り絆纏を着た人達が提灯を屋台の軒から外し、火を入れようとしていた。
 僕は人込みを見回した。いた! 兄は隣の公園で花壇の縁石に腰掛けて、煙草を吸っていた。
「お兄さん!」
 兄はすぐに僕を見たけれど、他の人達に話しかけられ、そっちに気を取られてしまった。代わりにこっちに向かって来たのは、従兄弟の智也ともやだ。
「よぉ、知玄とものり。珍しいじゃねぇか」
 子供の頃からの癖で、僕はつい一歩後ずさってしまった。智也の、相変わらずの兄へのリスペクトぶり。兄を真似て髪を脱色し、喋り方や仕草まで真似て、兄の劣化コピーのようだ。でも、兄の髪色はこんな下品な感じの黄色ではないし、頬はだらしなく弛んではいない。背だってこんなちんちくり……いや、身長はほぼ同じでした。
 智也は睨みをきかせながら距離を詰めてくる。細い眉と目を憎々しくしかめている。顔のパーツだけなら、残念ながら智也は兄と似ている。僕と兄と智也、三人揃っていて他人から兄弟だと思われるのは、いつも兄と智也だった。
 一人っ子の智也は、子供の頃から僕を差し置いて兄の弟になりたがり、大人達や兄の目を盗んでは、僕をいじめた。僕はつい弱気になってしまいそうだ。だけど僕はもう、昔の「コロコロ鈍足黒子豚」ではないですよ!
「どうも、こんばんは」
 相手のレベルに下がるのも癪なので、丁寧にご挨拶。すると智也は、
「生意気に女ばっかり引き連れてんじゃねぇよ、知玄の癖によぉ」
 あくまでも下卑た応答をしてくる。
「おい、何してんだ!」
 兄もこちらに気づいたようだ。兄の目の前で智也に負けるなんて格好悪い。僕はもう言われっ放しになんかならない。言い返してやるぞ、と息を吸い込んだところ、
「きゃー、みんなぁ。来てくれたんだねぇー!」
 どこかのんびりとした声がしたと思ったら、真横に弾き飛ばされた。智也の方はカッコ悪く尻餅をついている。
「茜ちゃん!?」
 茜ちゃんは真咲姐さん達とかわるがわるハグをしていく。もしかして、僕を助けてくれたのだろうか? なのに僕は、彼女が兄が着ているのと同じ祭半纏を着ているのを見て、心がモヤモヤしてしまう。
「知玄」
 振り向けば、そこには兄が立っていた。白い短パンに青い祭半纏を着て、頭には豆しぼりのねじり鉢巻。兄弟なのに、兄の祭装束姿を僕はこの時初めて見た。
「いなせですねぇ、お兄さん」
「よく来たな。お前もチビ達に混ざって屋台引きやれよ。ご褒美に菓子もらってさ。ずっとやってみたかったんだろ」
 違う、本当は僕はお兄さんとお祭りに参加したい。でも兄が優しく言ってくれたから、
「はいっ」
 と僕は力強く答えた。群衆のさざめきや真咲姐さんに捕まった智也の喚き声が遠ざかる。この時は、僕には兄と二人だけのひとときだった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

別れようと彼氏に言ったら泣いて懇願された挙げ句めっちゃ尽くされた

翡翠飾
BL
「い、いやだ、いや……。捨てないでっ、お願いぃ……。な、何でも!何でもするっ!金なら出すしっ、えっと、あ、ぱ、パシリになるから!」 そう言って涙を流しながら足元にすがり付くαである彼氏、霜月慧弥。ノリで告白されノリで了承したこの付き合いに、βである榊原伊織は頃合いかと別れを切り出したが、慧弥は何故か未練があるらしい。 チャライケメンα(尽くし体質)×物静かβ(尽くされ体質)の話。

キサラギムツキ
BL
長い間アプローチし続け恋人同士になれたのはよかったが…………… 攻め視点から最後受け視点。 残酷な描写があります。気になる方はお気をつけください。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

暑がりになったのはお前のせいかっ

わさび
BL
ただのβである僕は最近身体の調子が悪い なんでだろう? そんな僕の隣には今日も光り輝くαの幼馴染、空がいた

放課後教室

Kokonuca.
BL
ある放課後の教室で彼に起こった凶事からすべて始まる

悩める文官のひとりごと

きりか
BL
幼い頃から憧れていた騎士団に入りたくても、小柄でひ弱なリュカ・アルマンは、学校を卒業と同時に、文官として騎士団に入団する。方向音痴なリュカは、マルーン副団長の部屋と間違え、イザーク団長の部屋に入り込む。 そこでは、惚れ薬を口にした団長がいて…。 エチシーンが書けなくて、朝チュンとなりました。 ムーンライト様にも掲載しております。 

【完結】ぎゅって抱っこして

かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。 でも、頼れる者は誰もいない。 自分で頑張らなきゃ。 本気なら何でもできるはず。 でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。

あなたの隣で初めての恋を知る

ななもりあや
BL
5歳のときバス事故で両親を失った四季。足に大怪我を負い車椅子での生活を余儀なくされる。しらさぎが丘養護施設で育ち、高校卒業後、施設を出て一人暮らしをはじめる。 その日暮らしの苦しい生活でも決して明るさを失わない四季。 そんなある日、突然の雷雨に身の危険を感じ、雨宿りするためにあるマンションの駐車場に避難する四季。そこで、運命の出会いをすることに。 一回りも年上の彼に一目惚れされ溺愛される四季。 初めての恋に戸惑いつつも四季は、やがて彼を愛するようになる。 表紙絵は絵師のkaworineさんに描いていただきました。

処理中です...