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●つがい。
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服を着込み立ち上がり、ふと何か変だな? という気がして、僕は振り返った。ベッドの上では兄が寝そべったまま煙草に火を点けようとしているところで、目が合うと兄は「ん?」と片眉を上げた。
あぁ、そうか!
「お兄さん」
「何?」
僕はベッドに戻り兄の側に横になって、兄の肩を抱き寄せた。男同士だからって、つい油断をしていた。し終わったらさっさと使用済みのコンドームをティッシュに包んでゴミ箱に放り込み、互いの身体を拭い合って、さくっと離脱してしまった。相手が女子だったら、たちまち機嫌を悪くされるところだ。
「何だよ。俺、煙草吸いたいんだけど」
「おくればせながら、アフターケアです。しないとダメなやつでしょ?」
兄はぶはっと煙を吐き、僕の腕の中で肩を震わせた。
「俺は家電か何かか」
「し終わったらちゃんと労ってあげないと、僕フラれちゃうんで」
「じゃあ俺もお前にフラれんの?」
「大丈夫です、僕はフリませんから」
「マジかよ。ならいいけど、とりあえず火を消させてくれ」
抱きかかえた兄の肌はすっかり冷えてしまっている。僕は触感の良い茶色の毛布を引き上げ、自分と兄をまとめて包み込んだ。毛布と僕の熱で兄の肌は徐々に温まっていく。
まるで溶け出したように桜の香りが匂い立つ。兄の匂いだ。心の落ち着く匂い。子供の頃、迷子になった僕を迎えに来てくれた時の、兄の匂いだ。帰り道、僕はあったかい兄の背中におんぶされて、この匂いを嗅いだ。だからかもしれないけれど、夕焼けの風景と兄の匂いが、僕の中では紐付いている。
はぁ、あの頃はよかったなぁ。昔からカッコよかった、僕のお兄さん。でも、カッコよすぎたために、年月を経るごとに兄の周りには沢山の人が集まってしまって、やがて僕のとりつく島は無くなった。一つ屋根の下に住む血の繋がった実の兄弟なのに、流れるのは接点のない日々。
あのままずっと、お兄さんとは疎遠のままなのかなと、僕は殆ど諦めていた。僕が大学を卒業して就職して家を出て、そしたら家族ですらなくなってしまうのかなと。
でも、あの日の夕方、兄はこの部屋にいた。開け放たれたドアから覗いたら、兄はまるで王子様を待つ眠り姫のような寝顔で眠っていた。誘いかけるような、かぐわしい匂い。僕がそっと口づけると、兄は僕の首に腕を回し、僕をベッドに引き込んで更なるキスを求めた。
どうやら僕は兄の待っていた人とは違ったようだけど、でもお姫様を目覚めさせたのは僕のキスだった訳で……兄は僕を受け入れてくれた。もう、これからはずっと、お兄さんは僕だけのものだ。
「お兄さん」
兄の首筋の痣に口付け、丹念に舐める。これは僕とお兄さんの絆の証だ。
兄は身体を弛緩させて「ふぁ」とあくびをした。
「やべぇ、このまま寝ちゃいそ」
さっきまで冷えきっていた兄の身体はぽかぽかとあたたまって、そのぬくもりは僕の眠気も誘う。
「明日から、祭りの準備だからさぁ」
兄は眠たそうな声色で言う。
「当分、構ってやれないなと思って……お前は、俺の番なんだし……」
番かぁ。動物っぽくて、今の僕達にはぴったりの言葉じゃないか。微睡みながらそんな風に思い、やがて自室に戻るのを忘れて眠りこけた。
あぁ、そうか!
「お兄さん」
「何?」
僕はベッドに戻り兄の側に横になって、兄の肩を抱き寄せた。男同士だからって、つい油断をしていた。し終わったらさっさと使用済みのコンドームをティッシュに包んでゴミ箱に放り込み、互いの身体を拭い合って、さくっと離脱してしまった。相手が女子だったら、たちまち機嫌を悪くされるところだ。
「何だよ。俺、煙草吸いたいんだけど」
「おくればせながら、アフターケアです。しないとダメなやつでしょ?」
兄はぶはっと煙を吐き、僕の腕の中で肩を震わせた。
「俺は家電か何かか」
「し終わったらちゃんと労ってあげないと、僕フラれちゃうんで」
「じゃあ俺もお前にフラれんの?」
「大丈夫です、僕はフリませんから」
「マジかよ。ならいいけど、とりあえず火を消させてくれ」
抱きかかえた兄の肌はすっかり冷えてしまっている。僕は触感の良い茶色の毛布を引き上げ、自分と兄をまとめて包み込んだ。毛布と僕の熱で兄の肌は徐々に温まっていく。
まるで溶け出したように桜の香りが匂い立つ。兄の匂いだ。心の落ち着く匂い。子供の頃、迷子になった僕を迎えに来てくれた時の、兄の匂いだ。帰り道、僕はあったかい兄の背中におんぶされて、この匂いを嗅いだ。だからかもしれないけれど、夕焼けの風景と兄の匂いが、僕の中では紐付いている。
はぁ、あの頃はよかったなぁ。昔からカッコよかった、僕のお兄さん。でも、カッコよすぎたために、年月を経るごとに兄の周りには沢山の人が集まってしまって、やがて僕のとりつく島は無くなった。一つ屋根の下に住む血の繋がった実の兄弟なのに、流れるのは接点のない日々。
あのままずっと、お兄さんとは疎遠のままなのかなと、僕は殆ど諦めていた。僕が大学を卒業して就職して家を出て、そしたら家族ですらなくなってしまうのかなと。
でも、あの日の夕方、兄はこの部屋にいた。開け放たれたドアから覗いたら、兄はまるで王子様を待つ眠り姫のような寝顔で眠っていた。誘いかけるような、かぐわしい匂い。僕がそっと口づけると、兄は僕の首に腕を回し、僕をベッドに引き込んで更なるキスを求めた。
どうやら僕は兄の待っていた人とは違ったようだけど、でもお姫様を目覚めさせたのは僕のキスだった訳で……兄は僕を受け入れてくれた。もう、これからはずっと、お兄さんは僕だけのものだ。
「お兄さん」
兄の首筋の痣に口付け、丹念に舐める。これは僕とお兄さんの絆の証だ。
兄は身体を弛緩させて「ふぁ」とあくびをした。
「やべぇ、このまま寝ちゃいそ」
さっきまで冷えきっていた兄の身体はぽかぽかとあたたまって、そのぬくもりは僕の眠気も誘う。
「明日から、祭りの準備だからさぁ」
兄は眠たそうな声色で言う。
「当分、構ってやれないなと思って……お前は、俺の番なんだし……」
番かぁ。動物っぽくて、今の僕達にはぴったりの言葉じゃないか。微睡みながらそんな風に思い、やがて自室に戻るのを忘れて眠りこけた。
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