兄がΩ 〜うっかり兄弟で番いましたが、今日も楽しく暮らしています。〜

文字の大きさ
上 下
19 / 86

●つがい。

しおりを挟む
 服を着込み立ち上がり、ふと何か変だな? という気がして、僕は振り返った。ベッドの上では兄が寝そべったまま煙草に火を点けようとしているところで、目が合うと兄は「ん?」と片眉を上げた。
 あぁ、そうか!
「お兄さん」
「何?」
 僕はベッドに戻り兄の側に横になって、兄の肩を抱き寄せた。男同士だからって、つい油断をしていた。し終わったらさっさと使用済みのコンドームをティッシュに包んでゴミ箱に放り込み、互いの身体を拭い合って、さくっと離脱してしまった。相手が女子だったら、たちまち機嫌を悪くされるところだ。
「何だよ。俺、煙草吸いたいんだけど」
「おくればせながら、アフターケアです。しないとダメなやつでしょ?」
 兄はぶはっと煙を吐き、僕の腕の中で肩を震わせた。
「俺は家電か何かか」
「し終わったらちゃんと労ってあげないと、僕フラれちゃうんで」
「じゃあ俺もお前にフラれんの?」
「大丈夫です、僕はフリませんから」
「マジかよ。ならいいけど、とりあえず火を消させてくれ」
 抱きかかえた兄の肌はすっかり冷えてしまっている。僕は触感の良い茶色の毛布を引き上げ、自分と兄をまとめて包み込んだ。毛布と僕の熱で兄の肌は徐々に温まっていく。
 まるで溶け出したように桜の香りが匂い立つ。兄の匂いだ。心の落ち着く匂い。子供の頃、迷子になった僕を迎えに来てくれた時の、兄の匂いだ。帰り道、僕はあったかい兄の背中におんぶされて、この匂いを嗅いだ。だからかもしれないけれど、夕焼けの風景と兄の匂いが、僕の中では紐付いている。
 はぁ、あの頃はよかったなぁ。昔からカッコよかった、僕のお兄さん。でも、カッコよすぎたために、年月を経るごとに兄の周りには沢山の人が集まってしまって、やがて僕のとりつく島は無くなった。一つ屋根の下に住む血の繋がった実の兄弟なのに、流れるのは接点のない日々。
 あのままずっと、お兄さんとは疎遠のままなのかなと、僕は殆ど諦めていた。僕が大学を卒業して就職して家を出て、そしたら家族ですらなくなってしまうのかなと。
 でも、あの日の夕方、兄はこの部屋にいた。開け放たれたドアから覗いたら、兄はまるで王子様を待つ眠り姫のような寝顔で眠っていた。誘いかけるような、かぐわしい匂い。僕がそっと口づけると、兄は僕の首に腕を回し、僕をベッドに引き込んで更なるキスを求めた。
 どうやら僕は兄の待っていた人とは違ったようだけど、でもお姫様を目覚めさせたのは僕のキスだった訳で……兄は僕を受け入れてくれた。もう、これからはずっと、お兄さんは僕だけのものだ。
「お兄さん」
 兄の首筋の痣に口付け、丹念に舐める。これは僕とお兄さんの絆の証だ。
 兄は身体を弛緩させて「ふぁ」とあくびをした。
「やべぇ、このまま寝ちゃいそ」
 さっきまで冷えきっていた兄の身体はぽかぽかとあたたまって、そのぬくもりは僕の眠気も誘う。
「明日から、祭りの準備だからさぁ」
 兄は眠たそうな声色で言う。
「当分、構ってやれないなと思って……お前は、俺のつがいなんだし……」
 番かぁ。動物っぽくて、今の僕達にはぴったりの言葉じゃないか。微睡みながらそんな風に思い、やがて自室に戻るのを忘れて眠りこけた。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

別れようと彼氏に言ったら泣いて懇願された挙げ句めっちゃ尽くされた

翡翠飾
BL
「い、いやだ、いや……。捨てないでっ、お願いぃ……。な、何でも!何でもするっ!金なら出すしっ、えっと、あ、ぱ、パシリになるから!」 そう言って涙を流しながら足元にすがり付くαである彼氏、霜月慧弥。ノリで告白されノリで了承したこの付き合いに、βである榊原伊織は頃合いかと別れを切り出したが、慧弥は何故か未練があるらしい。 チャライケメンα(尽くし体質)×物静かβ(尽くされ体質)の話。

キサラギムツキ
BL
長い間アプローチし続け恋人同士になれたのはよかったが…………… 攻め視点から最後受け視点。 残酷な描写があります。気になる方はお気をつけください。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

暑がりになったのはお前のせいかっ

わさび
BL
ただのβである僕は最近身体の調子が悪い なんでだろう? そんな僕の隣には今日も光り輝くαの幼馴染、空がいた

放課後教室

Kokonuca.
BL
ある放課後の教室で彼に起こった凶事からすべて始まる

悩める文官のひとりごと

きりか
BL
幼い頃から憧れていた騎士団に入りたくても、小柄でひ弱なリュカ・アルマンは、学校を卒業と同時に、文官として騎士団に入団する。方向音痴なリュカは、マルーン副団長の部屋と間違え、イザーク団長の部屋に入り込む。 そこでは、惚れ薬を口にした団長がいて…。 エチシーンが書けなくて、朝チュンとなりました。 ムーンライト様にも掲載しております。 

【完結】ぎゅって抱っこして

かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。 でも、頼れる者は誰もいない。 自分で頑張らなきゃ。 本気なら何でもできるはず。 でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。

Take On Me

マン太
BL
 親父の借金を返済するため、ヤクザの若頭、岳(たける)の元でハウスキーパーとして働く事になった大和(やまと)。  初めは乗り気でなかったが、持ち前の前向きな性格により、次第に力を発揮していく。  岳とも次第に打ち解ける様になり…。    軽いノリのお話しを目指しています。  ※BLに分類していますが軽めです。  ※他サイトへも掲載しています。

処理中です...