16 / 86
◯何で謝られるのかわからない。
しおりを挟む
「おぉーにーいーさぁぁぁん!!」
夕方、休憩所で新聞を読んでいたら、知玄が死にそうな顔色で帰って来て、俺を見るなりすがりついて泣いた。何かあったのか? 朝は機嫌よく俺を見送っていたのに。
「やめろって、汗臭いし埃と油がつくぞ!」
知玄は構うことなく俺に力一杯抱きついた。
「ごめんなさぁい」
首筋に顔を埋められるとこそばゆい。そして何故俺の臭いを嗅ぐ!? 首だけでなく耳元まで嗅ぎまくり、すー、はーと深呼吸。キモい、マジでやめろ。
「あー、お兄さんの匂い、いい匂いだぁー」
くすぐった過ぎて思わず変な声が出た。何がしたいんだ一体。てか何で謝られなければならないのか? まさか、あれか?
「俺のブリトー勝手に食ったのはお前か、知玄」
「げっ、夜中に小腹が空いたのでつい……。でもでも僕が言いたいのはそれじゃなくて」
「あァ!?」
食い物の恨みは恐ろしいんだぞ。
「うああ、ごめんなさぁい!」
その時、事務所のドアが勢いよく開いた。
「こらアキちゃんっ! 何ノリちゃん泣かせてんのっ」
「いや、俺じゃねぇし」
第一、知玄も俺ももうガキじゃねぇんだぞ。母親だからって母親ヅラして仲裁しようとすんなや。お袋に間に入られるとややこしくなるので、俺は知玄を二階に上がるよう促した。
「で、何なんだよ」
ベッドに腰掛け煙草に火を点ける俺の目の前に、知玄は正座している。
「あのー、僕のせいでその、お兄さんの将来をダメにしちゃったのかなと思って」
「は?」
もしや、俺がΩだって気付いたのか? 危うく自分の膝の上に灰を落とすところだった。テーブルの灰皿を引き寄せ、煙草を揉み消す。知玄はでかい図体を縮こめて、俺をおどおどと見上げた。
「だってお兄さん、この間、彼女は要らないけどお嫁さんは欲しいって言ってたじゃないですか。でもその前に、もう僕にしか抱かれたくないって言ったでしょ?」
「『お前にしか抱かれらんない』な」
「あ、そうでした。ともかく、僕としかその、できないってことはもう、お兄さん、結婚出来ないってことでしょ? よしんば結婚したとしても、最初からレスだなんてお嫁さん的にはきっと辛い! それでお兄さんが新婚でいきなり浮気されたり離婚を切り出されたりとかしたらと思ったら、僕は、僕は……うわーん!」
妄想力の逞しい奴だな! だが実は俺もまさかと思って、この間、試しにデリヘルのおねーちゃんと一戦交えてみた。せっかく美人なおねーちゃんに当たったのに、俺のムスコは完全無に沈黙。一ミリも役に立たなかった。
そして後日、追い打ちをかけるように定期健診の結果が出た。俺の精液に含まれている精子の数、常人の十分の一もねぇってよ。男としての生殖能力を喪いつつあるってなんだよ。Ωっつったって、あくまで性別は「男」じゃなかったのかよ。久方ぶりに心の底から凹んだわ。
で、やっと立ち直った矢先に、こうして知玄に蒸し返されるとか。
「まあなんだ。そんなの、お前が泣くことじゃないだろ」
と、俺が慰めると、知玄は腰を上げ、立ちあがった。そして俺の視界はくるりと回って、気付いたら天井を見ていた。
夕方、休憩所で新聞を読んでいたら、知玄が死にそうな顔色で帰って来て、俺を見るなりすがりついて泣いた。何かあったのか? 朝は機嫌よく俺を見送っていたのに。
「やめろって、汗臭いし埃と油がつくぞ!」
知玄は構うことなく俺に力一杯抱きついた。
「ごめんなさぁい」
首筋に顔を埋められるとこそばゆい。そして何故俺の臭いを嗅ぐ!? 首だけでなく耳元まで嗅ぎまくり、すー、はーと深呼吸。キモい、マジでやめろ。
「あー、お兄さんの匂い、いい匂いだぁー」
くすぐった過ぎて思わず変な声が出た。何がしたいんだ一体。てか何で謝られなければならないのか? まさか、あれか?
「俺のブリトー勝手に食ったのはお前か、知玄」
「げっ、夜中に小腹が空いたのでつい……。でもでも僕が言いたいのはそれじゃなくて」
「あァ!?」
食い物の恨みは恐ろしいんだぞ。
「うああ、ごめんなさぁい!」
その時、事務所のドアが勢いよく開いた。
「こらアキちゃんっ! 何ノリちゃん泣かせてんのっ」
「いや、俺じゃねぇし」
第一、知玄も俺ももうガキじゃねぇんだぞ。母親だからって母親ヅラして仲裁しようとすんなや。お袋に間に入られるとややこしくなるので、俺は知玄を二階に上がるよう促した。
「で、何なんだよ」
ベッドに腰掛け煙草に火を点ける俺の目の前に、知玄は正座している。
「あのー、僕のせいでその、お兄さんの将来をダメにしちゃったのかなと思って」
「は?」
もしや、俺がΩだって気付いたのか? 危うく自分の膝の上に灰を落とすところだった。テーブルの灰皿を引き寄せ、煙草を揉み消す。知玄はでかい図体を縮こめて、俺をおどおどと見上げた。
「だってお兄さん、この間、彼女は要らないけどお嫁さんは欲しいって言ってたじゃないですか。でもその前に、もう僕にしか抱かれたくないって言ったでしょ?」
「『お前にしか抱かれらんない』な」
「あ、そうでした。ともかく、僕としかその、できないってことはもう、お兄さん、結婚出来ないってことでしょ? よしんば結婚したとしても、最初からレスだなんてお嫁さん的にはきっと辛い! それでお兄さんが新婚でいきなり浮気されたり離婚を切り出されたりとかしたらと思ったら、僕は、僕は……うわーん!」
妄想力の逞しい奴だな! だが実は俺もまさかと思って、この間、試しにデリヘルのおねーちゃんと一戦交えてみた。せっかく美人なおねーちゃんに当たったのに、俺のムスコは完全無に沈黙。一ミリも役に立たなかった。
そして後日、追い打ちをかけるように定期健診の結果が出た。俺の精液に含まれている精子の数、常人の十分の一もねぇってよ。男としての生殖能力を喪いつつあるってなんだよ。Ωっつったって、あくまで性別は「男」じゃなかったのかよ。久方ぶりに心の底から凹んだわ。
で、やっと立ち直った矢先に、こうして知玄に蒸し返されるとか。
「まあなんだ。そんなの、お前が泣くことじゃないだろ」
と、俺が慰めると、知玄は腰を上げ、立ちあがった。そして俺の視界はくるりと回って、気付いたら天井を見ていた。
0
お気に入りに追加
71
あなたにおすすめの小説
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
別れようと彼氏に言ったら泣いて懇願された挙げ句めっちゃ尽くされた
翡翠飾
BL
「い、いやだ、いや……。捨てないでっ、お願いぃ……。な、何でも!何でもするっ!金なら出すしっ、えっと、あ、ぱ、パシリになるから!」
そう言って涙を流しながら足元にすがり付くαである彼氏、霜月慧弥。ノリで告白されノリで了承したこの付き合いに、βである榊原伊織は頃合いかと別れを切り出したが、慧弥は何故か未練があるらしい。
チャライケメンα(尽くし体質)×物静かβ(尽くされ体質)の話。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
【完結】ぎゅって抱っこして
かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。
でも、頼れる者は誰もいない。
自分で頑張らなきゃ。
本気なら何でもできるはず。
でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
主人公のライバルポジにいるようなので、主人公のカッコ可愛さを特等席で愛でたいと思います。
小鷹けい
BL
以前、なろうサイトさまに途中まであげて、結局書きかけのまま放置していたものになります(アカウントごと削除済み)タイトルさえもうろ覚え。
そのうち続きを書くぞ、の意気込みついでに数話分投稿させていただきます。
先輩×後輩
攻略キャラ×当て馬キャラ
総受けではありません。
嫌われ→からの溺愛。こちらも面倒くさい拗らせ攻めです。
ある日、目が覚めたら大好きだったBLゲームの当て馬キャラになっていた。死んだ覚えはないが、そのキャラクターとして生きてきた期間の記憶もある。
だけど、ここでひとつ問題が……。『おれ』の推し、『僕』が今まで嫌がらせし続けてきた、このゲームの主人公キャラなんだよね……。
え、イジめなきゃダメなの??死ぬほど嫌なんだけど。絶対嫌でしょ……。
でも、主人公が攻略キャラとBLしてるところはなんとしても見たい!!ひっそりと。なんなら近くで見たい!!
……って、なったライバルポジとして生きることになった『おれ(僕)』が、主人公と仲良くしつつ、攻略キャラを巻き込んでひっそり推し活する……みたいな話です。
本来なら当て馬キャラとして冷たくあしらわれ、手酷くフラれるはずの『ハルカ先輩』から、バグなのかなんなのか徐々に距離を詰めてこられて戸惑いまくる当て馬の話。
こちらは、ゆるゆる不定期更新になります。
あなたの隣で初めての恋を知る
ななもりあや
BL
5歳のときバス事故で両親を失った四季。足に大怪我を負い車椅子での生活を余儀なくされる。しらさぎが丘養護施設で育ち、高校卒業後、施設を出て一人暮らしをはじめる。
その日暮らしの苦しい生活でも決して明るさを失わない四季。
そんなある日、突然の雷雨に身の危険を感じ、雨宿りするためにあるマンションの駐車場に避難する四季。そこで、運命の出会いをすることに。
一回りも年上の彼に一目惚れされ溺愛される四季。
初めての恋に戸惑いつつも四季は、やがて彼を愛するようになる。
表紙絵は絵師のkaworineさんに描いていただきました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる