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●雨蛙。
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一階で、母が何やら騒いでいる。僕が階段を駆け下りると、兄も外からやってきた。だけれど、なんてことはない。
「アキちゃんノリちゃん、カエルッ! カエルがいるんだけど!」
母が握り締めた風呂洗い用のスポンジから、水に溶けた泡が滴る。母はカエルが大の苦手なのだ。
「それくらい自分で捕れよ」
兄は咥え煙草の先を揺らしながら言った。
「えぇ~無理ぃ。アキちゃんが捕ってよ」
「煙草銭ちょうだい」
「調子にのらない。大体、アキちゃんのせいでしょ、うちがカエルだらけなのは」
「違うだろ。玄関が開けっ放しだから」
と言いながらも、兄は母について靴脱ぎ場を上がった。僕もあとに着いていく。風呂場に入ってみれば確かに、窓のサッシのところにアマガエルが一匹、手足を畳んだ状態でじっとしていた。
「お前が捕ってもいいよ」
「嫌ですよ」
「まったく、情けねぇな二人とも」
の「も」でもう兄はカエルを摘まんでいた。丸くなっていたカエルは頭と首の境い目辺りの両サイドから挟まれ、両手両足をパッと開いた。それを兄は掌の中に閉じ込めてしまう。
「見せて見せて」
母は僕を横に押しやって兄の前に立つ。怖いもの見たさなのか何なのか。
「ほれ」
指の隙間からカエルがひょっこり顔を出す。可愛い! と母は叫んだけれど、カエルが前足を出して身を乗り出そうとすると、悲鳴を上げて僕の背に隠れた。
「お母さんは、カエルが好きなんですか、嫌いなんですか」
「可愛いけど触るのは無理。テレビで見るなら全然いい」
なんてワガママな。一方、兄はといえば、カエルを手の中に閉じ込めたまま、しみじみと言う。
「活きがいいなぁ」
母はあんなに怯えていた癖に、兄の指の隙間を覗く。
「あんた達が色々捕まえてきたおかげで、一時は克服したと思ったんだけどな。お母さんも子供の頃は、カエルでもミミズでも掴めたんだよ。何で大人になると、ダメになっちゃうんだろ」
「俺には分からん。カエルはカエルだ」
兄はさっさと風呂場を出て靴脱ぎ場に向かった。僕も後を着いていく。
階段の下、靴脱ぎ場の下駄箱の上には今は埃が積もっているだけだが、昔、そこにオタマジャクシを飼っていた。
兄が田んぼから沢山のオタマジャクシを獲ってきた時のことを僕は今も覚えている。兄はイチゴのパックに砂と水を入れ、金魚の水槽から失敬してきた水草を植えて、オタマジャクシの住み処を拵えた。そんな兄の背中が、僕には大きく見えた。
オタマジャクシ達はすくすく育っていった。そこまでは良かった。ところが数週間後、オタマジャクシはアマガエルに変態し、大脱走をしてしまう。夜遅く、靴脱場に夥しい数の子ガエルが跳ねているのを発見したのは母だ。母の絶叫に驚いたご近所さんが警察を呼んでしまい、おおごとになった。兄とそして何故か僕も、父から大目玉を食らい、泣きながら逃げたカエルをかき集めたのは、今となってはいい思い出、かな?
外の雑草の生えたところに兄はカエルを放した。
「じゃあな」
カエルはたちまち草葉の陰に消えた。
「さて、仕事に戻らねぇと」
兄は立ち上がり、僕を見て悪餓鬼のようにやりと笑った。
「アキちゃんノリちゃん、カエルッ! カエルがいるんだけど!」
母が握り締めた風呂洗い用のスポンジから、水に溶けた泡が滴る。母はカエルが大の苦手なのだ。
「それくらい自分で捕れよ」
兄は咥え煙草の先を揺らしながら言った。
「えぇ~無理ぃ。アキちゃんが捕ってよ」
「煙草銭ちょうだい」
「調子にのらない。大体、アキちゃんのせいでしょ、うちがカエルだらけなのは」
「違うだろ。玄関が開けっ放しだから」
と言いながらも、兄は母について靴脱ぎ場を上がった。僕もあとに着いていく。風呂場に入ってみれば確かに、窓のサッシのところにアマガエルが一匹、手足を畳んだ状態でじっとしていた。
「お前が捕ってもいいよ」
「嫌ですよ」
「まったく、情けねぇな二人とも」
の「も」でもう兄はカエルを摘まんでいた。丸くなっていたカエルは頭と首の境い目辺りの両サイドから挟まれ、両手両足をパッと開いた。それを兄は掌の中に閉じ込めてしまう。
「見せて見せて」
母は僕を横に押しやって兄の前に立つ。怖いもの見たさなのか何なのか。
「ほれ」
指の隙間からカエルがひょっこり顔を出す。可愛い! と母は叫んだけれど、カエルが前足を出して身を乗り出そうとすると、悲鳴を上げて僕の背に隠れた。
「お母さんは、カエルが好きなんですか、嫌いなんですか」
「可愛いけど触るのは無理。テレビで見るなら全然いい」
なんてワガママな。一方、兄はといえば、カエルを手の中に閉じ込めたまま、しみじみと言う。
「活きがいいなぁ」
母はあんなに怯えていた癖に、兄の指の隙間を覗く。
「あんた達が色々捕まえてきたおかげで、一時は克服したと思ったんだけどな。お母さんも子供の頃は、カエルでもミミズでも掴めたんだよ。何で大人になると、ダメになっちゃうんだろ」
「俺には分からん。カエルはカエルだ」
兄はさっさと風呂場を出て靴脱ぎ場に向かった。僕も後を着いていく。
階段の下、靴脱ぎ場の下駄箱の上には今は埃が積もっているだけだが、昔、そこにオタマジャクシを飼っていた。
兄が田んぼから沢山のオタマジャクシを獲ってきた時のことを僕は今も覚えている。兄はイチゴのパックに砂と水を入れ、金魚の水槽から失敬してきた水草を植えて、オタマジャクシの住み処を拵えた。そんな兄の背中が、僕には大きく見えた。
オタマジャクシ達はすくすく育っていった。そこまでは良かった。ところが数週間後、オタマジャクシはアマガエルに変態し、大脱走をしてしまう。夜遅く、靴脱場に夥しい数の子ガエルが跳ねているのを発見したのは母だ。母の絶叫に驚いたご近所さんが警察を呼んでしまい、おおごとになった。兄とそして何故か僕も、父から大目玉を食らい、泣きながら逃げたカエルをかき集めたのは、今となってはいい思い出、かな?
外の雑草の生えたところに兄はカエルを放した。
「じゃあな」
カエルはたちまち草葉の陰に消えた。
「さて、仕事に戻らねぇと」
兄は立ち上がり、僕を見て悪餓鬼のようにやりと笑った。
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