兄がΩ 〜うっかり兄弟で番いましたが、今日も楽しく暮らしています。〜

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●肩を揉んでみた。

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 今夜も兄はどこかに出かけるようで、おめかしをしている。光沢のある黒いサテン地の開襟シャツに、白のチノパン。ゴツめのネックレスと指輪。でもピアスだけは小さい石のついた、女子向けのような、控え目なもの。これで雪駄を履けば、どこから見ても由緒正しきチンピラだ。
 僕は兄に肩揉みを申し出た。意外にも兄は怒らず受け入れてくれた。肩甲骨の上の方と背骨の間の部分に親指をグリグリとめり込ませながら、肩を鷲掴み、強めに揺さぶった。ちょっとやってみただけでわかったが、厳めしい見た目に反して、兄の僧帽筋はしなやかで柔らかく、肩揉みなど全く必要としていない。なのに、
「凝ってますねぇ」
 なんて言ってみる。
「お前、肩凝りのヤツの肩揉んだことないだろ」
「ありますよ。お母さんとかお祖母ちゃんとか」
「身内は含めない」
「えー、何でですか」
「何でも」
「意味がわからないんですけど。でも、ちゃんとありますよ。女子の肩揉んであげると、親密になれていいです」
「マジかよ……」
 マジですよ。リラックスしてもらうと、心を開いてもらいやすいです。だから僕は兄の肩を揉んでいる。僕は兄に聞きたいことがあるのだ。ゆっさゆっさと無防備に揺さぶられる兄の姿は、なんだかエッチだ。このタイミングなら聞けるかな? 僕は腹から息を吸い込んで言った。
「ねぇ、お兄さん」
「何だよ」
「この間、もう僕にしか抱かれたくないって、言ってたじゃないですか」
「“もうお前にしか抱かれらんない”だ」
「誤差の範囲内です」
「いや……全然違うから」
「違わなくないですか? で、その僕にしか抱かれたく、」
「抱かれらんない、な」
「って、どういう意味ですか?」
 兄はぐっと前のめりの姿勢になって、僕の手から逃れると、左肩を手でさすった。
「もうやめて。痛ぇだけで全然気持ちよくねーし」
「あ、ごめんなさい。傷に障りましたか」
「いや純粋に、肩揉むのが下手」
 振り返った兄は、怒っているというよりは困っているようだった。極限まで細く整えられた眉が、ひそめられている。
 と、その時、ふわぁっと例の匂いが香り始めた。桜の匂い、兄の匂いだ。あまり近付くと、先日みたいに頭が真っ白になって訳がわからなくなってしまいそうだ。膝で一、二歩下がる。ギッとベッドが軋む。背後は壁。退路がない。
「お……、お兄さん」
「何?」
「今日のお出かけは、どちらまで?」
 自分から話題を変えてしまった。兄は怪訝そうに片眉を上げて目を逸らし、二三度頷いた。そしてテーブルから煙草とライターを取って、一本咥えて火を点けた。薄い唇から紫煙が細く長く吐き出され、微かなメンソールの匂いの混ざった焦臭きなくささが部屋に充満する。
「どちらまでって、そうだなぁ……。いつもの店、おねーちゃんと遊べるとこ、カラオケ、シメはラーメン。高志たかしさんとデートだから」
「デートっ!?」
「いちいち真に受けんなや」
 いや受けませんけど。兄は僕の顔に煙を吹きかけて、唇の端をキュッとあげた。お兄さんは意地悪だ。
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