兄がΩ 〜うっかり兄弟で番いましたが、今日も楽しく暮らしています。〜

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○なんとか記録を更新中。

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 なんとか堪えた。危うく記録が破られるところだった。何の記録かというと、ゲロを吐いたことがない記録だ。あまり信じてもらえないのだが、俺は、生まれてから二十一年と一週間あまり、一度もゲロを吐いたことがない。風邪を引いても酒を飲み過ぎてもだ。
 だが、今回はマジでヤバい。なのに、今は絶対に吐く訳にはいかない事情があってしんどい。
 口の中が変な味だ。便所を出て雪駄を履き、土間に降りる。土間の出入口のところの洗い場で口を濯ぎ、頭から水を被る。流しの底に溜まった砂が、少しずつ排水口に吸い込まれていく。
 手拭いで頭を拭き、土間の真ん中に置かれた従業員休憩用の丸椅子に腰掛け、テーブルに突っ伏した。テーブルの表面は砂埃でざらざらした。
 薬の威力をナメていた。副作用なんてどうせ自分には関係ないと思った。何しろ健康な身体だけが俺の取り柄だ。朝イチで医者にかかって、その場で飲めと言われたので素直に飲んだのが間違いだった。寝る前まで待てばよかったんだ。
 二時間以内に吐いたら、その場でまた二錠服薬しろと医者に言われた。冗談じゃねぇ。こんな最悪の気分を一からやり直すのは御免だ。
 ポケットから携帯を出して時間を確認する。薬を飲んでから、大体一時間半くらいだろうか。あと三十分で吐いてもいいにしても、吐き気と頭痛が治まるにはしばらくかかるんだろう。十二時間後にはまた追加で飲まなきゃいけないし。あぁ、数日の辛抱とはいえ地獄だ。
 事務所で親父が怒鳴る声が、頭にガンガン響く。うるせぇ、俺だって好きでサボってんじゃねぇ! そう怒鳴り返す気力もわかない。
 昨日、自分の部屋で夕寝をしていたら、セフレとヤッてる夢を見た。やけにリアルな夢だったから、途中まで夢だと気づかなかった。荒唐無稽とまではいかなくとも、あまりあり得ることではなかったから、それが現実だと気づかなかった。
 気づいたときには俺は弟とヤッていた。なんで? 途中まで相手が誰だかわかっていなかったから、うっかり醜態をさらしたかもしれん。やべぇ。
 しかも弟は俺の首を咬んだ。まじかよ、へなちょこの癖してαだったのかよ、知玄とものりよ。俺は男だがΩだから、中で出されれば孕んじまう。だから、緊急避妊薬を飲んだ。
 昨夜のうちに飲めば今頃マシだったろうか? だけどお袋から持たされていた薬は生憎、他人セフレン家に置きっぱなしで、取りに行こうと思えば行けたけど、面倒臭いから諦めた。
 もう古くて鈍器みたいに重い、二つ折りパカパカの携帯。これで電話一本すればよかった。自分で取りにいかなくても、言えば届けてくれたかもしれない。だがどの面さげてそんなお願いが出来る? 弟に噛み付かれて真っ赤に腫れ上がった首筋をして。
 弟と、つがいになってしまった、なんて言えるわけがない。知られるわけにいかない。Ωではなく、ただの男として生きるんだって、啖呵を切ったくせに。
「はぁ、俺の人生計画が……」
 いやまあとっくの昔に、人生計画なんか崩れ去っていたのだが。
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