2 / 86
○なんとか記録を更新中。
しおりを挟む
なんとか堪えた。危うく記録が破られるところだった。何の記録かというと、ゲロを吐いたことがない記録だ。あまり信じてもらえないのだが、俺は、生まれてから二十一年と一週間あまり、一度もゲロを吐いたことがない。風邪を引いても酒を飲み過ぎてもだ。
だが、今回はマジでヤバい。なのに、今は絶対に吐く訳にはいかない事情があってしんどい。
口の中が変な味だ。便所を出て雪駄を履き、土間に降りる。土間の出入口のところの洗い場で口を濯ぎ、頭から水を被る。流しの底に溜まった砂が、少しずつ排水口に吸い込まれていく。
手拭いで頭を拭き、土間の真ん中に置かれた従業員休憩用の丸椅子に腰掛け、テーブルに突っ伏した。テーブルの表面は砂埃でざらざらした。
薬の威力をナメていた。副作用なんてどうせ自分には関係ないと思った。何しろ健康な身体だけが俺の取り柄だ。朝イチで医者にかかって、その場で飲めと言われたので素直に飲んだのが間違いだった。寝る前まで待てばよかったんだ。
二時間以内に吐いたら、その場でまた二錠服薬しろと医者に言われた。冗談じゃねぇ。こんな最悪の気分を一からやり直すのは御免だ。
ポケットから携帯を出して時間を確認する。薬を飲んでから、大体一時間半くらいだろうか。あと三十分で吐いてもいいにしても、吐き気と頭痛が治まるにはしばらくかかるんだろう。十二時間後にはまた追加で飲まなきゃいけないし。あぁ、数日の辛抱とはいえ地獄だ。
事務所で親父が怒鳴る声が、頭にガンガン響く。うるせぇ、俺だって好きでサボってんじゃねぇ! そう怒鳴り返す気力もわかない。
昨日、自分の部屋で夕寝をしていたら、セフレとヤッてる夢を見た。やけにリアルな夢だったから、途中まで夢だと気づかなかった。荒唐無稽とまではいかなくとも、あまりあり得ることではなかったから、それが現実だと気づかなかった。
気づいたときには俺は弟とヤッていた。なんで? 途中まで相手が誰だかわかっていなかったから、うっかり醜態をさらしたかもしれん。やべぇ。
しかも弟は俺の首を咬んだ。まじかよ、へなちょこの癖してαだったのかよ、知玄よ。俺は男だがΩだから、中で出されれば孕んじまう。だから、緊急避妊薬を飲んだ。
昨夜のうちに飲めば今頃マシだったろうか? だけどお袋から持たされていた薬は生憎、他人ン家に置きっぱなしで、取りに行こうと思えば行けたけど、面倒臭いから諦めた。
もう古くて鈍器みたいに重い、二つ折りの携帯。これで電話一本すればよかった。自分で取りにいかなくても、言えば届けてくれたかもしれない。だがどの面さげてそんなお願いが出来る? 弟に噛み付かれて真っ赤に腫れ上がった首筋をして。
弟と、番になってしまった、なんて言えるわけがない。知られるわけにいかない。Ωではなく、ただの男として生きるんだって、啖呵を切ったくせに。
「はぁ、俺の人生計画が……」
いやまあとっくの昔に、人生計画なんか崩れ去っていたのだが。
だが、今回はマジでヤバい。なのに、今は絶対に吐く訳にはいかない事情があってしんどい。
口の中が変な味だ。便所を出て雪駄を履き、土間に降りる。土間の出入口のところの洗い場で口を濯ぎ、頭から水を被る。流しの底に溜まった砂が、少しずつ排水口に吸い込まれていく。
手拭いで頭を拭き、土間の真ん中に置かれた従業員休憩用の丸椅子に腰掛け、テーブルに突っ伏した。テーブルの表面は砂埃でざらざらした。
薬の威力をナメていた。副作用なんてどうせ自分には関係ないと思った。何しろ健康な身体だけが俺の取り柄だ。朝イチで医者にかかって、その場で飲めと言われたので素直に飲んだのが間違いだった。寝る前まで待てばよかったんだ。
二時間以内に吐いたら、その場でまた二錠服薬しろと医者に言われた。冗談じゃねぇ。こんな最悪の気分を一からやり直すのは御免だ。
ポケットから携帯を出して時間を確認する。薬を飲んでから、大体一時間半くらいだろうか。あと三十分で吐いてもいいにしても、吐き気と頭痛が治まるにはしばらくかかるんだろう。十二時間後にはまた追加で飲まなきゃいけないし。あぁ、数日の辛抱とはいえ地獄だ。
事務所で親父が怒鳴る声が、頭にガンガン響く。うるせぇ、俺だって好きでサボってんじゃねぇ! そう怒鳴り返す気力もわかない。
昨日、自分の部屋で夕寝をしていたら、セフレとヤッてる夢を見た。やけにリアルな夢だったから、途中まで夢だと気づかなかった。荒唐無稽とまではいかなくとも、あまりあり得ることではなかったから、それが現実だと気づかなかった。
気づいたときには俺は弟とヤッていた。なんで? 途中まで相手が誰だかわかっていなかったから、うっかり醜態をさらしたかもしれん。やべぇ。
しかも弟は俺の首を咬んだ。まじかよ、へなちょこの癖してαだったのかよ、知玄よ。俺は男だがΩだから、中で出されれば孕んじまう。だから、緊急避妊薬を飲んだ。
昨夜のうちに飲めば今頃マシだったろうか? だけどお袋から持たされていた薬は生憎、他人ン家に置きっぱなしで、取りに行こうと思えば行けたけど、面倒臭いから諦めた。
もう古くて鈍器みたいに重い、二つ折りの携帯。これで電話一本すればよかった。自分で取りにいかなくても、言えば届けてくれたかもしれない。だがどの面さげてそんなお願いが出来る? 弟に噛み付かれて真っ赤に腫れ上がった首筋をして。
弟と、番になってしまった、なんて言えるわけがない。知られるわけにいかない。Ωではなく、ただの男として生きるんだって、啖呵を切ったくせに。
「はぁ、俺の人生計画が……」
いやまあとっくの昔に、人生計画なんか崩れ去っていたのだが。
0
お気に入りに追加
71
あなたにおすすめの小説
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
別れようと彼氏に言ったら泣いて懇願された挙げ句めっちゃ尽くされた
翡翠飾
BL
「い、いやだ、いや……。捨てないでっ、お願いぃ……。な、何でも!何でもするっ!金なら出すしっ、えっと、あ、ぱ、パシリになるから!」
そう言って涙を流しながら足元にすがり付くαである彼氏、霜月慧弥。ノリで告白されノリで了承したこの付き合いに、βである榊原伊織は頃合いかと別れを切り出したが、慧弥は何故か未練があるらしい。
チャライケメンα(尽くし体質)×物静かβ(尽くされ体質)の話。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
悩める文官のひとりごと
きりか
BL
幼い頃から憧れていた騎士団に入りたくても、小柄でひ弱なリュカ・アルマンは、学校を卒業と同時に、文官として騎士団に入団する。方向音痴なリュカは、マルーン副団長の部屋と間違え、イザーク団長の部屋に入り込む。
そこでは、惚れ薬を口にした団長がいて…。
エチシーンが書けなくて、朝チュンとなりました。
ムーンライト様にも掲載しております。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
【完結】ぎゅって抱っこして
かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。
でも、頼れる者は誰もいない。
自分で頑張らなきゃ。
本気なら何でもできるはず。
でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。
Take On Me
マン太
BL
親父の借金を返済するため、ヤクザの若頭、岳(たける)の元でハウスキーパーとして働く事になった大和(やまと)。
初めは乗り気でなかったが、持ち前の前向きな性格により、次第に力を発揮していく。
岳とも次第に打ち解ける様になり…。
軽いノリのお話しを目指しています。
※BLに分類していますが軽めです。
※他サイトへも掲載しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる