あいつがパーティーから追放された理由

板倉恭司

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あいつがパーティーから追放された理由

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「バーニィ、お前には今日かぎり隊から抜けてもらう」

 隊のリーダーであるシュタイナーからの、突然の宣告……バーニィは何も言えず、うろたえていた。

 バーニィが、シュタイナー率いるサイクロプス隊に入ったのは五年前のことだ。
 当時、まだ十三歳だったバーニィには、金を稼がなければならない理由があった。そこで、冒険者ギルドでもトップクラスのパーティー・サイクロプス隊への入隊を志願したのである。
 リーダーは、勇者シュタイナーだ。度重なる激戦により右目を潰され片目であることから、サイクロプスなる異名を持つ。そこから、彼の率いるパーティーもサイクロプス隊という渾名で呼ばれるようになったのだ。たった三人だが、いずれも凄腕の精鋭である。
 そんなパーティーに、まだ子供のバーニィが加入した……当時、冒険者ギルドではちょっとした話題になっていた。困難な任務を依頼されていたサイクロプス隊ではあったが、彼はどうにか付いていく。
 サイクロプス隊は数々のクエストをクリアし、今やギルドでも最強のパーティーだと言われるようになっていた。



 そんな中、突然の追放宣言である。バーニィは、呆気に取られつつも尋ねた。

「えっ……ど、どうしてですか?」

「いちいち言わなきゃわからねえのか。つくづく頭の悪い奴だな。じゃあ、はっきり言ってやる。お前が、どうしようもなく無能だからだよ」

 シュタイナーは、冷酷な表情で言い放つ。長身でガッチリした体格であり、短めの黒髪と潰れた右目を覆う黒いアイパッチが特徴的だ。剣と魔法、どちらも高いレベルでこなす完璧な勇者である。ボロボロの服を着た小男のバーニィを見下ろす表情は、氷のように冷え切っていた。
 途端に、バーニィの目に涙が浮かぶ。

「そ、そんな! 僕だって、一生懸命やってます!」

「はあ? 何を一生懸命やってるんだ? 言ってみろ」

 尋ねるシュタイナーに、バーニィは涙を拭きながら答える。

「り、料理を作ったり、荷物を運んだりしてます!」

「前から言おうと思ってたんだがな、お前の作る料理はクソまずい。今まで、ずっと我慢してやってたんだよ。しかも、体力がないから荷物運びもろくにできねえ。本当に無能な奴だよ」

 確かに、バーニィには体が小さく腕力がない。荷物は、他のメンバーと比べると半分も持ち歩けない有様だ。他のふたりも、無言でウンウンと頷く。
 それでも、バーニィは諦めなかった。

「これから頑張ります! 体も鍛えます! 剣や弓の練習もして、戦えるようにもなります!」

「で、いつになったら戦えるようになるんだ? 言ってみろ」

「わかりません! でも、いつか必ず戦えるようになります!」

 なおも食い下がるバーニィだったが、シュタイナーの言葉は容赦ない。

「お前が俺たちと仕事するようになって、かれこれ五年が経った。その五年の間、お前は何をやってきた? 全く変わってねえ。つまりは、これからも変わらねえってことだ。口だけだったら、なんとでも言えるんだよ」

 言った後、シュタイナーは仲間の方を向いた。

「お前らだって、そう思うだろ? ずっと我慢してたよなあ、この無能なゴミクズ野郎によ」

「そんな、ひどい……」

 泣き崩れるバーニィに、さらなる追い討ちをかけたのはガルシアだ。

「いいや、シュタイナーは間違っていないぜ。俺も、お前の無能さにはうんざりしてたんだよ」

 にべもなく言い放つ。このガルシア、回復魔法の使い手だが、腕力も強く素手で熊を殴り倒したこともあった。体はシュタイナーより大きく、筋骨隆々たる体格である。髪は綺麗に剃られており、目は糸のように細い。
 その細い目は、バーニィのことなど見ていなかった。

「同感だな。今までずっと我慢してたが、もう限界だ。さっさと消えてくれ」

 言ったのは、痩身のストロースである。金色の髪は肩までの長さがあり、肌は白い。多種多様な攻撃魔法を使い手であり、同時に弓矢とレイピアの達人でもある。この三人の中でも一番の知恵者だが、バーニィに向ける視線には険しいものがあった。

「というわけで、お前はもう俺たちの仲間じゃねえ。だから、付いて来るんじゃねえぞ」

 シュタイナーが言うと同時に、三人は向きを変えた。バーニィに背を向け、足早に去っていく。
 しかし、バーニィは諦めなかった。後を追いかける。

「ま、待ってください!」

 言いながら、シュタイナーの腕を掴む。すると、シュタイナーがじろりと睨んだ。

「汚えな。お前の涙と鼻水が付いちまっただろうが」

 直後、彼の拳が放たれる。凄まじい勢いで、バーニィの腹にめり込んだ──

「うぐっ!」

 強烈すぎるパンチに、バーニィは耐えきれず崩れ落ちた。地面に倒れ、腹を押さえてもがき苦しんでいる。
 そんな姿を見て、シュタイナーは鼻で笑った。

「一発で倒れるとは、本当にひ弱だな。魔法も使えず、戦うことも出来ず、おまけにひ弱ときてる。まったく、救いようのない奴だな。正真正銘のゴミクズ野郎だ。さっさと消えろ」



 その日の夜。

「おい、何をやってんだ。さっきから、ずっと部屋に閉じこもってるじゃないか」

 宿屋にて、部屋でひとり物思いにふけっていたシュタイナー。そんな彼の部屋に入ってきたのはストロースだ。シュタイナーは、椅子に座ったまま彼の方を向く。 

「ちょっとな。それより、お前こそどうしたんだ。今夜は、この街で過ごせる最後の夜になるんだぞ。好きなだけ楽しんで来い」

「いや、なんかそんな気分になれなくてな。ガルシアはどうしてる?」

「あいつなら、どっかの娼館で女抱いてんだろうよ」

「そうだな」

 相槌を打った時、いきなり扉が開く。
 入ってきたのは、そのガルシアだった。大きな体を縮め、照れくさそうな顔である。

「お前、どうしたんだよ? 娼館に行くんだとばかり思ってたのによ」

「どうも、今夜は気が進まねえんだよな」

 恥ずかしそうに言ったガルシアに、ふたりは顔を見合わせる。このガルシアの女好きは並外れており、あまりの精力ゆえに出入り禁止を言い渡した娼館もあるくらいだ。
 そのガルシアが、気が進まないとは……。

「珍しいこともあるものだな」

「明日は、雪でも降るかもな」

 軽口を叩いたシュタイナーに、ガルシアも答える。

「雪でも降ってくれりゃ、任務も少しはやりやすくなるかな」

 同時に、三人は黙り込んだ。これから向かわねばならない任務のことを思い出してしまったのだ。
 重苦しい空気が漂う中、再びガルシアが口を開く。

「俺さ、バーニィの作る飯、好きだったぜ」

「俺もだ」

 シュタイナーが返し、さらにストロースが続く。

「もちろん、俺も。でもよ、最初の頃はひどかったよな」

 途端に、三人は笑った。
 バーニィが入ったばかりの時だった。何も出来ない彼に、シュタイナーは食事を作るよう命じたのだが、これがひどかった。三人とも、あまりのまずさにダンジョンで絶叫したのだ。
 それすら、今は懐かしい──

「違えねえ」

 ガルシアがうんうん頷いたが、シュタイナーが言い添える。

「ああ、あれはひどかった。でもよ、この五年の間に腕を上げたよ。あいつは大した奴だ」

 そう、バーニィは暇さえあれば料理の研究をしていた。その甲斐あって、次のクエスト時にはそれなりの味のものを作るようになる。今では、そこらの食堂で出る料理よりは確実に美味い、と三人に認めさせるくらいの腕前ニパなった。

「それにさ、あいつの勘は鋭かった。危険を察知する力は凄かったよ。あれは、教わって出来るものじゃない。天性の才能だな。まさに天才だよ」

 ストロースの言っていることは、彼ら三人にしかわからないものだろう。
 バーニィには、不思議な力があった。仕掛けられた罠などを感知する能力である。また、彼のおかげで敵の待ち伏せや奇襲攻撃を回避できたこともある。時には、バーニィの命がけの行動によりパーティー全滅を避けられたこともあった。
 この能力だけでも、彼を入れておくには充分すぎるものだった。

「それによ、バーニィがいたから、俺たち上手くやってこれた気がすんだよな」

 ガルシアの何気ない言葉に、ふたりは深く頷いた。
 冒険者たちのパーティーは、実のところ揉めた挙げ句に解散というケースも少なくない。その理由も、あいつが気に入らないという些細なものから、宝の配分を巡っての殺し合いに至るまで様々だ。
 サイクロプス隊にも、そうした危機はあった。だが、バーニィが加入してから、パーティー間の揉め事はなくなったのだ。あの少年の存在が、癖の強く気の荒いサイクロプス隊の緩衝材になっていた気がする。
 シュタイナーがそんなことを思った時、ガルシアがいきなり彼の肩を小突いた。

「にしてもだ、腹パンはちょっとやり過ぎだったぞ。俺、見てて辛かったよ」

「仕方ねえだろうが。ああでもしなきゃ、あいつは付いて来ちまうだろ」

 言い返すシュタイナー。彼とて、やりたくてやったわけではない。だが、やらざるを得なかった。正直に話せば、あの少年はどんな手段を用いても付いて来たはずだ。
 今頃、バーニィはシュタイナーたちを恨んでいることだろう。あれだけパーティーに尽くしたのに、裏切られた……その気持ちでいっぱいのはずだ。仮に、後でサイクロプス隊の全滅を知ったとしても、涙を流したりはしない。むしろ、ざまあみろと思うことだろう。
 それこそが、シュタイナーの望む展開であった。

「バーニィには、孤児院がある。こんな仕事からは足を洗って、孤児院の経営だけやってりゃいいんだよ」

 自身に言い聞かせるかのように、シュタイナーは語る。



 もともと、バーニィは孤児だった。『ちびっこハウス』という孤児院に住んでいたのだ。しかし、運営資金が底を尽き、さらに院長が亡くなってしまった。こうなると、土地と建物は人手に渡ってしまう。そうなれば、子供たちは追い出されるだけだ。その後は、浮浪者として生きていかざるを得ない。
 運営資金を稼ぐため、バーニィは冒険者ギルドへ行く。そして、シュタイナーの前で土下座し叫んだ。

「何でもしますから、仕事をさせてください!」

 普通なら、シュタイナーは断っていただろう。バーニィは体の小さな、ボロを着た少年にしか見えない。
 しかし、シュタイナーはこの少年から何かを感じ、連れて行くことにした。すると、バーニィの秘められた才能が開花する。彼は、サイクロプス隊の一員として認められ、この五年間に困難なクエストをいくつもクリアしていった。
 もっとも、本人は相変わらずボロボロの服を着ていた。稼いだ金は、全て孤児院の運営資金に回している。おかげで、孤児院の土地は人手に渡らず済んだ。子供たちにも、美味しい食事を腹いっぱい食べさせてあげられるようにもなった。
 バーニィには、帰る場所がある。他の三人とは違うのだ。



「そういや、あいつ二年くらい前に子犬を拾ったろ。白くて、蛇みたいに胴が長い奴。あの気色悪い犬、まだ飼ってるらしいぜ」

 突然ストロースが発した言葉に、ふたりは苦笑した。

「ああ、あの変な犬か」

 ガルシアが言葉を返す。
 かつてサイクロプス隊は、トロールの群れの襲撃から村を守るため、辺境の地に派遣されたことがあった。その時、森の中で奇妙な犬を見つけたのだ。白いふさふさした毛に覆われ、胴が蛇のように長く足は異様に短い。鳴く声も変だ。見つけた時は、あまりの不思議な姿に三人とも顔をしかめてしまった。
 そんな異様な子犬をバーニィは拾い、連れ帰ってしまったのである。さすがの三人も、こんな奇妙な子犬を可愛がるバーニィには呆れていた。

「そう、あの犬だよ。バーニィの奴、嬉しそうに言ってたぜ。デカくなりすぎて、孤児院でも飼いきれなくなったから山の中にいるんだってよ」
 
 ストロースもまた、嬉しそうに語る。聞いているガルシアも苦笑していた。

「子供たちだけでも大変なのに、あんな変な犬も、きっちり育てるんだもんな」

「あいつは偉いな」

 そんなふたりの会話に、シュタイナーが口を挟む。

「バーニィは、凄い奴だよ。あいつの才能は、平和な世の中でも光り輝く。だからこそ、今回の任務に連れていくわけには行かねえんだ」

「そうだな。俺たちゃ、戦うのが仕事だ」

「それに、今回の任務は生きて帰れねえからな」

 ガルシアとストロースが、低い声で答える。
 今回サイクロプス隊に課せられた任務は、ギルドからのものではない。極秘の任務なのである。空中要塞テスボールに侵入し、魔王を暗殺しなくてはならないのだ。
 魔王ザゴール・ダイア率いる闇の勢力は、ついに他国への侵攻を開始した。彼らの拠点であるテスボールは、空を浮遊する巨大な球形の要塞である。強力な防御魔法に守られており、物理的な攻撃では掠り傷ひとつつけられない。
 しかもザゴールは、テスボール内部にて強力な魔導兵器『アレックス』の起動に成功した……との情報が入ったのだ。
 このアレックス、古代文明により生み出された人型の超兵器である。ザゴールは超魔力で地下迷宮よりアレックスを掘り出し、テスボール内部でずっと研究していたのだ。伝説によれば、その力は数百の軍勢を一瞬で皆殺しにするほどであるらしい。そんなものが戦争に投入されれば、相手国に勝ち目はない。
 そこで、ザゴールに敵対する国々は同盟を結んだ。腕の立つ者たちを潜入させ、魔王を暗殺する計画を立てたのである。
 ところが、テスボール内部に送り込まれた部隊は、全て連絡が途絶えてしまった。言うまでもなく、計画が失敗し要塞で殺されたのだ。テスボール内部は、多くの怪物が蠢く迷宮と化している。しかも、ザゴール・ダイアも最強の魔王と呼ばれていた。これまで、大勢の勇者たちを葬っている。
 そんな中、白羽の矢が立ったのがサイクロプス隊である。勇者シュタイナー率いるパーティーは、たった四人で数々の困難なクエストを成功させてきた。そんな彼らに、国王直々の依頼が来たのだ。
 もっとも、シュタイナーにはわかっていた。テスボールへの潜入はもちろんのこと、奥深くに潜むザゴールを見つけ出すことだけでも至難の業だ。さらに、首尾よく魔王を倒したとしても、その後に空中を浮遊する要塞から脱出するのは……もはや、砂浜で一粒の砂金を見つけることと同じくらい困難な任務だろう。
 にもかかわらず、シュタイナーは引き受けた。彼らがやらねば、世界は闇に包まれる。ふたりには任務のことを話し、了解は得ている。
 この任務の前に、様々な準備が必要だった。そのひとつが、バーニィの追放である──

 彼ら三人は、翌日には旅立っていった。
 
 ・・・

 それから十日後。
 サイクロプス隊は、テスボールの最上部にいた。部屋は広く、設置されたテラスからは外の風景が見える。雲に覆われた景色は、まるで天界に来たかのようであった。
 もっとも、彼ら三人にそんなものを見ている余裕などない。室内に設置されていた家具は滅茶苦茶に破壊され、壁には穴が空いている。敷かれた絨毯は黒焦げになっており、天井も傷だらけだ。中で行われた凄まじい死闘を物語っていた。
 そして部屋の中央には、ボロ切れをまとった老人が倒れている──

 サイクロプス隊は、魔王ザゴール・ダイアの居室に辿り着いた。扉を蹴り破るとと同時に、奇襲をかける。
 だが、ザゴールも伊達に魔王と呼ばれているわけではなかった。凄まじい魔法で、三人を迎え撃つ。
 死力を尽くした戦いは、サイクロプス隊に軍配が上がった。ザゴールは、死亡した直後に小さな老人の正体を表す。
 勝ったはずの三人も、力尽き倒れていた。体力も魔力も、完全に使い果たしてしまった。もう、起き上がる力すら残っていない。ましてや、ここからの脱出など不可能である。

「とうとうやったな。さすがは俺たちだぜ」

 シュタイナーの言葉に、ストロースが頷く。

「ああ。ザゴールも倒したし、テスボールもこれで終わりだ。この世界にも、平和が訪れるってわけだ」

「これ、そのうち墜落すんだよな」

 ガルシアが、そっと呟いた。
 そう、主人を失ったテスボールは墜落する。魔王の死により、浮遊能力は消え去る構造になっているのだ。そうなれば、地面の衝突と同時に爆発する。内部にいる者は、誰も助からない。超兵器アレックスもろとも全滅だ。
 今はまだ、魔力の残り香のようなもので浮遊しているが、もうすぐ落下するだろう。

「俺たちも、終わりだな。これが、最後の任務だ」 

 シュタイナーの言葉に、ふたりはクスリと笑った。
 死を目前にし、体は傷だらけで立ち上がる気力もない。その上、待っているのは要塞の墜落による確実な死だ。にもかかわらず、彼らは笑っていた。

「実は俺、貯めといた金を全部バーニィの孤児院に寄附したんだ。もちろん匿名だけどよ」

 突然、ストロースがそんなことを言った。すると、シュタイナーが答える。

「えっ、お前もか?」

「お前もか、ってことは……」

 シュタイナーとストロースは、思わず苦笑する。そんなふたりを見て、ガルシアが舌打ちした。

「何なんだよ、お前らばっかカッコつけやがって。俺はそんなことしてねえぞ。なぜなら、金を貯めてないからだ」

「威張って言うことかよ」

 シュタイナーが言い、三人はまたしても笑った。

「バーニィの奴、ビビるだろうな」

「そりゃそうだよ。いきなり大金持ちになっちまうわけだからな」

 ストロースとシュタイナーの会話の後、再び沈黙がその場を支配する。が、それは長く続かなかった。

「なあ、死んだら生まれ変わったりすんのかな」

 沈黙を破ったのは、ガルシアだった。それに、ストロースが答える。

「どうだろうな」

「俺は、生まれ変わったら女用の馬の鞍になりてえな。それも、とびきり美人の」

 ガルシアの言葉に、ふたりはクスクス笑いだした。やがて、ストロースが言い返す。

「この野郎、最後の最期まで下品な奴だな」

「だったら、お前は何になるんだ?」

「俺は……何だろうな、かわいい犬になって、きれいな女に飼われたいな」

 普段クールなストロースらしからぬセリフに、ふたりはまたしても笑った。

「ガルシアと一緒じゃねえかバカ野郎」

 シュタイナーが言うと、ストロースが答える。

「じゃあ、お前は何になりたいんだ?」

 その問いに答えようとした時だった。

「おい、何か聞こえねえか?」

 突然、ガルシアか口を挟む。その声は真剣だった。
 直後、彼は立ち上がる。全身に傷を負った体でありながら、どうにかテラスへと歩いていった。外の風景に目を凝らす。
 途端に、彼はへたり込んだ──

「ちょっと待てよ、何なんだアレは?」

 その声は震えていた。シュタイナーとストロースも、這うように動きテラスへと辿り着いた。
 途端に、ふたりは唖然となる──

 巨大な生き物が、空を飛びこちらに近づいているのだ。全身を白い毛に覆われており、大きさはドラゴンほどもあるだろうか。
 そんな生き物が、泳ぐように空中を進んでいる。やがて、テスボール最上部のテラスへとやってきた。近くで見ると、胴は蛇のように長い。もっとも、顔は耳の垂れた犬のようである。
 さらに、頭にはひとりの少年がまたがっていた。

「皆さん! 大丈夫ですか!?」

 聞き覚えのある声。そう、怪物の頭に乗っていたのはバーニィだった──

「バーニィ……なんでここに……」

 唖然となりながら呟くシュタイナー。他のふたりは、驚きのあまり声が出ない。
 一方、バーニィはテラスに飛び降りた。へたり込んでいるガルシアに叫ぶ。

「もうじき墜落しますよ! さあ、早く!」

 言うが早いか、強引にガルシアの巨体を引きずっていく。直後、怪物が長い尻尾をテラスへと入れた。
 バーニィは、ガルシアの体を怪物の尻尾に縛り付ける。

「シュタイナーさんもストロースさんも、早くしてください!」

 その声に、シュタイナーはハッとなる。残された力を振り絞り、怪物の胴体へと近づいていった。ストロースも同様に、怪物の胴体へと体を密着させる。
 バーニィはロープを使い、ふたりを怪物の体にしっかりと結びつけた。そして、自身も頭にまたがる。

「さあ、飛ぶんだハルコン! うちに帰るぞ!」

 その声に応え、ハルコンと呼ばれた怪物は吠える。

「アオーン!」

 直後、ハルコンは宙に浮かぶ。恐ろしい速さで、雲を切り裂き飛んでいった。
 それから、一呼吸置くか置かないかというタイミングで、テスボールは魔力が尽き下降し始める。やがて、とんでもない勢いで落下していった。
 それから十数える間もないうちに、空中要塞は地面に衝突した。直後、大爆発を起こす。幸いにも、墜落したのは広い荒野であったため、被害はほとんどなかった。ただし、テスボールの中にいた者は全て死に絶えた。
 超兵器アレックスも、跡形もなく破壊された。



 数日後、シュタイナーら三人は王宮にいた。世界を救った勇者たちとして、彼らの戦功に報いるためのパーティーが開かれたのである。
 王と王妃、さらに貴族や将軍たちといった者たちに囲まれ、彼ら三人は英雄として褒め称えられた。褒美として、大量の金銀財宝を受け取る。また、シュタイナーらに貴族の身分を与えようとの申し出もあった。
 しかし、三人は丁重に断る。金銀財宝を馬車に載せると、都を去っていった。

 ・・・

 それから三年後、彼らは三人は、とある村にいた。

「おいガキども! 元気か!」

 ガルシアの声が、村の広場に響き渡る。すると、子供たちが顔を出した。

「あ、ガルシアだ!」

「よく来たね!」

「また戦ってきたの!?」

 口々に言いながら、子供たちが寄って来てガルシアの周囲を取り囲む。この男はデカい体で風貌もいかついが、なぜか子供たちに人気があるのだ。

「おう、来てやったぞガキども。一昨日はな、ワイバーンの群れを退治したんだ」

 ガルシアの言葉に、子供たちは顔を見合わせる。

「ワイバーンてなんだ?」

「初めて聞いたぞ」

 ひそひそ語り合う中、前に出てきたのはひとりの少年だ。名前をアルという。

「みんな知らないのか。ワイバーンっていうのは、デカくて空を飛んで口から火を吐く怪物だ。めちゃくちゃ強いんだぞ」

 アルの言葉に、子供たちは一斉にザワついた。

「怖い怪物だなあ!」

「そんなのを退治するなんて、やっぱガルシアすげえな!」

 口々に言い合う子供たち。一方、アルはガルシアの服の裾を掴む。

「ねえねえ、いつになったら僕を冒険に連れてってくれるの?」

「もっと大きくなってからだ」



 その頃、シュタイナーは村長の家に来ていた。

「よくいらしてくれました」

 微笑みながら挨拶するのは、村長の妻であるクリスだ。夫と違い、しっかり者である。

「それにしても、この村も大きくなったな」

 シュタイナーの言葉に、村長であるバーニィは嬉しそうに頷いた。

「はい、順調に発展していってます。ここが街と呼ばれるのも、もう少しでしょうね。いつか冒険者を引退したら、いつでも来てください。大歓迎ですよ」

 このサイクロプス村は、バーニィが作り上げたものだ。シュタイナーとストロースの寄附してくれた金を使い、森を切り開き畑を耕し家畜を買った。さらに商人らと話をつけ、商売も始めた。
 孤児院にいた子供たちは、皆この村に移住させた。また、その後も身寄りのない子供たちを引き取っているのだ。今では、大勢の子供たちが楽しく暮らしている。
 いつか、サイクロプス隊の三人が冒険者を引退した時には、ここで楽しく余生を過ごさせてあげたい……それが、バーニィの願いであった。

「ところで、ストロースさんはどこですか?」

 バーニィの問いに、シュタイナーは苦笑しつつ答えた。

「あいつな、山でハルコンと遊んでるよ」

「えっ、またですか?」

「そうなんだよ。ハルコンが好きで好きでたまらないんだろうな」

 シュタイナーは、呆れた表情で言った。
 ハルコンは、かつてバーニィが拾ってきた犬……によく似た魔獣である。最初は子犬くらいの大きさだったが、あっという間に大きくなっていった。しかも、空まで飛ぶようになる。さすがに孤児院では飼えなくなり、山の中の洞窟に住むようになった。
 体は大きく空も飛べて力も強いが、ハルコンは大変に優しく賢い生き物だった。バーニィの言うことはきちんと聞くし、彼が呼べばすぐに姿を現す。今では、サイクロプス村の守護神のような存在になっている。



 その夜、ガルシアはアルを部屋に呼んだ。この少年に、とっておきの土産物を渡すためだ。
 ガルシアはザックを開け、中から箱を取り出す。
 箱を開けると、中から奇妙な生き物が顔を出したのだ。一見すると猫もしくは犬のようだが、手足の造りは猿のようでもある。毛はふさふさしており、耳は大きく横に広がっている。目は大きく、賢そうだ。

「な、何これ! かわいい!」

 騒ぐアルの口を、即座にふさいだガルシア。

「バカ、夜中に大きな声を出すな。いいか、これはモグモグという生き物だ」

「モグモグ?」

「いや、アイアイだったかもしれん。とにかくだ、この生き物はかわいい上に賢い。人間にも、よく懐いている。ただし、三つの約束を守らなきゃならないそうだ」

「なにそれ?」 

「ひとつは、水に濡らさないこと。もうひとつは、日光に当てないことだ」

「あとひとつは?」

「あとひとつは……あれ、何だっけな? 忘れちまったよ。とにかく、そのふたつだけ守っときゃ大丈夫だろ」



 



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みんなの感想(2件)

2023.08.27 ユーザー名の登録がありません

退会済ユーザのコメントです

2023.08.27 板倉恭司

 感想ありがとうございます。
 元ネタですが、映画『ネバーエンディングストーリー』のファルコンと、映画『グレムリン』のギズモのオマージュキャラが登場しております(笑)。たまには、こういう追放ものがあってもいいのではと思い書きました。読んでいただき、ありがとうございました。

解除
dragon.9
2023.08.05 dragon.9

ファルコンにギズモ(* 'ᵕ' )☆

懐かしー!

(´^ω^`)ブフォwww

2023.08.05 板倉恭司

 感想ありがとうございます。
 元ネタを知っている方に反応していただき嬉しいです(笑)。読んでいただき、ありがとうございました。

解除

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日之影ソラ
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アルカンティア王国の聖女として務めを果たしてたヘスティアは、突然国王から追放勧告を受けてしまう。ヘスティアの言葉は国王には届かず、王女が新しい聖女となってしまったことで用済みとされてしまった。 田舎生まれで地位や権力に関わらず平等に力を振るう彼女を快く思っておらず、民衆からの支持がこれ以上増える前に追い出してしまいたかったようだ。 成すすべなく追い出されることになったヘスティアは、荷物をまとめて大聖堂を出ようとする。そこへ現れたのは、冷徹で有名な公爵様だった。 「行くところがないならうちにこないか? 君の力が必要なんだ」 彼の一声に頷き、冷徹公爵の領地へ赴くことに。どんなことをされるのかと内心緊張していたが、実際に話してみると優しい人で…… 一方王都では、真の聖女であるヘスティアがいなくなったことで、少しずつ歯車がズレ始めていた。 国王や王女は気づいていない。 自分たちが失った者の大きさと、手に入れてしまった力の正体に。 小説家になろうでも短編として投稿してます。

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