ぼくたちは異世界に行った

板倉恭司

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廃村大火災

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「貴様ら、いったい何者なのだ!?」

 中年男の声には、困惑の色があった。人間を遥かに超越した力を持つ人狼……だが、その人狼ですら怯んでしまう状況になっていたのだ。



 マウザーの叫び声の直後に、馬車から降りた者がいた。闇の中でもはっきりわかる、小さく華奢な体……パロムだ。先ほどまでの怯えた表情が嘘のように、顔を歪めてこちらに歩いて来る。

「おいパロム! 何やってんだ! 戻って来い!」

 慌てた様子で、ガイが降りて来た。チャムを担ぎ上げたまま走り、パロムの手を握った。そのまま手を引いて連れ戻そうとする。しかし、パロムはガイの手を振り払った。
 そして、人狼に向かい手をかざす。
 直後、パロムの掌から巨大な炎が吹き上がったのだ。まるで火炎放射器のように炎が吹き上がり、人狼めがけて伸びていく──
 人狼は、あわてふためいた様子で後ろに飛びのいた。すると、あちこちから人狼のものらしき、奇怪な吠え声が上がる。さらに、馬車からも叫び声がした。

「パ、パロム! 早く馬車に戻るんじゃ!」

 叫び声と同時に、マウザーが馬車から降り、パロムのそばに走り寄る。するとパロムは振り向き、子供らしからぬ不敵な笑みを浮かべた。

「大丈夫だよ! こんな奴ら、ぼくがみんなやっつけてやる!」

 パロムは叫びながら、また掌をかざす。巨大な炎が吹き上がり、辺りを照らし出す。中年男は、顔を歪めながら叫んだ

「貴様ら、無駄な抵抗は止めろ! ここからは逃げられん。我々はエルフと取り引きしたのだ……貴様らを渡すとな! 殺しても構わんと言われているのだぞ!」

 中年男は吠える。だがパロムの炎が襲い、慌てて物陰に身を隠した。

「何だか、よくわからんが……あのガキを利用させてもらうとするか」

 ギンジは小声で呟く。次の瞬間、皆に指示を出した。

「タカシ、馬車の用意だ。いつでも出せるようにしておけ。カツミ、お前はここでマウザーさんたちのガードを頼む。ガイとチャムは馬車に戻れ。馬車に近づいて来る奴を片付けろ。ヒロユキとニーナは……ここに残るんだ。もし近寄って来る奴らがいたら、構わねえから二人で殺せ」

 矢継ぎ早に指示を下すギンジ。最後にパロムの方を向いた。

「パロム、あの狼どもが近づいてきたら、お前の炎で片っ端から焼き殺せ。いいな?」

「わかった!」

 力強く返事をするパロム。ヒロユキはこんな状況であるにもかかわらず、パロムに対し複雑なものを感じていた。まだ幼い子供でありながら、魔法らしきものを使える上、敵に対しては容赦ないパロム……大丈夫なのだろうか。

 ヒロユキはニーナと共に、油断なく辺りを見回した。人狼たちは、まだ動きを見せない。奴らも、こちらの尋常でない強さを理解したはずだ。となると、しばらくは様子見をするつもりなのだろうか。
 しかし長引けば長引くほど、こちらに不利な状況になるのも確かだ。人狼たちは、一行をエルフに引き渡すつもりらしい。放っておくと、そのエルフたちまでもが姿を現すかもしれないのだ。

「タカシ、馬車は動きそうか?」

 ギンジが尋ねると、タカシは首を横に振る。

「いえ、馬はてこでも動かないぞって雰囲気ですよ。大した奴らですね、狼男ってのは……」

「感心してる場合かよ。なあヒロユキ、奴らは強いのか?」

 今度はヒロユキに尋ねた。ヒロユキは顔をしかめながらも、慎重に答える。

「ライカンスロープは……いや、人狼は強いです。恐らく、殺傷能力はラーグに優るとも劣らないくらいのレベルではないかと。少なくとも、前に戦ったゴブリンやヴァンパイアよりは確実に強いでしょう」

「何だと……そんなのが群れてるのかよ。そいつは厄介だな」

 一気に険しい表情になるギンジ。ヒロユキも自分で言っておきながら、改めて今の状況の厳しさを思い知る。

 そうだよ……。
 あいつらに、ぼくたちの武器が通じるのか?
 奴らは不死身だ。銀の武器、あるいは魔法の武器でなければ傷つけられなかったはず。
 いや待て。
 さっき、奴らはパロムの炎に怯んでいた。
 そうか、奴らは不死身じゃないんだ。

 ヒロユキは考えた。不死身ではないとはいえ、圧倒的に不利な状況であることに代わりはない。白兵戦では、こちらに勝ち目はないだろう。ガイとカツミは超人的な強さの持ち主だが、それでも奴らの数の前には……。

 ちょっと待て。
 戦えるのは、あの二人だけじゃない。
 炎を出せるパロムもいるし、ニーナも魔法が使えるんだ。それらを上手く使えば……。

「ヒロユキ、何を考えている?」

 不意に、ギンジの声がきこえてきた。ヒロユキは我に返る。

「あ、いや……」

「考えるのは結構だが、ここは戦場だぞ。臨機応変に動けるようにしておけ。それよりも……」

 ギンジは言葉を止め、周りを見渡した。朽ち果てた廃屋や家の残骸の陰に、人狼たちが潜んでいるのがわかる。光る目が、こちらを窺っていた。

「このままだと、ますます不利になるな。一か八か、こっちから仕掛けるしかねえ」

 そう言うと、ギンジはパロムの隣に行く。

「パロム、こっちから仕掛けるぞ。奴らを焼き殺して──」

「ま、待ってくれ。戦わなくてはならんのか? この子を戦わせなくてはならんのか?」

 おずおずとした様子で、マウザーが尋ねた。しかし、ギンジは即答する。

「マウザーさん、このままだと全滅だ。パロムの力が必要なんだよ。オレたちだけじゃ、奴らには勝てない」

 ギンジの声は冷たく、有無を言わさぬ迫力を感じさせる。マウザーは黙りこむしかなかった。

「いいかパロム、とりあえずは……あそこの建物を焼き払え。出来るか?」

「うん、出来るよ!」

 ギンジが指差した先には、大きな建築物の残骸があった。昔は見張り台としてでも使われていたのだろうか。やたらと細長い造りで、この村の中でも一番高い建物だ。
 パロムは、その建物に向かい掌をかざす。すると、炎が吹き出した。まるでシャワーのように、掌からまっすぐ吹き出ていく炎……その炎は高台をあぶり、燃え上がらせる。高台は、一瞬にして巨大な火柱へと変わった。
 その変化に反応し、数匹の人狼が姿を現した。奇怪な叫び声を上げながら、こちらに襲いかかってくる──
 だが、彼らを出迎えたのは、ギンジの拳銃だった。銃声と、放たれる弾丸が人狼たちを怯ませ、動きを止める。
 そこに、カツミが飛び込んで行った。彼の日本刀が、一匹の人狼を一瞬にして真っ二つにする。さらに、別の人狼にも斬りかかっていく。
 しかし人狼たちもその動きに反応し、素早く飛び退いた。
 睨み合うカツミと人狼たち。だが、その時──

「カツミ! 横に飛べ!」

 ギンジの声が響き渡る。同時に、カツミは転がるように横に飛び退いた。直後、人狼たちを炎の球が襲う。人狼たちの体は燃え上がり、苦痛の叫び声を上げる──
 火柱と化した人狼を、ギンジが蹴り倒した。倒れたところを、容赦なく踏みつけていく。いくら人狼といえど、全身を焼かれた上に蹴り倒されてはたまらない。だが、ギンジはためらうことなく踏みつけ、確実にとどめを刺していく。一方、カツミは火だるまになった人狼を次々と切り捨てていった。
 すると、人狼の群れが一斉に動いた。あちこちの廃屋から、姿を見せる人狼たち。その時、ギンジは叫んだ。

「パロム! この村と人狼たちを燃やせ! 全部、焼き尽くすんだ!」

 その言葉に、パロムはすぐさま反応する。両方の掌から、凄まじい勢いで炎を吹き出す。廃屋は次々と燃え上がり、炎があっという間に広がっていく。
 その時、ヒロユキはパロムの顔を見た。パロムの目は妖しい光に満ちており、恍惚とした表情になっている。自らの持つ強大な力に酔いしれている。ヒロユキは言いようのない不安を感じた。こんな恐ろしい力を、まだ分別のつかない子供が持ってしまっている……嬉々として人狼たちを燃やしていくパロムの姿は、人狼たちよりも遥かに恐ろしく見えた。

「ギンジさん! 馬が動けるようになりました! 出発できますよ!」

 タカシの声が響く。ギンジは素早く反応した。

「行くぞみんな! 馬車に乗り込め! さっさとずらかるんだ!」

 その声と同時に、ヒロユキはニーナの手を引き、素早く自分たちの馬車に乗り込む。だが、一匹の人狼が馬車に飛び乗ってきた。牙を剥き出し、皆に襲いかかる。
 だが、ニーナが素早く杖をかざした。すると次の瞬間、人狼の目を魔法の矢が貫く。ニーナの魔法が、人狼の視力を奪ったのだ。
 目を潰された人狼は、そのまま後ずさりを始める。すかさず、ヒロユキがナイフを構えて突っ込んだ。ギンジに言われた通り、叫びながら体ごとぶち当たっていく。
 刃は、人狼の体を深々と貫いた──
 しかし、ヒロユキの肩に牙が食い込む。人狼は腹を貫かれながらも、その恐ろしい生命力で反撃してきたのだ。ヒロユキは肩を噛み裂かれ、苦悶の声を上げる。
 だが、人狼の顎が外れた。ガイが横から顎を掴んでいる。両手で顎を掴み、一気に引き裂いた。直後に叫ぶ。

「おいヒロユキ! 大丈夫か!」

 だが、ヒロユキは答えられなかった。あまりの激痛に、声も出せなかったのだ。人狼の牙が離れると同時に、肩から流れ出る大量の血液。それを見たヒロユキの意識は遠のいていく。
 その時、傷口にニーナの手が触れる。同時に、ヒロユキの傷口から体内に流れ込んでいく暖かい何か。みるみるうちに、傷口はふさがっていった。

「ニーナ、ありがとう。ガイさん、もう大丈夫。大丈夫……です」

 よろよろしながらも、立ち上がろうとするヒロユキ……だが、ニーナが無理やり座らせた。

「ヒロユキ、お前はよくやった。今は座ってろ。後は逃げるだけだ」

 いつの間にか、ギンジがすぐ横に立っている。拳銃を構え、辺りを見渡していた。人狼たちは今や、火事の方に気を取られている。彼らが火を消そうと右往左往している姿は、滑稽でさえあった。

「よし、今のうちだ。タカシ、マウザーさん、馬車を出すんだ。逃げるぞ」



「パロムとポロムの両親は、あの子らの目の前で山賊に殺されたのじゃ。その時、パロムの手から炎が吹き出た……山賊どもを全員焼き殺した。それまでは普通の子供だったのに……儂はパロムには、あの力を使わせたくない。平穏に暮らして欲しいんじゃ」

 馬車を止め、一休みしている一行。パロムとポロムは眠っている。その横で、マウザーは静かに語っていた。

「あの化け物どもは、あんたらを狙っていたのか。ならば、共に行くのはここまでにしよう。あんたらには、何の恨みもない。じゃが……儂はこれ以上、あの子に力を使わせたくない。あの力を使い続ければ、きっと不幸なことになる。あんたらには本当に感謝しているが、ここで別れるとしよう」



「ヒロユキ、大丈夫か?」

 横になっているヒロユキのそばに来たギンジは、労りの言葉をかける。傍らにはニーナが寄り添い、心配そうな面持ちでヒロユキを見ている。

「あ、はい……動かすと痛いですが、大丈夫だと思います。それより、パロムはこの先どうなるんでしょうね?」

 ヒロユキは聞かずにはいられなかった。戦っている時のパロムの表情には、悪意は感じられなかった。だが、無邪気な表情で次々と人狼や建物に火を付けていたパロム……その姿は、悪意を持った人狼より恐ろしく見えた。ヒロユキは底知れぬ不安を感じたのだ。

「まあ、ロクな大人にはならないだろうな。あいつは多分、あの力をもて余すだろうよ。挙げ句に法を侵し、オレたちみたいなお尋ね者になる……もちろん、断言はできない。だが、そうなる可能性の方が高いな」

 救いようのない未来予想図を、ギンジは淡々と語る。ヒロユキは、さらに尋ねた。

「えっ? でも、マウザーさんがいるんですよ……あの人が付いていれば──」

「なあヒロユキ、小学校にガキ大将ってのがいなかったか? 体が大きく、喧嘩が強くて周りの連中を従わせていたような奴が」

 聞き返したギンジに、ヒロユキは首を傾げた。

「はい? まあ、いましたけど……」

「子供なんてのはな、はっきり言えば動物と人間の境界線にいるんだよ。然るべき過程を経て、子供は社会にとって無害な人間へと変わる。ある意味、洗脳だがな。その過程がないと、子供は社会性の無い獣のまま体だけが大きくなる。そして、子供を教育するのに必要なもの……それは、大人の存在だ」

 ギンジは言葉を止め、視線をガイに移す。ガイはチャムのそばに座り、何やら話していた。なぜ、ガイの方を見るのだろう? ヒロユキは不思議に思った。
 だが、すぐにその真意に気づく。ガイとパロムは似ているのだ。突然、異能の力に目覚めた二人。
 ガイは、ここで仲間と出会えた。しかし、パロムは?

「ヒロユキ、子供がなぜ大人の言うことを聞くのかわかるか? 結局は、大人の方が強いからさ。単に腕力だけの問題じゃない。生活力のない子供をきちんと食わしていけて、社会での生活の仕方を教え、悪いことをした時は力ずくで止める……全て、大人の方が強いからこそできることだ」

 ギンジの言葉は、とてもシビアだ。しかし、説得力はある。ヒロユキだけでなく、ガイやカツミたちまでもが聞き入っていた。
 そんな中、ギンジはなおも語り続ける。

「ところがだ、パロムはマウザーよりも遥かに強い。その気になれば、マウザーよりも簡単に金を稼げるだろうよ。しかも、いざとなったらマウザーを数秒で殺せる。この先、悪さをしてマウザーに叱られ、頭に来たパロムが何かの拍子でマウザーを殺す……有り得る話さ」

「そ、そんなこと……ありませんよ」

 ヒロユキは口では否定したが、内心では認めざるを得なかった。嬉々として村を焼き払っていたパロム。子供ならではの残虐さを、剥き出しにしていた気がする。
 そう、パロムは虫の足をちぎるような感覚で、人を殺せるだけの力を持っているのだ。

「大いなる力には、大いなる責任が伴う……どっかの映画のセリフだが、そもそもあんなガキでは、責任という言葉の意味すらわからんだろうさ。そんなガキが、あんな超人的な力を持ったら、ロクなことにならねえよ。遅かれ早かれ、自分の運命を呪いながら破滅していくことになるだろうな。あるいは、死体だらけになった国を治める、ただひとりの生者になるか。いずれにしても、幸せな人生は送れないだろうよ」










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