54 / 68
廃村大火災
しおりを挟む
「貴様ら、いったい何者なのだ!?」
中年男の声には、困惑の色があった。人間を遥かに超越した力を持つ人狼……だが、その人狼ですら怯んでしまう状況になっていたのだ。
マウザーの叫び声の直後に、馬車から降りた者がいた。闇の中でもはっきりわかる、小さく華奢な体……パロムだ。先ほどまでの怯えた表情が嘘のように、顔を歪めてこちらに歩いて来る。
「おいパロム! 何やってんだ! 戻って来い!」
慌てた様子で、ガイが降りて来た。チャムを担ぎ上げたまま走り、パロムの手を握った。そのまま手を引いて連れ戻そうとする。しかし、パロムはガイの手を振り払った。
そして、人狼に向かい手をかざす。
直後、パロムの掌から巨大な炎が吹き上がったのだ。まるで火炎放射器のように炎が吹き上がり、人狼めがけて伸びていく──
人狼は、あわてふためいた様子で後ろに飛びのいた。すると、あちこちから人狼のものらしき、奇怪な吠え声が上がる。さらに、馬車からも叫び声がした。
「パ、パロム! 早く馬車に戻るんじゃ!」
叫び声と同時に、マウザーが馬車から降り、パロムのそばに走り寄る。するとパロムは振り向き、子供らしからぬ不敵な笑みを浮かべた。
「大丈夫だよ! こんな奴ら、ぼくがみんなやっつけてやる!」
パロムは叫びながら、また掌をかざす。巨大な炎が吹き上がり、辺りを照らし出す。中年男は、顔を歪めながら叫んだ
「貴様ら、無駄な抵抗は止めろ! ここからは逃げられん。我々はエルフと取り引きしたのだ……貴様らを渡すとな! 殺しても構わんと言われているのだぞ!」
中年男は吠える。だがパロムの炎が襲い、慌てて物陰に身を隠した。
「何だか、よくわからんが……あのガキを利用させてもらうとするか」
ギンジは小声で呟く。次の瞬間、皆に指示を出した。
「タカシ、馬車の用意だ。いつでも出せるようにしておけ。カツミ、お前はここでマウザーさんたちのガードを頼む。ガイとチャムは馬車に戻れ。馬車に近づいて来る奴を片付けろ。ヒロユキとニーナは……ここに残るんだ。もし近寄って来る奴らがいたら、構わねえから二人で殺せ」
矢継ぎ早に指示を下すギンジ。最後にパロムの方を向いた。
「パロム、あの狼どもが近づいてきたら、お前の炎で片っ端から焼き殺せ。いいな?」
「わかった!」
力強く返事をするパロム。ヒロユキはこんな状況であるにもかかわらず、パロムに対し複雑なものを感じていた。まだ幼い子供でありながら、魔法らしきものを使える上、敵に対しては容赦ないパロム……大丈夫なのだろうか。
ヒロユキはニーナと共に、油断なく辺りを見回した。人狼たちは、まだ動きを見せない。奴らも、こちらの尋常でない強さを理解したはずだ。となると、しばらくは様子見をするつもりなのだろうか。
しかし長引けば長引くほど、こちらに不利な状況になるのも確かだ。人狼たちは、一行をエルフに引き渡すつもりらしい。放っておくと、そのエルフたちまでもが姿を現すかもしれないのだ。
「タカシ、馬車は動きそうか?」
ギンジが尋ねると、タカシは首を横に振る。
「いえ、馬はてこでも動かないぞって雰囲気ですよ。大した奴らですね、狼男ってのは……」
「感心してる場合かよ。なあヒロユキ、奴らは強いのか?」
今度はヒロユキに尋ねた。ヒロユキは顔をしかめながらも、慎重に答える。
「ライカンスロープは……いや、人狼は強いです。恐らく、殺傷能力はラーグに優るとも劣らないくらいのレベルではないかと。少なくとも、前に戦ったゴブリンやヴァンパイアよりは確実に強いでしょう」
「何だと……そんなのが群れてるのかよ。そいつは厄介だな」
一気に険しい表情になるギンジ。ヒロユキも自分で言っておきながら、改めて今の状況の厳しさを思い知る。
そうだよ……。
あいつらに、ぼくたちの武器が通じるのか?
奴らは不死身だ。銀の武器、あるいは魔法の武器でなければ傷つけられなかったはず。
いや待て。
さっき、奴らはパロムの炎に怯んでいた。
そうか、奴らは不死身じゃないんだ。
ヒロユキは考えた。不死身ではないとはいえ、圧倒的に不利な状況であることに代わりはない。白兵戦では、こちらに勝ち目はないだろう。ガイとカツミは超人的な強さの持ち主だが、それでも奴らの数の前には……。
ちょっと待て。
戦えるのは、あの二人だけじゃない。
炎を出せるパロムもいるし、ニーナも魔法が使えるんだ。それらを上手く使えば……。
「ヒロユキ、何を考えている?」
不意に、ギンジの声がきこえてきた。ヒロユキは我に返る。
「あ、いや……」
「考えるのは結構だが、ここは戦場だぞ。臨機応変に動けるようにしておけ。それよりも……」
ギンジは言葉を止め、周りを見渡した。朽ち果てた廃屋や家の残骸の陰に、人狼たちが潜んでいるのがわかる。光る目が、こちらを窺っていた。
「このままだと、ますます不利になるな。一か八か、こっちから仕掛けるしかねえ」
そう言うと、ギンジはパロムの隣に行く。
「パロム、こっちから仕掛けるぞ。奴らを焼き殺して──」
「ま、待ってくれ。戦わなくてはならんのか? この子を戦わせなくてはならんのか?」
おずおずとした様子で、マウザーが尋ねた。しかし、ギンジは即答する。
「マウザーさん、このままだと全滅だ。パロムの力が必要なんだよ。オレたちだけじゃ、奴らには勝てない」
ギンジの声は冷たく、有無を言わさぬ迫力を感じさせる。マウザーは黙りこむしかなかった。
「いいかパロム、とりあえずは……あそこの建物を焼き払え。出来るか?」
「うん、出来るよ!」
ギンジが指差した先には、大きな建築物の残骸があった。昔は見張り台としてでも使われていたのだろうか。やたらと細長い造りで、この村の中でも一番高い建物だ。
パロムは、その建物に向かい掌をかざす。すると、炎が吹き出した。まるでシャワーのように、掌からまっすぐ吹き出ていく炎……その炎は高台をあぶり、燃え上がらせる。高台は、一瞬にして巨大な火柱へと変わった。
その変化に反応し、数匹の人狼が姿を現した。奇怪な叫び声を上げながら、こちらに襲いかかってくる──
だが、彼らを出迎えたのは、ギンジの拳銃だった。銃声と、放たれる弾丸が人狼たちを怯ませ、動きを止める。
そこに、カツミが飛び込んで行った。彼の日本刀が、一匹の人狼を一瞬にして真っ二つにする。さらに、別の人狼にも斬りかかっていく。
しかし人狼たちもその動きに反応し、素早く飛び退いた。
睨み合うカツミと人狼たち。だが、その時──
「カツミ! 横に飛べ!」
ギンジの声が響き渡る。同時に、カツミは転がるように横に飛び退いた。直後、人狼たちを炎の球が襲う。人狼たちの体は燃え上がり、苦痛の叫び声を上げる──
火柱と化した人狼を、ギンジが蹴り倒した。倒れたところを、容赦なく踏みつけていく。いくら人狼といえど、全身を焼かれた上に蹴り倒されてはたまらない。だが、ギンジはためらうことなく踏みつけ、確実にとどめを刺していく。一方、カツミは火だるまになった人狼を次々と切り捨てていった。
すると、人狼の群れが一斉に動いた。あちこちの廃屋から、姿を見せる人狼たち。その時、ギンジは叫んだ。
「パロム! この村と人狼たちを燃やせ! 全部、焼き尽くすんだ!」
その言葉に、パロムはすぐさま反応する。両方の掌から、凄まじい勢いで炎を吹き出す。廃屋は次々と燃え上がり、炎があっという間に広がっていく。
その時、ヒロユキはパロムの顔を見た。パロムの目は妖しい光に満ちており、恍惚とした表情になっている。自らの持つ強大な力に酔いしれている。ヒロユキは言いようのない不安を感じた。こんな恐ろしい力を、まだ分別のつかない子供が持ってしまっている……嬉々として人狼たちを燃やしていくパロムの姿は、人狼たちよりも遥かに恐ろしく見えた。
「ギンジさん! 馬が動けるようになりました! 出発できますよ!」
タカシの声が響く。ギンジは素早く反応した。
「行くぞみんな! 馬車に乗り込め! さっさとずらかるんだ!」
その声と同時に、ヒロユキはニーナの手を引き、素早く自分たちの馬車に乗り込む。だが、一匹の人狼が馬車に飛び乗ってきた。牙を剥き出し、皆に襲いかかる。
だが、ニーナが素早く杖をかざした。すると次の瞬間、人狼の目を魔法の矢が貫く。ニーナの魔法が、人狼の視力を奪ったのだ。
目を潰された人狼は、そのまま後ずさりを始める。すかさず、ヒロユキがナイフを構えて突っ込んだ。ギンジに言われた通り、叫びながら体ごとぶち当たっていく。
刃は、人狼の体を深々と貫いた──
しかし、ヒロユキの肩に牙が食い込む。人狼は腹を貫かれながらも、その恐ろしい生命力で反撃してきたのだ。ヒロユキは肩を噛み裂かれ、苦悶の声を上げる。
だが、人狼の顎が外れた。ガイが横から顎を掴んでいる。両手で顎を掴み、一気に引き裂いた。直後に叫ぶ。
「おいヒロユキ! 大丈夫か!」
だが、ヒロユキは答えられなかった。あまりの激痛に、声も出せなかったのだ。人狼の牙が離れると同時に、肩から流れ出る大量の血液。それを見たヒロユキの意識は遠のいていく。
その時、傷口にニーナの手が触れる。同時に、ヒロユキの傷口から体内に流れ込んでいく暖かい何か。みるみるうちに、傷口はふさがっていった。
「ニーナ、ありがとう。ガイさん、もう大丈夫。大丈夫……です」
よろよろしながらも、立ち上がろうとするヒロユキ……だが、ニーナが無理やり座らせた。
「ヒロユキ、お前はよくやった。今は座ってろ。後は逃げるだけだ」
いつの間にか、ギンジがすぐ横に立っている。拳銃を構え、辺りを見渡していた。人狼たちは今や、火事の方に気を取られている。彼らが火を消そうと右往左往している姿は、滑稽でさえあった。
「よし、今のうちだ。タカシ、マウザーさん、馬車を出すんだ。逃げるぞ」
「パロムとポロムの両親は、あの子らの目の前で山賊に殺されたのじゃ。その時、パロムの手から炎が吹き出た……山賊どもを全員焼き殺した。それまでは普通の子供だったのに……儂はパロムには、あの力を使わせたくない。平穏に暮らして欲しいんじゃ」
馬車を止め、一休みしている一行。パロムとポロムは眠っている。その横で、マウザーは静かに語っていた。
「あの化け物どもは、あんたらを狙っていたのか。ならば、共に行くのはここまでにしよう。あんたらには、何の恨みもない。じゃが……儂はこれ以上、あの子に力を使わせたくない。あの力を使い続ければ、きっと不幸なことになる。あんたらには本当に感謝しているが、ここで別れるとしよう」
「ヒロユキ、大丈夫か?」
横になっているヒロユキのそばに来たギンジは、労りの言葉をかける。傍らにはニーナが寄り添い、心配そうな面持ちでヒロユキを見ている。
「あ、はい……動かすと痛いですが、大丈夫だと思います。それより、パロムはこの先どうなるんでしょうね?」
ヒロユキは聞かずにはいられなかった。戦っている時のパロムの表情には、悪意は感じられなかった。だが、無邪気な表情で次々と人狼や建物に火を付けていたパロム……その姿は、悪意を持った人狼より恐ろしく見えた。ヒロユキは底知れぬ不安を感じたのだ。
「まあ、ロクな大人にはならないだろうな。あいつは多分、あの力をもて余すだろうよ。挙げ句に法を侵し、オレたちみたいなお尋ね者になる……もちろん、断言はできない。だが、そうなる可能性の方が高いな」
救いようのない未来予想図を、ギンジは淡々と語る。ヒロユキは、さらに尋ねた。
「えっ? でも、マウザーさんがいるんですよ……あの人が付いていれば──」
「なあヒロユキ、小学校にガキ大将ってのがいなかったか? 体が大きく、喧嘩が強くて周りの連中を従わせていたような奴が」
聞き返したギンジに、ヒロユキは首を傾げた。
「はい? まあ、いましたけど……」
「子供なんてのはな、はっきり言えば動物と人間の境界線にいるんだよ。然るべき過程を経て、子供は社会にとって無害な人間へと変わる。ある意味、洗脳だがな。その過程がないと、子供は社会性の無い獣のまま体だけが大きくなる。そして、子供を教育するのに必要なもの……それは、大人の存在だ」
ギンジは言葉を止め、視線をガイに移す。ガイはチャムのそばに座り、何やら話していた。なぜ、ガイの方を見るのだろう? ヒロユキは不思議に思った。
だが、すぐにその真意に気づく。ガイとパロムは似ているのだ。突然、異能の力に目覚めた二人。
ガイは、ここで仲間と出会えた。しかし、パロムは?
「ヒロユキ、子供がなぜ大人の言うことを聞くのかわかるか? 結局は、大人の方が強いからさ。単に腕力だけの問題じゃない。生活力のない子供をきちんと食わしていけて、社会での生活の仕方を教え、悪いことをした時は力ずくで止める……全て、大人の方が強いからこそできることだ」
ギンジの言葉は、とてもシビアだ。しかし、説得力はある。ヒロユキだけでなく、ガイやカツミたちまでもが聞き入っていた。
そんな中、ギンジはなおも語り続ける。
「ところがだ、パロムはマウザーよりも遥かに強い。その気になれば、マウザーよりも簡単に金を稼げるだろうよ。しかも、いざとなったらマウザーを数秒で殺せる。この先、悪さをしてマウザーに叱られ、頭に来たパロムが何かの拍子でマウザーを殺す……有り得る話さ」
「そ、そんなこと……ありませんよ」
ヒロユキは口では否定したが、内心では認めざるを得なかった。嬉々として村を焼き払っていたパロム。子供ならではの残虐さを、剥き出しにしていた気がする。
そう、パロムは虫の足をちぎるような感覚で、人を殺せるだけの力を持っているのだ。
「大いなる力には、大いなる責任が伴う……どっかの映画のセリフだが、そもそもあんなガキでは、責任という言葉の意味すらわからんだろうさ。そんなガキが、あんな超人的な力を持ったら、ロクなことにならねえよ。遅かれ早かれ、自分の運命を呪いながら破滅していくことになるだろうな。あるいは、死体だらけになった国を治める、ただひとりの生者になるか。いずれにしても、幸せな人生は送れないだろうよ」
中年男の声には、困惑の色があった。人間を遥かに超越した力を持つ人狼……だが、その人狼ですら怯んでしまう状況になっていたのだ。
マウザーの叫び声の直後に、馬車から降りた者がいた。闇の中でもはっきりわかる、小さく華奢な体……パロムだ。先ほどまでの怯えた表情が嘘のように、顔を歪めてこちらに歩いて来る。
「おいパロム! 何やってんだ! 戻って来い!」
慌てた様子で、ガイが降りて来た。チャムを担ぎ上げたまま走り、パロムの手を握った。そのまま手を引いて連れ戻そうとする。しかし、パロムはガイの手を振り払った。
そして、人狼に向かい手をかざす。
直後、パロムの掌から巨大な炎が吹き上がったのだ。まるで火炎放射器のように炎が吹き上がり、人狼めがけて伸びていく──
人狼は、あわてふためいた様子で後ろに飛びのいた。すると、あちこちから人狼のものらしき、奇怪な吠え声が上がる。さらに、馬車からも叫び声がした。
「パ、パロム! 早く馬車に戻るんじゃ!」
叫び声と同時に、マウザーが馬車から降り、パロムのそばに走り寄る。するとパロムは振り向き、子供らしからぬ不敵な笑みを浮かべた。
「大丈夫だよ! こんな奴ら、ぼくがみんなやっつけてやる!」
パロムは叫びながら、また掌をかざす。巨大な炎が吹き上がり、辺りを照らし出す。中年男は、顔を歪めながら叫んだ
「貴様ら、無駄な抵抗は止めろ! ここからは逃げられん。我々はエルフと取り引きしたのだ……貴様らを渡すとな! 殺しても構わんと言われているのだぞ!」
中年男は吠える。だがパロムの炎が襲い、慌てて物陰に身を隠した。
「何だか、よくわからんが……あのガキを利用させてもらうとするか」
ギンジは小声で呟く。次の瞬間、皆に指示を出した。
「タカシ、馬車の用意だ。いつでも出せるようにしておけ。カツミ、お前はここでマウザーさんたちのガードを頼む。ガイとチャムは馬車に戻れ。馬車に近づいて来る奴を片付けろ。ヒロユキとニーナは……ここに残るんだ。もし近寄って来る奴らがいたら、構わねえから二人で殺せ」
矢継ぎ早に指示を下すギンジ。最後にパロムの方を向いた。
「パロム、あの狼どもが近づいてきたら、お前の炎で片っ端から焼き殺せ。いいな?」
「わかった!」
力強く返事をするパロム。ヒロユキはこんな状況であるにもかかわらず、パロムに対し複雑なものを感じていた。まだ幼い子供でありながら、魔法らしきものを使える上、敵に対しては容赦ないパロム……大丈夫なのだろうか。
ヒロユキはニーナと共に、油断なく辺りを見回した。人狼たちは、まだ動きを見せない。奴らも、こちらの尋常でない強さを理解したはずだ。となると、しばらくは様子見をするつもりなのだろうか。
しかし長引けば長引くほど、こちらに不利な状況になるのも確かだ。人狼たちは、一行をエルフに引き渡すつもりらしい。放っておくと、そのエルフたちまでもが姿を現すかもしれないのだ。
「タカシ、馬車は動きそうか?」
ギンジが尋ねると、タカシは首を横に振る。
「いえ、馬はてこでも動かないぞって雰囲気ですよ。大した奴らですね、狼男ってのは……」
「感心してる場合かよ。なあヒロユキ、奴らは強いのか?」
今度はヒロユキに尋ねた。ヒロユキは顔をしかめながらも、慎重に答える。
「ライカンスロープは……いや、人狼は強いです。恐らく、殺傷能力はラーグに優るとも劣らないくらいのレベルではないかと。少なくとも、前に戦ったゴブリンやヴァンパイアよりは確実に強いでしょう」
「何だと……そんなのが群れてるのかよ。そいつは厄介だな」
一気に険しい表情になるギンジ。ヒロユキも自分で言っておきながら、改めて今の状況の厳しさを思い知る。
そうだよ……。
あいつらに、ぼくたちの武器が通じるのか?
奴らは不死身だ。銀の武器、あるいは魔法の武器でなければ傷つけられなかったはず。
いや待て。
さっき、奴らはパロムの炎に怯んでいた。
そうか、奴らは不死身じゃないんだ。
ヒロユキは考えた。不死身ではないとはいえ、圧倒的に不利な状況であることに代わりはない。白兵戦では、こちらに勝ち目はないだろう。ガイとカツミは超人的な強さの持ち主だが、それでも奴らの数の前には……。
ちょっと待て。
戦えるのは、あの二人だけじゃない。
炎を出せるパロムもいるし、ニーナも魔法が使えるんだ。それらを上手く使えば……。
「ヒロユキ、何を考えている?」
不意に、ギンジの声がきこえてきた。ヒロユキは我に返る。
「あ、いや……」
「考えるのは結構だが、ここは戦場だぞ。臨機応変に動けるようにしておけ。それよりも……」
ギンジは言葉を止め、周りを見渡した。朽ち果てた廃屋や家の残骸の陰に、人狼たちが潜んでいるのがわかる。光る目が、こちらを窺っていた。
「このままだと、ますます不利になるな。一か八か、こっちから仕掛けるしかねえ」
そう言うと、ギンジはパロムの隣に行く。
「パロム、こっちから仕掛けるぞ。奴らを焼き殺して──」
「ま、待ってくれ。戦わなくてはならんのか? この子を戦わせなくてはならんのか?」
おずおずとした様子で、マウザーが尋ねた。しかし、ギンジは即答する。
「マウザーさん、このままだと全滅だ。パロムの力が必要なんだよ。オレたちだけじゃ、奴らには勝てない」
ギンジの声は冷たく、有無を言わさぬ迫力を感じさせる。マウザーは黙りこむしかなかった。
「いいかパロム、とりあえずは……あそこの建物を焼き払え。出来るか?」
「うん、出来るよ!」
ギンジが指差した先には、大きな建築物の残骸があった。昔は見張り台としてでも使われていたのだろうか。やたらと細長い造りで、この村の中でも一番高い建物だ。
パロムは、その建物に向かい掌をかざす。すると、炎が吹き出した。まるでシャワーのように、掌からまっすぐ吹き出ていく炎……その炎は高台をあぶり、燃え上がらせる。高台は、一瞬にして巨大な火柱へと変わった。
その変化に反応し、数匹の人狼が姿を現した。奇怪な叫び声を上げながら、こちらに襲いかかってくる──
だが、彼らを出迎えたのは、ギンジの拳銃だった。銃声と、放たれる弾丸が人狼たちを怯ませ、動きを止める。
そこに、カツミが飛び込んで行った。彼の日本刀が、一匹の人狼を一瞬にして真っ二つにする。さらに、別の人狼にも斬りかかっていく。
しかし人狼たちもその動きに反応し、素早く飛び退いた。
睨み合うカツミと人狼たち。だが、その時──
「カツミ! 横に飛べ!」
ギンジの声が響き渡る。同時に、カツミは転がるように横に飛び退いた。直後、人狼たちを炎の球が襲う。人狼たちの体は燃え上がり、苦痛の叫び声を上げる──
火柱と化した人狼を、ギンジが蹴り倒した。倒れたところを、容赦なく踏みつけていく。いくら人狼といえど、全身を焼かれた上に蹴り倒されてはたまらない。だが、ギンジはためらうことなく踏みつけ、確実にとどめを刺していく。一方、カツミは火だるまになった人狼を次々と切り捨てていった。
すると、人狼の群れが一斉に動いた。あちこちの廃屋から、姿を見せる人狼たち。その時、ギンジは叫んだ。
「パロム! この村と人狼たちを燃やせ! 全部、焼き尽くすんだ!」
その言葉に、パロムはすぐさま反応する。両方の掌から、凄まじい勢いで炎を吹き出す。廃屋は次々と燃え上がり、炎があっという間に広がっていく。
その時、ヒロユキはパロムの顔を見た。パロムの目は妖しい光に満ちており、恍惚とした表情になっている。自らの持つ強大な力に酔いしれている。ヒロユキは言いようのない不安を感じた。こんな恐ろしい力を、まだ分別のつかない子供が持ってしまっている……嬉々として人狼たちを燃やしていくパロムの姿は、人狼たちよりも遥かに恐ろしく見えた。
「ギンジさん! 馬が動けるようになりました! 出発できますよ!」
タカシの声が響く。ギンジは素早く反応した。
「行くぞみんな! 馬車に乗り込め! さっさとずらかるんだ!」
その声と同時に、ヒロユキはニーナの手を引き、素早く自分たちの馬車に乗り込む。だが、一匹の人狼が馬車に飛び乗ってきた。牙を剥き出し、皆に襲いかかる。
だが、ニーナが素早く杖をかざした。すると次の瞬間、人狼の目を魔法の矢が貫く。ニーナの魔法が、人狼の視力を奪ったのだ。
目を潰された人狼は、そのまま後ずさりを始める。すかさず、ヒロユキがナイフを構えて突っ込んだ。ギンジに言われた通り、叫びながら体ごとぶち当たっていく。
刃は、人狼の体を深々と貫いた──
しかし、ヒロユキの肩に牙が食い込む。人狼は腹を貫かれながらも、その恐ろしい生命力で反撃してきたのだ。ヒロユキは肩を噛み裂かれ、苦悶の声を上げる。
だが、人狼の顎が外れた。ガイが横から顎を掴んでいる。両手で顎を掴み、一気に引き裂いた。直後に叫ぶ。
「おいヒロユキ! 大丈夫か!」
だが、ヒロユキは答えられなかった。あまりの激痛に、声も出せなかったのだ。人狼の牙が離れると同時に、肩から流れ出る大量の血液。それを見たヒロユキの意識は遠のいていく。
その時、傷口にニーナの手が触れる。同時に、ヒロユキの傷口から体内に流れ込んでいく暖かい何か。みるみるうちに、傷口はふさがっていった。
「ニーナ、ありがとう。ガイさん、もう大丈夫。大丈夫……です」
よろよろしながらも、立ち上がろうとするヒロユキ……だが、ニーナが無理やり座らせた。
「ヒロユキ、お前はよくやった。今は座ってろ。後は逃げるだけだ」
いつの間にか、ギンジがすぐ横に立っている。拳銃を構え、辺りを見渡していた。人狼たちは今や、火事の方に気を取られている。彼らが火を消そうと右往左往している姿は、滑稽でさえあった。
「よし、今のうちだ。タカシ、マウザーさん、馬車を出すんだ。逃げるぞ」
「パロムとポロムの両親は、あの子らの目の前で山賊に殺されたのじゃ。その時、パロムの手から炎が吹き出た……山賊どもを全員焼き殺した。それまでは普通の子供だったのに……儂はパロムには、あの力を使わせたくない。平穏に暮らして欲しいんじゃ」
馬車を止め、一休みしている一行。パロムとポロムは眠っている。その横で、マウザーは静かに語っていた。
「あの化け物どもは、あんたらを狙っていたのか。ならば、共に行くのはここまでにしよう。あんたらには、何の恨みもない。じゃが……儂はこれ以上、あの子に力を使わせたくない。あの力を使い続ければ、きっと不幸なことになる。あんたらには本当に感謝しているが、ここで別れるとしよう」
「ヒロユキ、大丈夫か?」
横になっているヒロユキのそばに来たギンジは、労りの言葉をかける。傍らにはニーナが寄り添い、心配そうな面持ちでヒロユキを見ている。
「あ、はい……動かすと痛いですが、大丈夫だと思います。それより、パロムはこの先どうなるんでしょうね?」
ヒロユキは聞かずにはいられなかった。戦っている時のパロムの表情には、悪意は感じられなかった。だが、無邪気な表情で次々と人狼や建物に火を付けていたパロム……その姿は、悪意を持った人狼より恐ろしく見えた。ヒロユキは底知れぬ不安を感じたのだ。
「まあ、ロクな大人にはならないだろうな。あいつは多分、あの力をもて余すだろうよ。挙げ句に法を侵し、オレたちみたいなお尋ね者になる……もちろん、断言はできない。だが、そうなる可能性の方が高いな」
救いようのない未来予想図を、ギンジは淡々と語る。ヒロユキは、さらに尋ねた。
「えっ? でも、マウザーさんがいるんですよ……あの人が付いていれば──」
「なあヒロユキ、小学校にガキ大将ってのがいなかったか? 体が大きく、喧嘩が強くて周りの連中を従わせていたような奴が」
聞き返したギンジに、ヒロユキは首を傾げた。
「はい? まあ、いましたけど……」
「子供なんてのはな、はっきり言えば動物と人間の境界線にいるんだよ。然るべき過程を経て、子供は社会にとって無害な人間へと変わる。ある意味、洗脳だがな。その過程がないと、子供は社会性の無い獣のまま体だけが大きくなる。そして、子供を教育するのに必要なもの……それは、大人の存在だ」
ギンジは言葉を止め、視線をガイに移す。ガイはチャムのそばに座り、何やら話していた。なぜ、ガイの方を見るのだろう? ヒロユキは不思議に思った。
だが、すぐにその真意に気づく。ガイとパロムは似ているのだ。突然、異能の力に目覚めた二人。
ガイは、ここで仲間と出会えた。しかし、パロムは?
「ヒロユキ、子供がなぜ大人の言うことを聞くのかわかるか? 結局は、大人の方が強いからさ。単に腕力だけの問題じゃない。生活力のない子供をきちんと食わしていけて、社会での生活の仕方を教え、悪いことをした時は力ずくで止める……全て、大人の方が強いからこそできることだ」
ギンジの言葉は、とてもシビアだ。しかし、説得力はある。ヒロユキだけでなく、ガイやカツミたちまでもが聞き入っていた。
そんな中、ギンジはなおも語り続ける。
「ところがだ、パロムはマウザーよりも遥かに強い。その気になれば、マウザーよりも簡単に金を稼げるだろうよ。しかも、いざとなったらマウザーを数秒で殺せる。この先、悪さをしてマウザーに叱られ、頭に来たパロムが何かの拍子でマウザーを殺す……有り得る話さ」
「そ、そんなこと……ありませんよ」
ヒロユキは口では否定したが、内心では認めざるを得なかった。嬉々として村を焼き払っていたパロム。子供ならではの残虐さを、剥き出しにしていた気がする。
そう、パロムは虫の足をちぎるような感覚で、人を殺せるだけの力を持っているのだ。
「大いなる力には、大いなる責任が伴う……どっかの映画のセリフだが、そもそもあんなガキでは、責任という言葉の意味すらわからんだろうさ。そんなガキが、あんな超人的な力を持ったら、ロクなことにならねえよ。遅かれ早かれ、自分の運命を呪いながら破滅していくことになるだろうな。あるいは、死体だらけになった国を治める、ただひとりの生者になるか。いずれにしても、幸せな人生は送れないだろうよ」
0
お気に入りに追加
75
あなたにおすすめの小説
なんども濡れ衣で責められるので、いい加減諦めて崖から身を投げてみた
下菊みこと
恋愛
悪役令嬢の最後の抵抗は吉と出るか凶と出るか。
ご都合主義のハッピーエンドのSSです。
でも周りは全くハッピーじゃないです。
小説家になろう様でも投稿しています。
【完結】では、なぜ貴方も生きているのですか?
月白ヤトヒコ
恋愛
父から呼び出された。
ああ、いや。父、と呼ぶと憎しみの籠る眼差しで、「彼女の命を奪ったお前に父などと呼ばれる謂われは無い。穢らわしい」と言われるので、わたしは彼のことを『侯爵様』と呼ぶべき相手か。
「……貴様の婚約が決まった。彼女の命を奪ったお前が幸せになることなど絶対に赦されることではないが、家の為だ。憎いお前が幸せになることは赦せんが、結婚して後継ぎを作れ」
単刀直入な言葉と共に、釣り書きが放り投げられた。
「婚約はお断り致します。というか、婚約はできません。わたしは、母の命を奪って生を受けた罪深い存在ですので。教会へ入り、祈りを捧げようと思います。わたしはこの家を継ぐつもりはありませんので、養子を迎え、その子へこの家を継がせてください」
「貴様、自分がなにを言っているのか判っているのかっ!? このわたしが、罪深い貴様にこの家を継がせてやると言っているんだぞっ!? 有難く思えっ!!」
「いえ、わたしは自分の罪深さを自覚しておりますので。このようなわたしが、家を継ぐなど赦されないことです。常々侯爵様が仰っているではありませんか。『生かしておいているだけで有難いと思え。この罪人め』と。なので、罪人であるわたしは自分の罪を償い、母の冥福を祈る為、教会に参ります」
という感じの重めでダークな話。
設定はふわっと。
人によっては胸くそ。
初夜に「君を愛するつもりはない」と夫から言われた妻のその後
澤谷弥(さわたに わたる)
ファンタジー
結婚式の日の夜。夫のイアンは妻のケイトに向かって「お前を愛するつもりはない」と言い放つ。
ケイトは知っていた。イアンには他に好きな女性がいるのだ。この結婚は家のため。そうわかっていたはずなのに――。
※短いお話です。
※恋愛要素が薄いのでファンタジーです。おまけ程度です。
婚約破棄を目撃したら国家運営が破綻しました
ダイスケ
ファンタジー
「もう遅い」テンプレが流行っているので書いてみました。
王子の婚約破棄と醜聞を目撃した魔術師ビギナは王国から追放されてしまいます。
しかし王国首脳陣も本人も自覚はなかったのですが、彼女は王国の国家運営を左右する存在であったのです。
無能なので辞めさせていただきます!
サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。
マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。
えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって?
残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、
無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって?
はいはいわかりました。
辞めますよ。
退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。
自分無能なんで、なんにもわかりませんから。
カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。
婚約破棄ですか? 無理ですよ?
星宮歌
恋愛
「ユミル・マーシャル! お前の悪行にはほとほと愛想が尽きた! ゆえに、お前との婚約を破棄するっ!!」
そう、告げた第二王子へと、ユミルは返す。
「はい? 婚約破棄ですか? 無理ですわね」
それはそれは、美しい笑顔で。
この作品は、『前編、中編、後編』にプラスして『裏前編、裏後編、ユミル・マーシャルというご令嬢』の六話で構成しております。
そして……多分、最終話『ユミル・マーシャルというご令嬢』まで読んだら、ガッツリざまぁ状態として認識できるはずっ(割と怖いですけど(笑))。
それでは、どうぞ!
知らなかったの?婚約者は私になったから、あなたは用済みよ
ヘロディア
恋愛
恋人からのプロポーズを受け入れた主人公だったが、ある日、その座を急に別の女性に奪われた。それだけでなく、彼女は世界を書き換えてしまったようで、世界から主人公の居場所は無くなっていく。このままでは婚約者の立場を奪われてしまう!
しかし、主人公はとうとう最後の方法に至るのだった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる