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森林大前進

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 一行の乗った馬車は、森の中を進んで行く。タカシを除く全員が、荷台に設置された檻の中に入り、姿勢を低くしていた。カツミは拳銃を、ガイはナイフを構えている。

「しかしヒロユキ、面倒なことになったな」

 拳銃を抜いた状態で、ギンジは呟いた。確かに面倒である。木と草の生い茂る中、わずかな獣道だけを頼りに馬車を進ませているのだ。仮に今、ここで襲撃を受けたとしたら……圧倒的に不利である。まして、エルフたちは魔法で攻撃してくるらしいのだ。
 だが、ヒロユキには僅かな希望があった。ギンジはこれまでにも、コボルドや山賊たちとの衝突を話し合いで回避している。
 となると、エルフたちとも話し合うことにより、戦いを避けることができるのではないか。ギンジなら、それくらいのことは出来るはずだ。

「ギンジさん、今回も話し合いで何とかできますよね?」

 ヒロユキは期待を込めて尋ねた。話し合いに持ち込むことさえできれば、あとはギンジとタカシで何とかできるのではないか。この二人なら……ギンジの理詰めの説得はもちろんだが、タカシのマシンガントークやとっさの機転にも侮れないものがある。
 しかし、ギンジの答えは意外なものだった。

「不可能とは言わんが、ちょっと難しいな。あの手の連中は本当に厄介だ。考えが凝り固まっているからな。はっきり言って、狂信的なんだよ。まともな話し合いが出来るとは思えない。まあ、出てきたら一応は話し合いを持ちかけてはみるがね。期待はするな。戦いになる覚悟はしとけ」

「えっ、そんな……」

 ヒロユキは顔を歪め、ギンジの顔を見た。ギンジは真剣な表情で、ゆっくりと周りを見回している。エルフたちとの話し合いは、そんなに困難なのだろうか。それとも奴らには、最初から話し合う気がないのだろうか。ヒロユキの不安がさらに大きくなる。



 そんな中、馬車は進んで行く。森の中ではあるが、馬や人やその他の獣によって踏み固められた道が付いている。ただの獣道ではない。明らかに人工的なものだ。ここには、何者かが住んでいる。やはり、さっきのエルフたちだろうか。

「おいタカシ、方角は合ってるのか?」

 尋ねるカツミ。するとタカシは、珍しく前を向いたまま返事をした。

「大丈夫です。合ってますよ。しかし、面白いもんですね……その魔法使いの塔とやらの方角に、こんな道ができているとは。それはそうと、さっきから誰かに見られてる気がするんですが」

「んだと! 早く言え! どこだよ!」

 言葉と同時に、ガイは立ち上がり周りを見るが、何者の姿も確認できない。ヒロユキとニーナも慌てふためき、あちこち見回す。
 その時、ギンジが声を発した。

「お前ら落ち着け。チャムを見ろ、ぐっすり寝てるだろうが。チャムはただのバカじゃない。危険を察知する力は、オレたちより上かもしれない。そんなチャムが眠ってる。今はまだ安全だろう」

 ギンジの言葉を聞き、二人はチャムの方を見る。すると、チャムは檻の中でいびきをかいて眠っていた。ご丁寧にも口を開け、よだれをたらしている。

「この野郎、すっとぼけやがって……」

 ガイの呆れたような声が響く。ヒロユキも苦笑し、その場に座り込む。

「なあタカシ、オレたちはいつ頃から見張られてたんだ?」

 ギンジが尋ねると、タカシは首を捻る。

「そうですね……森に入ってしばらくしたら、妙な視線を感じましたよ。もっとも、実際に見たわけじゃないですが。まあ殺意は感じられないんで、大丈夫だとは思います」

「タ、タカシさん……本当に大丈夫なんですか?」

 妙にのんびりとした口調に、不安を感じたヒロユキが尋ねる。隣に座っていたニーナも、小刻みに震えながら周囲を見回している。
 しかし、タカシの返答は間の抜けたものだった。

「多分、大丈夫ですよ。まあ、どんなに気を付けてたって、死ぬ時は死ぬんだし。それに私は、君らと一緒だったら、いつ死んでもいいよヒロユキくん!」

「はあ!? そんなの、ぼくは嫌ですよ!」

 即座に言い返したヒロユキ。さらに、それを聞いていたカツミもぼそりと口を挟んだ。

「うん、オレもタカシと同じ地獄には行きたくねえなあ……うるさそうだし」

 その言葉を聞いた瞬間、ガイがプッと吹き出す。さらに、ギンジもクスクス笑い出した。さらに、いつの間にかニーナまで笑みを浮かべている。
 一方、ヒロユキはなおも言葉を続けようとした。あなたはやる気があるんですか、と。しかし皆の表情の変化に気付き、言葉を止める。全員の緊張感がほぐれたようだ。自身の緊張感も……。
 タカシは、こうなることを計算していたのだろうか。だとしたら本当に凄い男だ。いつもヘラヘラ笑い、訳のわからないことばかり言っているが……実は頭の中で考えを巡らせている。草原での魔法に関する考察などは、ヒロユキがこれまで気づかなかったことだ。
 そんなことをヒロユキが考えていると、またしてもタカシが声を発した。

「おやおや……どうやら、見ているだけでは我慢できなくなったようですね」

 言葉と同時に、馬車が止まる。
 そして前方の木の上から、ひとりの男が降り立つ。その姿に、ヒロユキは見覚えがあった。

「あれは、ダークエルフじゃないのか……」

 ヒロユキは唖然とした表情で呟いた。
 目の前にいる男は、先ほど出会ったエルフたちと同じく尖った耳をしている。ただし、髪の毛は黒い。肌の色も赤黒く、体は筋肉質で逞しい。
 また、エルフのように整った美しい顔立ちではない。鋭い目付きと険しい表情、大きな鷲鼻。先ほど出会ったエルフとは、あらゆる面で真逆の姿をしているのだ。
 さらに、腰にぶら下げているのは小振りのトマホークである。森での生活において便利な道具であるが、強力な武器にもなる。さらには、飛び道具としても使用可能だ。
 それらの特徴全てが、ヒロユキの記憶の中にあるダークエルフの姿そのものなのだ……。

「お前たち、何しに来た」

 ダークエルフの口調は、ぶっきらぼうなものだった。だが、先ほどのエルフたちとは醸し出している雰囲気が違う。こちらを警戒しているのは同じだが、どこか質の違うものを感じるのだ。

「我々は、何と言いますか……旅人ですよ。故郷に帰る途中でしてね。で、ここの森を通り抜けさせていただきたいと思いまして。あなた方は、この森に住んでいる方でしょうか?」

 タカシは相変わらず、のんびりした口調で答える。しかし、ガイとカツミは立ち上がり、武器を構えている。先ほど聞いたエルフに関する話を考えれば、警戒するのは当然だろう。
 その時、チャムが目を覚ました。荷台で立ち上がり、あくびをする。そして、周りをキョロキョロ見回した。そこでようやく、今の状況に気づく。
 チャムは男をちらりと見たが、あまり関心がなさそうな様子だ。すぐに視線を外す。
 男もまた、チャムの姿を見た。すると、男の表情が変化する。驚いているらしい。

「お前ら、ニャントロ人を仲間にしているのか?」

 そう尋ねる男。すると、チャムは男の方を向いた。先ほどエルフたちとの遭遇時とは真逆の、警戒心の全く感じられない呑気な口調で答える。

「な? そうだにゃ。チャムは仲間……いや、ガイのお嫁になってるにゃ」

 そう言うと、チャムはガイの横にピタリとくっつく。すると、ガイが慌てた。

「ちょっと待て! いつ誰が嫁になったんだよ!」

 頬を赤く染めながら怒鳴る。すると、チャムの表情がみるみる険しくなった。

「な……な!? お嫁にしてくれるって言ったにゃ! あれは嘘だったのかにゃ!」

「えっ……あ、いや、確かに言ったよ。言ったけどなあ──」

「てめえら! 痴話喧嘩は他の時にやれ! 状況を考えろ状況を!」

 ヤクザ社会で鍛えられたカツミの怒声は凄まじい。大抵の人間を声だけで怯ませることができる、はずだった。
 だが、チャムは怯まない。

「ガイは言ったにゃ! チャムをガイの故郷に連れて行ってくれるって! お嫁にしてくれるって言ったにゃ!」

 まるで子供のように喚きちらす。ガイは弱りきった顔をしながら、必死でなだめる。すると、呆れたような声がした。

「お前らなあ……まあいい。とりあえずは、我らの村まで来い。森を抜けたいなら、我らの長老に一言挨拶していけ」

 男は苦笑しながら、歩き出した。現れた直後とは、明らかに雰囲気が違う。警戒心が消えているようだ。同時に周囲の木の枝が揺れ、何かが動くような音がした。ヒロユキは慌てて上を見上げる。だが、それは一瞬のことだった。

「どうやら、上からも見張られていたようですね。ギンジさん、どうしましょうか?」

 タカシが振り向き、尋ねる。

「行ってみようぜ。敵意はなさそうだしな」

 そう言いながら、ギンジは揉めている二人をちらりと見る。チャムは怒鳴り疲れたのか、黙りこんでいた。しかしガイから目を逸らし、不貞腐れた表情で座っている。ガイはその横に座り、困った顔をしていた。何となく、微笑ましい光景だ。
 そんな二人をニコニコしながら見ているニーナに、ヒロユキが尋ねる。

「ねえニーナ、あいつはダークエルフだよね。ダークエルフは、やっぱり悪人なのかな。君は知ってるかい?」

 すると、ニーナは少し考えるような仕草を見せた後、ノートを広げて何やら書き込んだ。そしてヒロユキに見せる。

(アイツ ダークエルフ モリ スンデル エルフ キラッテル ニンゲン キラッテル キイタ)

 ヒロユキはそれを読み、考えた。恐らく、ダークエルフは森に住み、人間もエルフも嫌っていると言っているのだろう。ゲームの設定も同じだったはず。ただ違うのは……こちらの世界のエルフは、選民思想に凝り固まった種族だという点。となると、ダークエルフは悪であるとも言いきれないようだ。
 いや、そもそもこの世界の悪って……何だろう?

「ヒロユキ、どうかしたのか?」

 ギンジの声が聞こえ、ヒロユキは我に返った。

「ギンジさん、あの男はダークエルフです。人間もエルフも嫌っているはずなんですが、あの態度はおかしいですよ。もしかして罠じゃないですか?」

 さりげなくギンジのそばに行き、耳打ちするヒロユキ。だが、ギンジはかぶりを振った。

「オレには、そうは思えないが……仮に罠だとしてもだ、かかってみるのも一興だよ。それにヒロユキ、敵の敵は味方だ。さっきのエルフたちの態度からして、敵は多いはずだしな」

 そう言って、ギンジは笑ってみせた。



 ダークエルフたちの村は、ニャントロ人たちのケットシー村よりもさらに原始的だった。
 まず住民たちは皆、テント暮らしである。布製のテントが幾つか並び、所々にたき火の跡がある。何かを干すためのものらしい、木の棒で作られた枠組みのような物もある。そこには大きな獣の毛皮が掛けられていた。
 さらに住民たちには、一行を警戒する雰囲気がないのだ。ニャントロ人たちのように、満面の笑みを浮かべての歓迎こそないものの、それでも一行に対する敵意は感じられない。
 一方、皆を案内したダークエルフは、開けた場所に一行を待たせた。

「これから、お前たちを長老に会わせる。失礼のないようにな」

 そう言うと、ひときわ大きなテントに入って行く。
 ややあって、テントの中から小柄なダークエルフが姿を現した。髪は白く、顔はシワだらけである。背中も曲がっているが、その瞳には力強い意思が宿っているのがわかる。
 老いたダークエルフは、一行の前に進み出る。皆の顔を見回した後、おもむろに口を開いた。

「儂はダラマール。ここの村の長をしている。あんたら、どこから来た?」

 ダラマールの声は大きく、よく通る。さらに、どこか聞いている者を落ち着かせるような雰囲気がある。ギンジは笑みを浮かべ、丁寧に頭を下げた。

「オレたちは、遠い場所から来たんですよ。ものすごく遠い場所から──」

「それは、ニホンという場所ではないのか?」

 その瞬間、横で聞いていたヒロユキは唖然となった。どういうことだ? 目の前のダークエルフは、日本を知っている……なぜなのだ?
 しかし、ギンジは慌てていない。笑みを浮かべたままだ。

「なるほど、あなたは知っているんですか。だったら話は早い。オレたちは元の世界に帰る方法を知りたいんですよ。どうすれば帰れるのか、あなたはご存知ないですか?」

 ギンジの問いに、ダラマールは首を横に振った。

「さあ、どうだろうな。儂が知っているのは……かつて、お前たちのような服装をした者が来たということだけだ。その者は得体の知れない力を操り、魔法石を発見した。その者は人間に魔法という力をもたらし、この世界に変革……いや、災厄をもたらしたと言われている」

「ほう、そんなことをしでかした奴がいたとは。ところで、そいつですが……ハザマ・ヒデオって名前じゃないですか?」

 ギンジの問いに、ダラマールは頷いた。

「やはり知っていたのか。その通りじゃ」












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