世にも異様な物語

板倉恭司

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 私の前には、ひとりの若者がいる。身長は、私と同じくらいだろうか。痩せていて、髪は肩まで伸びている。肌は青白く、いかにも傲慢そうな顔つきだ。ふてぶてしい態度で、椅子に腰掛けている。

「気分ほどうですか?」

 尋ねると、彼はニヤリと笑った。

「いいわけないでしょう。クソ狭い独房に、ずーっと押し込められているんですから」

「そうでしたね」

 そう、この男は独房に収容されている。
 一年前、彼はとある施設で十人を殺害し、八人に重軽傷を負わせた。裁判では死刑を宣告され、現在は刑の執行を待つ身である。

「では、質問を変えましょう。いつも、どんなことをしていますか?」

「なんにもしてません。のんべんだらりと過ごしていますよ。ありがたい話ですね。僕みたいな人殺しを、税金で食わしてくれるんですから」

 言いながら、男は笑った。こちらをバカにしているとしか思えない笑顔だ。私は、彼から目を逸らした。

「君は、まだ反省していないようですね」

「反省? なんで反省するんですか。あんな連中、生きていても仕方ないでしょう。さんざん悪いことをして刑務所に入っていたような奴らですよ。どうせ、ほっといたらまた悪いことしてたでしょう」

 そう、この男が殺したのは全て前科者だ。
 更生保護施設の寮には、刑務所を出た後に行き場のない者たちが住んでいる。彼らは寮で生活しながら、就職先を探すのだ。
 この男は、そんな更生保護施設の寮に侵入した。非合法な手段で手に入れた銃を乱射し、十人を射殺したのである。

「確かに、彼らは過去に過ちを犯しました。しかし、刑務所で罪を償い更生しようとしていたのですよ。その命を、あなたは奪った」

「更生? 笑わせないでくださいよ。あいつらは犯罪者です。罪を犯して親兄弟からも見放され、保護施設に入ったんですよ。つまりは、これまでの人生で家族にもさんざん迷惑をかけていた連中なんです。そんな人間が、更生なんかするはずないでしょう。必ず、罪を犯しますよ。つまり、僕は犯罪を未然に防いだわけです」

「それを決めるのは、君ではありません」

「じゃあ、誰が決めるんですか?」

 からかうような口調だった。私は、どうにか冷静な声で答える。

「神です。神が決めるのです」

 途端に、彼は笑いだした。

「なんですって!? 神!? いやあ、実に愉快な人だなあ! だから、あなたと話すのは面白い!」

「そうです。神が決めるのです。人が決めるのではありません。ましてや、人の死を人が決めていいはずがありません」

 私が言った時、彼の笑いは止まった。

「ほう。では、僕の死刑を決めたのは誰ですか?」

「それは、司法から権限を与えられた人間です」

「つまりは、人ですよね? 人が、僕の死を決めたのですよね? だったら、あなたの信条とは反していますよね?」

「それは、問題のすり替えです。少なくとも、あなたに彼らを罰する権利はありません」

「あなたこそ、話題を変えないでくださいよ。ぼくの質問に答えてください」

「本音を言うなら、あなたには生きて欲しいです」

「はい? 正気ですか?」

「正気です。私は、あなたに生きて欲しいのです。自分の犯した罪の重さに苦しみ続けながら生きて欲しい、そう思っています」

 その時、彼はニヤリと笑った。

「やっと本音が出ましたね。つもり、あなたは僕が嫌いなんだ」

「はい、嫌いです。しかし、生きて欲しいとも思っています」

 私がが答えた時、ドアが開いた。制服を着た刑務官が顔を覗かせる。

「先生、時間です」



 二週間後、私は再び彼と対面した。
 彼は変わっていた。頬はこけ、目は落ちくぼみ、唇はわなわな震えている。今や、両脇を屈強な刑務官に支えられていないと、立つことも出来ないようだった。
 それも仕方ないだろう。これから、刑が執行されるのだ。

「何か、言い残すことはありますか?」

 尋ねると、彼は口を開いた。

「すみません、離してください」

 そう言うと、両脇の刑務官の方を見た。すると、刑務官も私の方を向く。その目は、いいのか? と聞いていた。
 私がが頷くと、刑務官は離れる。と、彼は両手を広げ、私に襲いかかる──
 いや、私を抱きしめたのだ。その目からは、涙が溢れている。私は何も出来ず、ただ彼の体を受け止めるしかなかった。
 やがて、彼は連れて行かれた。

 ・・・

「レディース、アーンド、ジェントルメン! こちらネオジャパン代表は、なんと十人殺し! 更生保護施設の寮に乗り込み、十人の前科者を殺害した青年が乗り込むサムライガルダンです!」
 
 言いながら、男が指さしたのは巨大な人型ロボットであった。頭にはチョンマゲを模したキャノン砲、手には日本刀のような武侠を持っている。

「その対戦相手は、さらに上をいく二十殺し! 人種差別の思想から、有色人種の集まりに車で突進し銃を乱射! 二十人の罪もない人を殺害! そんな男が乗り込むのは、カウボーイガルダン!」

 男の指し示す方向には、これまた人型の巨大ロボットが立っていた。カウボーイハットのごときデザインの頭で、両手には拳銃のようね形のビームガンを持っている。

「では、ガルダンファイト! レディ、ゴー!」

 掛け声の直後、戦いが始まった──



 現在、世界的な人気を誇るイベントが『ガルダンファイト』である。二体の人型ロボットが、闘技場にて戦うのだ。使う武器ほ全て本物である。負けた方は、当然ながら破壊される。勝った方は……というより、勝った国は様々な恩恵を得られるのだ。さらに、公営ギャンブルとしても成立している。
 このロボットを操縦するのは、死刑囚である。手足を切断され、体の神経と脳を直接ロボットの操縦系統と繋ぐ。これにより、ロボットは人間のごとき動きが可能となるのだ。
 負ければ、操縦している死刑囚は死ぬ。勝ったとしても、ほとんどの場合は脳や神経がオーバーヒートし廃人となってしまうのだ。
 ガルダンファイトほ、今や世界百カ国以上に中継されている。この試合も、世界のあちこちで中継されていた。

(クズが殺し合ってるぜ)

(おら、負けんじゃねえぞ)

(俺らのために命を役立てろ)

 SNSでほ、中継を観ている者たちが罵詈雑言のようなコメントをしている。
 そんな中、決着はついた。サムライガルダンは、カウボーイガルダンに完膚なきまでに破壊される。当然ながら、死刑囚の体はミンチのような状態になっていた。
 SNSでは、さらなる罵詈雑言が飛び交う、

(なんだこいつ、死んでからも使えねえ)

(ったくよ、十人殺したっていうから期待してのに)

(頭くるから、家族も晒し者にしてやろうぜ)

(ああ。自殺するまで追い込んでやれ)
 


 








 
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