世にも異様な物語

板倉恭司

文字の大きさ
上 下
24 / 36

ポカパマズ村

しおりを挟む
「いよう! セルゲイ! セルゲイじゃないか! 久しぶりだな!」

 いきなり投げかけられた言葉に、オレッグはきょとんとなった。そもそも、過去にこの村に来たことなどないはずなのだが。
 しかし今、目の前にいる村人は、いかにも親しげに話しかけてくる。まるで、古くからの知り合いのように。



 オレッグは、勇者ロットンの血を引く者である。大魔王ベルトサタンを倒すため、最強の剣であるバルムンクを手に故郷の村を旅立った。
 しかし、度重なるモンスターとの戦いにより、体のあちこちに傷を負わされていた。さらに、肉体の疲労も限界にまで達している。どこかできちんと静養しなくては、旅を続けられないだろう。
 そんな時、オレッグは不思議な村を発見した。密林の中にある、奇妙なポカパマズ村を……。
 ポカパマズ村は豊かな自然に囲まれており、人々はいつもニコニコしている。取れる農作物も豊富で、気候も暖かい。若い女性の数も多く、みな美しい顔の持ち主である。
 そんなポカパマズ村で、オレッグは一週間ほど療養しようと思ったのだ。戦いの傷を癒し、肉体の疲れを取り去り、完璧な状態に戻ったら旅を再開するつもりでいた。
 ところが、想像もしていなかったことが起きる。



「い、いや……俺の名はオレッグだ。セルゲイじゃない」

 オレッグの言葉に、村人はきょとんとした表情になる。

「あれ、違うのか? でも、似てるなあ」

 首を傾げながら、去って行く村人。オレッグも首を傾げていた。そのセルゲイとは、いったい何者なのだろうか。
 狐につままれたような気分で宿屋に行くオレッグ。だが、ここでも同じような言葉を投げ掛けられた。

「おや、セルゲイさんじゃないか! 今まで、どこ行ってたんだい!?」

 ニコニコしながら、話しかけてきたのは宿屋の主人だ。オレッグは苦笑しながら首を振った。

「悪いけど、俺はセルゲイじゃない。オレッグだ」

 その言葉に、主人は不思議そうに首を傾げた。

「あれ、違うの? でも、似てるなあ」



 翌日、村の周辺をのんびりと歩くオレッグ。すると、小さな男の子がパタパタと駆けて来た。

「セルゲイさん! 帰って来たんだね!」

 言いながら、オレッグに抱きついてきた。
 またかよ……そう思いながら、オレッグは昨日と同じようなセリフを返す。

「人違いだよ。俺はセルゲイじゃない」

「あれ、違うの? でも、似てるなあ……」

 子供は、不思議そうにオレッグの顔を覗きこむ。オレッグは不思議な気分になった。そのセルゲイとは、いったい何者なのだろう。

「ねえ君、俺とセルゲイさんは、そんなに似てるのかい?」

「うん、そっくりだよ」

 無邪気な表情で、子供は語った。それを聞き、オレッグの中に好奇心が生まれた。自分にそっくりなセルゲイとは、一体どんな人物なのだろうか。

「そうか……ところで、セルゲイさんはどんな人だったの?」

「セルゲイさんはね、すっごく良い人だったよ。気は優しくて力持ちで……お兄さんにそっくりだった」

 子供は昔を懐かしむように、しみじみと語る。
 だが、不意にその顔が輝いた。

「そうだ! おじさんのこと、セルゲイさんって呼んでいい?」

「えっ?」

 さすがのオレッグも、返答に詰まる。そのセルゲイなる人物が何者かは知らないが、違う名前で呼ばれるのは、さすがにいい気分はしない。
 だが、オレッグを見つめる子供の瞳はキラキラしていた。そんな瞳で見つめられたら、嫌だとは言えない。

「いいよ」

 答えるオレッグ。どうせ、ここにいるのもあと数日だ。アダ名だと思って、好きなように呼ばせておこう。



 翌日、オレッグの泊まっている宿に、大きな魚を担いだ男が訪ねて来た。

「さっき湖で釣れたんだよ。セルゲイさん、よかったら食ってくれ」

「えっ……」

 断るわけにもいかず、オレッグは愛想笑いを浮かべて受け取った。宿の主人に調理を頼むと、主人はニコニコしながら頷く。

「ほう! こりゃいい魚たね! さすがセルゲイさんだ!」

「あ、ああ」

 仕方なく、オレッグは頷いた。こうなってしまったら、いちいち訂正するのも面倒だ。セルゲイというアダ名を受け入れるしかあるまい。



「セルゲイさん、今日もいい天気だね」

「セルゲイさん、さっき山で採れたキノコだよ。よかったら食べな」

「セルゲイさん、どこに行くんだい」

 オレッグが村を歩くと、みんなが声をかけてくる。ポカパマズ村は、さほど広くはない。そんな村の中で、誰もが彼をセルゲイと呼ぶ。いつしか、その呼び名にも違和感を覚えなくなっていた。しかも、みんながオレッグに対し暖かい態度で接してくれている。様々な土産物を、ほぼ毎日のように宿屋まで持ってきてくれるのだ。
 幾多の修羅場を潜り抜け、数多くのモンスターを葬ってきたオレッグ。だが戦いに疲れていた彼にとって、村はとても心地よい場所だった。

 オレッグが村に来てから、一月たった。セルゲイと呼ばれることにも、すっかり慣れている。

「セルゲイさん、遊ぼうよ!」

 いたずらっ子のポポロが、宿屋に遊びに来た。オレッグは笑顔で応じる。

「おし! 行こうか!」



 さらに、三年が過ぎた。
 セルゲイは、すっかりポカパマズ村の住人となってしまっていた。畑を耕し、魚を獲り、夜は村人たちと酒を酌み交わす……その生活に、どっぷりと浸っていた。
 オレッグの名は、とうの昔に捨てた。最強の剣バルムンクも、海に沈めてしまった。
 もう、戦うのは嫌だ。
 このポカパマズ村で、セルゲイとして平和に暮らそう。

 ・・・

「上手くいったようだな、キノッピーよ」

 魔王ベルトサタンは、愉快そうに笑う。すると、ポカパマズ村の村長であるキノッピーは、笑みを浮かべて頷いた。

「人間という生き物は、他人との接触により自己を確認します。あの勇者オレッグとて、例外ではないのです。接触してくる人間がみな、お前は村人セルゲイだと言えば、それに逆らう術はありません。今後、オレッグはセルゲイとして、ポカパマズ村で生きていくこととなるでしょう」

「戦わずして、勇者は死んだわけか……キノッピーよ、お前も悪だな」

「いえいえ、ベルトサタン様にはかないませんよ」




しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

会社の上司の妻との禁断の関係に溺れた男の物語

六角
恋愛
日本の大都市で働くサラリーマンが、偶然出会った上司の妻に一目惚れしてしまう。彼女に強く引き寄せられるように、彼女との禁断の関係に溺れていく。しかし、会社に知られてしまい、別れを余儀なくされる。彼女との別れに苦しみ、彼女を忘れることができずにいる。彼女との関係は、運命的なものであり、彼女との愛は一生忘れることができない。

残業で疲れたあなたのために

にのみや朱乃
大衆娯楽
(性的描写あり) 残業で会社に残っていた佐藤に、同じように残っていた田中が声をかける。 それは二人の秘密の合図だった。 誰にも話せない夜が始まる。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

壁乳

リリーブルー
BL
俺は後輩に「壁乳」に行こうと誘われた。 (作者の挿絵付きです。)

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

処理中です...