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働く人たち
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「やっと完成したぞ。みんな、今日まで本当にありがとう」
工場長のディーンは、居並ぶ工員たちの前で深々と頭を下げた。
少しの間を置き、頭を上げ再び語り出す。
「俺とケインが、アッザムの開発に取り掛かっていたせいで、他の仕事が大幅に遅れた。本当にすまないと思っている」
ディーンは言葉を切り、工員たちの顔を見回した。皆、疲れた顔をしている。だが、それも当然だろう。
ロケットに搭載し、中の電磁波を制御する新型の電子部品アッザム……この開発に集中するため、ディーンとケインが通常の業務から外れた。そのせいで、指揮系統が乱れた。結果、他の仕事が大幅に遅れた。工員の中には、数日間工場に泊まり込んだ者もいるくらいだ。
さらには、古くからの得意先も一件なくしてしまった。あれは、本当につらかった。
「みんなが協力してくれたお陰で、アッザムは無事に完成した。来週からは、今まで通りの平和な日々が戻ってくる。明日は、しっかりと休んで鋭気を養ってくれ。以上だ」
「ディーンさん、お話があります。これから予定がなければ、ちょっと付き合って欲しいんですが……大丈夫ですか?」
更衣室で着替えていたディーンに、ケインが話しかけてきた。見ると、真剣そのものの表情だ。仕事が終わったから飲みに行こう、という雰囲気ではない。
「あ、ああ、いいよ。あんまり遅くならなければ大丈夫だ」
平静な表情でそう答えたが、内心では不安を感じていた。もしかして、辞めたいなどと言い出すのではないだろうか。
既にひとり、古くからの工員が辞めている。得意先を切ったのが原因だ。件の工員は怒り「これまでの付き合いを考えろ!」などと喚きながら、ディーンに掴みかかってきたのだ。他の工員たちが何とか引き離したが、その後彼は工場を辞めた。
ここでケインにまで辞められたら、工場としては大きな痛手だ。しかし、辞めないでくれとも言えない。ケインには、本当に世話になった。専門知識を存分に活かし、昼も夜も働いてくれた。アッザム開発における最大の功労者である。自分や他の工員では、手も足も出なかっただろう。
ケインがいたから、アッザムを開発できた。有能なこの男が、さらなるキャリアアップを目指し転職したとしても、自分に文句は言えない。
二人は、場末の小さな飲み屋に入った。
「で、話ってなんだ?」
不安を隠してディーンが尋ねると、ケインは緊張した面持ちで口を開いた。
「実は、明日ロイスにプロポーズしようかと思ってます」
「えっ、本当か?」
予想とは真逆の話を聞かされ、ディーンは椅子から転げ落ちそうになった。
ロイスとは、ケインの恋人である。付き合いが始まってから、数年になるだろうか……さすがに、詳しい数字までは知らないが。
「いや、本当ですよ。アッザムの開発が無事に終わったら、ロイスに指輪を渡すつもりでした。けどね、今になって緊張しちやって……最近、全然会えてなかったですからね」
「いいじゃないか、ズバッと言ってこい」
「そんな簡単にはいかないんですよ。今までは、アッザムの開発に集中してましたから、プロポーズの緊張なんか感じてる暇もなかったんですけど……昨日あたりから、断られたらどうしようって怖くなってきちゃったんですよ。夜も、あまり眠れてないです。俺、小心者ですね」
その言葉に、ディーンはくすりと笑った。自分も昔、似た経験をしている。
「娘に読んであげた絵本の中に、こんなセリフがあったんだよ。勇者とは、怖さを感じない者ではない。怖さに立ち向かう勇気を持っているから勇者なんだ、てな」
「いいセリフですね。俺も、そのうちどこかで使わせてもらいますよ」
ケインも、くすりと笑った。少しはリラックスできたらしい。
「それにしても、お前もついに家庭を持つのか。なんだか、感慨深いものがあるな」
しみじみとした口調で、ディーンは言った。直後、複雑な表情になる。
「ここだけの話だけどな、この前クラークが離婚したんだよ」
「えっ、本当ですか?」
今度は、ケインが驚く番だった。ディーンは、顔をしかめて頷く。
「ここしばらく忙しかったろう。あいつも、イライラしてたらしい。それで口喧嘩が絶えなくなり、挙げ句に離婚だ」
「それは……何と言えばいいか……」
「まあな。ちょっと責任を感じるよ。ただな、俺の見た感じじゃ、前々から兆候はあったんだよ。仕事が忙しくなったのが引き金になったのは間違いないけど」
そう言って、ディーンはグラスの中のものを飲み干した。
クラークは、悪い人間ではない。友達として付き合うには、何の問題もない。むしろ、善人の部類に入れるべきだろう。
しかし、生活にひどくだらしない部分があるのも確かだ。ギャンブルで、有り金を全部スッてしまうことも珍しくない。酒も風俗も好きだし、あちこちに借金もある。先日も、ディーンに給料の前借りを頼みに来たのだ。
そのだらしなさは、家庭には向いていないだろう。
「誰かが幸せになった裏では、誰かが不幸な目に遭っている。世の中ってのは、ままならないものだな」
・・・
翌日、アッザムは車で運ばれていった。タバコくらいの大きさの小さな電子部品なのだが、向こうはやけに厳重な体制で運んでいく。
奇妙な光景ではあるが、ディーンは特に問題はないと思っていた。企業によっては、こういうこともある。ましてや、新型の電子部品ともなれば、取り扱いにも気を遣うだろう。
やがて、アッザムは飛行機に乗せられ、遠くの国へと運ばれて行った。
その後、アッザムはとある機械の中に組み込まれる。
某日、アッザムを搭載した機械は、空を飛び立った。物凄い速さで宙を進み、隣の国へと落下する──
(緊急ニュースです。ただいま入りました情報によりますと、デボン共和国から小型のロケットのようなものが発射されました。ロケットはサイア国の首都メルキドに落下し、直後に強力な電磁波を発したとのことです。落下地点の周囲五十キロ以内の電子機器は、全て使用不可能になりました。これにより、メルキドの首都としての機能は完全に麻痺し、国内は混乱しています。あちこちで暴動が起き、刑務所から凶悪犯が相次いで脱獄しているという情報も伝わってきています。この混乱により、一万人以上の死者が出るだろうといわれています)
工場長のディーンは、居並ぶ工員たちの前で深々と頭を下げた。
少しの間を置き、頭を上げ再び語り出す。
「俺とケインが、アッザムの開発に取り掛かっていたせいで、他の仕事が大幅に遅れた。本当にすまないと思っている」
ディーンは言葉を切り、工員たちの顔を見回した。皆、疲れた顔をしている。だが、それも当然だろう。
ロケットに搭載し、中の電磁波を制御する新型の電子部品アッザム……この開発に集中するため、ディーンとケインが通常の業務から外れた。そのせいで、指揮系統が乱れた。結果、他の仕事が大幅に遅れた。工員の中には、数日間工場に泊まり込んだ者もいるくらいだ。
さらには、古くからの得意先も一件なくしてしまった。あれは、本当につらかった。
「みんなが協力してくれたお陰で、アッザムは無事に完成した。来週からは、今まで通りの平和な日々が戻ってくる。明日は、しっかりと休んで鋭気を養ってくれ。以上だ」
「ディーンさん、お話があります。これから予定がなければ、ちょっと付き合って欲しいんですが……大丈夫ですか?」
更衣室で着替えていたディーンに、ケインが話しかけてきた。見ると、真剣そのものの表情だ。仕事が終わったから飲みに行こう、という雰囲気ではない。
「あ、ああ、いいよ。あんまり遅くならなければ大丈夫だ」
平静な表情でそう答えたが、内心では不安を感じていた。もしかして、辞めたいなどと言い出すのではないだろうか。
既にひとり、古くからの工員が辞めている。得意先を切ったのが原因だ。件の工員は怒り「これまでの付き合いを考えろ!」などと喚きながら、ディーンに掴みかかってきたのだ。他の工員たちが何とか引き離したが、その後彼は工場を辞めた。
ここでケインにまで辞められたら、工場としては大きな痛手だ。しかし、辞めないでくれとも言えない。ケインには、本当に世話になった。専門知識を存分に活かし、昼も夜も働いてくれた。アッザム開発における最大の功労者である。自分や他の工員では、手も足も出なかっただろう。
ケインがいたから、アッザムを開発できた。有能なこの男が、さらなるキャリアアップを目指し転職したとしても、自分に文句は言えない。
二人は、場末の小さな飲み屋に入った。
「で、話ってなんだ?」
不安を隠してディーンが尋ねると、ケインは緊張した面持ちで口を開いた。
「実は、明日ロイスにプロポーズしようかと思ってます」
「えっ、本当か?」
予想とは真逆の話を聞かされ、ディーンは椅子から転げ落ちそうになった。
ロイスとは、ケインの恋人である。付き合いが始まってから、数年になるだろうか……さすがに、詳しい数字までは知らないが。
「いや、本当ですよ。アッザムの開発が無事に終わったら、ロイスに指輪を渡すつもりでした。けどね、今になって緊張しちやって……最近、全然会えてなかったですからね」
「いいじゃないか、ズバッと言ってこい」
「そんな簡単にはいかないんですよ。今までは、アッザムの開発に集中してましたから、プロポーズの緊張なんか感じてる暇もなかったんですけど……昨日あたりから、断られたらどうしようって怖くなってきちゃったんですよ。夜も、あまり眠れてないです。俺、小心者ですね」
その言葉に、ディーンはくすりと笑った。自分も昔、似た経験をしている。
「娘に読んであげた絵本の中に、こんなセリフがあったんだよ。勇者とは、怖さを感じない者ではない。怖さに立ち向かう勇気を持っているから勇者なんだ、てな」
「いいセリフですね。俺も、そのうちどこかで使わせてもらいますよ」
ケインも、くすりと笑った。少しはリラックスできたらしい。
「それにしても、お前もついに家庭を持つのか。なんだか、感慨深いものがあるな」
しみじみとした口調で、ディーンは言った。直後、複雑な表情になる。
「ここだけの話だけどな、この前クラークが離婚したんだよ」
「えっ、本当ですか?」
今度は、ケインが驚く番だった。ディーンは、顔をしかめて頷く。
「ここしばらく忙しかったろう。あいつも、イライラしてたらしい。それで口喧嘩が絶えなくなり、挙げ句に離婚だ」
「それは……何と言えばいいか……」
「まあな。ちょっと責任を感じるよ。ただな、俺の見た感じじゃ、前々から兆候はあったんだよ。仕事が忙しくなったのが引き金になったのは間違いないけど」
そう言って、ディーンはグラスの中のものを飲み干した。
クラークは、悪い人間ではない。友達として付き合うには、何の問題もない。むしろ、善人の部類に入れるべきだろう。
しかし、生活にひどくだらしない部分があるのも確かだ。ギャンブルで、有り金を全部スッてしまうことも珍しくない。酒も風俗も好きだし、あちこちに借金もある。先日も、ディーンに給料の前借りを頼みに来たのだ。
そのだらしなさは、家庭には向いていないだろう。
「誰かが幸せになった裏では、誰かが不幸な目に遭っている。世の中ってのは、ままならないものだな」
・・・
翌日、アッザムは車で運ばれていった。タバコくらいの大きさの小さな電子部品なのだが、向こうはやけに厳重な体制で運んでいく。
奇妙な光景ではあるが、ディーンは特に問題はないと思っていた。企業によっては、こういうこともある。ましてや、新型の電子部品ともなれば、取り扱いにも気を遣うだろう。
やがて、アッザムは飛行機に乗せられ、遠くの国へと運ばれて行った。
その後、アッザムはとある機械の中に組み込まれる。
某日、アッザムを搭載した機械は、空を飛び立った。物凄い速さで宙を進み、隣の国へと落下する──
(緊急ニュースです。ただいま入りました情報によりますと、デボン共和国から小型のロケットのようなものが発射されました。ロケットはサイア国の首都メルキドに落下し、直後に強力な電磁波を発したとのことです。落下地点の周囲五十キロ以内の電子機器は、全て使用不可能になりました。これにより、メルキドの首都としての機能は完全に麻痺し、国内は混乱しています。あちこちで暴動が起き、刑務所から凶悪犯が相次いで脱獄しているという情報も伝わってきています。この混乱により、一万人以上の死者が出るだろうといわれています)
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