世にも異様な物語

板倉恭司

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阿部切人

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「こいつ、いったい何を考えてるんだ?」

 風見悟郎カザミ ゴロウはスマホの画面を見つめ、ひとり呟いた。
 画面には、あるDVDのパッケージが映し出されている。二十年ほど前に公開されたホラー映画で、はっきり言ってしまえばB級……いや、それ以下の出来だろう。何せ、タイトルからして『ゾンビVSコックローチマン』なのだ。あの虫が嫌いな人は、このタイトルの時点でアウトだろう。
 実際、日本では劇場公開すらされていない。DVDは発売されているが……大手の某古本屋では、税別で百円の値段が付いているくらいだ。内容のあまりのバカバカしさに、一部で話題になったことはある。
 もっとも今となっては、二束三文で叩き売りされているDVD……のはずだった。
 しかし、目の前の画面には……とんでもない値段が表示されている。

 二十万円──

 それが、このZ級映画の中古DVDに付けられた値段なのだ。安部切人なる人物が出品者らしいのだが、いったい何を思って、こんな値段を付けたのだろうか……どう考えても、有り得ない話である。
 通常ならば、こんなものには見向きもしない。しかし、今日の風見は違っていた。
 彼は今、そのDVDを購入したのだ。



 先日、風見はとある雑誌の編集部に勤めている人間と打ち合わせをしていた。
 風見の職業はフリーのライターであり、彼の目の前にいるのは『月刊・裏街道』という雑誌の編集者である結城譲一ユウキ ジョウイチだ。
 この雑誌はタイトルの通り、裏のネタを多く載せている。ヤクザや外国人マフィアといったアウトローの話から、オカルティックな都市伝説まで幅広く扱っているのだ。
 そんな雑誌の編集者である結城が、風見にこんな提案をした。

「ところで風見さん、たまにフリマのサイトで恐ろしい値段が付いてる商品があるんだけどさ、知ってる?」

「へえ、そんなのあるんですか」

「うん。そこでさあ、風見さんにレポートしてもらいたいんだ」

「はい?」

 怪訝な表情の風見に、結城はいかにも軽薄そうな笑みを浮かべた。

「いやさあ、古本屋にいけば百円で売ってるようなDVDに……十万とか二十万とか、そんな高値を付けてる業者があるんだよね。その業者、実はヤバい品を扱ってるんじゃないかって噂があってさ」

 ヘラヘラ笑いながら、結城は言った。

「そうですか。ま、どうせデマでしょうけどね。買ってみたら何でもない、みたいな展開が待ってるんでしょうけど」

 軽い調子で、風見は言葉を返した。だが、思わぬ展開になる。

「だったら、確かめてみようか。風見さん、まず注文してみてよ。で、何が届いたか……コラムとして書いて欲しいんだよね」



 数日後、ポストに大判の封筒が入っていた。どうやら届いたらしい。
 封を開けてみると、DVDと二枚の紙が入っている。一枚は領収書だ。もう一枚には、こんなことが書かれていた。

(もし気が変わってキャンセルされる場合、三日以内に下記の番号に電話してください。代金はきちんとお返しします)

 風見は、注意深くDVDのケースを開けてみる。だが、何の異常もない。ドラッグでも入っているのでは……と思い、隅から隅まで見てみた。しかし、何ら変わった部分は見つけられない。
 次に風見は、DVDを観てみた。約二時間、ゾンビとコックローチマンの死闘を見続ける……それは、もはや修行者の荒行にも等しい苦しみであった。



 ようやく見終わったが、何もおかしな点はない。風見は数年前、既にこの映画を観ている。内容も、大まかには覚えている。
 にもかかわらず、どこにも変わった点は見受けられない。
 風見はため息を吐いた。結局は、何事もなかったというオチなのか。
 まあ、それはそれで仕方ない。風見はパソコンに向かい、原稿を書き始める。今回は、二十万払った挙げ句に何もなかった……という内容で終わりだ。
 もっとも、それならそれで仕方ない。万が一、本当にドラッグなど入っていたりした場合、対応に困ってしまうのだ。
 もし、風見が一般市民であるなら通報して終わりであろう。しかし、風見のようなフリーライターの場合は……通報したことが知られると、裏社会の住人たちからの信用を失うことになる。
 最悪の場合、あちこちから取材拒否をされることになるのだ。それだけは、絶対に避けなくてはならない。ドラッグだろうが拳銃だろうが、素知らぬ顔で海にでも投げ捨てる……それが、もっとも無難な選択だろう。
 残る問題は一つ。このDVDを買った二十万円は、取材費用の名目で全額降りてくれるかどうかは不明なのだ。万が一、取材費で何とか出来なかった時のことを考えると……キャンセルの連絡をしておいた方が無難だ。
 明日になったら、安部切人にキャンセルの連絡をしよう。



 それから、一週間が経った。
 風見はウキウキしながら、電車の来るのを待つ。彼が以前、ある新人賞に応募した小説……それが、何と最優秀賞に選出されたのだ。賞金は百万円で、さらに書籍化もされる。今日は、その書籍化にあたっての打ち合わせなのだ。
 今は通勤の時間帯だ。駅はとても混んでいる。人混みの中は、息苦しさすら感じるほどだ。今までは、こんな時間に電車に乗ることなどなかったが、今日は特別だ。
 そう、風見は今とてもいい気分だった。満員電車の息苦しさすら気にならないほどに。
 したがって、彼の頭から安部切人に関する件は完全に抜け落ちていた。入賞の知らせを聞いた風見は、浮かれ気分であちこちの友人たちに連絡していたのだから……そのため、キャンセルの連絡をするのを忘れていた。そもそも、忘れていることすら記憶になかったのだが。

 駅員のアナウンスが聞こえてきた。ようやく電車が来る。それにしても、この人の多さは何なのだろう。風見は電車に乗り込んだ時の状態を想像し、思わず顔をしかめる。痴漢に間違えられることだけは避けなくては。

 直後、背中に電流が走った──
 それは比喩的な表現ではない。文字通り、背中に電気による衝撃を受けたのだ。風見のこれまでの人生において、感じたことのない激しい痛み。風見の肉体は、その苦痛から逃れようと反射的に前方へ飛び出していた。
 だが、そんな風見の事情などお構い無しに電車は走っている。
 次の瞬間、風見は線路に落ちた。数十万ボルトの衝撃は凄まじく、彼は止まることが出来なかったのだ。
 そこに電車が突進して来る。巨大な鉄塊は、情け容赦なく風見を潰す。彼は一瞬にして挽き肉になった。痛みを感じる暇すらなかったのが、風見にとって唯一の救いだろう。



 風見の死は、自殺として処理された。新人賞に選ばれてしまったプレッシャーに負け、電車に飛び込んだ……コメンテーターは、彼の死をそう結論づけたのだ。
 背中にスタンガンによる火傷があったことなど、誰も知らなかった。

 ・・・

「なあ、アベキリトって知ってるか?」

「アベキリト? 誰それ?」

「ここだけの話なんだけどさ、殺し屋なんだって」

「えっ、殺し屋?」

「そう、殺し屋らしいんだよ。しかも、自殺したい人専門の殺し屋なんだって」

「何それ? どういうこと?」

「つまりさ、自殺したいんだけど……自分じゃ勇気が無くて実行できない、そんな人がいたとするじゃん。そういう時、このアベキリトに頼むんだよ。そうしたら、確実に殺してくれるんだってさ」

「何それ……」

「ああ、怖いよな。しかも、たった二十万円で殺してくれるんだって」

「それ本当なの? 何か凄く怖いんだけど……」

「ぷぷぷ……あのな、今のは全部デマだから」

「えええっ? 嘘なの?」

「当たり前じゃないか。たった二十万で人殺す奴なんか、いるわけないじゃん。本当にそんな奴がいたら、今ごろ警察に捕まってるって」

「じゃあ今のは、あんたの作り話?」

「いや、ネットで見つけた都市伝説だよ。どうせ、嘘に決まってるけどな」






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