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おまけの一日
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朝起きたら、手がおかしかった。
いや、おかしいなんてものではない。僕の手は、異様な形状に変わっていた。指は異様に長くなり、鉤爪のようなものが付いている。皮膚もまた変化していた。異様に硬くゴツゴツしており、緑色になっている。
これはどうしたことだ、と思わず立ち上がる。周囲を見回すと、昨日着ていた服の切れ端がベッドの近くに散乱していた。
だが、服の切れ端など僕の肉体に起きた変化に比べれば大したことではない。両足もまた、気色悪いものに変わっていた。異様に太く長くなり、肌の色も緑色になっている。指の先からは、鋭い鉤爪だ。
この分だと、顔はどうなっていることか。恐る恐る鏡を見てみた。途端に、呻き声が漏れる。
僕の顔は、完全に怪物のそれへと変化していた。髪の毛は一本もなく、肌は緑色だ。目は小さく顔は長くなり、口の中には短く鋭い牙が生えている。昆虫と爬虫類を足したような姿だ。
あまりのキショさに、我知らず呻き声をあげていた。すると、口からよだれが垂れる。
いや、それはよだれなどという生易しいものではなかった。口から垂れた液体は、床に着いた途端にジュッと音を立てる。見ると、床が溶けている。どうやら、僕の唾液は酸のようなものらしい。
朝起きたら、自分がモンスターに変わっていた。普通の人間は、こんな時にどう反応するだろう? 想像ではあるが、たぶん半狂乱になって泣き叫んだりするのではないか。
だが、僕は違っていた。
「おい、何やってんだよ! さっさと開けろ!」
ドンドンと扉を叩く音がした。弟の孝次郎だ。恐らく、父か母に言われて起こしに来たのだろう。
「ちょ、ちょっと待って」
なんとか答えたが、変な声だった。コントに登場する宇宙人みたいな声である。
その声は、孝次郎をさらに怒らせたらしい。ドスンドスンという音が響く。いつものように、ドアに蹴りを入れているのだろう。
「おいゴラ! さっさと開けねえと、てめえのタマ潰すぞ! それとも、歯を全部叩き折ってやろうか!?」
ほとんどの家庭では、兄は弟より偉いものだろう。だが、うちでは弟が兄より偉かった。なにせ孝次郎は、僕より体が大きく力も強い。成績もよく、顔もいい。近所での評判もよく、女の子にもモテる。だが、性格は最悪だった。気に入らないことがあると、平気で僕を殴る。実のところ、毎日のように殴る蹴るの暴力を受けていたのだ。その上、使い走りにもさせられていた。
三歳下の弟から、サンドバッグ代わりに暴力を受け続け顎で使われる兄。僕は、そんな惨めな存在だった。
「開けねえと殺すぞ! コラ!」
孝次郎は、なおもドアを蹴ってくる。そうかい、ドアを開ければいいんだね。
わかった、開けるよ。お前が開けろと言ったんだからな。
「えっ……」
ドアを開けた途端、孝次郎は唖然となり立ちすくんでいた。チビで小太りで不細工な兄が出てくるかと思いきや、出て来たのはモンスターだ。驚きのあまり、反応が出来ないらしい。
まあ、それも当然か。僕は手を伸ばし、孝次郎の頭を掴む。
直後、ぐちゃりという音がした。血液や体液や、さらに脳髄みたいなものがあちこちに飛び散る。驚きだね。人間の頭って、こんな簡単に潰れるものなのかい。
けど、これではあまりにつまらないよ。じっくり苦しめてから殺そうと思ったのに。ううう、残念だ。
仕方ない、次にいくとするか。孝次郎の体を放り投げ、リビングへと向かった。
「う、嘘……」
真っ先に声をあげたのは、妹の小町だ。兄の僕が言うのもなんたが、顔は可愛い。僕には、似ても似つかない。弟と同じく、近所の評判もよく、男の子にモテる。そういえば、弟の孝次郎も僕とは似ても似つかないイケメンだった。二人ともに美男美女であり、クラスの人気者であるという共通点がある。兄である僕を毎日のように殴り蹴り、サンドバッグ代わりにいたぶり続けた……という残酷な性格も共通している。
だが、今さらそんなことはどうでもいい。僕は、口の中の体液を吹きかけた。
凄まじい悲鳴、直後に肉が焦げるような匂いがたちこめる。妹の顔は、もはや原型を留めていない。目や鼻が溶けた顔を両手で覆い、のたうち回っている。うーむ、某SFホラー映画の宇宙生物は、体液で特殊合金をも溶かしていたが……僕の体液は、そこまで強力ではないらしい。
まあいい。仮に命あったとしても、顔は元に戻らないだろう。その顔のまま、ひっそりと生きていくんだね。
次に、母親の方を向いた。こちらは、床の上に倒れ気を失っている。なんと情けないのだろうか。小学生の時、妹が「お兄ちゃんが、あたしのお風呂を覗いた!」などと訴えた時(もちろん嘘である)には、僕が意識を失うまで殴りつけたというのに……それからは教育と称し、弟や妹と一緒になって、僕を毎日いたぶり続けたのだ。もっとも今は、妹がのたうち回っているというのに気絶している。つまらない話だ。
仕方ない。今回も、一撃で終わらせるとしよう。僕は足を振り上げ、母の頭に落とす。ぐしゃっという音ともに、頭蓋骨は砕け脳は潰れた。まるで、ゆで卵でも潰したかのような感触だ。圧倒的なパワーを持つ生物の前では、人体など本当に脆いものだ。こんな体験をしなければ、絶対に理解できないことだろう。少なくとも、生きた人間には不可能だね。
「た、たすけて……」
声が聞こえた。父のものだ。彼だけは、僕に手を出さなかった。
が、助けてもくれなかった。三人が僕を虐待している横で、我関せずといった態度で知らん顔だ。たまに冷ややかな目で僕を見ながら「それでも長男か。情けない奴だ」と吐き捨てるような口調で言ったことを覚えている。
そういえば某アニメの主人公は、長男であることを心の拠り所にしているような描写があった。が、僕にとって長男であることなど、何の意味もなかったね。
とりあえず目障りだったので、蹴飛ばしたら軽々と吹っ飛んで行った。壁に叩きつけられ、ぐちゃりという異様な音を立てる。直後に床に落ち、悲鳴をあげてのたうち回っていた。
よくアニメなどで、殴られて吹っ飛び壁に叩きつけられるシーンがある。そのほとんどが、苦痛に顔をしかめながらも、すぐに起き上がり反撃している。
父も今、同じ目に遭った。だが父は、体をピクピクさせ痙攣している。潰れた虫のようだ。首や腕はおかしな方向に曲がり、口からは血が垂れている。恐らく頚椎が傷つき、さらに体内の骨が折れて内臓に刺さっているのだろう。もう助かるまい。仮に命あったとしても、臓器移植を受けなくてはならないだろう。
これが現実なのだ。この体に変身しなければ、絶対にわからなかったことだろう。
泣きわめく妹とピクピク痙攣する父、さらに死体になってしまった弟と母を尻目に、僕は外に出ていった。実に清々しい気分だ。こんな清々しい気分で朝を迎えたのは、生まれて初めてのことだ。
さて、学校に行くとしよう。
学校に到着した。途中、数人の顔見知りの者と出くわしたが、ギャーギャーうるさいので全員殺した。近所に住んでいながら、僕に対する虐待を見て見ぬふりをし続けた連中た。殺したところで、心は痛まない。それ以前に、心はとうの昔に死んでいたみたいだけどね。自分でも驚くくらい簡単に、殺すことが出来たのだから。
学校では、既に授業が始まっている。僕は考えた。これから行く場所では、ひとりも逃したくない。では、どうしたものか。
仕方ない、窓からの不意打ちでいくか。僕は、三階の教室めがけ飛んだ。
窓を突き破り侵入した僕を見て、クラスの連中は唖然としていた。まあ当然だろう。映画やアニメでしか見たことのないモンスターが、いきなり教室の窓ガラスを突き破り侵入してきたのだ。現実では、そう簡単に反応できないのだ。
そして、僕にとっては望ましい状況である。一気に両手を振るった。口からは、溶解性の体液を吐く。クラスメートたちは、蟻を踏み潰すくらい簡単に死んでいった。
一分も経たぬうちに、教室は死体置場と化していた。かつてクラスメートだった者たちは、全員が死んでいる。顔が潰れたり、溶けたりしているため、誰が誰やらわからない。
まあ、今さら知る必要もない。それにしても、みんなブサイクだ。このクラスでは、『三年A組イケメン&ブサイクコンテスト』なるイベントを毎月開催していた。ブサイク部門にて、三ヶ月連続で一位だったのが僕である。優勝賞品はといえば、ゴミや残飯などをぐちゃぐちゃに混ぜたものだった。それを、クラス全員の前で無理やり食べさせられたのだ。泣いて許しを乞い願ったが、誰もやめてはくれなかった。
しかし今では、全員がブサイクだ。顔が砕けたり潰れたり切れたり溶けたりと、なかなか笑える眺めである。これでは、ブサイクコンテストをしても判定のしようがないだろう。
さて、やらねばならないことは終わった。外からは、パトカーのサイレンが鳴り響いている。さらに、逃げだす生徒たちの立てる音や悲鳴も聞こえてきた。
実に耳障りだ。もう少し、静かな環境で死にたかった。
昨日、僕は確かに死んだはずだった。
昼食代兼小遣いとして、親からもらっていた一日二百円のお金。それを、ずっと貯め続けていた。おかげで、ここ一ヶ月ほどは昼飯抜きだった。空腹感を、水を飲んでごまかす毎日だったよ。そもそも、昼食代と小遣い合わせて、一日二百円というのはどうなんだろうか。つくづく酷い親だよ。弟や妹には、毎日千円以上は渡していたのにさ。
それはともかく、昼食代の二百円を貯めて睡眠薬を少しずつ買い、やっと致死量まで溜まった。で、寝る前に一気に飲んだのさ。
他の方法も試してみたけど、飛び降りも首吊りもリストカットも、土壇場で意思がくじけた。僕のような弱虫には、やはり睡眠薬による自殺しかない。昨日、全てを一気に飲み干した。
だが、朝起きたら怪物に変わっている。人生とは、おかしなものだ。
ひょっとしたら、これは神様のプレゼントなのかもしれないね。あまりに悲惨な人生を歩んだ僕に、おまけの一日をくれたのかもしれない。
だとしたら、神様もたまにはいいことをするんだな。
パトカーのサイレンの音、さらにはヘリコプターの音も聞こえてきている。本当に騒がしいね。
そんな中、僕はゆっくりと校舎内を歩いていた。既に生徒も教師も全員が逃げ去り、中は無人だ。そのうち、重火器で武装した警官隊……いや、自衛隊が突入してくるだろう。特殊部隊の狙撃手が、既に狙っているかもしれない。いずれにせよ、捕まったら命はないだろう。怪物に裁判を受けさせるほど、日本の司法制度は進んでいないだろうしね。
かといって、戦ったところで勝ち目はない。いくら怪物となった僕でも、軍隊に取り囲まれ銃弾を何百発も喰らえば、間違いなく生きていられない。このままだと、二度目の死は避けられないな。三度目の生は、さすがに期待できないだろうしね。
でも構わない。殺したい人間のほとんどを、この手で殺せた。もはや、思い残すこともない。
僕は向きを変え、屋上へとのんびり歩いて行った。無論、逃げる気なんかないよ。今さら、生き延びる気なんかないしね。
それ以前に、この状況で逃げられるわけがない。こうなったら、いずれ突入してくる警官隊もしくは自衛隊と戦い、ひとりでも多く道連れにしてやるよ。この怪物の力で、国家権力を相手にどこまで戦えるか……それを試してから死にたいな。つまらない人生だったけど、最期くらい必死になって頑張ってみたいからね。
そういえば昔、テレビで観た映画の中で、今まさに死に逝こうとしている主人公と相棒が、こんな会話を交わしていた。
「なあ、生まれ変わったら何になりたい?」
「俺は生まれ変わったら、女ものの自転車のサドルになりたいぜ」
このやり取りを見て、僕は笑ってしまったのだ。思えば、笑った記憶に乏しい人生だったな。どうせなら、こんな風に笑って死んでいきたいね。
でも僕は、女ものの自転車のサドルにはなりたない。かといって、貝にもなりたくないな。
どうせ生まれ変わるなら、テロで使われる爆弾になりたいな。
いや、おかしいなんてものではない。僕の手は、異様な形状に変わっていた。指は異様に長くなり、鉤爪のようなものが付いている。皮膚もまた変化していた。異様に硬くゴツゴツしており、緑色になっている。
これはどうしたことだ、と思わず立ち上がる。周囲を見回すと、昨日着ていた服の切れ端がベッドの近くに散乱していた。
だが、服の切れ端など僕の肉体に起きた変化に比べれば大したことではない。両足もまた、気色悪いものに変わっていた。異様に太く長くなり、肌の色も緑色になっている。指の先からは、鋭い鉤爪だ。
この分だと、顔はどうなっていることか。恐る恐る鏡を見てみた。途端に、呻き声が漏れる。
僕の顔は、完全に怪物のそれへと変化していた。髪の毛は一本もなく、肌は緑色だ。目は小さく顔は長くなり、口の中には短く鋭い牙が生えている。昆虫と爬虫類を足したような姿だ。
あまりのキショさに、我知らず呻き声をあげていた。すると、口からよだれが垂れる。
いや、それはよだれなどという生易しいものではなかった。口から垂れた液体は、床に着いた途端にジュッと音を立てる。見ると、床が溶けている。どうやら、僕の唾液は酸のようなものらしい。
朝起きたら、自分がモンスターに変わっていた。普通の人間は、こんな時にどう反応するだろう? 想像ではあるが、たぶん半狂乱になって泣き叫んだりするのではないか。
だが、僕は違っていた。
「おい、何やってんだよ! さっさと開けろ!」
ドンドンと扉を叩く音がした。弟の孝次郎だ。恐らく、父か母に言われて起こしに来たのだろう。
「ちょ、ちょっと待って」
なんとか答えたが、変な声だった。コントに登場する宇宙人みたいな声である。
その声は、孝次郎をさらに怒らせたらしい。ドスンドスンという音が響く。いつものように、ドアに蹴りを入れているのだろう。
「おいゴラ! さっさと開けねえと、てめえのタマ潰すぞ! それとも、歯を全部叩き折ってやろうか!?」
ほとんどの家庭では、兄は弟より偉いものだろう。だが、うちでは弟が兄より偉かった。なにせ孝次郎は、僕より体が大きく力も強い。成績もよく、顔もいい。近所での評判もよく、女の子にもモテる。だが、性格は最悪だった。気に入らないことがあると、平気で僕を殴る。実のところ、毎日のように殴る蹴るの暴力を受けていたのだ。その上、使い走りにもさせられていた。
三歳下の弟から、サンドバッグ代わりに暴力を受け続け顎で使われる兄。僕は、そんな惨めな存在だった。
「開けねえと殺すぞ! コラ!」
孝次郎は、なおもドアを蹴ってくる。そうかい、ドアを開ければいいんだね。
わかった、開けるよ。お前が開けろと言ったんだからな。
「えっ……」
ドアを開けた途端、孝次郎は唖然となり立ちすくんでいた。チビで小太りで不細工な兄が出てくるかと思いきや、出て来たのはモンスターだ。驚きのあまり、反応が出来ないらしい。
まあ、それも当然か。僕は手を伸ばし、孝次郎の頭を掴む。
直後、ぐちゃりという音がした。血液や体液や、さらに脳髄みたいなものがあちこちに飛び散る。驚きだね。人間の頭って、こんな簡単に潰れるものなのかい。
けど、これではあまりにつまらないよ。じっくり苦しめてから殺そうと思ったのに。ううう、残念だ。
仕方ない、次にいくとするか。孝次郎の体を放り投げ、リビングへと向かった。
「う、嘘……」
真っ先に声をあげたのは、妹の小町だ。兄の僕が言うのもなんたが、顔は可愛い。僕には、似ても似つかない。弟と同じく、近所の評判もよく、男の子にモテる。そういえば、弟の孝次郎も僕とは似ても似つかないイケメンだった。二人ともに美男美女であり、クラスの人気者であるという共通点がある。兄である僕を毎日のように殴り蹴り、サンドバッグ代わりにいたぶり続けた……という残酷な性格も共通している。
だが、今さらそんなことはどうでもいい。僕は、口の中の体液を吹きかけた。
凄まじい悲鳴、直後に肉が焦げるような匂いがたちこめる。妹の顔は、もはや原型を留めていない。目や鼻が溶けた顔を両手で覆い、のたうち回っている。うーむ、某SFホラー映画の宇宙生物は、体液で特殊合金をも溶かしていたが……僕の体液は、そこまで強力ではないらしい。
まあいい。仮に命あったとしても、顔は元に戻らないだろう。その顔のまま、ひっそりと生きていくんだね。
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仕方ない。今回も、一撃で終わらせるとしよう。僕は足を振り上げ、母の頭に落とす。ぐしゃっという音ともに、頭蓋骨は砕け脳は潰れた。まるで、ゆで卵でも潰したかのような感触だ。圧倒的なパワーを持つ生物の前では、人体など本当に脆いものだ。こんな体験をしなければ、絶対に理解できないことだろう。少なくとも、生きた人間には不可能だね。
「た、たすけて……」
声が聞こえた。父のものだ。彼だけは、僕に手を出さなかった。
が、助けてもくれなかった。三人が僕を虐待している横で、我関せずといった態度で知らん顔だ。たまに冷ややかな目で僕を見ながら「それでも長男か。情けない奴だ」と吐き捨てるような口調で言ったことを覚えている。
そういえば某アニメの主人公は、長男であることを心の拠り所にしているような描写があった。が、僕にとって長男であることなど、何の意味もなかったね。
とりあえず目障りだったので、蹴飛ばしたら軽々と吹っ飛んで行った。壁に叩きつけられ、ぐちゃりという異様な音を立てる。直後に床に落ち、悲鳴をあげてのたうち回っていた。
よくアニメなどで、殴られて吹っ飛び壁に叩きつけられるシーンがある。そのほとんどが、苦痛に顔をしかめながらも、すぐに起き上がり反撃している。
父も今、同じ目に遭った。だが父は、体をピクピクさせ痙攣している。潰れた虫のようだ。首や腕はおかしな方向に曲がり、口からは血が垂れている。恐らく頚椎が傷つき、さらに体内の骨が折れて内臓に刺さっているのだろう。もう助かるまい。仮に命あったとしても、臓器移植を受けなくてはならないだろう。
これが現実なのだ。この体に変身しなければ、絶対にわからなかったことだろう。
泣きわめく妹とピクピク痙攣する父、さらに死体になってしまった弟と母を尻目に、僕は外に出ていった。実に清々しい気分だ。こんな清々しい気分で朝を迎えたのは、生まれて初めてのことだ。
さて、学校に行くとしよう。
学校に到着した。途中、数人の顔見知りの者と出くわしたが、ギャーギャーうるさいので全員殺した。近所に住んでいながら、僕に対する虐待を見て見ぬふりをし続けた連中た。殺したところで、心は痛まない。それ以前に、心はとうの昔に死んでいたみたいだけどね。自分でも驚くくらい簡単に、殺すことが出来たのだから。
学校では、既に授業が始まっている。僕は考えた。これから行く場所では、ひとりも逃したくない。では、どうしたものか。
仕方ない、窓からの不意打ちでいくか。僕は、三階の教室めがけ飛んだ。
窓を突き破り侵入した僕を見て、クラスの連中は唖然としていた。まあ当然だろう。映画やアニメでしか見たことのないモンスターが、いきなり教室の窓ガラスを突き破り侵入してきたのだ。現実では、そう簡単に反応できないのだ。
そして、僕にとっては望ましい状況である。一気に両手を振るった。口からは、溶解性の体液を吐く。クラスメートたちは、蟻を踏み潰すくらい簡単に死んでいった。
一分も経たぬうちに、教室は死体置場と化していた。かつてクラスメートだった者たちは、全員が死んでいる。顔が潰れたり、溶けたりしているため、誰が誰やらわからない。
まあ、今さら知る必要もない。それにしても、みんなブサイクだ。このクラスでは、『三年A組イケメン&ブサイクコンテスト』なるイベントを毎月開催していた。ブサイク部門にて、三ヶ月連続で一位だったのが僕である。優勝賞品はといえば、ゴミや残飯などをぐちゃぐちゃに混ぜたものだった。それを、クラス全員の前で無理やり食べさせられたのだ。泣いて許しを乞い願ったが、誰もやめてはくれなかった。
しかし今では、全員がブサイクだ。顔が砕けたり潰れたり切れたり溶けたりと、なかなか笑える眺めである。これでは、ブサイクコンテストをしても判定のしようがないだろう。
さて、やらねばならないことは終わった。外からは、パトカーのサイレンが鳴り響いている。さらに、逃げだす生徒たちの立てる音や悲鳴も聞こえてきた。
実に耳障りだ。もう少し、静かな環境で死にたかった。
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それはともかく、昼食代の二百円を貯めて睡眠薬を少しずつ買い、やっと致死量まで溜まった。で、寝る前に一気に飲んだのさ。
他の方法も試してみたけど、飛び降りも首吊りもリストカットも、土壇場で意思がくじけた。僕のような弱虫には、やはり睡眠薬による自殺しかない。昨日、全てを一気に飲み干した。
だが、朝起きたら怪物に変わっている。人生とは、おかしなものだ。
ひょっとしたら、これは神様のプレゼントなのかもしれないね。あまりに悲惨な人生を歩んだ僕に、おまけの一日をくれたのかもしれない。
だとしたら、神様もたまにはいいことをするんだな。
パトカーのサイレンの音、さらにはヘリコプターの音も聞こえてきている。本当に騒がしいね。
そんな中、僕はゆっくりと校舎内を歩いていた。既に生徒も教師も全員が逃げ去り、中は無人だ。そのうち、重火器で武装した警官隊……いや、自衛隊が突入してくるだろう。特殊部隊の狙撃手が、既に狙っているかもしれない。いずれにせよ、捕まったら命はないだろう。怪物に裁判を受けさせるほど、日本の司法制度は進んでいないだろうしね。
かといって、戦ったところで勝ち目はない。いくら怪物となった僕でも、軍隊に取り囲まれ銃弾を何百発も喰らえば、間違いなく生きていられない。このままだと、二度目の死は避けられないな。三度目の生は、さすがに期待できないだろうしね。
でも構わない。殺したい人間のほとんどを、この手で殺せた。もはや、思い残すこともない。
僕は向きを変え、屋上へとのんびり歩いて行った。無論、逃げる気なんかないよ。今さら、生き延びる気なんかないしね。
それ以前に、この状況で逃げられるわけがない。こうなったら、いずれ突入してくる警官隊もしくは自衛隊と戦い、ひとりでも多く道連れにしてやるよ。この怪物の力で、国家権力を相手にどこまで戦えるか……それを試してから死にたいな。つまらない人生だったけど、最期くらい必死になって頑張ってみたいからね。
そういえば昔、テレビで観た映画の中で、今まさに死に逝こうとしている主人公と相棒が、こんな会話を交わしていた。
「なあ、生まれ変わったら何になりたい?」
「俺は生まれ変わったら、女ものの自転車のサドルになりたいぜ」
このやり取りを見て、僕は笑ってしまったのだ。思えば、笑った記憶に乏しい人生だったな。どうせなら、こんな風に笑って死んでいきたいね。
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