堕天使が夢見た未来

板倉恭司

文字の大きさ
上 下
25 / 34

九月十二日 伽耶と譲治、ペドロの話に耳を傾ける

しおりを挟む
 何なの、これ……。

 伽耶は、ただただ唖然とするばかりだった。隣にいる譲治はというと、今にも襲いかかりそうな様子でペドロを睨みつけている。



 今朝、伽耶と譲治はペドロに呼び出された。
 不審に思いながらも向かった場所には、ふたりの男の死体が転がっていた。スーツ姿で、どちらも人相が悪い。生きていた頃は、きっと大勢の人間から恐れられていたのだろう。
 今では、違う意味で見る者を怖がらせる存在になってしまった。全身の関節や骨をバラバラに砕かれた状態で、道路脇に放置されている。まるで、猟奇的趣味を持つゴリラに襲われたかのようだ。こんなものを見れば、たいていの人間は顔をしかめて目を逸らすだろう。
 その横では、ペドロがすました表情でタバコを吸っていた。

「急に呼び出してすまないね。成り行きで、こんなことになってしまった」

「成り行きだぁぁ? どんな成り行きがあったら、こんなことになるのん? 聞かせて欲しいにゃ」

 譲治が、低い声で言い返す。伽耶の方はというと、言葉が出なかった。目の前でタバコを吸っている怪人は、いったい何人殺せば気が済むのだろうか。自分の知っているだけでも、既に四人殺している。
 しかし、ペドロは平静な表情で答える。

「君は忘れっぽいな。昨日も言ったように、これは妨害工作なんだよ。万が一にも、彼女の羽化を邪魔されないようにね」

 そう言って、くすりと笑った。その態度に、譲治の目つきが変わる。

「そうなのん。俺って忘れっぽいのにゃ。そういや、伽耶ちゃんのブラのサイズも忘れちまったのんな。今、お前をブン殴り殺せば思い出すかもしれないのん」

 言った時、彼の手を伽耶が掴む。同時に口を開いた

「で、あたしらを呼び出した理由は何? まさか、この死体を始末しろとでも言う気?」

「いいや、その必要はないよ。この死体を残しておくのも仕事のうちさ。それより、ちょっとこの辺りをドライブしないか」

「つまり、運転手代わりってこと? まあ、いいよ。さっさと行こうか」



 三人の乗った車は、田舎道を走って行く。ペドロはひとりで後部席に座り、伽耶と譲治は前に座っている。
 今の伽耶は、ペドロの異常行動に対し何も言う気になれなかった。言ったところで、無駄であろう。この男は、何を言おうが聞く耳は持たない。その中身は、自分とは大きく異なっている人間なのだ。
 伽耶は知っている。世の中には、ひとつの境界線があるのだ。常人と、そうでない者とを分ける境界線が存在している。
 今、伽耶は完全に「あちら側」の住人だ。暴力と謀略とに満ちた世界。常人から見れば、まさに異世界であろう。その異世界の住人として、これまで生き抜いてきたのだ。良心など、とうの昔に別れを告げたはずだった。
 しかしペドロのような存在は、全くの想定外であった。全てにおいて規格外、まるでマンガにでも登場するような怪物なのだ。伽耶は、ここまでの怪物は見たことがない。
 ひょっとしたら、この世にはもうひとつの境界線があるのかもしれない。人間と、怪物とを分ける境界線。ペドロは、その境界線を渡ってしまったのではないだろうか。人間を辞めて、怪物へと──
 何より奇妙なのは……そんな想定外の怪物であるペドロを、伽耶は受け入れてしまっていることだ。
 常人離れした腕力と卓越した知性とを持ち、目の前でいとも簡単に数人の人間を殺してのけている。正直に言えば、伽耶はこの男が怖い。
 だが、恐れだけでペドロと行動を共にしている訳ではない。父親の居場所を教えてくれるから、というわけでもなかった。

「君らは十八歳だったね」

 不意に、ペドロが話しかけてきた。伽耶は、目を前方に向けたまま答える。

「ああ、そうだよ」

「俺が十八歳の頃は、メキシコでギャングと殺り合っていたよ。実に懐かしいね。思えば、十代の頃は本当にいろいろなことがあった」

 その声には、珍しく感情がこもっている。伽耶はビクリとして、ミラーでペドロの表情をちらりと見てみた。
 だが、ペドロの表情はいつもと変わらない。

「俺が自身の進むべき道を見つけたのは、十歳の時だ。戦争ごっこをしていた時だよ」

 聞いた瞬間、伽耶はプッと吹き出した。幼い頃のペドロが、半ズボンを履いて無邪気に戦争ごっこをしている姿を思い浮かべ、おかしくなったのだ。
 しかし、次の瞬間にその笑顔は凍りついた。

「おかしいかい? まあ、おかしいよね。俺はその場にいた哀れなる知人たちを、実弾を使い射殺したんだよ。子供だった俺にとって、あれは実におかしくも奇妙な光景だった。さっきまで玩具の銃で遊んでいた者たちが、たった一発の鉛弾丸なまりだまにより肉の塊へと変わった訳だからね」

 車内の空気は一変した。この男は、十歳にして人殺しを経験していたのだ。それも、数人の子供たちを殺してしまったらしい……伽耶は何も言えず、ただ話に耳を傾けていることしか出来なかった。
 そんな空気の変化を無視し、ペドロは楽しそうに語り続ける。

「俺は多数の死体が横たわる中、目を凝らし耳をすませた。ひょっとしたら、神と呼ばれる存在が死者を迎えに来るのではないかと思ってね。あるいは、罪を犯した俺を罰するために……だが、何も現れなかった。子供というのは、無知で愚かな存在だよ。しかし、無知で愚かであるがゆえに、感受性も高い。あの出来事から学べたものは大きかった」

 言った後、またしても笑い出した。クックック……という不気味な声が響き渡る。だが、伽耶は笑うことが出来なかった。あまりにも恐ろしい話だ。ペドロという怪物が生み出された要因のひとつが、その出来事なのかもしれない。
 少しの間を置き、ペドロはふたたび語り始める。

「人間は死を知った瞬間に、子供ではいられなくなる。俺は十歳にして、大人の仲間入りをしたわけだ。我ながら、随分と早熟だったらしいね」

 その言葉に応えたのは、伽耶ではなく譲治だった。

「俺の父さんと母さんと兄ちゃんと姉ちゃんも、十歳の時に死んだにゃ。俺の目の前で、ひき肉みたいになって死んでったんよ。頭なんか、スイカみたいに割れてたのんな」

 言葉遣いはいつもと同じだが、口調は真面目なものだ。伽耶は、ちらりと譲治の顔を横目で見る。彼の表情は堅く、何を考えているかは読み取れなかった。
 すると、ペドロも言葉を返した。

「知っているよ。飛行機事故に遭ったそうだね。君のことは、調べさせてもらっている」

「ふん、何でも知っててヤな奴なのんな」

 ようやく、いつもの口調に戻った。ホッとする伽耶だったが、次の瞬間に表情が歪む。

「差し支えなかったら、その時に君が何を感じたか教えてくれないかな?」

 ほぼ同時に、車は急停止した。直後、伽耶は振り向きペドロを睨みつける。

「あんたさあ、聞いていいことと悪いことがあんでしょ。頭いいくせに、わかんないのかなあ」

 低い声で凄んだ時、譲治が肩に手を置いた。

「いいよいいよ、それくらい聞かしちゃるのんな。あん時、俺は神様に祈ったんよ。一生いい子にしますから、家族を助けてください……って、ずっと祈り続けたのにゃ。でも、神様は助けてくれなかったのんな」

 聞いている伽耶は、胸が潰れそうな思いに襲われた。
 今も、はっきり覚えている。家族を事故で失い、児童養護施設『ちびっこの家』に入ってきた譲治は、十歳にして死人のような目をしていた。他の子たちと喋ることも遊ぶこともせず、食事もろくに食べようとしない。今とは、完全に真逆である。
 そんな譲治に、伽耶は何かと話しかけていた。最初は戸惑っていた譲治も、少しずつ心を開いていってくれた。やがて、ふたりは親友となる。
 ふたりが、ようやく笑い合えるようになった時、あの事件が起きた。譲治は伽耶を守るため同級生を殺し、病院に入れられてしまう。
 伽耶は、今も時おり後悔の念に苛まれることがある。自分がクラスでもう少し上手く立ち回っていれば、あれは起きなかったのかもしれない──
 そんな伽耶の思いなど全く無視し、ペドロはとんでもないことを言い出した。

「その事故が、君の肉体と頭脳に何らかの影響をもたらした。結果、君は超人的な腕力を得た。君と俺とは、同類なのかもしれないね」

「同類? アホぬかすにゃ。お前みたいなパーフェクト狂人と同類だったら、俺は今ごろ日本を征服してるのんな」

 譲治は軽口を叩いたが、ペドロは意に介さず語り続ける。

「君も俺も、十歳の時に人間の死を見た。そして、神が我々人間の願いなど聞いていないことも知った。どんな人間でも、いつかは死が訪れる。俺にも君にも、いつかは死が訪れる。聖人君子だろうと凶悪犯だろうと、お構いなしだ。その当たり前の事実を知れば、人は否応なしに大人にならざるを得ない。俺は、その事件をきっかけに大人になり……同時に、自分の進むべき道を知った。譲治くんも、そうではないのかな」

「違う。絶対に違うから」

 口を挟んだのは伽耶だった。ペドロを睨みながら、静かな口調で続ける。

「あんたは、本当に凄いよ。まるで超能力者みたいな力を持ってる。でも、譲治はあんたとは違う。あんたみたいな化け物とは違うから」

 その時、ペドロは溜息を吐いた。

「伽耶さん、君は人間の持つ可能性についてあまりにも無知だ。君は、頭は悪くない。だが、常識というものに毒され過ぎている。世間一般の常識に照らして考えた場合、我々のような犯罪者の末路には何が待っているんだい?」

「えっ?」

 ペドロは、いったい何を言っているのだろう。伽耶は困惑していた。

「いいかい、世間一般の常識では……犯罪者は遅かれ早かれ逮捕され処罰される。少なくとも、そう信じさせられているだろう。逆に、国民を管理する立場の人間としては、そう信じてもらわなくては困るわけだ。でないと、犯罪者のはびこる無法地帯となってしまうからね」

 淡々とした口調で語る。伽耶は、思わず聞き入っていた。

「だがね、我々は違う。我々は常識に従い、逮捕されるわけにはいかないんだ。したがって、世間のつまらぬ常識から逸脱せねばならない」

「逸脱?」

「そう、逸脱だ。考えてもみたまえ……世間というものは、極めて不自由に出来ている。我々は一般市民と違い、自由に生きる権利を得ているわけだ。しかしね、自由というものは厄介な代物だよ。本当の自由とは、何にも寄りかかることが出来ない。つらく、寂しく、険しい生き方だよ」

 ペドロの口調は、極めて静かなものだ。にもかかわらず、その言葉は伽耶の心を侵食していた。譲治も同様である。普段なら茶々を入れるのに、今は黙ったままペドロの言葉に耳を傾けていた。

「いいかい、人間の持つ力は、君らの想像を遥かに超えている。だが、勘違いしないでくれ。俺は超能力や霊能力の話をしているわけじゃない。人間に秘められた力は、テレビなどで観るようなインチキ超能力を遥かに上回るものなんだよ。覚えておきたまえ」


 





しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

FrostBite ~君を覆い隠す、白い雪~

稲尾みい
SF
クローン技術が発展し、人間のクローンが当たり前のように作られるようになった時代。 某国公人のクローンとして作られたフロスティは、クローン教育施設――――「学校」にて、日々鬱屈とした思いを抱えながら生きていた。 しかし、同じ公人のクローンとして作られたエクリュと触れ合うことにより、少しずつ世界と自分の未来への希望を持てるようになっていく。 だが、運命はふたりが共に生きる未来を許すことはなく――――。 ※エブリスタさんでも掲載しています。

【なろう430万pv!】船が沈没して大海原に取り残されたオッサンと女子高生の漂流サバイバル&スローライフ

海凪ととかる
SF
離島に向かうフェリーでたまたま一緒になった一人旅のオッサン、岳人《がくと》と帰省途中の女子高生、美岬《みさき》。 二人は船を降りればそれっきりになるはずだった。しかし、運命はそれを許さなかった。  衝突事故により沈没するフェリー。乗員乗客が救命ボートで船から逃げ出す中、衝突の衝撃で海に転落した美岬と、そんな美岬を助けようと海に飛び込んでいた岳人は救命ボートに気づいてもらえず、サメの徘徊する大海原に取り残されてしまう。  絶体絶命のピンチ! しかし岳人はアウトドア業界ではサバイバルマスターの通り名で有名なサバイバルの専門家だった。  ありあわせの材料で筏を作り、漂流物で筏を補強し、雨水を集め、太陽熱で真水を蒸留し、プランクトンでビタミンを補給し、捕まえた魚を保存食に加工し……なんとか生き延びようと創意工夫する岳人と美岬。  大海原の筏というある意味密室空間で共に過ごし、語り合い、力を合わせて極限状態に立ち向かううちに二人の間に特別な感情が芽生え始め……。 はたして二人は絶体絶命のピンチを生き延びて社会復帰することができるのか?  小説家になろうSF(パニック)部門にて400万pv達成、日間/週間/月間1位、四半期2位、年間/累計3位の実績あり。 カクヨムのSF部門においても高評価いただき80万pv達成、最高週間2位、月間3位の実績あり。  

セルリアン

吉谷新次
SF
 銀河連邦軍の上官と拗れたことをキッカケに銀河連邦から離れて、 賞金稼ぎをすることとなったセルリアン・リップルは、 希少な資源を手に入れることに成功する。  しかし、突如として現れたカッツィ団という 魔界から独立を試みる団体によって襲撃を受け、資源の強奪をされたうえ、 賞金稼ぎの相棒を暗殺されてしまう。  人界の銀河連邦と魔界が一触即発となっている時代。 各星団から独立を試みる団体が増える傾向にあり、 無所属の団体や個人が無法地帯で衝突する事件も多発し始めていた。  リップルは強靭な身体と念力を持ち合わせていたため、 生きたままカッツィ団のゴミと一緒に魔界の惑星に捨てられてしまう。 その惑星で出会ったランスという見習い魔術師の少女に助けられ、 次第に会話が弾み、意気投合する。  だが、またしても、 カッツィ団の襲撃とランスの誘拐を目の当たりにしてしまう。  リップルにとってカッツィ団に対する敵対心が強まり、 賞金稼ぎとしてではなく、一個人として、 カッツィ団の頭首ジャンに会いに行くことを決意する。  カッツィ団のいる惑星に侵入するためには、 ブーチという女性操縦士がいる輸送船が必要となり、 彼女を説得することから始まる。  また、その輸送船は、 魔術師から見つからないように隠す迷彩妖術が必要となるため、 妖精の住む惑星で同行ができる妖精を募集する。  加えて、魔界が人界科学の真似事をしている、ということで、 警備システムを弱体化できるハッキング技術の習得者を探すことになる。  リップルは強引な手段を使ってでも、 ランスの救出とカッツィ団の頭首に会うことを目的に行動を起こす。

星屑ロボット

ながやん
SF
 青年ヴィル・アセンダントの、久しぶりにして最後の里帰り。死んだ父が残した遺産は、古い古いメイドロボットだった!? 再会が呼ぶ数奇な運命が、彼と妹、たった二人の兄妹を波乱へと導く。そして、地球の命運をも揺るがす大事件へと繋がってゆくのだった!?  西暦2131年、地球。  第四次産業革命後のロボットが活躍するようになった近未来。  そんな時代、あなたの大事な人は……ヒトですか?ヒトとは?  ロゴデザイン:村雲唯円さん

夜空に瞬く星に向かって

松由 実行
SF
 地球人が星間航行を手に入れて数百年。地球は否も応も無く、汎銀河戦争に巻き込まれていた。しかしそれは地球政府とその軍隊の話だ。銀河を股にかけて活躍する民間の船乗り達にはそんなことは関係ない。金を払ってくれるなら、非同盟国にだって荷物を運ぶ。しかし時にはヤバイ仕事が転がり込むこともある。  船を失くした地球人パイロット、マサシに怪しげな依頼が舞い込む。「私たちの星を救って欲しい。」  従軍経験も無ければ、ウデに覚えも無い、誰かから頼られるような英雄的行動をした覚えも無い。そもそも今、自分の船さえ無い。あまりに胡散臭い話だったが、報酬額に釣られてついついその話に乗ってしまった・・・ 第一章 危険に見合った報酬 第二章 インターミッション ~ Dancing with Moonlight 第三章 キュメルニア・ローレライ (Cjumelneer Loreley) 第四章 ベイシティ・ブルース (Bay City Blues) 第五章 インターミッション ~ミスラのだいぼうけん 第六章 泥沼のプリンセス ※本作品は「小説家になろう」にも投稿しております。

椿散る時

和之
歴史・時代
長州の女と新撰組隊士の恋に沖田の剣が決着をつける。

記憶喪失になった嫌われ悪女は心を入れ替える事にした 

結城芙由奈@2/28コミカライズ発売
ファンタジー
池で溺れて死にかけた私は意識を取り戻した時、全ての記憶を失っていた。それと同時に自分が周囲の人々から陰で悪女と呼ばれ、嫌われている事を知る。どうせ記憶喪失になったなら今から心を入れ替えて生きていこう。そして私はさらに衝撃の事実を知る事になる―。

ワイルド・ソルジャー

アサシン工房
SF
時は199X年。世界各地で戦争が行われ、終戦を迎えようとしていた。 世界は荒廃し、辺りは無法者で溢れかえっていた。 主人公のマティアス・マッカーサーは、かつては裕福な家庭で育ったが、戦争に巻き込まれて両親と弟を失い、その後傭兵となって生きてきた。 旅の途中、人間離れした強さを持つ大柄な軍人ハンニバル・クルーガーにスカウトされ、マティアスは軍人として活動することになる。 ハンニバルと共に任務をこなしていくうちに、冷徹で利己主義だったマティアスは利害を超えた友情を覚えていく。 世紀末の荒廃したアメリカを舞台にしたバトルファンタジー。 他の小説サイトにも投稿しています。

処理中です...