堕天使が夢見た未来

板倉恭司

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九月八日 伽耶と讓治、ペドロと再会する

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「あんたに聞きたいんだけどさ、昨日のアレはどういう仕掛けなの?」

 尋ねたのは、伽耶である。その隣では、讓治がふてくされた態度で座っていた。
 ふたりは今、ペドロと共に駅前のカラオケボックスにいた。他人に聞かれたくない話をする時など、伽耶はよく利用している。もちろん歌など唄わない。個人的に、ペドロの歌は聴いてみたい気もするが、今はそれどころではないのだ。

 今朝、ふたりはペドロから再び呼び出された。あまりにも急な呼び出しである。
 それが気に食わなかったのか、讓治は会った直後に恐ろしい勢いで彼に詰め寄っていった。が、伽耶に一喝され渋々ながら引きさがる。しかし、今も納得はしていないようだ。



 伽耶の発した問いに、ペドロはいかにも楽しそうな表情で口を開いた。

「昨日のアレ、というと加藤くんのことかい?」

「そうだよ。あのチンピラの身長や体重や性癖、それにかつて犯した罪まで……いったい、どうやって知ったの? 何かトリックでもあったの?」

「トリック、ねえ。トリックと呼べるかどうかは君の解釈に任せるが、あえて言うなら観察力だよ」

「観察力?」

 訝しげな表情を浮かべる。理解不能な話だ。あの加藤が来てから会話までの時間は、五分にも満たなかった。そんな僅かな間に観察しただけで、あの若者が殺人犯であることを見抜いたというのだろうか。
 困惑する伽耶に、ペドロは語り出した。

「熟練の木工職人は、数ミリの誤差を見抜く目を持っている。また、ヒヨコの雄と雌を一目で見抜いたり出来る者もいる。これは、超能力でも何でもない。全ての人間に備わっているはずの能力、それを懸命に磨いてきた結果さ」

「うん、そうらしいね」

 狼狽えながらも頷く。もっとも、話の内容が完全に理解できたとは言いがたかった。この話に、何の意味があるのだろう……と。

「俺も、同じことをやっているだけさ。俺の脳内には、様々なタイプの人間のデータがある。見た目や仕草などのデータがね。そのデータと、目の前にいる者とを照らし合わせる。そうすれば、どんな人間なのかは統計学によって割り出せるってわけさ。もっとも、観察力と記憶力は必要だけどね。まあ、俺の場合はちょっと特殊かもしれないが」

 言った後、ペドロは笑った。クックック……という不気味な笑い声が聞こえてくる。
 伽耶の方は、得体の知れない感覚に襲われていた。畏敬の念、とでもいえばいいのだろうか。目の前にいる男の持てる能力は、自分たちとはまるで違う。
 彼女が裏の世界に足を踏み入れてから、まだ二年ほどしか経っていない。その短い間に、多くの人間を見てきた。中には、人間をやめてしまったような者もいる。裏の世界には、右手で赤ん坊を抱きながら左手に持った棍棒で人の頭を叩き割れるような者がいたのだ。
 そういった連中と比べても、ペドロの存在は異彩を放っている。
 太古の時代の英雄の中には、今の常識から見れば信じられないような逸話や武勇伝を持つ者がいた……と伝えられている。無論、そのほとんどがデタラメだろう。しかしペドロなら、どんな逸話を聞かされたとしても信じられる。彼には、それだけの何かがあった。

「ところで、昨日の話の続きだが……君たちは、三日月村事件の概要は知っているね?」

 唐突に話題が変わった。その顔は、能面のように表情のないものへと変わっている。伽耶は不気味なものを感じながらも頷いた。

「うん、一応はね。ニュース番組かなんかで報道されたのを見たくらいだけどさ」

「君たちなら理解しているだろうが、あれは実にひどい。恐らくは、政府の担当部署としても急な異常事態に対処しきれず、あのようなお粗末すぎる話をでっち上げることになったのだろう」

「まあ、そうだろうね」

 その意見には、伽耶も同意せざるを得ない。
 ペドロのいう通り、あの事件のストーリーはあまりにもお粗末だ。まるで、三流ホラー映画のようである。市松勇次という二十歳の若者が、単独で数日の間に百人近い村民を惨殺した……そんなことは、あり得ない話だ。
 それだけの凶行をやってのけたにもかかわらず、市松は実にあっさりと逮捕されたというのだ。戦うことも、逃げることもしなかった。

「あの事件だが、真犯人は別にいるんだよ。市松勇次は、あの事件における唯一の生存者だった。ところが、マスコミの目を躱すための生け贄にされてしまった訳さ。で、その真犯人だが……君らは、何者だと思う?」

 いきなり尋ねられ、伽耶は首を捻る。

「さあ、なんだろうね。やっぱり、政府のお偉方が絡んでいるのかな」

 思いついたことを答えた。すると、ペドロは笑みを浮かべて首を振る。

「いや、生憎とそうじゃないんだ。あの村の人間を殺したのは……未知の生命体なんだよ」

「ちょいと、あんた何を言ってっだよ? 俺をナメてんの? バカにしてんの? あんまりふざけたこと言ってると、後ろから自転車で轢いてやるのんな」

 横から、すっとんきょうな声を出したのは讓治だ。今まで、よく黙っていられたものである。
 もっとも、伽耶とて彼の意見の「ふざけたこと」という部分には同意せざるを得ない。さすがに、ペドロの今の発言は無茶苦茶だ。未知の生命体が、村の住民を皆殺しにしたというのか……それこそ、まさしく三流ホラー映画ではないか。
 すると、ペドロは讓治の方を向いた。彼の目線は、まるで氷のように冷たい。同時に、その体から異様な何かが放たれる。伽耶は瞬時に察し、思わず顔を引きつらせた。
 しかし、讓治は真逆の反応をする。無言のプレッシャーを感じ、ニヤリと笑った。

「なになに? 遊んでくれるってか? 上等なのんな。今すぐ外にきんしゃい──」

「待ちなさい」

 言うと同時に、伽耶が彼の手を掴んだ。讓治は不満そうな表情をしたが、彼女は怯まず睨みつける。
 無言のやり取りがあったが、折れたのは讓治だった。叱られた子供のような顔つきで目を逸らし下を向く。一方、伽耶はペドロの方を向いた。

「話を続けて」

「俺は嘘は言っていない。また、でたらめな作り話に踊らされているわけでもない。まずは、俺が現時点で知り得た情報を教えてあげよう。現在、旧三日月村の跡地には、おかしな施設が建てられている。先日、俺はそこに潜入した」

「う、うん」

「その建物は、秘密の実験所だったんだよ」

「実験所?」

 唖然とした表情で、伽耶は聞き返した。もう、何が何だか分からない。いつの間にか、自分は悪夢の中に迷いこんでしまったのか……そんな気さえしていた。

「そう、研究所であり実験所でもある施設だよ。中には、三名の被験者……いや、被験体がいた形跡があった。うち二名は、実験に失敗したらしく原型を留めぬ状態であったが、三番目の被験体は元気に生きていたらしい。もっとも、俺がそこに辿り着いた時には、姿を消していた。後に残っていたのは、白衣を着た数人の男の死体だけだったよ」

 ペドロは、いったん言葉を止めた。無言で伽耶と讓治の顔を見る。自分の話を理解したのか、確かめるかのようだった。
 当然ながら、伽耶の頭は混乱していた。研究所だの被験体だの、まるでSF映画のような言葉が立て続けに出ているのだ。正直、理解不能である。
 だが、余計な口は挟まなかった。ペドロの顔からは、感情らしきものが窺えない。何を考えているのかは不明だが、ひとつだけはっきりしていることがある。この怪物じみた男は、つまらない嘘を吐く人間ではない。
 ややあって、ペドロは再び語り始めた。

「俺は、その逃げ出した被験体を追った。だがね、途中で見失った。あれは、人間には有りえない予測不能の動きをする。おまけに、俺が追いかけていることを察知したらしい。煙のように消えてしまった。敵ながら、見事だよ」

「その女を捕まえるのが、俺らに頼みたい仕事なんかい。やーらしいねえ」

 讓治が口を挟むと、ペドロは首を振った。

「初めは、その予定だったんだ。ところが昨日、急な連絡が来てね。しばらく様子見とのことだよ」

「は? どういうことなのん?」

 訝しげな表情の讓治に、ペドロはニヤリと笑ってみせた。

「言葉の通りさ。しばらくは様子見だよ。それが、依頼主の意向らしいんだ。なので、その間に俺は君らとの親交を深めていこう……と、そう思うわけだよ」

「シンコー? 何なのんそれ? 野球盤でもして遊ぼうってか?」

 気の抜けたような声を出す讓治だったが、伽耶も同じ気持ちである。こんな怪物のような男と、どのように親交を深めればいいというのだろう。
 すると、ペドロは微笑んだ。

「フフフ、君は俺を嫌っているようだね。ところが、俺は君のことを気に入っている。あの三人の死体を発見した時の君らの態度は、実に見事なものであった──」

「ちょっと待ってよ。それ、どういうこと?」

 伽耶は思わず眉をひそめる。なぜ、それを知っている?
 その時、讓治が答えを出した。

「簡単だにゃ。あん時、このオッサンも隠れてたのんな。俺たちのことを覗いてたんよ。ったく、やることがいちいちいやらしいよな。エロスだね、こりゃあ」

「本当に?」

 伽耶が聞き返すと、ペドロは頷いた。

「その通り。さすがだね。あの時、俺もすぐ近くにいたんだよ。君らの対処の仕方は見事だった。死体を見たからといって取り乱すことなく、冷静に死因を分析していたね。しかも、指紋などの自身の痕跡を一切残すことがなかった。さらに、讓治くんは俺の存在に気づいていた。大したものだよ」

 そう言って、ペドロは笑みを浮かべる。爽やかさなどは欠片もない笑顔だ。見ているだけで、背筋が凍りつきそうになる。

「じゃあ……あれは、あんたがやったの?」

 伽耶が尋ねると、ペドロは首を振った。

「違う違う。あの三人を殺ったのは、恐らく被験体の少女だ。名前すら与えられず、三番と呼ばれていたようだがね」







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