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九月三日 伽耶と讓治、厄介なものを見る
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その時、伽耶と譲治は車を走らせていた。
昼過ぎの山道は、平和そのものに見える。そんな風景がずっと続くのかと思いきや、道路脇に奇妙なものを発見した。車が停まっているのだが、誰も乗っていないように見える。しかも、ドアのひとつは開けっ放しだ。
伽耶は、車を脇に停車させる。同時に、譲治がパッと降りていった。
停められている車に、ふたりして近付いてみた。やはり誰も乗っていない。その上、鍵は付けっぱなしだ。盗んでくれと言わんばかりである。
「これ、どういうこと」
呟いた伽耶に、譲治がすぐに答えた。
「これはにぃ、ひっじょーにとぼしいことになってる気がするのんな」
言いながら、譲治は辺りを見回した。と、何かを発見したのか茂みの中に入っていく。伽耶も、そっと後に続いた。妙に静かだ。この車に乗っていた者は、どこに行ってしまったのだろうか。
ふたりは、さらに歩いていく。二十メートルほど森の中を歩いた時だった。
「見つけたのん。にしても、あれはひどいね」
譲治が呟いた。彼にしては珍しく真剣な表情だったが、それも当然だった。ふたりの前には、車の持ち主と思われる者たちがいたのだ。
「何これ……」
唖然とした表情で、伽耶が呟く。
そこには、三人の若者が倒れている。Tシャツにデニムパンツというラフな服装である。まるで、気軽にふらっと遊びに来たような雰囲気だ。
確認はしていないが、三人とも死んでいるのは間違いない。なぜなら、全員の首や腕が有り得ない方向にねじ曲げられているからだ。さらに首や腕の折れた骨が露出している。パックリ開いた傷口からは、おびただしい量の血液が流れ出している。これで生きていられるのは、ゾンビくらいのものだろう。人間離れした腕力を持つ何者かが、幼児の人形遊びと同じ調子で三人の人間を壊してしまったように見える。
さらに、三人とも苦悶の表情を浮かべている。その目には、死んでからも未だ消えぬ恐怖があった。
「早く車に戻ろう。このままだと、面倒なことになるよ」
衝撃のあまり固まっていたのは、ほんの数秒だった。我に返った伽耶は、すぐに譲治の腕を引いた。だが、讓治は動かない。鋭い目で、周囲を見回している。何をしているのだろうか。
「ほら、早く!」
伽耶は、讓治の手を強く引いた。半ば強引に彼の手を引き、車に戻る。と同時に、すぐ発進させた。あっという間に、その場から離れていく。
しばらくの間、車内を沈黙が支配していた。が、それを破ったのは伽耶だった。
「ねえ、あれってさ、ペドロとかいう奴の仕業? ペドロは、あんなことするような化け物なの?」
声は、微かに震えていた。あの死体を見たショックは、未だ消えていない。
彼女とて、若くして裏の世界に足を踏み入れた仕事人だ。これまで死体を見た回数は、両手の指より多い。
しかし、あそこまでの異様な死体を見たのは初めてだ。
「うーん、どうだろうにゃ。ま、あれくらいは簡単にやれんだろうけどね。ても、今のはあいつらしくないのんな」
譲治の方は冷静だった。しかし、その言葉は歯切れが悪く、奥歯に何か挟まったようなものだ。讓治の方こそ、らしくもない態度である。
伽耶の眉間に皺が寄った。
「あんたさあ、そのペドロとかいう奴の話になると、妙に舌が回らなくなるじゃん。どゆこと?」
聞いてみたが、譲治は答えようとしない。黙ったまま、じっと前を向いている。
溜息を吐き、車を停めた。すると、譲治はこちらを向く。伽耶も、彼の方に顔を向ける。
「ねえ、この際だからはっきりさせたいんだよ。そのペドロとかいう奴とあんたと、何があったの?」
尋ねるが、譲治は無言のままだ。伽耶は、じろりと睨みつける。
その時になって気づいた。譲治は自分ではなく、その向こう側のものを見ている。
伽耶は振り返った。途端に、顔を歪める。
そこには、コンビエンスストアがあった。店の前にはバス停があり、柄の悪い男女がたむろしている。地元の若者たちだろうか、どう見ても、法を遵守する品行方正なタイプには見えない。
むしろ、その逆の人種に見える。他人に迷惑をかけることを、勲章として捉えているタイプのようだ。
そんな彼らは、ひとりの少年を取り囲んでいる。カップラーメンを食べさせているようだ。
いや、食べさせているというよりは……無理やり少年の口を開けさせ、流し込んでいるように見える。今も、口からは麺が溢れていた。遠目の為にはっきりとはわからないが、泣いているようにも見える。
「俺さあ、ああゆうの見てると、頭の中で虎と馬がレゲエダンス始めちゃうのよね。ちょっと行って来るのん」
言うなり、譲治は外に飛び出した。若者たちの方に、すたすた近づいていく。
伽耶も、車を降りた。譲治は、下手したら相手を皆殺しにしかねない。それだけは止める。
「君たち、食べ物を粗末にすんのは良くないのんな」
いきなり声をかけた譲治に、若者たちは敵意に満ちた視線を投げかける。彼らにすれば、身長百五十センチ強の譲治は片手で捻り潰せる雑魚キャラにしか見えていないのだろう。
「はあ? 何お前、死にたいの?」
ひとりが叫ぶ。同時に、他の若者たちがゲラゲラ笑い出した。
だが讓治は、すました顔で言葉を返す。
「いんや、まだ死にたくはないのんな。でもさ、食い物を粗末にすんのはやめようよ。最近はさ、自然を大切にしようとか、無駄遣いをなくそうとか、そういう運動やってんじゃん。なんつったっけ、エロジジイだっけ?」
後ろで聞いている伽耶は、思わず頭を抱えた。それはエコロジーだし昔からやってる、とツッコミたかったが、あえて口は出さなかった。
しかし、相手の反応は違っていた。
「何お前、ナメてんの!? だったら、お前にも食わしてやるよ! 来いやオラァ!」
若者のうち、ひときわ喧嘩の強そうな男が吠えた。どうやら、この男がリーダー格らしい。怒りを露に、敦志に詰め寄っていく。周りの者たちは、ヘラヘラ笑いながら見ていた。いきなり乱入し、ふざけたことをぬかす譲治が、自分たちの仲間にぶちのめされる……そんな場面が見られると思っていたのだろう。
しかし、その予想は外れた。若者が手を伸ばして来た瞬間、譲治は彼の腕を掴む。さらに、もう片方の手を相手の足へと伸ばした。
直後、若者を掴み軽々と持ち上げたのだ。小柄な譲治が、自分より一回り以上は大きな青年を頭上高くあげている……周りの者たちも、持ち上げられた若者も何が起きているのかわからないようだった。
譲治の方は、冷めきった表情で若者をポイッと放り投げる。ゴミ袋でも放るかのように、無造作に投げてしまったのである。
若者は地面に叩き付けられ、呻き声をあげる。譲治は、そこで口を開いた。
「君ら、早く消えて欲しいのんな。でないと、俺の頭の中にいるシナリオライターが、とんでもないバトルシーンを書き始めちゃいそうなのん」
言葉の意味はわからなかっただろう。だが、わかる必要もない。目の前で見た超人的な行動だけで充分だ。若者たちは、血相を変えて立ち去っていった。助けられたはずの少年も、一緒に逃げていった。
横で見ている伽耶は、ふたりが小学生だった時のことを思い出していた。
・・・
「いや! やめてよう!」
叫ぶ伽耶。恐怖のあまり顔は歪み、目からは涙が流れている。必死で逃げようとするが、左右の腕を、両脇からがっちりと捕まえられている。
「あんたさあ、いい加減にしてくれないかなあ。そのイイ子ちゃんな態度、すっげームカつくんだよ」
冷酷な態度で言ったのは、上原香澄という女の子だ。伽耶と同じクラスであり、女子たちよリーダー的存在でもあった、
この上原と伽耶は、日頃から仲が悪かった。クラスで、弱い者をいじる……いや、イジメている上原に、伽耶はことごとく逆らい続ける。
結果、伽耶は上原の取り巻きの女子らと共に、女子トイレに連れ込まれたのだ。
「とにかく、あんたとは仲良くしたいんだよね。だから、これご馳走するよ」
言いながら、上原が手にしたのはビニールの容器に入った蕎麦だった。コンビニなどで売られているものだ。
見た瞬間、伽耶は泣きながら首を左右に振った。
「お願い、それだけはやめて」
震える声で懇願するが、相手に聞く気はなかった。
「何言ってんの。せっかく買ってきたんだからさ、食べて食べて」
澄ました表情で、上原は近づいてくる。蕎麦を素手で掴み、伽耶の口元に近づけて来た。
伽耶は口を閉じ、必死で逃げようとした。彼女は蕎麦アレルギーなのだ。蕎麦を食べるのはもちろん、肌に触れるだけでもアレルギー反応が起きる可能性があった。
上原は、そのことを知った上で伽耶に蕎麦を食べさせようとしているのだ──
「ちょっと、せっかく買ったんだから食べてよ」
そんなことを言いながら、上原は蕎麦を顔に押し付けてくる。伽耶の腕を掴んでいるのは、柔道や剣道をやっている力自慢の女子だ。どんなにもがいても、離れられそうにない。向こうにやめてくれる気配はなく、周囲の者に止める気配もない。
伽耶は、懸命に顔を逸らせようとする。だが、口や鼻の穴に容赦なく蕎麦が押し込まれていく。今や呼吸すらままならない状態だ。
一瞬遅れて、喉に痒みを感じた。アレルギーの兆候だ。このままでは、気道が塞がり本当に死んでしまうかもしれない──
その時だった。突然、上原の腕を掴んだ者がいる。
「お前……殺してやる」
低い声で凄んだのは、譲治だった。その目には、異様な光が宿っている。
誰もが唖然となる中、譲治は上原の腕を両手で掴む。
直後、鈍い音がトイレの中に響く。上原の腕は、操り人形のようにブランと垂れ下がっていた。
一瞬遅れて、腕から血が吹き出す。続いて、上原の狂ったような悲鳴。彼女の右腕は折れていたのだ。しかも、傷口から骨が見えている──
同級生の腕を、一瞬でへし折る……小学生には、不可能なはずの行動であった。上原の取り巻きたちは、恐怖のあまり我先にと逃げ出す。残っているのは、譲治と伽耶と上原だけだ。
譲治は蕎麦を拾い上げ、窓から外に投げ捨てた。
次の瞬間、上原を睨みつける。その顔には、異様な表情が浮かんでいた──
・・・
あの日、譲治は上原を殺した。ふたりの人生は、それを期に一変してしまった。
もし、あの事件がなかったら……譲治の人間離れした腕力は、表の世界で花開いていたのかもしれない。オリンピック選手になり、金メダリストとして世間から賞賛されていた……その可能性は高い。
しかし、今の譲治は裏の世界の住人である。もう、戻ることは出来ないのだ。
昼過ぎの山道は、平和そのものに見える。そんな風景がずっと続くのかと思いきや、道路脇に奇妙なものを発見した。車が停まっているのだが、誰も乗っていないように見える。しかも、ドアのひとつは開けっ放しだ。
伽耶は、車を脇に停車させる。同時に、譲治がパッと降りていった。
停められている車に、ふたりして近付いてみた。やはり誰も乗っていない。その上、鍵は付けっぱなしだ。盗んでくれと言わんばかりである。
「これ、どういうこと」
呟いた伽耶に、譲治がすぐに答えた。
「これはにぃ、ひっじょーにとぼしいことになってる気がするのんな」
言いながら、譲治は辺りを見回した。と、何かを発見したのか茂みの中に入っていく。伽耶も、そっと後に続いた。妙に静かだ。この車に乗っていた者は、どこに行ってしまったのだろうか。
ふたりは、さらに歩いていく。二十メートルほど森の中を歩いた時だった。
「見つけたのん。にしても、あれはひどいね」
譲治が呟いた。彼にしては珍しく真剣な表情だったが、それも当然だった。ふたりの前には、車の持ち主と思われる者たちがいたのだ。
「何これ……」
唖然とした表情で、伽耶が呟く。
そこには、三人の若者が倒れている。Tシャツにデニムパンツというラフな服装である。まるで、気軽にふらっと遊びに来たような雰囲気だ。
確認はしていないが、三人とも死んでいるのは間違いない。なぜなら、全員の首や腕が有り得ない方向にねじ曲げられているからだ。さらに首や腕の折れた骨が露出している。パックリ開いた傷口からは、おびただしい量の血液が流れ出している。これで生きていられるのは、ゾンビくらいのものだろう。人間離れした腕力を持つ何者かが、幼児の人形遊びと同じ調子で三人の人間を壊してしまったように見える。
さらに、三人とも苦悶の表情を浮かべている。その目には、死んでからも未だ消えぬ恐怖があった。
「早く車に戻ろう。このままだと、面倒なことになるよ」
衝撃のあまり固まっていたのは、ほんの数秒だった。我に返った伽耶は、すぐに譲治の腕を引いた。だが、讓治は動かない。鋭い目で、周囲を見回している。何をしているのだろうか。
「ほら、早く!」
伽耶は、讓治の手を強く引いた。半ば強引に彼の手を引き、車に戻る。と同時に、すぐ発進させた。あっという間に、その場から離れていく。
しばらくの間、車内を沈黙が支配していた。が、それを破ったのは伽耶だった。
「ねえ、あれってさ、ペドロとかいう奴の仕業? ペドロは、あんなことするような化け物なの?」
声は、微かに震えていた。あの死体を見たショックは、未だ消えていない。
彼女とて、若くして裏の世界に足を踏み入れた仕事人だ。これまで死体を見た回数は、両手の指より多い。
しかし、あそこまでの異様な死体を見たのは初めてだ。
「うーん、どうだろうにゃ。ま、あれくらいは簡単にやれんだろうけどね。ても、今のはあいつらしくないのんな」
譲治の方は冷静だった。しかし、その言葉は歯切れが悪く、奥歯に何か挟まったようなものだ。讓治の方こそ、らしくもない態度である。
伽耶の眉間に皺が寄った。
「あんたさあ、そのペドロとかいう奴の話になると、妙に舌が回らなくなるじゃん。どゆこと?」
聞いてみたが、譲治は答えようとしない。黙ったまま、じっと前を向いている。
溜息を吐き、車を停めた。すると、譲治はこちらを向く。伽耶も、彼の方に顔を向ける。
「ねえ、この際だからはっきりさせたいんだよ。そのペドロとかいう奴とあんたと、何があったの?」
尋ねるが、譲治は無言のままだ。伽耶は、じろりと睨みつける。
その時になって気づいた。譲治は自分ではなく、その向こう側のものを見ている。
伽耶は振り返った。途端に、顔を歪める。
そこには、コンビエンスストアがあった。店の前にはバス停があり、柄の悪い男女がたむろしている。地元の若者たちだろうか、どう見ても、法を遵守する品行方正なタイプには見えない。
むしろ、その逆の人種に見える。他人に迷惑をかけることを、勲章として捉えているタイプのようだ。
そんな彼らは、ひとりの少年を取り囲んでいる。カップラーメンを食べさせているようだ。
いや、食べさせているというよりは……無理やり少年の口を開けさせ、流し込んでいるように見える。今も、口からは麺が溢れていた。遠目の為にはっきりとはわからないが、泣いているようにも見える。
「俺さあ、ああゆうの見てると、頭の中で虎と馬がレゲエダンス始めちゃうのよね。ちょっと行って来るのん」
言うなり、譲治は外に飛び出した。若者たちの方に、すたすた近づいていく。
伽耶も、車を降りた。譲治は、下手したら相手を皆殺しにしかねない。それだけは止める。
「君たち、食べ物を粗末にすんのは良くないのんな」
いきなり声をかけた譲治に、若者たちは敵意に満ちた視線を投げかける。彼らにすれば、身長百五十センチ強の譲治は片手で捻り潰せる雑魚キャラにしか見えていないのだろう。
「はあ? 何お前、死にたいの?」
ひとりが叫ぶ。同時に、他の若者たちがゲラゲラ笑い出した。
だが讓治は、すました顔で言葉を返す。
「いんや、まだ死にたくはないのんな。でもさ、食い物を粗末にすんのはやめようよ。最近はさ、自然を大切にしようとか、無駄遣いをなくそうとか、そういう運動やってんじゃん。なんつったっけ、エロジジイだっけ?」
後ろで聞いている伽耶は、思わず頭を抱えた。それはエコロジーだし昔からやってる、とツッコミたかったが、あえて口は出さなかった。
しかし、相手の反応は違っていた。
「何お前、ナメてんの!? だったら、お前にも食わしてやるよ! 来いやオラァ!」
若者のうち、ひときわ喧嘩の強そうな男が吠えた。どうやら、この男がリーダー格らしい。怒りを露に、敦志に詰め寄っていく。周りの者たちは、ヘラヘラ笑いながら見ていた。いきなり乱入し、ふざけたことをぬかす譲治が、自分たちの仲間にぶちのめされる……そんな場面が見られると思っていたのだろう。
しかし、その予想は外れた。若者が手を伸ばして来た瞬間、譲治は彼の腕を掴む。さらに、もう片方の手を相手の足へと伸ばした。
直後、若者を掴み軽々と持ち上げたのだ。小柄な譲治が、自分より一回り以上は大きな青年を頭上高くあげている……周りの者たちも、持ち上げられた若者も何が起きているのかわからないようだった。
譲治の方は、冷めきった表情で若者をポイッと放り投げる。ゴミ袋でも放るかのように、無造作に投げてしまったのである。
若者は地面に叩き付けられ、呻き声をあげる。譲治は、そこで口を開いた。
「君ら、早く消えて欲しいのんな。でないと、俺の頭の中にいるシナリオライターが、とんでもないバトルシーンを書き始めちゃいそうなのん」
言葉の意味はわからなかっただろう。だが、わかる必要もない。目の前で見た超人的な行動だけで充分だ。若者たちは、血相を変えて立ち去っていった。助けられたはずの少年も、一緒に逃げていった。
横で見ている伽耶は、ふたりが小学生だった時のことを思い出していた。
・・・
「いや! やめてよう!」
叫ぶ伽耶。恐怖のあまり顔は歪み、目からは涙が流れている。必死で逃げようとするが、左右の腕を、両脇からがっちりと捕まえられている。
「あんたさあ、いい加減にしてくれないかなあ。そのイイ子ちゃんな態度、すっげームカつくんだよ」
冷酷な態度で言ったのは、上原香澄という女の子だ。伽耶と同じクラスであり、女子たちよリーダー的存在でもあった、
この上原と伽耶は、日頃から仲が悪かった。クラスで、弱い者をいじる……いや、イジメている上原に、伽耶はことごとく逆らい続ける。
結果、伽耶は上原の取り巻きの女子らと共に、女子トイレに連れ込まれたのだ。
「とにかく、あんたとは仲良くしたいんだよね。だから、これご馳走するよ」
言いながら、上原が手にしたのはビニールの容器に入った蕎麦だった。コンビニなどで売られているものだ。
見た瞬間、伽耶は泣きながら首を左右に振った。
「お願い、それだけはやめて」
震える声で懇願するが、相手に聞く気はなかった。
「何言ってんの。せっかく買ってきたんだからさ、食べて食べて」
澄ました表情で、上原は近づいてくる。蕎麦を素手で掴み、伽耶の口元に近づけて来た。
伽耶は口を閉じ、必死で逃げようとした。彼女は蕎麦アレルギーなのだ。蕎麦を食べるのはもちろん、肌に触れるだけでもアレルギー反応が起きる可能性があった。
上原は、そのことを知った上で伽耶に蕎麦を食べさせようとしているのだ──
「ちょっと、せっかく買ったんだから食べてよ」
そんなことを言いながら、上原は蕎麦を顔に押し付けてくる。伽耶の腕を掴んでいるのは、柔道や剣道をやっている力自慢の女子だ。どんなにもがいても、離れられそうにない。向こうにやめてくれる気配はなく、周囲の者に止める気配もない。
伽耶は、懸命に顔を逸らせようとする。だが、口や鼻の穴に容赦なく蕎麦が押し込まれていく。今や呼吸すらままならない状態だ。
一瞬遅れて、喉に痒みを感じた。アレルギーの兆候だ。このままでは、気道が塞がり本当に死んでしまうかもしれない──
その時だった。突然、上原の腕を掴んだ者がいる。
「お前……殺してやる」
低い声で凄んだのは、譲治だった。その目には、異様な光が宿っている。
誰もが唖然となる中、譲治は上原の腕を両手で掴む。
直後、鈍い音がトイレの中に響く。上原の腕は、操り人形のようにブランと垂れ下がっていた。
一瞬遅れて、腕から血が吹き出す。続いて、上原の狂ったような悲鳴。彼女の右腕は折れていたのだ。しかも、傷口から骨が見えている──
同級生の腕を、一瞬でへし折る……小学生には、不可能なはずの行動であった。上原の取り巻きたちは、恐怖のあまり我先にと逃げ出す。残っているのは、譲治と伽耶と上原だけだ。
譲治は蕎麦を拾い上げ、窓から外に投げ捨てた。
次の瞬間、上原を睨みつける。その顔には、異様な表情が浮かんでいた──
・・・
あの日、譲治は上原を殺した。ふたりの人生は、それを期に一変してしまった。
もし、あの事件がなかったら……譲治の人間離れした腕力は、表の世界で花開いていたのかもしれない。オリンピック選手になり、金メダリストとして世間から賞賛されていた……その可能性は高い。
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