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九月一日 伽耶と讓治、仕事する
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「お嬢ちゃん、あんた何なの? 俺たちをナメてんの?」
花沢は、低い声で凄んだ。
この男は、二十歳になったばかりの青年だ。身長は百七十センチほどで、白いパーカーを着ている。髪は金色に染まっており、痩せた体つきだ。目つきは鋭く、公序良俗を重んじる若者でないのは一目でわかる。
「いや、ナメてなんかいないよ。だいたい、あんたらの面マズそうだし。秘伝のデミグラスソースかかっててもナメたくないね」
すました顔で言い返したのは、花沢の前に立っている若い女だ。身長は百六十センチあるかないか、日本人女性としては平均的な背丈だろう。黒いTシャツを着ており、袖から伸びた腕は細いが筋肉質だ。体つきもほっそりしているが、巷に有りがちなダイエットのやり過ぎで痩せこけた女の体とは違う。鍛え上げた結果、研ぎ澄まされ細くなっていった体型だ。
髪は金色に染まっており、綺麗な顔立ちをしている。しかし、ただ綺麗なだけではない。アイドルやモデルのような人種の美貌とは、根本的に違うものがあった。例えるなら、人間の手で造られた造花のバラと、草原に咲くトゲだらけの野バラの違いだろうか。
さほど広くない事務所の応接間には、あとふたりの男がいる。いずれも、堅気ではない雰囲気を漂わせている男だ。どちらも訝しげな顔つきで、闖入してきた女を眺めていた。
「お嬢ちゃん、名前なんつうの?」
口を開いたのは佐野だ。彼は、この事務所における責任者のような立場である。現在の年齢は二十五歳、ブランドもののスーツ姿で椅子に座り、机に両肘を着いた姿勢で女を見上げている。
「山村伽耶だけど、何か?」
怯むそぶりもなく答えた女に、佐野は口元を歪める。同時に、横に立っている男が口を開いた。
「あのなあ、俺たちヤクザなんだよ。ナメられちゃ、商売にならねえんだ。お嬢ちゃん、あんたは顔もいいし体もなかなかだ。おまけに若い」
言ったのは竜造寺だ。百八十五センチの長身で、山村伽耶と名乗った女を見下ろしている。こちらはタンクトップ姿で、タトゥーの入った逞しい二の腕が剥き出しになっている。
見たままの武闘派であり、お世辞にも知的とは言い難い龍造寺だが、彼の言うことは間違っていない。ここにいるのは、広域指定暴力団『銀星会』の二次団体『共同興業』の構成員である。真幌市内にあるマンション七階の一室を、事務所として使っているのだ。
この山村伽耶なる女、その広域指定暴力団に繋がる事務所にいきなり押しかけ、こんなことを言ってきたのだ。
「ねえ、ここにあたしの知り合いが拉致監禁されてるって聞いたんだけど?」
彼らは、思わず顔を見合わせた。まだ昼の三時である。酔っ払うには早い時間だ。ドラッグをやっているようにも見えない。となると、この女は正気ではないのかもしれない。
そんな命知らずの女に向かい、竜造寺はなおも語り続ける。
「中東あたりの金持ちにはな、お嬢ちゃんみたいな娘を高く買ってくれるんだよ。あいつらはな、ノーマルなセックスなんか、とうの昔に飽きてんだよ。あいつらに買われたら、とんでもねえことになるぜ」
「とんでもねえことって、どんなこと?」
冷めた口調で、伽耶は聞き返す。竜造寺の目が、すっと細くなった。
「たとえば、この綺麗な顔を……」
そこで、竜造寺の言葉は止まった。伽耶は、彼ことを無視し腕時計に目線を移している。
「おい、聞いてんのか?」
凄む竜造寺に、伽耶は顔を上げ答える。
「あと五秒だね。五、四、三、二、一……譲治、出番だよ」
直後、奥のドアが開いたのだ。そして、何かがが飛び込んでくる──
「ほいー、呼ばれて飛び出てポポポボーン」
とぼけたセリフとともに乱入してきたのは、ひとりの若者だった。身長は低く、百六十センチもないだろう。着ているものは、体にピッタリとフィットしたTシャツにカーゴパンツだ。無駄な脂肪は、ほとんど付いていないように見える。軽量級の格闘家か、プロのダンサーのような体つきだ。
長めの髪は茶色に染まっており、目鼻立ちの整った綺麗な顔である。見た目だけなら、どこかのビジュアル系バンドのメンバーとしてステージに上がっていてもおかしくない。額には大きな傷痕があるが、彼の容貌をいささかも損なってはいない。
ただし、その表情には締まりがなく、口元にはニヤケた笑みがへばり付いている。
「な、なんだてめえ! どっから入ってきた!?」
吠えた花沢に、讓治と呼ばれた若者はヘラヘラした態度で口を開く。
「いやいやいや、名乗るほどのもんじゃないからさ。とりあえずさ、今から竹通健斗くんをいただきたいってことで、失礼かもしんないけど壁よじ登ってベランダから入らせてもらったのんな」
「な、何でそれを……」
佐野の表情が変わる。しかし、讓治はお構い無しに喋り続けていた。
「知ってるに決まってんじゃん。竹通くんは、巷を騒がしてる連続強姦魔だもんニャ。とんでもない大悪党なのん。そんなアホを拉致監禁したんでしょおが。さっすが銀星会のお兄いさんたちだね。感心感心」
言った後、パチパチと両手を叩く。そのふざけた態度に、竜造寺の表情が変わった。
「そうか。だったら、ただじゃ帰せねえなあ」
低い声で凄む。だが、讓治は平然としていた。
「ニャハハハ、心配しなくてもいいのん。こっちも、ただで帰るつもりはないのんな」
そんなことを言ったかと思うと、彼はいきなり飛び上がった──
竜造寺の顔面に、讓治の飛び膝蹴りが炸裂した。横殴りの膝蹴りが顎を打ち抜き、鈍い音が響き渡った。
次の瞬間、竜造寺の巨体がぐらりと揺れる。たった一発の飛び膝蹴りで、口から砕けた前歯と血を吐きだしながら崩れ落ちる。
他の者たちが唖然となっている中、讓治は動き続けている。机の上に着地したかと思うと、佐野の顔面に蹴りを叩き込む──
サッカーボールを蹴るようなキックが、佐野の顔面にまともに炸裂した。佐野の意識は飛び去り、椅子に座ったまま後方に倒れる。
直後、讓治は両手を突き上げガッツポーズした。
「ほい、ゴール! これで二点目! このまま一気にハットトリック決めよっか!」
楽しくてたまらない、という思いに満ちた声が響き渡る。その時になって、ようやく花沢は反応した。ポケットに手を入れ、スマホを出した。恐らく、援軍を呼ぼうとしたのだろう。
だが、その動きはあまりにも遅かった。スマホを出したと同時に、顔面に硬いものが炸裂する。伽耶の裏拳だ。拳が鼻をえぐるような勢いでヒットし、痛みのあまり目から涙が溢れる。
それだけでは終わらせなかった。伽耶の手が、花沢の金色に染まった髪を掴む。机の角に、思い切り叩きつけた。
讓治ほ、渋い表情になる。
「あっちゃあ、ハットトリック逃しちゃったのん。となると、次は伽耶ちゃんに夜のハットトリックを決めるってことでさ──」
「アホ言ってないで、さっさと竹通を連れて来て」
伽耶に言われ、讓治はぴょんと机から飛び降りる。
「ほいほーい」
そんなことを言ったかと思うと、奥の部屋へと入っていく。
直後、ひとりの青年を引っ張り出してきた。両手両足を縛られ、口には布きれで猿ぐつわをされた状態だ。何が起きたのかわからず、体を震わせながら首を激しく振っている。
だが、讓治は容赦しない。
「ほら連続強姦魔、さっさと行くのんな」
言いながら、縛られている青年を軽々と担ぎ上げる。小柄で細身の体からは、想像もつかない腕力だ。
しかも、何を思ったかベランダへと出ていく。空を見上げ、いきなり右手をびしっと上げた。
「一番! 桐山譲治! 高飛び込みやります!」
選手宣誓のごとき調子で叫ぶや否や、譲治は本当に飛んだ。男を担ぎ上げた状態でベランダの柵を乗り越え、一気に飛び降りたのだ──
彼らが飛び降りたのは、七階のベランダである。落ちたら、ただではすまない……はずだった。
ところが、地面に衝突する寸前に譲治の体は止まる。彼の腰には、いつのまにか安全帯が付けられていたのだ。安全帯は、ベランダの柵にくくりつけられたロープと繋がっている。
今の譲治は、ロープにぷら下がった状態であった。青年の体も離していない。
ただし、青年は無事には済まなかった。飛び降りたショックで気を失ってしまったらしい。
もっとも、譲治は意に介さない。青年を地面に置き安全帯を外すと、再び担ぎ上げる。
そのまま、すたすたと歩いていった。行き先は、伽耶の用意した車だ。
この青年・竹通は、先ほど譲治が言っていた通りの人間だ。山道や人気のない夜道を歩く女性を、後ろからスタンガンで襲う。その後は車に乗せて乱暴し、コトが終わると車から下ろして放置したまま逃走するのだ。これまでに、七人が被害に遭っていた。
しかも、最後の被害者はさらにひどい目に遭った。車から下ろされ、ショックのあまり足元をふらつかせながら歩いていたところ、別の車に跳ねられ亡くなってしまったのだ。
警察は、竹通を指名手配した。ところが、偶然にも共同興業の佐野が竹通の身柄を押さえてしまう。佐野らの乗った車が、竹通の車にぶつけてしまったのがきっかけだった。
佐野たちは、竹通が指名手配されている犯罪者であることに気づいた。さっそく暴力で身柄を押さえ監禁する。その後、佐野は警察に取り引きを持ちかけた。狙いは、取り調べのため警察署に拘留されている銀星会幹部の釈放だ。竹通を引き渡す代わりに、幹部を釈放しろ……という条件で話を進めていた。
しかし、この取り引きは今をもって御破算となってしまった。譲治と伽耶が、取り引きの材料である竹通を横からさらって行ったからだ。
ふたりは今から、依頼人へと竹通を引き渡すことになっている。その依頼人とは、竹通の犯した連続婦女暴行事件の七人目の被害者……その父親だ。暴行された直後、車に跳ねられ死亡した少女の父親である。竹通には、この場で即死した方が幸せに思えるような運命が待っていることだろう。
もっとも、竹通の今後の人生がどうなろうと、このバカップルの知ったことではない。伽耶と讓治は、頼まれた仕事をしただけである。そう、これが彼らの日常なのだ。
花沢は、低い声で凄んだ。
この男は、二十歳になったばかりの青年だ。身長は百七十センチほどで、白いパーカーを着ている。髪は金色に染まっており、痩せた体つきだ。目つきは鋭く、公序良俗を重んじる若者でないのは一目でわかる。
「いや、ナメてなんかいないよ。だいたい、あんたらの面マズそうだし。秘伝のデミグラスソースかかっててもナメたくないね」
すました顔で言い返したのは、花沢の前に立っている若い女だ。身長は百六十センチあるかないか、日本人女性としては平均的な背丈だろう。黒いTシャツを着ており、袖から伸びた腕は細いが筋肉質だ。体つきもほっそりしているが、巷に有りがちなダイエットのやり過ぎで痩せこけた女の体とは違う。鍛え上げた結果、研ぎ澄まされ細くなっていった体型だ。
髪は金色に染まっており、綺麗な顔立ちをしている。しかし、ただ綺麗なだけではない。アイドルやモデルのような人種の美貌とは、根本的に違うものがあった。例えるなら、人間の手で造られた造花のバラと、草原に咲くトゲだらけの野バラの違いだろうか。
さほど広くない事務所の応接間には、あとふたりの男がいる。いずれも、堅気ではない雰囲気を漂わせている男だ。どちらも訝しげな顔つきで、闖入してきた女を眺めていた。
「お嬢ちゃん、名前なんつうの?」
口を開いたのは佐野だ。彼は、この事務所における責任者のような立場である。現在の年齢は二十五歳、ブランドもののスーツ姿で椅子に座り、机に両肘を着いた姿勢で女を見上げている。
「山村伽耶だけど、何か?」
怯むそぶりもなく答えた女に、佐野は口元を歪める。同時に、横に立っている男が口を開いた。
「あのなあ、俺たちヤクザなんだよ。ナメられちゃ、商売にならねえんだ。お嬢ちゃん、あんたは顔もいいし体もなかなかだ。おまけに若い」
言ったのは竜造寺だ。百八十五センチの長身で、山村伽耶と名乗った女を見下ろしている。こちらはタンクトップ姿で、タトゥーの入った逞しい二の腕が剥き出しになっている。
見たままの武闘派であり、お世辞にも知的とは言い難い龍造寺だが、彼の言うことは間違っていない。ここにいるのは、広域指定暴力団『銀星会』の二次団体『共同興業』の構成員である。真幌市内にあるマンション七階の一室を、事務所として使っているのだ。
この山村伽耶なる女、その広域指定暴力団に繋がる事務所にいきなり押しかけ、こんなことを言ってきたのだ。
「ねえ、ここにあたしの知り合いが拉致監禁されてるって聞いたんだけど?」
彼らは、思わず顔を見合わせた。まだ昼の三時である。酔っ払うには早い時間だ。ドラッグをやっているようにも見えない。となると、この女は正気ではないのかもしれない。
そんな命知らずの女に向かい、竜造寺はなおも語り続ける。
「中東あたりの金持ちにはな、お嬢ちゃんみたいな娘を高く買ってくれるんだよ。あいつらはな、ノーマルなセックスなんか、とうの昔に飽きてんだよ。あいつらに買われたら、とんでもねえことになるぜ」
「とんでもねえことって、どんなこと?」
冷めた口調で、伽耶は聞き返す。竜造寺の目が、すっと細くなった。
「たとえば、この綺麗な顔を……」
そこで、竜造寺の言葉は止まった。伽耶は、彼ことを無視し腕時計に目線を移している。
「おい、聞いてんのか?」
凄む竜造寺に、伽耶は顔を上げ答える。
「あと五秒だね。五、四、三、二、一……譲治、出番だよ」
直後、奥のドアが開いたのだ。そして、何かがが飛び込んでくる──
「ほいー、呼ばれて飛び出てポポポボーン」
とぼけたセリフとともに乱入してきたのは、ひとりの若者だった。身長は低く、百六十センチもないだろう。着ているものは、体にピッタリとフィットしたTシャツにカーゴパンツだ。無駄な脂肪は、ほとんど付いていないように見える。軽量級の格闘家か、プロのダンサーのような体つきだ。
長めの髪は茶色に染まっており、目鼻立ちの整った綺麗な顔である。見た目だけなら、どこかのビジュアル系バンドのメンバーとしてステージに上がっていてもおかしくない。額には大きな傷痕があるが、彼の容貌をいささかも損なってはいない。
ただし、その表情には締まりがなく、口元にはニヤケた笑みがへばり付いている。
「な、なんだてめえ! どっから入ってきた!?」
吠えた花沢に、讓治と呼ばれた若者はヘラヘラした態度で口を開く。
「いやいやいや、名乗るほどのもんじゃないからさ。とりあえずさ、今から竹通健斗くんをいただきたいってことで、失礼かもしんないけど壁よじ登ってベランダから入らせてもらったのんな」
「な、何でそれを……」
佐野の表情が変わる。しかし、讓治はお構い無しに喋り続けていた。
「知ってるに決まってんじゃん。竹通くんは、巷を騒がしてる連続強姦魔だもんニャ。とんでもない大悪党なのん。そんなアホを拉致監禁したんでしょおが。さっすが銀星会のお兄いさんたちだね。感心感心」
言った後、パチパチと両手を叩く。そのふざけた態度に、竜造寺の表情が変わった。
「そうか。だったら、ただじゃ帰せねえなあ」
低い声で凄む。だが、讓治は平然としていた。
「ニャハハハ、心配しなくてもいいのん。こっちも、ただで帰るつもりはないのんな」
そんなことを言ったかと思うと、彼はいきなり飛び上がった──
竜造寺の顔面に、讓治の飛び膝蹴りが炸裂した。横殴りの膝蹴りが顎を打ち抜き、鈍い音が響き渡った。
次の瞬間、竜造寺の巨体がぐらりと揺れる。たった一発の飛び膝蹴りで、口から砕けた前歯と血を吐きだしながら崩れ落ちる。
他の者たちが唖然となっている中、讓治は動き続けている。机の上に着地したかと思うと、佐野の顔面に蹴りを叩き込む──
サッカーボールを蹴るようなキックが、佐野の顔面にまともに炸裂した。佐野の意識は飛び去り、椅子に座ったまま後方に倒れる。
直後、讓治は両手を突き上げガッツポーズした。
「ほい、ゴール! これで二点目! このまま一気にハットトリック決めよっか!」
楽しくてたまらない、という思いに満ちた声が響き渡る。その時になって、ようやく花沢は反応した。ポケットに手を入れ、スマホを出した。恐らく、援軍を呼ぼうとしたのだろう。
だが、その動きはあまりにも遅かった。スマホを出したと同時に、顔面に硬いものが炸裂する。伽耶の裏拳だ。拳が鼻をえぐるような勢いでヒットし、痛みのあまり目から涙が溢れる。
それだけでは終わらせなかった。伽耶の手が、花沢の金色に染まった髪を掴む。机の角に、思い切り叩きつけた。
讓治ほ、渋い表情になる。
「あっちゃあ、ハットトリック逃しちゃったのん。となると、次は伽耶ちゃんに夜のハットトリックを決めるってことでさ──」
「アホ言ってないで、さっさと竹通を連れて来て」
伽耶に言われ、讓治はぴょんと机から飛び降りる。
「ほいほーい」
そんなことを言ったかと思うと、奥の部屋へと入っていく。
直後、ひとりの青年を引っ張り出してきた。両手両足を縛られ、口には布きれで猿ぐつわをされた状態だ。何が起きたのかわからず、体を震わせながら首を激しく振っている。
だが、讓治は容赦しない。
「ほら連続強姦魔、さっさと行くのんな」
言いながら、縛られている青年を軽々と担ぎ上げる。小柄で細身の体からは、想像もつかない腕力だ。
しかも、何を思ったかベランダへと出ていく。空を見上げ、いきなり右手をびしっと上げた。
「一番! 桐山譲治! 高飛び込みやります!」
選手宣誓のごとき調子で叫ぶや否や、譲治は本当に飛んだ。男を担ぎ上げた状態でベランダの柵を乗り越え、一気に飛び降りたのだ──
彼らが飛び降りたのは、七階のベランダである。落ちたら、ただではすまない……はずだった。
ところが、地面に衝突する寸前に譲治の体は止まる。彼の腰には、いつのまにか安全帯が付けられていたのだ。安全帯は、ベランダの柵にくくりつけられたロープと繋がっている。
今の譲治は、ロープにぷら下がった状態であった。青年の体も離していない。
ただし、青年は無事には済まなかった。飛び降りたショックで気を失ってしまったらしい。
もっとも、譲治は意に介さない。青年を地面に置き安全帯を外すと、再び担ぎ上げる。
そのまま、すたすたと歩いていった。行き先は、伽耶の用意した車だ。
この青年・竹通は、先ほど譲治が言っていた通りの人間だ。山道や人気のない夜道を歩く女性を、後ろからスタンガンで襲う。その後は車に乗せて乱暴し、コトが終わると車から下ろして放置したまま逃走するのだ。これまでに、七人が被害に遭っていた。
しかも、最後の被害者はさらにひどい目に遭った。車から下ろされ、ショックのあまり足元をふらつかせながら歩いていたところ、別の車に跳ねられ亡くなってしまったのだ。
警察は、竹通を指名手配した。ところが、偶然にも共同興業の佐野が竹通の身柄を押さえてしまう。佐野らの乗った車が、竹通の車にぶつけてしまったのがきっかけだった。
佐野たちは、竹通が指名手配されている犯罪者であることに気づいた。さっそく暴力で身柄を押さえ監禁する。その後、佐野は警察に取り引きを持ちかけた。狙いは、取り調べのため警察署に拘留されている銀星会幹部の釈放だ。竹通を引き渡す代わりに、幹部を釈放しろ……という条件で話を進めていた。
しかし、この取り引きは今をもって御破算となってしまった。譲治と伽耶が、取り引きの材料である竹通を横からさらって行ったからだ。
ふたりは今から、依頼人へと竹通を引き渡すことになっている。その依頼人とは、竹通の犯した連続婦女暴行事件の七人目の被害者……その父親だ。暴行された直後、車に跳ねられ死亡した少女の父親である。竹通には、この場で即死した方が幸せに思えるような運命が待っていることだろう。
もっとも、竹通の今後の人生がどうなろうと、このバカップルの知ったことではない。伽耶と讓治は、頼まれた仕事をしただけである。そう、これが彼らの日常なのだ。
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