大門大介は番長である!

板倉恭司

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強襲! 白イタチ(1)

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 大門大介は、その日もママチャリを漕いでいた。今や親友となった妖怪の猫耳小僧や送り犬たちに会うためである。
 緑に囲まれた田舎の道路に、ママチャリの音が響き渡る。自転車のカゴには、唐揚げ弁当とハンバーグ弁当が入っていた。もちろん、妖怪たちへのお土産である。

「あいつら、喜んでくれるかな」

 ニコニコしながら、大介はママチャリを漕ぐ。その時、森の中から悲鳴が聞こえてきた。

「きゃあああ!」

「うわあああ! 化け物だあ!」

 左手の方向から聞こえてきたのは、男女の悲鳴である。これは、見て見ぬ振りというか聞いているのに聞かぬ振りは出来ない。自転車を止め、すぐさま森の中へと入って行った。
 そこには、戦慄の光景が待っていたのだ──

 地面に倒れ気絶している、若い男女。それを見下ろしているのは、真っ白い毛に覆われた巨大なイタチであった。大きさは、二メートルほどだろうか。辺りは闇に包まれているはずなのに、イタチの周りだけは白く輝いている。
 ただし、その瞳は紅く光っていた。
 やがて白イタチは、真紅の瞳をこちらに向ける。大介の背筋に、冷たいものが走った……目の前にいるのは、とてつもなく恐ろしい奴だ。

「お前は何者だ!? この二人に何をした!?」

 強い口調で問う大介に、白イタチはカラカラと笑った。

「人に名前を聞く時は、まず自分が名乗るのが礼儀じゃないかえ、坊や?」

「お、俺の名は大門大介! 番長だ!」

「番長? オホホホホ、ずいぶん古くさいものが出てきたねえ」

 言いながら、白イタチは体をくねらせる。その仕草は妙に女っぽく、大介は思わず後ずさりする。

「アタシの名は、オオカマイタチのドロイよ。それで、番長の坊や、アタシに何の用かしら?」

「なぜだ! なぜ、こんなことをした!」

 言いながら、大介は倒れている二人を指差す。だが、ドロイは怯まない。

「ああ、そこのバカップルね。イチャイチャしながら森を汚してたから、ちょいと脅かしてやっただけよ。後は裸にひんむいて、道路に放り出してやるわ」

「何だと! そんなことはさせんぞ!」

 大介は両拳を上げ、構える。すると、ドロイはおかしそうに笑った。

「ホーッホッホッホッホ、お前ごとき人間の坊やが、アタシに勝てるとでも思ってるのかい。まあ、いいわ。さあ坊や、好きなようにかかってらっしゃい」

「くっ……ふざけるな! 行くぞ!」

 吠えると同時に、大介は突進した。と同時に、鋭い正拳を放つ──
 だが、ドロイは体をくねらせて避ける。人間には真似の出来ない動きだ。

「な、何だと!」

 大介は、さらなる攻撃を仕掛ける。右の正拳を打ち、続いて右の上段回し蹴りを叩き込んだ。
 しかし、ドロイには当たらない。まるで柳のように体をしならせ、大介の攻撃をことごとく躱す。こんなディフェンスの仕方は、そもそも人間には不可能だろうが。

「クソ! なぜ当たらないんだ!」

 大介は荒い息を吐きながら毒づいた。こんな敵と闘ったのは、生まれて初めてだ。
 一方、ドロイは平然としている。

「おやおや、もうへたばったのかい。若いのに早いねえ。いや、若いから早いのかしら」

 言うと同時に、ドロイの目が紅く光る。直後、前足の一撃が大介を襲う──

「ぐわあぁぁ!」

 両前足での続けざまの強烈な連撃を浴び、大介は吹っ飛ばされた。
 しかし、すぐに起き上がる。

「ふーん、若いだけあって立ちがいいねえ、坊や。素敵よ」

 からかうような口調のドロイに、大介はギリリと奥歯を噛みしめた。

「くっ、ざけんなあ! お前には、死んでも負けんぞ!」

 気合いと共に、大介は横蹴りを放つ。だが、ドロイはまたしても体をくねらせた。細長い胴体は、まるで柳の枝のようにしなり、大介の蹴りを逸らす。
 直後、ドロイのバックハンドブロー(回転しての裏拳)がカウンターで炸裂した──
 大介の意識は吹き飛び、仰向けに倒れた。
 その時、乱入してきた者がいた。

「フシャー! そこまでだニャ!」

 叫びながら、身構えた者は……なんと猫耳小僧である。猫耳小僧は小さな体で、大介を守るように立っていた。
 しかし、ドロイは平然としている。

「おや、誰かと思えば猫耳小僧じゃないか。お前、人間の味方をする気かい?」

 鼻で笑うドロイに、猫耳小僧は怒りを露にした。

「大介は、俺の友だちだニャ! これ以上、傷つけるのは許さないニャ!」

「許さないだって? お前みたいな落ちこぼれ妖怪が、アタシと闘おうっていうのかい?」

 言いながら、ドロイはギロリと睨みつける。その迫力に気圧され、猫耳小僧はたじろいだ。

「ニャ……」

 目を逸らし、悔しそうに唇を噛みしめる。その姿を見て、ドロイは鼻で笑った。

「妖怪の中では、落ちこぼれで誰からも相手にされない……そんな甘ったれのくせに、アタシと闘おうだなんて百年早いんだよ。お前は、本当にどうしようもないねえ──」

「黙れ!」

 叫んだのは、猫耳小僧ではなく大介である。さっきまで意識を失っていたはずなのに、凄まじい形相で立ち上がったのだ。
 すると、ドロイは感心したように口笛を吹く。

「おやおや、まだ立ち上がってくるのかい。若いだけあって立派ねえ」

 からかうような口調のドロイに、大介はよろよろしながら近づいていく。

「取り消せ……猫耳小僧は落ちこぼれじゃねえ! 取り消せ!」

 喚きながら、ドロイに迫っていく大介。しかし、ドロイは意に介さず前足を振るった。
 その一撃で大介はぶっ飛び、仰向けに倒れる。
 だが、それでも立ち上がった。

「ふざけるな……猫耳小僧は、落ちこぼれなんかじゃねえ!」

 叫び、なおも迫っていく。その時、ドロイは不気味な笑みを浮かべた。真紅の瞳を大介に向け、恐れる様子もなく立っている。

「ほう、そんなに大事なのかい。ならば……」

 言うと同時に、ドロイの尻尾が伸びた。猫耳小僧の体に巻きつき、自由を奪う──

「ニャニャ! 何するニャ!」

 猫耳小僧は必死でもがくが、ドロイの尻尾は外れない。それを見た大介は、渾身の力を振り絞り向かって行く。

「貴様あ! 猫耳小僧を離せえ!」

 叫ぶと同時に、大介は正拳を放つ。しかしドロイは、いとも簡単に彼の正拳を弾き飛ばした。
 直後、ドロイ式ボディーアッパーが打ち込まれる──
 そのボディーアッパーは、ヘビー級のプロボクサーのパンチを遥かに凌駕する威力があった。抵抗しようのない苦痛を前に、大介は腹を押さえ崩れ落ちる。
 もがき苦しむ大介の耳に、ドロイの嘲るような声が聞こえてきた。

「いいかい、この猫耳小僧はしばらく預かるよ。助けたかったら、アタシに勝つんだね。ただし、今度はアタシも容赦しない。お前を殺すつもりで行くから」

 そこで言葉を止め、ドロイはくすりと笑う。

「そうだねえ、怪我を治すのに一週間の猶予をやるよ。一週間後の晩、この先にある松の木の下に来な。そこで、もう一度アタシと勝負するんだ。勝ったら、猫耳小僧を返してやろう。ただし、次に負けたらアンタは死ぬよ。それと、もし来なかったら、猫耳小僧の貞操は保証しないからね」

「クソ、待ちやがれ……猫耳小僧を離せ……」

 呻きながら、大介は起き上がろうとする。だが、体が動かない。視界も徐々に霞んでいく。
 そんな大介の耳に、猫耳小僧の声が聞こえてきた。

「大介、俺なら大丈夫だニャ! だから、来たらいけないニャ! こいつに殺されるニャ!」

 その声に、大介は必死で起き上がろうとする。だが、体は言うことを聞いてくれない。
 やがて、意識が遠のいていった──



 どのくらいの時間が経過しただろう。
 大介が目を開けると、口元をマスクで覆った女がいる。長い黒髪、宝石のように輝く瞳、そしてボンキュッボンのセクシーボディを包む可愛らしいウサギちゃんのパジャマ姿……大介は顔を赤らめ、慌てて下を向いた。

「あ、あんたは……」

「あたしは口裂け女だよ。まさか、あたしの顔を忘れたなんて言わないだろうね」

 そう言うと、女はマスクを外す。耳元まで裂けた口が露になった。

「あっ、クチサケさん!」

「すまなかったねえ、助けられなくて。あたしが通りかかった時には、あんたは既にぶっ倒れてたんだよ。クソ、ドロイの奴め……なめたことしやがって」

 悔しそうに毒づく口裂け女を見て、大介は首を振る。

「ち、違いますよクチサケさん! 俺が弱かったのがいけないんです!」

 言いながら、慌てて起き上がる大介。だが、全身に激痛が走る。うめき声を上げながら、再び仰向けに倒れた。
 すると、送り犬と双太郎も飛んで来る。

「大介さん! 気がついたんだね!」

「心配したワン!」

 ふたり、いやひとりと一匹は、大介のそばにしゃがみ込んだ。
 大介はというと、状況がまだよく呑み込めないまま、半ば本能的に周囲を見回す。どこかの一軒家だろうか。木の床の上に布団が敷かれていた。丸い木のちゃぶ台が置かれており、壁には棚が設置してある。
 ここは、口裂け女の家なのだろうか……大介が思った時、送り犬が彼の顔を覗きこんできた。

「心配したんだワン。僕は神社で待ってたんだけど……ところで、猫耳小僧は見なかったワン? 大介が遅いから、探しに行くと言ってたワン」

 その問いに、大介は顔を歪めた。

「猫耳小僧は、ドロイにさらわれた……」

「さらわれた? どうして、そんなことに?」

 唖然となる双太郎に、大介は悔しそうな表情で語り出す。

「奴は、俺を助けようとしてドロイに向かって行ったんだ。挙げ句に、捕われてしまった……ちくしょう! 俺が、もっと強ければ!」

 吠える大介。その途端、全身に痛みが走った。思わず呻き声をあげる。
 すると、口裂け女もしゃがみ込んだ。

「何やってんだい。今、あんたの親父さんが来るからさ。親父さんに送ってもらうんだね」

「えっ、親父が来るんですか?」

 その時だった。タイミングを計ったかのように、凄まじい闘気が流れ込んで来る。
 さらに、獣の咆哮のごとき雄叫びも──

われが特命捜査官・大門勇太郎である!」

「うわっ! 何だい、今の声は!」
 すっとんきょうな声を上げる口裂け女。送り犬と双太郎は、怯えた表情で抱き合っている。だが、大介は忌々しそうな顔で舌打ちした。

「親父が来たんですよ」

 その言葉の直後、扉が開く。
 直後、大柄な男が入って来た。肩まで伸びた黒髪は、野獣のごとき面構えに似合っている。筋肉隆々とした体格と、昔の武術家のような鋭い眼光は人間離れした迫力だ。黒いTシャツとズボンというラフな服装のまま、悠然と入って来た。
 この男こそ、大介の父・大門勇太郎ダイモン ユウタロウである。かつては特命捜査官として、アクノミヤ博士率いる犯罪組織チクマ団を、たった一人で叩き潰したのだ。
 以来、大門勇太郎は静弦一郎シズカ ゲンイチロウ早川健人ハヤカワ ケントと並び、「特命三大チート捜査官」と呼ばれている。この三人が揃えば、小さな国をも潰せると言われていたのだ。
 そんな勇太郎は、じろりと大介を睨む。次いで口裂け女を一瞥した後、再び大介を睨む。
 ややあって、口を開く。

「大介……お前も、色を知る歳か」

「は、はあ!?」

 すっとんきょうな声を出したのは、口裂け女だ。だが、勇太郎は彼女を無視し大介に近づく。

「よくやったぞ大介! さすが、我が息子だ! 伝説の妖怪・口裂け女を口説き落とすとは──」

「ちいがあぁぁう!」

 勇太郎の言葉を遮り、大声で否定したのは口裂け女である。さらに彼女は、きっと勇太郎を睨み付けた。

「ちょっと、勘違いするんじゃないよ! あたしは、大介の彼女でも何でもないんだからね!」

 すると大介は、その一言にガックリうなだれる。だが彼は、すぐさま顔を上げた。

「じゃあクチサケさん、俺のことどう思ってるんですか!?」

「ど、どうって言われても……」

 頬を赤らめ、うつむく口裂け女。すると大介は、そのプエルトリカンのごとき濃い顔を近づけていく。

「クチサケさん! 俺はあなたが好きです! 次のクリスマスイブは、あなたと二人きりで過ごしたい──」

「バ、バカ言うんじゃないよ! 段階ってものがあるだろうが!」

 口裂け女の平手打ちが炸裂し、大介はぶっ飛んだ……その一撃で、彼は我に返る。

「ハッ! こんなことをしてる場合じゃねえ!」

 そう言うと、大介は立ち上がる。全身に痛みが走ったが、そんなことに構ってはいられない。

「親父、すまないが送ってくれ……一週間後に備え、怪我を治さなくては!」

 大介の言葉に、口裂け女は慌てて止めに入る。

「ちょっと待ちなよ! あんた、あのドロイと闘う気かい?」

「ああ。奴に勝ち、猫耳小僧を解放してやる」

 そう言う大介の目は、決意の光に満ちていた。




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