19 / 21
決戦! 逆襲のシローラモ!(2)
しおりを挟む
「大介、ここだニャ」
「そうか、ありがとう」
大介は、険しい表情で旅館を見上げた。傍らにいる猫耳小僧は、不安を隠しきれないようだ。落ちつかない様子で、周囲をキョロキョロ見回している。
二人は、阿久静屋なる旅館に来ていた。もっとも、既に営業を停止している。いずれ、市が取り壊すことになっているらしい。周囲の豊かな自然とは不釣り合いな、けばけばしい外装と派手な看板には不快感すら覚える。
しかし何より疑問なのは、その高さであった。恐らく四階分はあるだろう。四階建てとなると、旅館というよりはホテルに近い。なぜ、山奥にこんなものを建てたのだろうか。
いや、そんなことはどうでもいい。大介は、猫耳小僧の方を向いた。
「ここまででいい。お前は帰れ。帰って、双太郎にこの地を離れるよう言ってくれ」
途端に、猫耳小僧の目が吊り上がる。
「ニャニャ!? な、なんでだニャ!? ここまで来たんだから、俺も一緒に闘うニャ!」
「ダメだ。お前は帰れ! でないと怒るぞ!」
強い口調に、猫耳小僧はしょぼんとなった。
「お、俺が弱虫だからかニャ……」
「違う。アマクサ・シローラモが粛正しようとしているのは人間だけだ。妖怪のお前には関係ない。これは、人間の手で始末をつけなきゃならない問題なんだ」
そう言うと、大介は猫耳小僧の頭を撫でた。
「いいか、もし俺が殺られたら……その時は、お前が仇を討ってくれ。わかったな?」
「わ、わかったニャ」
「そうか。なら、早く帰れ。後のことは頼んだぞ」
ガックリ肩を落として、とぼとぼ歩いていく猫耳小僧。その背中に、大介は頭を下げる。
「すまないな。お前の気持ちは嬉しいが、これは危険過ぎる。巻き込めないんだ」
阿久静屋に侵入した大介は、ゆっくりと周囲を見回す。館内は沈黙に支配されており、様々な物の残骸が転がっている。古いパンフレットの類いや、ボロボロになったソファーなどなど。テーブルやカウンターなどは汚く汚れているものの、未だに現役で使えそうだ。
なんだここは?
大介には、はっきりとわかる。一見すると無人に思えるが、凄まじいまでの闘気が漂っているのだ。ここには、恐ろしい何かが潜んでいる──
「お前が、大門大介か」
声と共に、奥から現れた者がいる。
頭は、ツルツルに剃り上げられたスキンヘッドだ。口にはヒゲを生やし、体重は軽く百キロを超えているだろう巨漢である。奇妙なデザインの黒い胴着を着ており、見るからに異様な人物だ。
「ああ、俺が大門大介だよ。お前は、ここの番人か?」
身構えつつ、大介は聞き返した。すると、思いもよらぬ言葉が返ってくる。
「俺の名は、バイソン・ベンケイ。プロ・カラテでもナンバー1の怪力の持ち主だ!」
「えっ?」
わけがわからず、大介は困惑する。プロ・カラテとは何だろう。空手の一流派だろうか。
「大介、お前が用があるのは、アマクサ・シローラモだろう。奴は四階にいる。俺を倒さなくては、上の階に行くことは出来んぞ!」
叫ぶと同時に、ベンケイは突進してきた──
大介の顔面を襲う、ベンケイの正拳突き……それは、単なる力任せの突きではない。岩のように厳つい拳が、恐ろしい速さで飛んでくるのだ。さすがの大介も、上体を反らし躱すのがやっとである。
しかも、攻撃は単発では終わらない。続けざまに、横殴りの鉤突きが襲う。ボクシングのフックのような突きだ。大介は躱しきれず、上腕でガードする。その威力は凄まじいものであった。腕が折れそうな痛みを覚える。実際、受ける角度とタイミングを間違えたら、腕が折れていたかもしれない。
一方、ベンケイはニヤリと笑った。
「初手で葬るつもりだったが……さすが大介、噂に聞いていただけのことはあるな。だがな、プロ・カラテの名誉にかけても、必ずお前を倒す!」
「だから、プロ・カラテって何なんだよ!? つーか、バイソン・ベンケイってなんだ? リングネームかよ?」
身構えつつも、大介は次々と湧いてくる疑問の答えを求めずにいられなかった。
だが、返ってきたのは答えではなく、ベンケイの拳であった──
ベンケイのパワーは、確かに凄まじいものだった。丸太のように太い腕に、岩のごとき体格。その体格が、猛牛のような勢いで突進し突き蹴りを放ってくるのだ。躱すタイミングを一瞬でも誤れば、その時に勝負は決する。
一年前の大介なら、確実に倒されていたはずであった。
だが、今は違う──
見える……奴の動きが完璧に追える!
この街に来て、大介は口裂け女という妖怪と出会った。彼女に一目惚れした大介であったが、口裂け女の態度はつれない。口説いてはひっぱたかれ、迫っては蹴り倒され、そんな親しいお付き合い……いやド突き合いの日々が、彼の戦闘能力を鍛え上げていたのである。
口裂け女の速く変則的な攻撃に比べれば、ベンケイの直線的な攻撃は読みやすい。冷静に軌道を見切り、躱していく大介。躱しつつも、カウンターの攻撃を入れるタイミングを計っている。
やがて、絶好のタイミングが訪れた。攻撃を躱され続けたベンケイは、完全に苛立っていた。強引に突進し、腕を振り上げる。大振りの右鉤突きを放とうとした。
その瞬間、大介は飛び上がる。己の全力を右足に込めたジャンピングハイキックを放つ。
大介の右足は、ベンケイの側頭部へと叩き込まれた。さすがのタフなベンケイも耐えられず、ガクンと崩れ落ちる。強烈なハイキックをカウンターでもらったため、脳震盪を起こし立っていられなくなったのだ。
並のファイターならば、そのまま倒れていただろう。しかし、ベンケイもただ者ではない。必死の形相で足に力を入れ、立ち上がろうとする。そんなベンケイの顔めがけ、大介はとどめの一撃を叩き込む。空手の下段突きだ──
大介の下段突きは、コンクリートブロックすら破壊できる。まともに食らえば、ベンケイの頭蓋骨は陥没していただろう。だが大介は、寸前で突きを止めた。
「ベンケイ、お前の敗けだ! では、通らせてもらうぞ」
そう言うと、大介は立ち上がった。ベンケイは倒れたまま、フッと笑みを浮かべる。
「大介、お前の勝ちだ。まさか、プロ・カラテの俺が空手技で敗れるとはな。大した奴だ」
「ちょっと待て! だから、プロ・カラテって何だよ?」
混乱する大介。だが、ベンケイは不敵な笑みを浮かべて首を振る。
「プロ・カラテ1の怪力とは言われた俺が、お前のようなガキに敗れるとはな。俺も、弱くなったもんだ。だが、悔いはない。闘いの中で死ねたのだからな」
芝居がかった口調で言ったかと思うと、ベンケイはガクリと首を落とす。
「い、いや……お前は命に別状ないから! とりあえず、死にはしないから!」
大介は叫ぶ。だが、ベンケイは起き上がろうとしない。とりあえず、闘いに敗れ死んでしまったという己の設定を、頑なに守っているようだ。
あまりのアホらしさに思わず顔をしかめたが、すぐに側を通り過ぎて行った。この変人に構っている暇はない。一刻も早く、シローラモの計画を止めなくては──
大介が立ち去った時、タイミングを計るかのようにベンケイはむっくりと起き上がった。
「敗けてしまったな……気晴らしに、おっぱいパブでも行くとするか」
真顔でそんなことを呟きながら、ベンケイは立ち上がる。顔をしかめながら、少しずつ歩き出した。
「おっぱいパブにも、マムシの生き血酒があればいいのだが……」
そう、マムシの生き血はベンケイの大好物なのだ──
一方、大介は奥にある階段を昇り、二階へと到着する。ここは、下と比べるとさらに散らかっている。食器らしきものが転がり、だが、部屋の様子をのんびり見ている暇などなかった。
到着と同時に、いきなり奇怪な声が聞こえてきたのだ。
「貴様が大門大介か?」
言いながら、歩いて来たのは……ベンケイよりもさらに奇怪な見た目の男だった。真っ赤な髪と真っ白く塗られた顔、さらに奇妙なデザインの着物を身にまとった男である。
大介はただならぬ闘気を感じ、思わず身構えた。
「ああ、俺が大門大介だ。貴様も、ここを守る番人か?」
「いかにも。我が名は、平佑清なり。いざ尋常に、勝負!」
叫ぶと同時に、佑清はいきなり逆立ちをしたのだ。
直後、コマのように回転する──
「なんだと!?」
驚愕する大介。佑清は逆立ちの状態でコマのように高速回転し、足をビュンビュン振り回して来る。大介は近づくことすら出来ない。かろうじて躱すと、後退し間合を離す。
すると、佑清の動きが止まった。パッと立ち上がり、大介を睨み付ける。
「大門大介……この時代における屈指の武術家と聞いていたのだがな、我が火歩泳羅の前には手も足も出んようだな!」
「カ、カポエイラだと?」
・・・
カポエイラとは、ブラジルの奴隷たちの間に広まった武術である……が、最近の研究では、源平の時代に活躍した武士・平佑清が始祖だという説が浮上している。
佑清は血のにじむような努力の末、逆立ちした状態から高速回転し連続蹴りを繰り出す新しい闘法・火歩泳羅を編み出し、源義経や武蔵坊ベンケイらと死闘を繰り広げたという。
後に平家の敗北が決定的となった壇之浦の戦いで、佑清も海に身を投げたはずだったが、神風に飛ばされ……気がつくと、地球の裏側ブラジルに漂着していたのである。
佑清はブラジルの原住民たちに自身の編み出した闘法を伝授し、これが現在のカポエイラの基となったと伝えられている。
余談になるが、後に猫神家の遺産相続をめぐる連続殺人事件が起きたが、この騒動の中心人物である猫神佑清《ネコガミ スケキヨ》こと阿呆沼静馬《アホヌマ シズマ》は殺害されたというのが当時の見解であった。しかし実は、湖にて古式の火歩泳羅の練習中に不慮の事故で亡くなったのではないか、という新たな説も浮上している。
死体となって発見された静馬は逆立ちの状態であったことも、この説の信憑性を高めている。
──明民書房刊『カポエイラの真実』より抜粋──
・・・
「大介よ! 我が火歩泳羅の秘技、とくと味わうがいい!」
叫ぶと同時に、佑清はまたしても逆立ちする。そのまま高速で回転し突っ込んで来た。その様は、まさにハリケーンそのものである。周囲の物を蹴りで薙ぎ倒しつつ、大介へと迫って行く──
しかし、大介は不敵な笑みを浮かべた。
「フッ……佑清! 貴様のカポエイラの弱点は見切ったぞ!」
声と同時に、大介はダッシュする。
体を沈めると同時に、スライディングキックを叩きこんだ──
「なんだと!?」
コマの軸にあたる手にスライディングキックを受け、派手に倒れる佑清。しかし、大介の攻撃は止まらない。次いで、水面蹴りが放たれる──
本来なら、立っている状態の軸足を刈るための技である水面蹴り。しかし今、バランスを崩し倒れた佑清の顔面に、大介の踵が炸裂したのだ。
佑清は、蹴りのダメージにより意識を失った。
「なんてトリッキーな技なんだ。恐ろしい奴め」
大介は倒れている佑清を一瞥すると、階段へと歩いていく。ここは二階で、シローラモは四階にいるらしい。恐らく、シローラモを止めるには、あとひとりを倒さねばならないのであろう。
急がなければ。
大介が立ち去った後、倒れている佑清に歩み寄る者がいた。
「佑清、起きろ」
頬をはたかれ、佑清は目を開ける。目の前にはベンケイがいた。
「ベンケイか……我は、奴に敗れたのか」
「ああ、大介に負けたのだ。それより佑清、一緒におっパブ行かないか?」
「おっパブ? なんだそれは?」
聞き返す佑清に、ベンケイは真面目な表情で答える。
「おっパブとは、おっぱいパブの略だ。上半身裸の美しい女性が、酒と料理でもてなしてくれる場所なのだよ」
「上半身裸!? というと、裸体でござるか!?」
目を輝かせる佑清に、ベンケイは真顔で頷く。
「さよう、裸体だ」
「行くに決まっておろう! そんな天国のような場所があったとは!」
「では、行くとしよう。殴りあうより、おっパブの方が数倍楽しいからな」
大介は階段を上がり、上の階へと到着する。この階だけ、やたら天井が高いのだが……どういう訳なのだろう。
だが、そんなことを考えている暇などなかった。
「大門大介、よくここまで来たな」
声とともに現れた者、それは戦国時代の野武士のごとき風体の男であった。身長は二メートル以上、体重は百キロを軽く超えている。着物姿だが、鍛えぬかれた体をしているのは一目瞭然だ。先ほどのバイソン・ベンケイが、小さく思えるほどの巨漢である。
「お前が、この階の門番か?」
大介の言葉に、男は頷いた。
「そうだ。冥土の土産に教えてやろう……俺の名は獅子虎浄之進だ。いざ、尋常に勝負!」
言うと同時に、獅子虎は巨体を踊らせ襲いかかってきた──
獅子虎の攻撃は、速い上にキレがある。しかも、筋肉の塊のような体から繰り出される突き蹴りは、並みの人間なら一撃で絶命させられるであろう。
数々の敵を討ち果たしてきた大介も、獅子虎の攻撃には防戦一方だ。
相手の圧力に耐えられず、ジリジリと後退する大介。その時、何かにつまづき仰向けに倒れた。
「戦場で倒れるとは、なんと未熟な奴! その未熟さを地獄で悔いよ!」
獅子虎は叫ぶと同時に、倒れた大介めがけ右足を降り下ろす。この巨体の踏みつけを食らったら、ひとたまりもないだろう。
しかし、大介はニヤリと笑う。
「かかったな獅子虎!」
大介の両手が伸び、獅子虎の右足をキャッチする。と同時に大介の両足が、獅子虎の左足へと巻き付く。
そのまま、一瞬で引き倒した──
「なんだと!?」
想定外の動きに、獅子虎は対応できず倒れる。しかし、大介の動きは止まらない。獅子虎の右足首を脇に挟み、同時に彼の太ももを己の両足でがっちりロックする。
次の瞬間、踵に捻りを加え足関節を極めた──
「ぐおぉぉ!」
吠える獅子虎……だが、それも無理はない。ヒールホールドを極められたのだから。
ヒールホールドは一瞬で足を壊せるため、アマチュアの試合では禁止となっているケースもある危険な関節技だ。そのヒールホールドを、大介は手加減なしで極めたのだ。
獅子虎の足は、完全に破壊されたはず。大介は立ち上がり、足を押さえる彼に複雑な表情を向ける。
「俺の勝ちだ。では、行かせてもらおう」
そう言って、立ち去りかけた大介……だが次の瞬間、驚愕の表情を浮かべ振り向いた。
獅子虎が笑っている。倒れた状態で、嬉しそうに笑っているのだ。
「大介、俺は嬉しいぞ。久しぶりに、全力を出せるのだからな」
言いながら、獅子虎が懐より取り出した物……それは、短刀だった。奇妙なデザインの、黒い短刀である。
それを鞘から抜いたかと思うと、いきなり己に突き刺したのだ。
そして叫ぶ──
「裏見念法! 獅子虎変化!」
直後、獅子虎の体から霧のようなものが発生した。霧はたちまち周囲を覆い、視界を埋め尽くしていく。
「な、なんだこれは?」
大介は慌てて身構える。だが霧は、現れた時と同じく唐突に消える。霧と入れ替わるかのように、そこには異形の者が出現していた……。
虎のような顔。三メートルはあろう巨大な体は、縞模様の毛皮に覆われている。だが、首の周りにはたてがみが生えていた。
まるで虎と人間とを、悪魔が気まぐれで合成させたような、恐ろしい姿の怪物だ。
怪物は大介を見つめ、その口を開く。
「ライガージョー、推参……」
その声は落ち着いたものであった。己に対する圧倒的な自信を感じさせる、低く渋い声。大介は、思わず後ずさりしていた。こいつは、掛け値なしの怪物だ。もはや、人間を……いや、妖怪をも超越している。
「大介! 我と闘え! 我を楽しませよ!」
吠えると同時に、ライガージョーは襲いかかる。鉤爪の生えた手が、大介に迫る。
大介は床を転がり、かろうじて躱した。こいつの強さは桁外れだ。人間どころか、妖怪のレベルすら超えている。今まで出会った中でも、最強の相手だ。
体に震えが走る。本音を言うなら、今すぐにでも逃げ出したい。
それでも、逃げるわけにはいかないのだ。
こんなところで、止まってられねえ!
自分が逃げ出したら、シローラモの計画を阻む者がいなくなってしまうのだ。
大介は構えた。この怪物に勝つには、音速を超える拳をダース単位で叩き込むしかない。
無論、ライガージョーの強靭な体に通用するかは不明だ。しかも、この怪物に勝ったとしても……その後には、アマクサシローラモが控えている。
だがシローラモを止めるには、ライガージョーを倒すしかないのだ。
すると、ライガージョーの動きが止まる。
「フッ、大介よ……実にいい表情だ。己の持つ全てを、この一撃にこめる。そんな気迫に満ちている。我は嬉しいぞ! この時代で、お前のような漢に出会えるとはな!」
直後、獣の咆哮と共に、ライガージョーは襲いかかる──
その時、声が響いた。
「待たんか二人とも」
緊迫した空気の中に、いきなり乱入してきた者がいる。
それはベンケイであった。足を引きずりながら、二人に近づいて来る。さらに、佑清も真面目くさった顔で後に続く。
「なんだベンケイ! 勝負の邪魔をするなら、貴様も殺すぞ!」
怒鳴るライガージョー。だが、ベンケイはあくまで冷静だ。
「獅子虎……勝負の最中にすまないが、おっパブに連れて行ってくれないか? この足では、歩くのも億劫なのだ」
「おっパブ? なんだそれは?」
「それはだな……」
ベンケイは言いかけたが、訝しげな様子でこちらを見ている大介に気づく。
「うむ、高校生にはまだ早いな。獅子虎、耳を貸してくれ」
そう言うと、ベンケイはライガージョーの耳元に顔を近づけた。そして、おっパブとは何かを小声で説明する。
すると、ライガージョーの虎面に変化が生じる。
「なんだ、と……そんな桃源郷のような場所があったとはな」
「そうなのだ。俺は佑清と二人で行くつもりであったが、俺の体にはダメージが残っていて歩くのがキツい。そこでだ、お前の力を借りようと思ったのだ。お前なら、我ら二人を運ぶことなど容易いだろう」
「フッ、もちろんだ」
そう言うと、ライガージョーは大介の方を向いた。
「大介、この勝負しばらく預ける。俺は、この二人と一緒におっパブに行かねばならんのでな」
言葉の直後、ライガージョーは壁を殴りつける。
地響きのような音ともに、建物全体が揺れるような衝撃が走る……やがて壁が崩れ、巨大な穴が空いた。
ライガージョーはベンケイと佑清を小脇に抱えると、唖然としている大介に振り向いて見せる。
「フッフッフ……もし我と決着をつけたいなら、十八歳になってからだ」
「な、なんのことだ? おっパブってなんだよ?」
呟く大介。だが、ライガージョーはお構い無しだ。
「お前に、ひとつ予言しておこう。アマクサシローラモの前に対峙する時……その時こそ、貴様にとって最大の試練が訪れる! 蝕の時を生き延びたなら、また会おう!」
言葉の直後、ライガージョーの背中に巨大な翼が生える。コウモリのそれにも似た、まがまがしい形状の翼だ。
ライガージョーは翼を広げ、ベンケイと佑清を抱えたまま飛び去って行った──
「だから、おっパブって何なの?」
ひとり残された大介は、呆然とした表情で呟いた。そう、大介は童貞な上に格闘バカである。したがって、おっパブなどという単語は彼の辞書にはない。とても残念な少年なのである。
「そうか、ありがとう」
大介は、険しい表情で旅館を見上げた。傍らにいる猫耳小僧は、不安を隠しきれないようだ。落ちつかない様子で、周囲をキョロキョロ見回している。
二人は、阿久静屋なる旅館に来ていた。もっとも、既に営業を停止している。いずれ、市が取り壊すことになっているらしい。周囲の豊かな自然とは不釣り合いな、けばけばしい外装と派手な看板には不快感すら覚える。
しかし何より疑問なのは、その高さであった。恐らく四階分はあるだろう。四階建てとなると、旅館というよりはホテルに近い。なぜ、山奥にこんなものを建てたのだろうか。
いや、そんなことはどうでもいい。大介は、猫耳小僧の方を向いた。
「ここまででいい。お前は帰れ。帰って、双太郎にこの地を離れるよう言ってくれ」
途端に、猫耳小僧の目が吊り上がる。
「ニャニャ!? な、なんでだニャ!? ここまで来たんだから、俺も一緒に闘うニャ!」
「ダメだ。お前は帰れ! でないと怒るぞ!」
強い口調に、猫耳小僧はしょぼんとなった。
「お、俺が弱虫だからかニャ……」
「違う。アマクサ・シローラモが粛正しようとしているのは人間だけだ。妖怪のお前には関係ない。これは、人間の手で始末をつけなきゃならない問題なんだ」
そう言うと、大介は猫耳小僧の頭を撫でた。
「いいか、もし俺が殺られたら……その時は、お前が仇を討ってくれ。わかったな?」
「わ、わかったニャ」
「そうか。なら、早く帰れ。後のことは頼んだぞ」
ガックリ肩を落として、とぼとぼ歩いていく猫耳小僧。その背中に、大介は頭を下げる。
「すまないな。お前の気持ちは嬉しいが、これは危険過ぎる。巻き込めないんだ」
阿久静屋に侵入した大介は、ゆっくりと周囲を見回す。館内は沈黙に支配されており、様々な物の残骸が転がっている。古いパンフレットの類いや、ボロボロになったソファーなどなど。テーブルやカウンターなどは汚く汚れているものの、未だに現役で使えそうだ。
なんだここは?
大介には、はっきりとわかる。一見すると無人に思えるが、凄まじいまでの闘気が漂っているのだ。ここには、恐ろしい何かが潜んでいる──
「お前が、大門大介か」
声と共に、奥から現れた者がいる。
頭は、ツルツルに剃り上げられたスキンヘッドだ。口にはヒゲを生やし、体重は軽く百キロを超えているだろう巨漢である。奇妙なデザインの黒い胴着を着ており、見るからに異様な人物だ。
「ああ、俺が大門大介だよ。お前は、ここの番人か?」
身構えつつ、大介は聞き返した。すると、思いもよらぬ言葉が返ってくる。
「俺の名は、バイソン・ベンケイ。プロ・カラテでもナンバー1の怪力の持ち主だ!」
「えっ?」
わけがわからず、大介は困惑する。プロ・カラテとは何だろう。空手の一流派だろうか。
「大介、お前が用があるのは、アマクサ・シローラモだろう。奴は四階にいる。俺を倒さなくては、上の階に行くことは出来んぞ!」
叫ぶと同時に、ベンケイは突進してきた──
大介の顔面を襲う、ベンケイの正拳突き……それは、単なる力任せの突きではない。岩のように厳つい拳が、恐ろしい速さで飛んでくるのだ。さすがの大介も、上体を反らし躱すのがやっとである。
しかも、攻撃は単発では終わらない。続けざまに、横殴りの鉤突きが襲う。ボクシングのフックのような突きだ。大介は躱しきれず、上腕でガードする。その威力は凄まじいものであった。腕が折れそうな痛みを覚える。実際、受ける角度とタイミングを間違えたら、腕が折れていたかもしれない。
一方、ベンケイはニヤリと笑った。
「初手で葬るつもりだったが……さすが大介、噂に聞いていただけのことはあるな。だがな、プロ・カラテの名誉にかけても、必ずお前を倒す!」
「だから、プロ・カラテって何なんだよ!? つーか、バイソン・ベンケイってなんだ? リングネームかよ?」
身構えつつも、大介は次々と湧いてくる疑問の答えを求めずにいられなかった。
だが、返ってきたのは答えではなく、ベンケイの拳であった──
ベンケイのパワーは、確かに凄まじいものだった。丸太のように太い腕に、岩のごとき体格。その体格が、猛牛のような勢いで突進し突き蹴りを放ってくるのだ。躱すタイミングを一瞬でも誤れば、その時に勝負は決する。
一年前の大介なら、確実に倒されていたはずであった。
だが、今は違う──
見える……奴の動きが完璧に追える!
この街に来て、大介は口裂け女という妖怪と出会った。彼女に一目惚れした大介であったが、口裂け女の態度はつれない。口説いてはひっぱたかれ、迫っては蹴り倒され、そんな親しいお付き合い……いやド突き合いの日々が、彼の戦闘能力を鍛え上げていたのである。
口裂け女の速く変則的な攻撃に比べれば、ベンケイの直線的な攻撃は読みやすい。冷静に軌道を見切り、躱していく大介。躱しつつも、カウンターの攻撃を入れるタイミングを計っている。
やがて、絶好のタイミングが訪れた。攻撃を躱され続けたベンケイは、完全に苛立っていた。強引に突進し、腕を振り上げる。大振りの右鉤突きを放とうとした。
その瞬間、大介は飛び上がる。己の全力を右足に込めたジャンピングハイキックを放つ。
大介の右足は、ベンケイの側頭部へと叩き込まれた。さすがのタフなベンケイも耐えられず、ガクンと崩れ落ちる。強烈なハイキックをカウンターでもらったため、脳震盪を起こし立っていられなくなったのだ。
並のファイターならば、そのまま倒れていただろう。しかし、ベンケイもただ者ではない。必死の形相で足に力を入れ、立ち上がろうとする。そんなベンケイの顔めがけ、大介はとどめの一撃を叩き込む。空手の下段突きだ──
大介の下段突きは、コンクリートブロックすら破壊できる。まともに食らえば、ベンケイの頭蓋骨は陥没していただろう。だが大介は、寸前で突きを止めた。
「ベンケイ、お前の敗けだ! では、通らせてもらうぞ」
そう言うと、大介は立ち上がった。ベンケイは倒れたまま、フッと笑みを浮かべる。
「大介、お前の勝ちだ。まさか、プロ・カラテの俺が空手技で敗れるとはな。大した奴だ」
「ちょっと待て! だから、プロ・カラテって何だよ?」
混乱する大介。だが、ベンケイは不敵な笑みを浮かべて首を振る。
「プロ・カラテ1の怪力とは言われた俺が、お前のようなガキに敗れるとはな。俺も、弱くなったもんだ。だが、悔いはない。闘いの中で死ねたのだからな」
芝居がかった口調で言ったかと思うと、ベンケイはガクリと首を落とす。
「い、いや……お前は命に別状ないから! とりあえず、死にはしないから!」
大介は叫ぶ。だが、ベンケイは起き上がろうとしない。とりあえず、闘いに敗れ死んでしまったという己の設定を、頑なに守っているようだ。
あまりのアホらしさに思わず顔をしかめたが、すぐに側を通り過ぎて行った。この変人に構っている暇はない。一刻も早く、シローラモの計画を止めなくては──
大介が立ち去った時、タイミングを計るかのようにベンケイはむっくりと起き上がった。
「敗けてしまったな……気晴らしに、おっぱいパブでも行くとするか」
真顔でそんなことを呟きながら、ベンケイは立ち上がる。顔をしかめながら、少しずつ歩き出した。
「おっぱいパブにも、マムシの生き血酒があればいいのだが……」
そう、マムシの生き血はベンケイの大好物なのだ──
一方、大介は奥にある階段を昇り、二階へと到着する。ここは、下と比べるとさらに散らかっている。食器らしきものが転がり、だが、部屋の様子をのんびり見ている暇などなかった。
到着と同時に、いきなり奇怪な声が聞こえてきたのだ。
「貴様が大門大介か?」
言いながら、歩いて来たのは……ベンケイよりもさらに奇怪な見た目の男だった。真っ赤な髪と真っ白く塗られた顔、さらに奇妙なデザインの着物を身にまとった男である。
大介はただならぬ闘気を感じ、思わず身構えた。
「ああ、俺が大門大介だ。貴様も、ここを守る番人か?」
「いかにも。我が名は、平佑清なり。いざ尋常に、勝負!」
叫ぶと同時に、佑清はいきなり逆立ちをしたのだ。
直後、コマのように回転する──
「なんだと!?」
驚愕する大介。佑清は逆立ちの状態でコマのように高速回転し、足をビュンビュン振り回して来る。大介は近づくことすら出来ない。かろうじて躱すと、後退し間合を離す。
すると、佑清の動きが止まった。パッと立ち上がり、大介を睨み付ける。
「大門大介……この時代における屈指の武術家と聞いていたのだがな、我が火歩泳羅の前には手も足も出んようだな!」
「カ、カポエイラだと?」
・・・
カポエイラとは、ブラジルの奴隷たちの間に広まった武術である……が、最近の研究では、源平の時代に活躍した武士・平佑清が始祖だという説が浮上している。
佑清は血のにじむような努力の末、逆立ちした状態から高速回転し連続蹴りを繰り出す新しい闘法・火歩泳羅を編み出し、源義経や武蔵坊ベンケイらと死闘を繰り広げたという。
後に平家の敗北が決定的となった壇之浦の戦いで、佑清も海に身を投げたはずだったが、神風に飛ばされ……気がつくと、地球の裏側ブラジルに漂着していたのである。
佑清はブラジルの原住民たちに自身の編み出した闘法を伝授し、これが現在のカポエイラの基となったと伝えられている。
余談になるが、後に猫神家の遺産相続をめぐる連続殺人事件が起きたが、この騒動の中心人物である猫神佑清《ネコガミ スケキヨ》こと阿呆沼静馬《アホヌマ シズマ》は殺害されたというのが当時の見解であった。しかし実は、湖にて古式の火歩泳羅の練習中に不慮の事故で亡くなったのではないか、という新たな説も浮上している。
死体となって発見された静馬は逆立ちの状態であったことも、この説の信憑性を高めている。
──明民書房刊『カポエイラの真実』より抜粋──
・・・
「大介よ! 我が火歩泳羅の秘技、とくと味わうがいい!」
叫ぶと同時に、佑清はまたしても逆立ちする。そのまま高速で回転し突っ込んで来た。その様は、まさにハリケーンそのものである。周囲の物を蹴りで薙ぎ倒しつつ、大介へと迫って行く──
しかし、大介は不敵な笑みを浮かべた。
「フッ……佑清! 貴様のカポエイラの弱点は見切ったぞ!」
声と同時に、大介はダッシュする。
体を沈めると同時に、スライディングキックを叩きこんだ──
「なんだと!?」
コマの軸にあたる手にスライディングキックを受け、派手に倒れる佑清。しかし、大介の攻撃は止まらない。次いで、水面蹴りが放たれる──
本来なら、立っている状態の軸足を刈るための技である水面蹴り。しかし今、バランスを崩し倒れた佑清の顔面に、大介の踵が炸裂したのだ。
佑清は、蹴りのダメージにより意識を失った。
「なんてトリッキーな技なんだ。恐ろしい奴め」
大介は倒れている佑清を一瞥すると、階段へと歩いていく。ここは二階で、シローラモは四階にいるらしい。恐らく、シローラモを止めるには、あとひとりを倒さねばならないのであろう。
急がなければ。
大介が立ち去った後、倒れている佑清に歩み寄る者がいた。
「佑清、起きろ」
頬をはたかれ、佑清は目を開ける。目の前にはベンケイがいた。
「ベンケイか……我は、奴に敗れたのか」
「ああ、大介に負けたのだ。それより佑清、一緒におっパブ行かないか?」
「おっパブ? なんだそれは?」
聞き返す佑清に、ベンケイは真面目な表情で答える。
「おっパブとは、おっぱいパブの略だ。上半身裸の美しい女性が、酒と料理でもてなしてくれる場所なのだよ」
「上半身裸!? というと、裸体でござるか!?」
目を輝かせる佑清に、ベンケイは真顔で頷く。
「さよう、裸体だ」
「行くに決まっておろう! そんな天国のような場所があったとは!」
「では、行くとしよう。殴りあうより、おっパブの方が数倍楽しいからな」
大介は階段を上がり、上の階へと到着する。この階だけ、やたら天井が高いのだが……どういう訳なのだろう。
だが、そんなことを考えている暇などなかった。
「大門大介、よくここまで来たな」
声とともに現れた者、それは戦国時代の野武士のごとき風体の男であった。身長は二メートル以上、体重は百キロを軽く超えている。着物姿だが、鍛えぬかれた体をしているのは一目瞭然だ。先ほどのバイソン・ベンケイが、小さく思えるほどの巨漢である。
「お前が、この階の門番か?」
大介の言葉に、男は頷いた。
「そうだ。冥土の土産に教えてやろう……俺の名は獅子虎浄之進だ。いざ、尋常に勝負!」
言うと同時に、獅子虎は巨体を踊らせ襲いかかってきた──
獅子虎の攻撃は、速い上にキレがある。しかも、筋肉の塊のような体から繰り出される突き蹴りは、並みの人間なら一撃で絶命させられるであろう。
数々の敵を討ち果たしてきた大介も、獅子虎の攻撃には防戦一方だ。
相手の圧力に耐えられず、ジリジリと後退する大介。その時、何かにつまづき仰向けに倒れた。
「戦場で倒れるとは、なんと未熟な奴! その未熟さを地獄で悔いよ!」
獅子虎は叫ぶと同時に、倒れた大介めがけ右足を降り下ろす。この巨体の踏みつけを食らったら、ひとたまりもないだろう。
しかし、大介はニヤリと笑う。
「かかったな獅子虎!」
大介の両手が伸び、獅子虎の右足をキャッチする。と同時に大介の両足が、獅子虎の左足へと巻き付く。
そのまま、一瞬で引き倒した──
「なんだと!?」
想定外の動きに、獅子虎は対応できず倒れる。しかし、大介の動きは止まらない。獅子虎の右足首を脇に挟み、同時に彼の太ももを己の両足でがっちりロックする。
次の瞬間、踵に捻りを加え足関節を極めた──
「ぐおぉぉ!」
吠える獅子虎……だが、それも無理はない。ヒールホールドを極められたのだから。
ヒールホールドは一瞬で足を壊せるため、アマチュアの試合では禁止となっているケースもある危険な関節技だ。そのヒールホールドを、大介は手加減なしで極めたのだ。
獅子虎の足は、完全に破壊されたはず。大介は立ち上がり、足を押さえる彼に複雑な表情を向ける。
「俺の勝ちだ。では、行かせてもらおう」
そう言って、立ち去りかけた大介……だが次の瞬間、驚愕の表情を浮かべ振り向いた。
獅子虎が笑っている。倒れた状態で、嬉しそうに笑っているのだ。
「大介、俺は嬉しいぞ。久しぶりに、全力を出せるのだからな」
言いながら、獅子虎が懐より取り出した物……それは、短刀だった。奇妙なデザインの、黒い短刀である。
それを鞘から抜いたかと思うと、いきなり己に突き刺したのだ。
そして叫ぶ──
「裏見念法! 獅子虎変化!」
直後、獅子虎の体から霧のようなものが発生した。霧はたちまち周囲を覆い、視界を埋め尽くしていく。
「な、なんだこれは?」
大介は慌てて身構える。だが霧は、現れた時と同じく唐突に消える。霧と入れ替わるかのように、そこには異形の者が出現していた……。
虎のような顔。三メートルはあろう巨大な体は、縞模様の毛皮に覆われている。だが、首の周りにはたてがみが生えていた。
まるで虎と人間とを、悪魔が気まぐれで合成させたような、恐ろしい姿の怪物だ。
怪物は大介を見つめ、その口を開く。
「ライガージョー、推参……」
その声は落ち着いたものであった。己に対する圧倒的な自信を感じさせる、低く渋い声。大介は、思わず後ずさりしていた。こいつは、掛け値なしの怪物だ。もはや、人間を……いや、妖怪をも超越している。
「大介! 我と闘え! 我を楽しませよ!」
吠えると同時に、ライガージョーは襲いかかる。鉤爪の生えた手が、大介に迫る。
大介は床を転がり、かろうじて躱した。こいつの強さは桁外れだ。人間どころか、妖怪のレベルすら超えている。今まで出会った中でも、最強の相手だ。
体に震えが走る。本音を言うなら、今すぐにでも逃げ出したい。
それでも、逃げるわけにはいかないのだ。
こんなところで、止まってられねえ!
自分が逃げ出したら、シローラモの計画を阻む者がいなくなってしまうのだ。
大介は構えた。この怪物に勝つには、音速を超える拳をダース単位で叩き込むしかない。
無論、ライガージョーの強靭な体に通用するかは不明だ。しかも、この怪物に勝ったとしても……その後には、アマクサシローラモが控えている。
だがシローラモを止めるには、ライガージョーを倒すしかないのだ。
すると、ライガージョーの動きが止まる。
「フッ、大介よ……実にいい表情だ。己の持つ全てを、この一撃にこめる。そんな気迫に満ちている。我は嬉しいぞ! この時代で、お前のような漢に出会えるとはな!」
直後、獣の咆哮と共に、ライガージョーは襲いかかる──
その時、声が響いた。
「待たんか二人とも」
緊迫した空気の中に、いきなり乱入してきた者がいる。
それはベンケイであった。足を引きずりながら、二人に近づいて来る。さらに、佑清も真面目くさった顔で後に続く。
「なんだベンケイ! 勝負の邪魔をするなら、貴様も殺すぞ!」
怒鳴るライガージョー。だが、ベンケイはあくまで冷静だ。
「獅子虎……勝負の最中にすまないが、おっパブに連れて行ってくれないか? この足では、歩くのも億劫なのだ」
「おっパブ? なんだそれは?」
「それはだな……」
ベンケイは言いかけたが、訝しげな様子でこちらを見ている大介に気づく。
「うむ、高校生にはまだ早いな。獅子虎、耳を貸してくれ」
そう言うと、ベンケイはライガージョーの耳元に顔を近づけた。そして、おっパブとは何かを小声で説明する。
すると、ライガージョーの虎面に変化が生じる。
「なんだ、と……そんな桃源郷のような場所があったとはな」
「そうなのだ。俺は佑清と二人で行くつもりであったが、俺の体にはダメージが残っていて歩くのがキツい。そこでだ、お前の力を借りようと思ったのだ。お前なら、我ら二人を運ぶことなど容易いだろう」
「フッ、もちろんだ」
そう言うと、ライガージョーは大介の方を向いた。
「大介、この勝負しばらく預ける。俺は、この二人と一緒におっパブに行かねばならんのでな」
言葉の直後、ライガージョーは壁を殴りつける。
地響きのような音ともに、建物全体が揺れるような衝撃が走る……やがて壁が崩れ、巨大な穴が空いた。
ライガージョーはベンケイと佑清を小脇に抱えると、唖然としている大介に振り向いて見せる。
「フッフッフ……もし我と決着をつけたいなら、十八歳になってからだ」
「な、なんのことだ? おっパブってなんだよ?」
呟く大介。だが、ライガージョーはお構い無しだ。
「お前に、ひとつ予言しておこう。アマクサシローラモの前に対峙する時……その時こそ、貴様にとって最大の試練が訪れる! 蝕の時を生き延びたなら、また会おう!」
言葉の直後、ライガージョーの背中に巨大な翼が生える。コウモリのそれにも似た、まがまがしい形状の翼だ。
ライガージョーは翼を広げ、ベンケイと佑清を抱えたまま飛び去って行った──
「だから、おっパブって何なの?」
ひとり残された大介は、呆然とした表情で呟いた。そう、大介は童貞な上に格闘バカである。したがって、おっパブなどという単語は彼の辞書にはない。とても残念な少年なのである。
0
お気に入りに追加
13
あなたにおすすめの小説
百合系サキュバス達に一目惚れされた
釧路太郎
キャラ文芸
名門零楼館高校はもともと女子高であったのだが、様々な要因で共学になって数年が経つ。
文武両道を掲げる零楼館高校はスポーツ分野だけではなく進学実績も全国レベルで見ても上位に食い込んでいるのであった。
そんな零楼館高校の歴史において今まで誰一人として選ばれたことのない“特別指名推薦”に選ばれたのが工藤珠希なのである。
工藤珠希は身長こそ平均を超えていたが、運動や学力はいたって平均クラスであり性格の良さはあるものの特筆すべき才能も無いように見られていた。
むしろ、彼女の幼馴染である工藤太郎は様々な部活の助っ人として活躍し、中学生でありながら様々な競技のプロ団体からスカウトが来るほどであった。更に、学力面においても優秀であり国内のみならず海外への進学も不可能ではないと言われるほどであった。
“特別指名推薦”の話が学校に来た時は誰もが相手を間違えているのではないかと疑ったほどであったが、零楼館高校関係者は工藤珠希で間違いないという。
工藤珠希と工藤太郎は血縁関係はなく、複雑な家庭環境であった工藤太郎が幼いころに両親を亡くしたこともあって彼は工藤家の養子として迎えられていた。
兄妹同然に育った二人ではあったが、お互いが相手の事を守ろうとする良き関係であり、恋人ではないがそれ以上に信頼しあっている。二人の関係性は苗字が同じという事もあって夫婦と揶揄されることも多々あったのだ。
工藤太郎は県外にあるスポーツ名門校からの推薦も来ていてほぼ内定していたのだが、工藤珠希が零楼館高校に入学することを決めたことを受けて彼も零楼館高校を受験することとなった。
スポーツ分野でも名をはせている零楼館高校に工藤太郎が入学すること自体は何の違和感もないのだが、本来入学する予定であった高校関係者は落胆の声をあげていたのだ。だが、彼の出自も相まって彼の意志を否定する者は誰もいなかったのである。
二人が入学する零楼館高校には外に出ていない秘密があるのだ。
零楼館高校に通う生徒のみならず、教員職員運営者の多くがサキュバスでありそのサキュバスも一般的に知られているサキュバスと違い女性を対象とした変異種なのである。
かつては“秘密の花園”と呼ばれた零楼館女子高等学校もそういった意味を持っていたのだった。
ちなみに、工藤珠希は工藤太郎の事を好きなのだが、それは誰にも言えない秘密なのである。
この作品は「小説家になろう」「カクヨム」「ノベルアッププラス」「ノベルバ」「ノベルピア」にも掲載しております。
もしも北欧神話のワルキューレが、男子高校生の担任の先生になったら。
歩く、歩く。
キャラ文芸
神話の神々と共存している現代日本。
高校に進学した室井浩二の担任教師となったのは、北欧神話における伝説の存在、ワルキューレだった。
生徒からばるきりーさんと呼ばれる彼女は神話的非日常を起こしまくり、浩二を大騒動に巻き込んでいた。
そんな中、浩二に邪神の手が伸びてきて、オーディンの愛槍グングニルにまつわる事件が起こり始める。
幾度も命の危機に瀕した彼を救う中で、ばるきりーさんは教師の使命に目覚め、最高の教師を目指すようになる。
ワルキューレとして、なにより浩二の教師として。必ず彼を守ってみせる!
これは新米教師ばるきりーさんの、神話的教師物語。
元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~
おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。
どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。
そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。
その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。
その結果、様々な女性に迫られることになる。
元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。
「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」
今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
その寵愛、仮初めにつき!
春瀬湖子
キャラ文芸
お天気雨。
別名、狐の嫁入りーー
珍しいな、なんて思いつつ家までの近道をしようと神社の鳥居をくぐった時、うっかり躓いて転んでしまった私の目の前に何故か突然狐耳の花嫁行列が現れる。
唖然として固まっている私を見た彼らは、結婚祝いの捧げだと言い出し、しかもそのまま生贄として捕まえようとしてきて……!?
「彼女、俺の恋人だから」
そんな時、私を助けてくれたのは狐耳の男の子ーーって、恋人って何ですか!?
次期領主のお狐様×あやかし世界に迷い込んだ女子大生の偽装恋人ラブコメです。
ニンジャマスター・ダイヤ
竹井ゴールド
キャラ文芸
沖縄県の手塚島で育った母子家庭の手塚大也は実母の死によって、東京の遠縁の大鳥家に引き取られる事となった。
大鳥家は大鳥コンツェルンの創業一族で、裏では日本を陰から守る政府機関・大鳥忍軍を率いる忍者一族だった。
沖縄県の手塚島で忍者の修行をして育った大也は東京に出て、忍者の争いに否応なく巻き込まれるのだった。
あやかし坂のお届けものやさん
石河 翠
キャラ文芸
会社の人事異動により、実家のある地元へ転勤が決まった主人公。
実家から通えば家賃補助は必要ないだろうと言われたが、今さら実家暮らしは無理。仕方なく、かつて祖母が住んでいた空き家に住むことに。
ところがその空き家に住むには、「お届けものやさん」をすることに同意しなくてはならないらしい。
坂の町だからこその助け合いかと思った主人公は、何も考えずに承諾するが、お願いされるお届けものとやらはどうにも変わったものばかり。
時々道ですれ違う、宅配便のお兄さんもちょっと変わっていて……。
坂の上の町で繰り広げられる少し不思議な恋物語。
表紙画像は、写真ACよりチョコラテさまの作品(写真ID28425604)をお借りしています。
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる