大門大介は番長である!

板倉恭司

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驚異! 自爆霊!(1)

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  最近、彩佳市は平和そのものであった。
 「動物をいじめるなあぁ!」などと吠えながら襲いかかって来る濃い顔の大男、さらに暴走するバイクを走って追い抜く少女といった奇怪な目撃談が相次ぎ、昭和の時代にいたようなアホな若者たちの活動は縮小気味であった。
 しかし、そうした目撃談は別のタイプの若者をも呼び寄せる。今度は、スマホを片手にキョロキョロする若者たちが、大量に押し寄せるようになってしまったのだ。
 彼らの目的は、新たなる妖怪たちを目撃することである。さらに、噂に名高い妖怪の動画を撮ることが出来れば、自分も一気に人気者になれるかもしれない……という、実に浅はかな目論見ゆえであった。
 そして今日も、愚かな若者たちが彩佳市を訪れる。



 そこには、数人の男女のグループがいた。特に暴力的な雰囲気があるわけでも、無法を好むような人相をしているわけでもない。ただ、その目には好奇心があふれている。

「おい、ここで間違いないのか?」

 リーダー格らしき青年の問いに、別の若者が答える。

「ああ、そうらしいよ。このトンネルの中に、女の幽霊が出るんだって」

 その言葉を聞き、若い女が笑った。

「だったら早く行こうよ。心霊写真が撮れれば、インスタ映えしそうじゃん」

 そんなことを口々に言いながら、我が物顔でずんずん歩いていく若者たち。彼らは、楽しくて仕方ないと言わんばかりの様子である。
 だが、彼らの天下も長くは続かなかった。



 トンネルの前に立った若者たち。そのまま入って行ったが、道路の上に奇妙なものを発見した。緋色ひいろのツナギのような服を着た者が倒れているのだ。緋色のヘルメットを被っているため、顔は見えないが。

「な、何だこいつは?」

 ひとりの若者が、恐る恐る近づいていく。別の若者はスマホをを向けている。SNSのネタにでもしようというのだろうか。
 彼らは分かっていなかった。自分たちが今、どれだけ危険な状況にいるのかを。
 いきなり、ツナギ人間は立ち上がった。若者たちの姿を見るや、パッと飛び退く。直後、ツナギに付いているスイッチを押した。
 唖然となる若者たち。直後、パンッと弾けるような音がした。ついで、ツナギから白い煙が上がる。
 だが、それだけだった。緋色のツナギには、何の異常もない。その時、ヘルメット越しにこんな声が聞こえた。

「くそ! 失敗か!」

 その声は、確かに男のものだった。それも、若者の……いや、少年の声といった方が正確だろう。
 若者たちは何事が起きたのか分からず、ただただうろたえるばかりだ。しかし、ツナギの少年は自分が何をすればいいか理解していた。
 次の瞬間、少年は動いた。滑るようなフットワークで間合いを詰め、右のパンチを放つ。その拳は、手近にいた若者の顎に炸裂した。スピードとキレのあるパンチを顎に受け、若者は崩れ落ちる。
 一方、少年の行動には一切のためらいがない。流れるような動きで、他の若者たちへと襲いかかっていった。



 数分後……若者たちは全員叩きのめされ、地面に倒れていた。呻き声を上げてはいるが、命に別状はなさそうだ。
 ツナギの少年はというと、現れた時と同じく唐突に姿を消していた。

 ・・・

「店長! お先に失礼します!」

 直立不動の姿勢で挨拶し、バイト先のコンビニを後にする大介。停めておいたママチャリに乗り、猫耳小僧や送り犬らと会うため神社へと向かう。

「まったく、あんなに暑苦しい生き方してて疲れないのかねえ」

 ぶつぶつ言いながら、仕事を続ける梅津和子。その時、ピンク色の特攻服を着た少女が店内に入って来た。誰なのかは、顔を見なくても分かる。梅津の後輩・日野秀子である。

「和子さん、ちわっす。今日は、入れ歯の洗浄剤買いに来たんですけど」

 いきなりそんなことを聞かれ、梅津は首を捻る。目の前にいる少女は、確か女子高生のはず。まだ十八歳にもならないのに、入れ歯の世話になっているのだろうか。いや、そんなはずはあるまい。となると……。

「秀子、あんた洗浄剤で何する気だい?」

「へっ? な、何って?」

 今度は、日野が首を捻る番だった。だが、梅津は険しい表情で言葉を続ける。

「あんたまさか、入れ歯の洗浄剤を砕いて鼻から吸ったり、注射したりするんじゃないだろうね!? いいかい、ドラッグだけは絶対に駄目だよ──」
 
「んなこと、する訳ないじゃないですか! うちの婆ちゃんが、部分入れ歯の洗浄剤を切らしたから買いに来たんですよ! だいたい、洗浄剤なんか注射したら死んじゃいますよ!」

「そ、そうだよね……あはははは」

 仕方ないので、梅津は笑ってごまかした。それを見た日野は、呆れたような顔でため息を吐いた。

「ったく、あたしがドラッグなんかやる訳ないじゃないですか。和子さん、たまに真顔でボケたこと言いますよね」

 ぶつぶつ言いながら、日野は買い物カゴに洗浄剤を放り込む。さらに、ロールケーキと牛乳も入れる。

「うちの婆ちゃん、ロールケーキ食べて牛乳飲みながらプロレス見るのが大好きなんですよね。しかも最近は筋トレまで始めちゃったんですよ」

「えっ、筋トレ?」

  筋トレと聞いて、梅津が瞬時に思い浮かべた者……それは、言うまでもなく大門大介である。筋トレが好きとなると、あの筋肉バカと気が合いそうだ。

「そうなんですよ。うちの中でスクワットしたりダンベル持ち上げたり……もう六十過ぎてんのに、やたら元気で困ったもんです」

 愚痴りながら、日野は買い物袋を下げて帰っていく。なんのかんの言いながらも、わざわざ婆ちゃんの為に買い物に来るあたり、彼女は基本的にいい人間なのである。梅津は微笑みながら、帰っていく姿を見ていた。
 ふと、今聞いた話を考える。筋トレ好きな婆ちゃんとは……もし来店したら、あの少年と気が合うのではないだろうか。梅津は、大介と日野秀子の婆ちゃん(会ったこともないが)が、二人仲良くボディービルダーのごときポーズを取っている場面を想像してみた。
 途端に、頭が痛くなる。

「そんなの、恐怖映像だろうが………」

 ・・・

 その頃大介は、猫耳小僧や送り犬らと会うためにママチャリを漕いでいた。カゴには、二人に渡す弁当が乗っている。

「あいつら、喜んでくれるかな?」

 そんなことを言いながら、大介はママチャリを走らせる。だが、彼は前方に奇妙なものを発見した。緋色の何かが、道端に転がっているのだ。

 思わず立ち止まり、ママチャリを停める大介。倒れている何者かに、用心しつつ近づいて行く。どうやら、緋色のツナギを着てフルフェースのヘルメットを被った人間のようだ。道路の真ん中で倒れているあたり、どう見ても普通ではない。
 常人ならば、携帯電話を取り出し救急車なり警察なりを呼んでいただろう。だが、大介はただの高校生ではない。時代から取り残された番長なのだ。当然ながら、携帯電話などという文明の理器など持っているはずもない。

「おい、あんた。大丈夫か? 怪我してないか?」

 声をかけながら、大介はその場にしゃがみ込む。しかし、倒れている者はフルフェースのヘルメットを被っている。当然ながら、顔は見えない。顔が見えなければ、どのような症状かの判断は出来ないのだ。

「お前、悪いがヘルメット脱がせてもらうぞ。いいな?」

 言いながら、大介はヘルメットを脱がせた。
 フルフェースのヘルメットから出てきたのは、少年の顔だった。年齢は十代の半ばだろうか。大介とは違い、歳相応の若さ溢れる顔立ちだ。

「大丈夫か? しっかりしろ」

 言いながら、大介は少年を抱き起こす。その時、少年は目を開けた。
 虚ろな目で、少年は大介を見つめた。次の瞬間、その表情が歪んだ。舌打ちすると同時に、素早い動きで飛び退く。

「お、おい……お前、大丈夫か? 凄い動きだな」

 感心した表情で言いながら、大介は近づいていく。すると、少年は動いた。速くキレのある左ジャブが飛んで来る。
 大介は、そのパンチを払い落とした。だが、続けて右のストレートが放たれた。大介はそのパンチを避け切れず、とっさに左腕でガードする。
 悪くはないパンチだ。スピードとキレに関しては申し分ない。しかし、大介とでは体格差がありすぎた。少年の体重は、六十キロあるかないか……大介の方は百キロ、ヘビー級の体格である。ここまで体格差があると、いかに優れた格闘技術を持っていても一撃で倒すのは難しい。大介はパンチをガードしつつ、反射的に両手で突き飛ばした。

「お前、いきなり何しやがる!」

 怒鳴りつける大介に、少年はなおも襲いかかる。スピードとキレのあるハイキックが、大介の顔面へと放たれた。からくも躱す大介だったが、続けて上段への後ろ回し蹴りが放たれた。さすがに躱しきれず、またしても腕でガードする。

  大介は顔をしかめ、反撃の正拳を繰り出す。少年は素早い動きでバックステップし、正拳突きを躱した。

「お前、誰だ! なぜ俺を狙う!?」

 叫ぶ大介。だが、少年は無言のままだ。再び身構え、大介を睨みつける。その顔には、感情らしきものが一切浮かんでいない。まるで、SF映画に登場するアンドロイドのようだ。

 こいつは、いったい何者なんだ?

 その時、どこからか声が響いてきた。

「大介! 大丈夫かい!」

 直後、赤いコートを着た女が飛び込んで来た。大介の前に立ち、少年を睨みつける。

「ク、クチサケさん!?」

 思わず叫ぶ大介。そう、彼の前にいるのは口裂け女であった。肉感的なセクシーボディを真紅のコートに包み、太腿もあらわに少年を睨みつけている。
 さすがの少年も、この奇妙な乱入者には怯んだらしい。その顔に、初めて迷いらしきものが現れた。
 だが、さらなる声が聞こえてきた。

「大介! 助けに来たニャ!」

「大丈夫かワン!」

 大介の友である猫耳小僧と送り犬まで現れた。さすがの少年も、この状況が圧倒的に不利であることを理解したらしい。くるりと背を向け、森の中へと消えていく──
 それを見た口裂け女は、チッと舌打ちした。

「逃げやがったか。大介、大丈夫かい?」

「は、はい。ところでクチサケさん、こんなところで何してるんですか?」

 不思議そうな顔で、口裂け女に尋ねる大介。そのとたん、彼女の頬が真っ赤に染まる。

「な、何してようがあんたに関係ないだろ! あたしは偶然、ここを通りかかっただけだよ! 別に、あんたの顔を見に来たわけじゃないよ!」

 口裂け女は、真っ赤な顔で怒鳴りつける。まともな感性を持っているなら、この態度から何かを感じるはずなのだが……あいにく大介の感性は、常人の斜め上を行っている。しかも彼は、どっかのハーレム主人公並に鈍感なのだ。彼女の言葉を額面通りに受け取り、納得した様子で頷いた。

「そ、そうですか。偶然でしたか。しかし、偶然とはいえクチサケさんに出会えたのは、ものすごく嬉しいです。これから一緒に、裏拳脾臓うらけんひぞう打ちの練習でもしませんか!?」

 そんなことを言いながら、口裂け女に迫る大介。だが、彼女の態度は──

「んなもん、誰がするかあ!」

 怒鳴りつけ、ぷんぷん怒りもあらわに去って行った。そんな後ろ姿を、大介は悲しげな顔で見ていた。さらに、そんな二人を見ている猫耳小僧と送り犬。

「あいつらは、アホだニャ」

 猫耳小僧の言葉に、送り犬が頷いた。













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