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ボリス編
ビリー、ニコライと密談する
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「ユーラックのグレン、だと? 間違いなく、そう言ったんだな?」
「ええ。間違いなく、そう言っていました。私の記憶が確かなら……グレンとは、ユーラックのリーダーでしたよね?」
「ああ、そのはずよ。本物ならね」
ニコライは、難しい表情で床を見つめた。
ユーラックのグレンといえば、このゴーダムでも知らない者はいない。しかし、ニコライとの交流はないに等しい。言葉を交わした記憶もない。顔を合わせたのも、ショウゲン主催の食事会が初めてである。
そのグレンが、わざわざここまで来るとは……確実にただ事ではない。
「他には、何も言っていなかったのかい?」
「はい。ユーラックのグレンが会いたがっていたと伝えといてくれ、とだけ」
「そっかぁ……となると、こっちから行かないとマズイな。ただ、ユーラックの縄張りには行きたくないんだよ。バカ丸だしの奴が多いからさ」
その時、店の扉が開いた。と同時に、ビリーが音もなく入って来る。
「マズイことになりました。ニコライさん、大事な話があります。ちょっと来てもらえませんか?」
入って来るなり、堅い表情でビリーは言った。いいですか? と、一応は選択をこちらに委ねてはいる。だが、その顔からは、是が非でも来てもらおう……という有無を言わさぬ強い意思が感じ取れる。断れるような雰囲気ではない。
「いいよ」
ニコライは頷くと、ボリスの方を向いた。
「悪いが、また出かける。店番頼んだよ」
「おひとりで大丈夫ですか?」
心配そうに声をかけるボリスに、ニコライは肩をすくめた。
「まあ、何とかなるだろ。とりあえず、後はよろしく」
ニコライとビリーは、トライブの仕切る酒場へと入っていった。ビリーは何のためらいもなく、奥の部屋へとずかずか進んで行く。酒場の主人は、突然の出来事に目を白黒させていた。
「ビリーさん、いったい何事ですか?」
「お前は知らない方がいいことだ。悪いが、下の部屋を借りるぞ。しばらくの間、誰も入れるな」
言いながら、ビリーはさらに奥へと入って行く。彼には珍しく、乱暴な口調だ。いったい何が起きたのだろうか……ニコライは首を捻りながら、後を付いて行った。
地下の酒蔵に入ると、ビリーは立ち止まる。周囲には、酒樽やガラス瓶などが置かれていた。ランプの僅かな明かりだけが、かろうじて周囲を照らしている。ニコライは、おずおずとした口調で尋ねた。
「なあ、男ふたりでこんな所に入ったら、変な誤解されるかもしれないぜ。いったい何の用だよ」
「昼間、ユーラックのグレンがトライブに乗り込んで来ました」
その言葉に、ニコライの態度は一変した。
「何だと? あいつ、何しに来たんだよ?」
「ユーラックのシドが、暴漢に襲われたようです。返り討ちにしたそうですがね……その暴漢は、かつてトライブのメンバーだった男なんですよ。グレンは、ショウゲンさんにそのことを告げに来たんです。かなりふざけた態度ではありましたが」
静かな口調で、ビリーは語る。
ニコライは顔をしかめ、下を向いた。となると、グレンが店に来たのは、その帰りということか。では、グレンは自分に何をさせようとしているのだろう。
奴が来た事実は、今は伏せておこう……そう思いながら、ニコライはビリーの言葉に耳を傾けていた。
「やったのは、トライブのメンバーだったテッドという男です。しかし、一月ほど前に破門されていました。奴がなぜ、シドを襲ったのかは分かりませんが……ユーラックのバカ共は、かなりピリピリしているようです」
黙り込むニコライに、ビリーは淡々と状況を説明している。一見すると冷静そのものに見えるが、彼もまた腹を立てているはずだ。ショウゲンに心酔しているビリーにとって、グレンの無礼な態度は許しがたいものだろう。
「で、俺は何をすればいい?」
ニコライは、顔を上げて尋ねる。だが、何となく察しはついていた。
「このことは、トライブでも上の人間しか知りません。このまま話し合いで終わればいいのですが、それでは済まない可能性があります。何せ、ユーラックのナンバー2であるシドが狙われたわけですからね。ですから……今は大変な時である、と知っておいてもらいたいのですよ」
そこで、ビリーは言葉を止めた。ニコライの目を、じっと見つめる。
「大変な時だということを知った上で、万が一の場合……あなたには、良識ある行動を期待しているのですよ」
その言葉が何を意味するか、ニコライには分かっている。万が一、戦争になったら、トライブの手駒になれ……そう言っているのだ。
だが、ニコライは敢えて気付かぬふりをした。
「なるほど、おっかない話だな。だったら、しばらくは良識を働かせておとなしくしてるよ。さてと、そろそろ帰らないとな。店の帳簿をつけないといけないんだよ」
そう言うと、ニコライは扉の方に歩き出す。だが、ビリーも素早く動いた。扉を開けると、顔を近づけ囁く。
「お送りしますよ。ところで、お忘れかもしれませんが……あなたは、僕に借りがあるはずです」
ビリーは、にっこり微笑んだ。借りとは何であるか、ニコライにはわかっている……アンクルのことだ。
しかし、ニコライは動じなかった。こちらも微笑みながら、言葉を返す。
「何のことか、わからないな。話の続きは、また今度にしようよ。お互い、忙しい身だからな」
帰り道、ニコライとビリーは並んで歩いていた。このあたりは、トライブの縄張りである。幹部のビリーが一緒にいる限り、誰もニコライに手出しはしない。
「ところでビリー、お前にひとつ聞きたいんだけど……トライブのシマでは、バンパイアの被害が出てないよな?」
不意に、ニコライが尋ねた。
「そのようですね。我々の見回りが、功を奏しているようです」
「本当に、それだけかい?」
言いながら、ニコライは立ち止まった。意味ありげな視線をビリーに向ける。
「どういう意味です?」
ビリーも、その場に立ち止まる。先ほどまでの温厚そうな表情は消え、険しい顔つきになっていた。
「そんなの、いちいち説明するまでもないでしょうが。俺の言わんとするところは、お前もわかってるはずだよ?」
「ええ、わかります。しかし、僕の口からは、これ以上は何も言えません。あなたも、僕の立場はおわかりでしょう」
不意に、ビリーの表情が歪んだ。
「僕の本音を言うなら、バンパイアなど絶滅させてやりたいですよ。でも、それは出来ない」
その表情を見て、ニコライは微かな哀れみを感じた。基本的には、ビリーは正義感が強く真っすぐな青年である。だが、トライブという巨大な組織の中で上に昇るには、裏技も使う必要がある。目をつぶらねばならないこともある。
しかし、ビリーの本質は今も変わっていない。だからこそ、やりきれない部分もあるのだろう。
「わかった。じゃあ、そういうことにしとくよ」
その時、ニコライの表情が歪んだ。
「ねえ、ビリー……あれは、お前の知り合いかい?」
ニコライの言葉に、ビリーは訝しげな表情で顔を上げる。
「何を言っているのです──」
そこで、ビリーは口を閉じた。数メートル先には、汚らしい服を着た男が立っている。髪はボサボサで、服は穴だらけだ。体は痩せこけているが、目だけはギラギラ輝いている。街灯の僅かな光の下でも、男が正気ではないのが見てとれた。
「お前、何か用か?」
鋭い声を発した直後、ビリーは腰の刀に手を伸ばす。だが、男は何も答えない。
いや、何か言っているのは見える。先ほどから、ビリーを凝視したまま、小刻みに口を動かしている。あたかも呪文を唱えているかのように。何かを言っているのは分かるのだが、その声は全く聞こえてこないのだ。
ビリーの目が、すっと細くなった。ニコライに下がるよう手で合図しつつ、刀の柄を握る。
「何を言っているんだ? お前、死にたいのか?」
ビリーが言った瞬間、男は奇声を上げた。と同時に、何かを振り上げる。
それは、錆びてボロボロになったナイフであった。直後、凄まじい形相で男は突進した。ナイフを振り上げ、ビリーに襲いかかる。
その時、ビリーの刀が抜かれた。一太刀で、男の腕を切り落とす──
ナイフを握っていた手は、ぽとりと地面に落ちた。直後、大量の血がほとばしる。
だが、男は平気な顔だ。片腕を切り落とされたにもかかわらず、奇声を発しながら、素手で襲いかかる──
それは、この世のものとも思えない光景であった。普通の人間なら、恐怖に駆られ逃げ出していただろう。だが、ビリーとて伊達に幹部の座にいるのではない。さらなる一太刀を浴びせかける──
ビリーの刃は、男の首を切り落とした。
「こいつ、何なんだよ。バケモンみたいだな」
ニコライが近づいて来た。顔をしかめながら、男の傍にしゃがみ込む。男の体から流れる血が、地面をドス黒く染めていく。周囲に人が集まって来たが、ビリーが睨みを利かせているため遠巻きに見ているだけだ。
「腕ぶった切られてるのに、平気で動いてたな。痛みを感じてないのか?」
誰にともなく発した言葉だった。だが、ビリーの表情が歪む。
「以前、あなたに調べてくれと依頼した薬がありましたね。実は、あの薬が今みたいな効果をもたらすようです」
「今みたいな、って……腕切られてんのに、暴れ続けるってこと?」
「そうです。かつて、キューブ族の戦士は全身をめった刺しにされても戦い続けた……という伝説があります。あの薬を吸うか飲むかすると、同じような状態になるらしいんですよ。僕も試したことはないので、又聞き程度の知識ですが」
「だから、薬にキューブって名前付けたわけかい。何だかわからないけど、まあ頑張ってくれよ。俺たちも調べとくから」
ニコライは、きわめて軽い口調で言った。だが、内心では事の重大さを理解している。この男が何者かは知らないが、もしユーラックの人間だとしたら、ただでは済まない。
「申し訳ないですが、ここからはひとりで帰ってください。僕と一緒に行動すると、かえって危険かもしれません。僕はこれから、今の件について上に報告しなくてはならないのです」
ビリーの方は、真剣な顔つきだ。ニコライは頷き、立ち上がった。死体を調べているビリーに声をかける。
「あのさあ、頼むから平和に解決してくれよ。トライブとユーラックが戦争を始めたら、この街は目茶苦茶になるからさ」
「それは、向こう次第です」
にこりともせず、ビリーは答えた。
「ええ。間違いなく、そう言っていました。私の記憶が確かなら……グレンとは、ユーラックのリーダーでしたよね?」
「ああ、そのはずよ。本物ならね」
ニコライは、難しい表情で床を見つめた。
ユーラックのグレンといえば、このゴーダムでも知らない者はいない。しかし、ニコライとの交流はないに等しい。言葉を交わした記憶もない。顔を合わせたのも、ショウゲン主催の食事会が初めてである。
そのグレンが、わざわざここまで来るとは……確実にただ事ではない。
「他には、何も言っていなかったのかい?」
「はい。ユーラックのグレンが会いたがっていたと伝えといてくれ、とだけ」
「そっかぁ……となると、こっちから行かないとマズイな。ただ、ユーラックの縄張りには行きたくないんだよ。バカ丸だしの奴が多いからさ」
その時、店の扉が開いた。と同時に、ビリーが音もなく入って来る。
「マズイことになりました。ニコライさん、大事な話があります。ちょっと来てもらえませんか?」
入って来るなり、堅い表情でビリーは言った。いいですか? と、一応は選択をこちらに委ねてはいる。だが、その顔からは、是が非でも来てもらおう……という有無を言わさぬ強い意思が感じ取れる。断れるような雰囲気ではない。
「いいよ」
ニコライは頷くと、ボリスの方を向いた。
「悪いが、また出かける。店番頼んだよ」
「おひとりで大丈夫ですか?」
心配そうに声をかけるボリスに、ニコライは肩をすくめた。
「まあ、何とかなるだろ。とりあえず、後はよろしく」
ニコライとビリーは、トライブの仕切る酒場へと入っていった。ビリーは何のためらいもなく、奥の部屋へとずかずか進んで行く。酒場の主人は、突然の出来事に目を白黒させていた。
「ビリーさん、いったい何事ですか?」
「お前は知らない方がいいことだ。悪いが、下の部屋を借りるぞ。しばらくの間、誰も入れるな」
言いながら、ビリーはさらに奥へと入って行く。彼には珍しく、乱暴な口調だ。いったい何が起きたのだろうか……ニコライは首を捻りながら、後を付いて行った。
地下の酒蔵に入ると、ビリーは立ち止まる。周囲には、酒樽やガラス瓶などが置かれていた。ランプの僅かな明かりだけが、かろうじて周囲を照らしている。ニコライは、おずおずとした口調で尋ねた。
「なあ、男ふたりでこんな所に入ったら、変な誤解されるかもしれないぜ。いったい何の用だよ」
「昼間、ユーラックのグレンがトライブに乗り込んで来ました」
その言葉に、ニコライの態度は一変した。
「何だと? あいつ、何しに来たんだよ?」
「ユーラックのシドが、暴漢に襲われたようです。返り討ちにしたそうですがね……その暴漢は、かつてトライブのメンバーだった男なんですよ。グレンは、ショウゲンさんにそのことを告げに来たんです。かなりふざけた態度ではありましたが」
静かな口調で、ビリーは語る。
ニコライは顔をしかめ、下を向いた。となると、グレンが店に来たのは、その帰りということか。では、グレンは自分に何をさせようとしているのだろう。
奴が来た事実は、今は伏せておこう……そう思いながら、ニコライはビリーの言葉に耳を傾けていた。
「やったのは、トライブのメンバーだったテッドという男です。しかし、一月ほど前に破門されていました。奴がなぜ、シドを襲ったのかは分かりませんが……ユーラックのバカ共は、かなりピリピリしているようです」
黙り込むニコライに、ビリーは淡々と状況を説明している。一見すると冷静そのものに見えるが、彼もまた腹を立てているはずだ。ショウゲンに心酔しているビリーにとって、グレンの無礼な態度は許しがたいものだろう。
「で、俺は何をすればいい?」
ニコライは、顔を上げて尋ねる。だが、何となく察しはついていた。
「このことは、トライブでも上の人間しか知りません。このまま話し合いで終わればいいのですが、それでは済まない可能性があります。何せ、ユーラックのナンバー2であるシドが狙われたわけですからね。ですから……今は大変な時である、と知っておいてもらいたいのですよ」
そこで、ビリーは言葉を止めた。ニコライの目を、じっと見つめる。
「大変な時だということを知った上で、万が一の場合……あなたには、良識ある行動を期待しているのですよ」
その言葉が何を意味するか、ニコライには分かっている。万が一、戦争になったら、トライブの手駒になれ……そう言っているのだ。
だが、ニコライは敢えて気付かぬふりをした。
「なるほど、おっかない話だな。だったら、しばらくは良識を働かせておとなしくしてるよ。さてと、そろそろ帰らないとな。店の帳簿をつけないといけないんだよ」
そう言うと、ニコライは扉の方に歩き出す。だが、ビリーも素早く動いた。扉を開けると、顔を近づけ囁く。
「お送りしますよ。ところで、お忘れかもしれませんが……あなたは、僕に借りがあるはずです」
ビリーは、にっこり微笑んだ。借りとは何であるか、ニコライにはわかっている……アンクルのことだ。
しかし、ニコライは動じなかった。こちらも微笑みながら、言葉を返す。
「何のことか、わからないな。話の続きは、また今度にしようよ。お互い、忙しい身だからな」
帰り道、ニコライとビリーは並んで歩いていた。このあたりは、トライブの縄張りである。幹部のビリーが一緒にいる限り、誰もニコライに手出しはしない。
「ところでビリー、お前にひとつ聞きたいんだけど……トライブのシマでは、バンパイアの被害が出てないよな?」
不意に、ニコライが尋ねた。
「そのようですね。我々の見回りが、功を奏しているようです」
「本当に、それだけかい?」
言いながら、ニコライは立ち止まった。意味ありげな視線をビリーに向ける。
「どういう意味です?」
ビリーも、その場に立ち止まる。先ほどまでの温厚そうな表情は消え、険しい顔つきになっていた。
「そんなの、いちいち説明するまでもないでしょうが。俺の言わんとするところは、お前もわかってるはずだよ?」
「ええ、わかります。しかし、僕の口からは、これ以上は何も言えません。あなたも、僕の立場はおわかりでしょう」
不意に、ビリーの表情が歪んだ。
「僕の本音を言うなら、バンパイアなど絶滅させてやりたいですよ。でも、それは出来ない」
その表情を見て、ニコライは微かな哀れみを感じた。基本的には、ビリーは正義感が強く真っすぐな青年である。だが、トライブという巨大な組織の中で上に昇るには、裏技も使う必要がある。目をつぶらねばならないこともある。
しかし、ビリーの本質は今も変わっていない。だからこそ、やりきれない部分もあるのだろう。
「わかった。じゃあ、そういうことにしとくよ」
その時、ニコライの表情が歪んだ。
「ねえ、ビリー……あれは、お前の知り合いかい?」
ニコライの言葉に、ビリーは訝しげな表情で顔を上げる。
「何を言っているのです──」
そこで、ビリーは口を閉じた。数メートル先には、汚らしい服を着た男が立っている。髪はボサボサで、服は穴だらけだ。体は痩せこけているが、目だけはギラギラ輝いている。街灯の僅かな光の下でも、男が正気ではないのが見てとれた。
「お前、何か用か?」
鋭い声を発した直後、ビリーは腰の刀に手を伸ばす。だが、男は何も答えない。
いや、何か言っているのは見える。先ほどから、ビリーを凝視したまま、小刻みに口を動かしている。あたかも呪文を唱えているかのように。何かを言っているのは分かるのだが、その声は全く聞こえてこないのだ。
ビリーの目が、すっと細くなった。ニコライに下がるよう手で合図しつつ、刀の柄を握る。
「何を言っているんだ? お前、死にたいのか?」
ビリーが言った瞬間、男は奇声を上げた。と同時に、何かを振り上げる。
それは、錆びてボロボロになったナイフであった。直後、凄まじい形相で男は突進した。ナイフを振り上げ、ビリーに襲いかかる。
その時、ビリーの刀が抜かれた。一太刀で、男の腕を切り落とす──
ナイフを握っていた手は、ぽとりと地面に落ちた。直後、大量の血がほとばしる。
だが、男は平気な顔だ。片腕を切り落とされたにもかかわらず、奇声を発しながら、素手で襲いかかる──
それは、この世のものとも思えない光景であった。普通の人間なら、恐怖に駆られ逃げ出していただろう。だが、ビリーとて伊達に幹部の座にいるのではない。さらなる一太刀を浴びせかける──
ビリーの刃は、男の首を切り落とした。
「こいつ、何なんだよ。バケモンみたいだな」
ニコライが近づいて来た。顔をしかめながら、男の傍にしゃがみ込む。男の体から流れる血が、地面をドス黒く染めていく。周囲に人が集まって来たが、ビリーが睨みを利かせているため遠巻きに見ているだけだ。
「腕ぶった切られてるのに、平気で動いてたな。痛みを感じてないのか?」
誰にともなく発した言葉だった。だが、ビリーの表情が歪む。
「以前、あなたに調べてくれと依頼した薬がありましたね。実は、あの薬が今みたいな効果をもたらすようです」
「今みたいな、って……腕切られてんのに、暴れ続けるってこと?」
「そうです。かつて、キューブ族の戦士は全身をめった刺しにされても戦い続けた……という伝説があります。あの薬を吸うか飲むかすると、同じような状態になるらしいんですよ。僕も試したことはないので、又聞き程度の知識ですが」
「だから、薬にキューブって名前付けたわけかい。何だかわからないけど、まあ頑張ってくれよ。俺たちも調べとくから」
ニコライは、きわめて軽い口調で言った。だが、内心では事の重大さを理解している。この男が何者かは知らないが、もしユーラックの人間だとしたら、ただでは済まない。
「申し訳ないですが、ここからはひとりで帰ってください。僕と一緒に行動すると、かえって危険かもしれません。僕はこれから、今の件について上に報告しなくてはならないのです」
ビリーの方は、真剣な顔つきだ。ニコライは頷き、立ち上がった。死体を調べているビリーに声をかける。
「あのさあ、頼むから平和に解決してくれよ。トライブとユーラックが戦争を始めたら、この街は目茶苦茶になるからさ」
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そして……多分、最終話『ユミル・マーシャルというご令嬢』まで読んだら、ガッツリざまぁ状態として認識できるはずっ(割と怖いですけど(笑))。
それでは、どうぞ!
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