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ボリス編
ミーナ、大いに暴れる
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夜中、ジェイクは目を覚ました。
窓からは、綺麗な満月が見える。満月の光は、ジェイクの心を浮き立たせる効果があった。昔の彼なら、こんな日は血のたぎりに身を任せて、外に繰り出していたはずだった。
だが、今は違うものを感じている。ジェイクの鼻は、異変を察知していた。
彼の横には、寝息を立てて眠っている女がいる。ジェイクより少しばかり若く、体も小さい。可愛らしい顔に笑みを浮かべながら、無邪気な様子で眠っている。恐らく、楽しい夢でも見ているのであろう。ジェイクは彼女を起こさないように、そっと起き上がった。
音もなく、静かに部屋を出て行く。
外の通りでは、数人の若者たちがたむろしていた。この近辺は下層民たちの住む地域であり、夜中に出歩いていれば命はない。にもかかわらず、若者たちはリラックスした態度である。
そんな彼らの前には、ひとりの若い女が横たわっている。いや、少女といった方が正確だろう。一糸まとわぬ姿で目を閉じ、眠るような表情で地面に仰向けになっている。
若者たちの方は、下卑た笑いを浮かべて少女を見下ろしていた。
「なあ、どうするよ? 先にヤッちまうか、それとも血をいただくか?」
「そうだな……先に血をいただいて、それからヤッちまおうぜ」
「それがいいな。処女の血は、最高の味だからな」
そんなことを言い合う若者たちの口元には、長く鋭い犬歯が伸びている。瞳は紅く光っており、指には獣のような鉤爪が生えていた。
明らかに、人間ではない者たちだ。
「ねえ、楽しそうなことしてんじゃん。あたしも混ぜてよ」
不意に、後ろから聞こえてきた声。男たちは振り向いた。
現れたのは、黒い革の服を着た背の高い女だ。透き通るような白い肌を持ち、亜麻色の髪は肩までの長さで切り揃えられている。その美しい顔は、ほとんどの男を虜にできるだろう。
ただし、彼女の瞳も紅く光っていた。
「なんだ、お仲間かよ。後で血を吸わしてやるから、そこで待ってな」
そう言って、男たちはげらげら笑った。すると、女はニヤリと笑う。
「そんなこと言わないでさあ、あたしとも遊んでよ」
直後、女は動いた──
女は一瞬で間合いを詰め、手近な男の胸に何かを突き刺す。刺された男は、きょとんとした表情で刺された箇所を見た。
次の瞬間、男は大量の灰へと変わる──
「て、てめえ! 何しやがる!」
男たちは、やっと状況を理解し身構える。だが、女の動きは速い上に無駄がない。地面を滑るかのように、男たちの懐へと入りこむ。
と同時に、男たちの心臓に次々と杭を突き刺していった──
瞬く間に、男たちは全員、灰の塊へと化していた。一方、女の顔つきは平静そのものである。呼吸も乱れていない。
が、その表情が一変した。険しい顔で、路地裏を睨みつける。
「あたしに用があるのかい? だったら、隠れてないで出てきな」
鋭い声を発した女の前に、ひとりの男が姿を現した。中肉中背で、しまりのない顔つきの青年だ。黒髪をボリボリ掻きながら、面倒くさそうな様子で口を開いた。
「バンパイアの匂いがぷんぷんしてるから、何かと思って来てみたら……ミーナ、お前も相変わらず無茶してるな」
「こっちはあんたみたいにお気楽じゃないんだよ、ジェイク」
言い返したミーナの顔には、はっきりとした怒りの表情があった。ジェイクは、思わずため息を吐く。
「いや、お前のバンパイアを憎む気持ちも分かるよ。でもな──」
「あんたなんかに、何が分かるんだ! ふざけたこと言うと、あんたもぶっ殺すよ!」
怒鳴ると同時に、ミーナは短剣を抜いた。銀色に輝く刃が、満月の光をキラリと反射する。
それを見たジェイクは、困った表情で両方の手のひらを前に突き出した。
「おいおい、気に障ったなら謝るってばよう。ごめん、俺が悪かった……だから、機嫌直してくれよう」
とぼけた態度で、ペコペコ頭を下げるジェイク。ミーナは、凄まじい形相で彼を睨みつける。だが、それはほんの一瞬だった。彼女は向きを変え、闇の中へ音もなく消えていった。
「やれやれ、暴れん坊だなぁ」
ジェイクはひとり呟くと、倒れている少女の方に歩いていく。着ていたシャツを脱ぎ、少女へとかけた。
「おい姉ちゃん、早く起きな。裸で寝てると風邪ひくぜ」
言いながら、少女を軽く揺さぶる。少女は、うっすらと目を開けた。
が、自分がどのような状態であるか瞬時に理解したらしい。顔を歪め、震えながら立ち上がる。
直後、とんでもない速さで走り去っていった……裸のまま。
「うーん、ほっといていいのかなあ? まあ、いいか。あとは、自分で何とかしてもらおうか」
ジェイクはひとりウンウンと頷くと、元いた場所へと帰って行った。
家に戻ってみると、熟睡していたはずの女が上体を起こし、窓を見ていた。その天真爛漫な横顔を見て、ジェイクの表情も自然と和んでいた。
「悪いなフィオナ、起こしちまったか?」
ジェイクの問いに、フィオナはくすりと笑った。
「ううん、お月さまが綺麗だから起きちゃったんだよ」
そう言って、空を指差す。その先には、満月が浮かんでいた。
「ああ、綺麗だな」
「パンケーキみたいだね」
「ところでフィオナ、明日ニコライの店に行かないか?」
「うん、いいよ」
無邪気な顔で答えるフィオナに、ジェイクも思わず微笑む。
「だったら、早く寝ようぜ」
その翌日。
ニコライの店は、普段は静けさに満ちている。ボリスは店の奥で椅子に座り本を読んでいるし、ニコライは寝ているかボケっとしているか、あるいは出歩いているか……客など、一日にひとり来るか来ないかだ。
しかし、この日ばかりは様子が違っていた。
「ねえボリス、パンはパンでも、食べられないパンはなーんだ?」
無邪気に話しかけてくるフィオナに、ボリスはちょっとだけ困っていた。
「食べられないパン、ですか? うーん、難しいですね」
答えたボリスに、フィオナは勝ち誇った表情になる。
「ぷぷぷ。正解はね、パンケーキみたいな形のお月さまでした!」
そう言って、フィオナは薄い胸を張って見せる。だが、ボリスは首を傾げた。
「それは、月であってパンではありませんね。あなたの質問は、食べられないパンは何? とのことでした。しかし答えがパンでなく月だとすると、質問に対する答えとしては成立していない気がするのですが。そもそも、パンの定義というのはですね──」
「ああん! もう! ボリスの言ってること難しすぎ!」
ぶんぶん拳を振り上げながら、ボリスを睨みつけるフィオナ。百五十センチそこそこの彼女が、ボリスを圧倒していた。
「む、難しいですか。すみません」
「そうだよ! もっと簡単に言ってくれなきゃ、わかんないじゃん!」
「そ、そうでしたか。すみません」
巨体を縮こませ、ペコペコ頭を下げるボリス。一方、フィオナは眉間にシワを寄せて彼を睨んでいる。ボリスの恐ろしい顔や大きな体格にも、怯む素振りがない。
「じゃあ、次の問題だよ! お空は、どうして青いのでしょうか?」
またしても質問……いや、なぞなぞを出してきたフィオナ。さすがのボリスも、このなぞなぞの答えはわからない。少し考えるような仕草をした後、かぶりを振ってみせた。
「いえ、わかりません」
「降参?」
「はい、降参です」
その途端、フィオナは勝ち誇った表情で胸を張る。
「ふふふーん、正解はね……神さまが青く塗り潰したから、でした!」
フィオナの得意げな表情に、ボリスは苦笑した。
「なるほど、神さまが青く塗り潰したから空は青いのですね。それは知りませんでした」
「そうでしょう!」
そんな無邪気な会話をしている二人とは対照的に、カウンターではニコライとジェイクが真剣な表情でひそひそと話し合っていた。
「ミーナの奴、んなことしてたのか?」
ニコライの言葉に、ジェイクは顔をしかめて頷いた。
「そうなんだよ。あいつ、えらい剣幕でな。俺にまで向かって来そうな勢いだったよ。もう、おっかないったらありゃしないぜ」
「そりゃあ、まいったなあ」
ニコライも顔をしかめた。
ミーナは、生まれついてのバンパイアではない。もともとは人間でありながら、バンパイアに噛まれてしまったがゆえに彼らの仲間入りをした者である。
ほとんどの場合、バンパイアにされた者はバンパイアとして生きる……というより、そうせざるを得ない。しかしミーナは、彼らとは敵対していた。
「まあ、そんなわけだからよう……お前の方からも、それとなく言っといてくれよ。あんなこと続けてたら、いつかはドえらい目に遭うかも知れないぜ。バンパイア族をナメない方がいいってな」
そう言うと、ジェイクはフィオナの方を向いた。
「フィオナ、そろそろ帰ろうぜ」
「うん、わかった」
フィオナは頷くと、ボリスに向かい笑顔で手を振る。
「じゃあ、またね!」
「あ、お二人とも、ちょっと待ってください!」
慌てた顔で言うと、ボリスは店の奥の扉を開ける。中に入って行き、両手で一枚の皿を運んでくる。
皿の上には、パンケーキが乗っていた。
「今朝、焼いたものです。いっぱい作ったので、余ってしまいました。よろしければ、どうぞ」
「ホント!? ありがと!」
ニコニコしながら、フィオナは皿を受け取った。ジェイクも、笑顔で礼を言う。
「悪いな、ボリス。いつも世話になっちまってよう」
「いえいえ、いいんですよ」
ジェイクとフィオナは、幸せそうな様子で帰っていった。だが、二人を見送るニコライの表情は冷めている。ふうとため息を吐き、ボリスの方に向き直る。
「ミーナの奴、ひと暴れしたそうだよ。バンパイアを、五人も始末したってさ」
「そうですか……しかし、構わないではありませんか。バンパイアを野放しにしておいても、いいことなどないですから」
「いや、そうもいかないんだよ」
ニコライが答えた直後、店の扉が開く。ボリスがそちらを見たが、人の姿はない。
だが、ニコライの目には違うものが映っている。
「やれやれ、今日は客の多い日だね」
そこには、幼い少女がいた。体の大きさや顔つきから見るに、年齢は七歳か八歳くらいか。汚れた服を着て、髪はボサボサだ。おどおどした態度で、ニコライとボリスを変わるがわる見ている。
ニコライは、優しく微笑んでみせた。
「やあ、お嬢さん。何の用だい?」
尋ねたが、少女はチラチラとボリスを見ている。ニコライは苦笑した。
「じゃあ、外で話そうか」
窓からは、綺麗な満月が見える。満月の光は、ジェイクの心を浮き立たせる効果があった。昔の彼なら、こんな日は血のたぎりに身を任せて、外に繰り出していたはずだった。
だが、今は違うものを感じている。ジェイクの鼻は、異変を察知していた。
彼の横には、寝息を立てて眠っている女がいる。ジェイクより少しばかり若く、体も小さい。可愛らしい顔に笑みを浮かべながら、無邪気な様子で眠っている。恐らく、楽しい夢でも見ているのであろう。ジェイクは彼女を起こさないように、そっと起き上がった。
音もなく、静かに部屋を出て行く。
外の通りでは、数人の若者たちがたむろしていた。この近辺は下層民たちの住む地域であり、夜中に出歩いていれば命はない。にもかかわらず、若者たちはリラックスした態度である。
そんな彼らの前には、ひとりの若い女が横たわっている。いや、少女といった方が正確だろう。一糸まとわぬ姿で目を閉じ、眠るような表情で地面に仰向けになっている。
若者たちの方は、下卑た笑いを浮かべて少女を見下ろしていた。
「なあ、どうするよ? 先にヤッちまうか、それとも血をいただくか?」
「そうだな……先に血をいただいて、それからヤッちまおうぜ」
「それがいいな。処女の血は、最高の味だからな」
そんなことを言い合う若者たちの口元には、長く鋭い犬歯が伸びている。瞳は紅く光っており、指には獣のような鉤爪が生えていた。
明らかに、人間ではない者たちだ。
「ねえ、楽しそうなことしてんじゃん。あたしも混ぜてよ」
不意に、後ろから聞こえてきた声。男たちは振り向いた。
現れたのは、黒い革の服を着た背の高い女だ。透き通るような白い肌を持ち、亜麻色の髪は肩までの長さで切り揃えられている。その美しい顔は、ほとんどの男を虜にできるだろう。
ただし、彼女の瞳も紅く光っていた。
「なんだ、お仲間かよ。後で血を吸わしてやるから、そこで待ってな」
そう言って、男たちはげらげら笑った。すると、女はニヤリと笑う。
「そんなこと言わないでさあ、あたしとも遊んでよ」
直後、女は動いた──
女は一瞬で間合いを詰め、手近な男の胸に何かを突き刺す。刺された男は、きょとんとした表情で刺された箇所を見た。
次の瞬間、男は大量の灰へと変わる──
「て、てめえ! 何しやがる!」
男たちは、やっと状況を理解し身構える。だが、女の動きは速い上に無駄がない。地面を滑るかのように、男たちの懐へと入りこむ。
と同時に、男たちの心臓に次々と杭を突き刺していった──
瞬く間に、男たちは全員、灰の塊へと化していた。一方、女の顔つきは平静そのものである。呼吸も乱れていない。
が、その表情が一変した。険しい顔で、路地裏を睨みつける。
「あたしに用があるのかい? だったら、隠れてないで出てきな」
鋭い声を発した女の前に、ひとりの男が姿を現した。中肉中背で、しまりのない顔つきの青年だ。黒髪をボリボリ掻きながら、面倒くさそうな様子で口を開いた。
「バンパイアの匂いがぷんぷんしてるから、何かと思って来てみたら……ミーナ、お前も相変わらず無茶してるな」
「こっちはあんたみたいにお気楽じゃないんだよ、ジェイク」
言い返したミーナの顔には、はっきりとした怒りの表情があった。ジェイクは、思わずため息を吐く。
「いや、お前のバンパイアを憎む気持ちも分かるよ。でもな──」
「あんたなんかに、何が分かるんだ! ふざけたこと言うと、あんたもぶっ殺すよ!」
怒鳴ると同時に、ミーナは短剣を抜いた。銀色に輝く刃が、満月の光をキラリと反射する。
それを見たジェイクは、困った表情で両方の手のひらを前に突き出した。
「おいおい、気に障ったなら謝るってばよう。ごめん、俺が悪かった……だから、機嫌直してくれよう」
とぼけた態度で、ペコペコ頭を下げるジェイク。ミーナは、凄まじい形相で彼を睨みつける。だが、それはほんの一瞬だった。彼女は向きを変え、闇の中へ音もなく消えていった。
「やれやれ、暴れん坊だなぁ」
ジェイクはひとり呟くと、倒れている少女の方に歩いていく。着ていたシャツを脱ぎ、少女へとかけた。
「おい姉ちゃん、早く起きな。裸で寝てると風邪ひくぜ」
言いながら、少女を軽く揺さぶる。少女は、うっすらと目を開けた。
が、自分がどのような状態であるか瞬時に理解したらしい。顔を歪め、震えながら立ち上がる。
直後、とんでもない速さで走り去っていった……裸のまま。
「うーん、ほっといていいのかなあ? まあ、いいか。あとは、自分で何とかしてもらおうか」
ジェイクはひとりウンウンと頷くと、元いた場所へと帰って行った。
家に戻ってみると、熟睡していたはずの女が上体を起こし、窓を見ていた。その天真爛漫な横顔を見て、ジェイクの表情も自然と和んでいた。
「悪いなフィオナ、起こしちまったか?」
ジェイクの問いに、フィオナはくすりと笑った。
「ううん、お月さまが綺麗だから起きちゃったんだよ」
そう言って、空を指差す。その先には、満月が浮かんでいた。
「ああ、綺麗だな」
「パンケーキみたいだね」
「ところでフィオナ、明日ニコライの店に行かないか?」
「うん、いいよ」
無邪気な顔で答えるフィオナに、ジェイクも思わず微笑む。
「だったら、早く寝ようぜ」
その翌日。
ニコライの店は、普段は静けさに満ちている。ボリスは店の奥で椅子に座り本を読んでいるし、ニコライは寝ているかボケっとしているか、あるいは出歩いているか……客など、一日にひとり来るか来ないかだ。
しかし、この日ばかりは様子が違っていた。
「ねえボリス、パンはパンでも、食べられないパンはなーんだ?」
無邪気に話しかけてくるフィオナに、ボリスはちょっとだけ困っていた。
「食べられないパン、ですか? うーん、難しいですね」
答えたボリスに、フィオナは勝ち誇った表情になる。
「ぷぷぷ。正解はね、パンケーキみたいな形のお月さまでした!」
そう言って、フィオナは薄い胸を張って見せる。だが、ボリスは首を傾げた。
「それは、月であってパンではありませんね。あなたの質問は、食べられないパンは何? とのことでした。しかし答えがパンでなく月だとすると、質問に対する答えとしては成立していない気がするのですが。そもそも、パンの定義というのはですね──」
「ああん! もう! ボリスの言ってること難しすぎ!」
ぶんぶん拳を振り上げながら、ボリスを睨みつけるフィオナ。百五十センチそこそこの彼女が、ボリスを圧倒していた。
「む、難しいですか。すみません」
「そうだよ! もっと簡単に言ってくれなきゃ、わかんないじゃん!」
「そ、そうでしたか。すみません」
巨体を縮こませ、ペコペコ頭を下げるボリス。一方、フィオナは眉間にシワを寄せて彼を睨んでいる。ボリスの恐ろしい顔や大きな体格にも、怯む素振りがない。
「じゃあ、次の問題だよ! お空は、どうして青いのでしょうか?」
またしても質問……いや、なぞなぞを出してきたフィオナ。さすがのボリスも、このなぞなぞの答えはわからない。少し考えるような仕草をした後、かぶりを振ってみせた。
「いえ、わかりません」
「降参?」
「はい、降参です」
その途端、フィオナは勝ち誇った表情で胸を張る。
「ふふふーん、正解はね……神さまが青く塗り潰したから、でした!」
フィオナの得意げな表情に、ボリスは苦笑した。
「なるほど、神さまが青く塗り潰したから空は青いのですね。それは知りませんでした」
「そうでしょう!」
そんな無邪気な会話をしている二人とは対照的に、カウンターではニコライとジェイクが真剣な表情でひそひそと話し合っていた。
「ミーナの奴、んなことしてたのか?」
ニコライの言葉に、ジェイクは顔をしかめて頷いた。
「そうなんだよ。あいつ、えらい剣幕でな。俺にまで向かって来そうな勢いだったよ。もう、おっかないったらありゃしないぜ」
「そりゃあ、まいったなあ」
ニコライも顔をしかめた。
ミーナは、生まれついてのバンパイアではない。もともとは人間でありながら、バンパイアに噛まれてしまったがゆえに彼らの仲間入りをした者である。
ほとんどの場合、バンパイアにされた者はバンパイアとして生きる……というより、そうせざるを得ない。しかしミーナは、彼らとは敵対していた。
「まあ、そんなわけだからよう……お前の方からも、それとなく言っといてくれよ。あんなこと続けてたら、いつかはドえらい目に遭うかも知れないぜ。バンパイア族をナメない方がいいってな」
そう言うと、ジェイクはフィオナの方を向いた。
「フィオナ、そろそろ帰ろうぜ」
「うん、わかった」
フィオナは頷くと、ボリスに向かい笑顔で手を振る。
「じゃあ、またね!」
「あ、お二人とも、ちょっと待ってください!」
慌てた顔で言うと、ボリスは店の奥の扉を開ける。中に入って行き、両手で一枚の皿を運んでくる。
皿の上には、パンケーキが乗っていた。
「今朝、焼いたものです。いっぱい作ったので、余ってしまいました。よろしければ、どうぞ」
「ホント!? ありがと!」
ニコニコしながら、フィオナは皿を受け取った。ジェイクも、笑顔で礼を言う。
「悪いな、ボリス。いつも世話になっちまってよう」
「いえいえ、いいんですよ」
ジェイクとフィオナは、幸せそうな様子で帰っていった。だが、二人を見送るニコライの表情は冷めている。ふうとため息を吐き、ボリスの方に向き直る。
「ミーナの奴、ひと暴れしたそうだよ。バンパイアを、五人も始末したってさ」
「そうですか……しかし、構わないではありませんか。バンパイアを野放しにしておいても、いいことなどないですから」
「いや、そうもいかないんだよ」
ニコライが答えた直後、店の扉が開く。ボリスがそちらを見たが、人の姿はない。
だが、ニコライの目には違うものが映っている。
「やれやれ、今日は客の多い日だね」
そこには、幼い少女がいた。体の大きさや顔つきから見るに、年齢は七歳か八歳くらいか。汚れた服を着て、髪はボサボサだ。おどおどした態度で、ニコライとボリスを変わるがわる見ている。
ニコライは、優しく微笑んでみせた。
「やあ、お嬢さん。何の用だい?」
尋ねたが、少女はチラチラとボリスを見ている。ニコライは苦笑した。
「じゃあ、外で話そうか」
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