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出会い
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それから、十年が経った。
ここは、とある閑静な住宅地だ。周囲は静まり返っており、物音はほとんど聞こえない。時おり、遠くを走る車のエンジン音が聴こえてくるだけだ。
そんな場所で、隆一は電柱の陰に潜み、じっと待っていた。十年の歳月は、彼をすっかり変えている。身長は百七十センチほどだが、体は分厚い筋肉に覆われている。髪は短く、顔はいかつい。その額には、刃物のような長細い傷がついていた。一目で、堅気でないとわかるだろう。
時刻は、既に午後十時を過ぎている。空には月が昇り、周囲は暗闇が支配していた。街灯の明かりも、ここまでは届かない。隆一は、スマホを見ている……ふりをしながら、周囲に気を配る。
もうすぐだ。
もうすぐ、標的が現れるはず。
遠くから、足音が聞こえてきた。隆一は、表情を堅くする。
やがて、ひとりの男がこちらに歩いて来るのが見えた。歳は、二十代前半から後半だろうか。隆一と同じくらいの年齢であろう。
ただし、風貌は真逆である。彼はアイドルのように整った顔の持ち主であり、ホストのような髪型をしていた。細身のすらりとした体に、ブランド品の高級スーツを着ている。身につけている装飾品も、高級なものばかりだ。がっちりした筋肉質の体を運送会社の作業服で覆い、坊主頭に帽子を被っている隆一とは正反対のタイプだ。
男は、まっすぐ歩いていく。片方の手でスマホをいじくりながら、警戒心のかけらもない表情で隆一の前を通り過ぎていった。
なんと愚かな男なのだろうか。自身のこれまでしてきた悪行について、全く考えていないらしい。
この若者の名は秋本義春だ。これまで、その綺麗な顔とモデルのようなスタイルそして口の上手さで、大勢の女を騙してきた。聞いた話では、被害者は十人以上はいるらしい。中には、ヤク中にされた挙げ句に地下の秘密クラブに「奴隷として売られた」女もいたらしい。
そんな悪行を重ねてきたにもかかわらず、秋本はスマホをいじくりながら路上を歩いている。周囲を警戒している雰囲気は、まるで感じられない。こういう悪党が、もっとも大切にしなくてはならないのは警戒心だ。ある意味、臆病なくらいでなければ生き延びることなど出来ない。
その警戒心のなさゆえ、この男は今日で終わる。隆一は、音も立てずに背後から忍び寄った。
秋本は、隆一の動きに全く気づいていない。スマホをいじくりながら、歩き続けている。
後ろから、そっと首に腕を巻き付けた。
「歩きスマホは危ないよ。次回があったら、気をつけるんだな」
耳元で囁きながら、一気に絞め上げる──
秋本は、ようやく自分が危機に陥ったことに気づいたらしい。スマホを落とし、必死でもがく。だが、その抵抗は無駄だった。隆一の腕は彼の気道をふさぎ、頸動脈を絞めていく。
やがて、秋本の意識は途切れた。隆一はスマホを拾い上げ、親しげな様子で肩に腕を回す。
「おいおい、どうしたんだよ? 飲みすぎたんじゃないのか? しょうがねえなあ、すぐに車に連れてくから」
くだけた口調で語りかけながら、彼を運んでいく。無論、返事はない。既に意識がないのだから……このまま放っておけば、死亡する可能性がある。
もっとも、死なせるわけにはいかなかった。生かしたまま引き渡す、というのが今回の仕事である。それゆえ、これから少しばかり面倒な作業をしなくてはならない。
秋本の体を車の中に運び入れ、両手両足をきっちり縛りあげる。車を走らせ、人気《ひとけ》のない場所で停めた。
「おい、起きろ。時間だぞ」
言いながら、秋本の顔をぺちぺち叩く。
ややあって、彼はピクリと反応した。目を開けて、不思議そうな様子でこちらを見る。何が起きたのか、把握できていないのだ。
「えっと……あんた、誰だっけ?」
秋本が呟くように言った。その瞬間、隆一は動く。開いた口に、一粒の錠剤を放り込んだ。
さらに手のひらで口をふさぎ、上を向かせる。秋本は、ごくりと錠剤を飲み込んだ。その途端、顔に怯えの表情が浮かぶ。手足をばたつかせ暴れようと試みた。だが無駄だった。きつく縛り上げられている手足は、びくともしない。
必死でもがく秋本の口に、タオルで猿ぐつわをかけた。そのまま放置し、運転席へと戻る。
周囲を警戒しつつ、車を発進させた。
やがて、車内は静かになる。少しして、微かに寝息が聴こえてきた。やっと、先ほど飲ませた薬が効いてきたのだ。これで、あと数時間は目覚めない。絞め落とした後に飲ませてもよかったのだが、意識がない状態で錠剤を飲むと、食道に入らず気道に入り誤嚥性肺炎を引き起こす可能性がある。
この男は、なるべく傷つけずに渡さなくてはならないのだ。それが依頼人の意向である。殺す方が、よっぽど簡単だ。
いったん車を停めると、秋本の体を大きな絨毯でくるむ。あとは、この「品物」を届けるだけだ。
運転席に移ると、再び車を走らせる。これから依頼人に会い、若者を差し出す。それで、仕事は終わる。
秋本は今後、死ぬよりも恐ろしい目に遭わされるのだろう。もっとも、隆一の知ったことではないが。
翌日の夜、隆一は都内のとある事務所にいた。ふたりの男が、彼の前に立っている。
「ご苦労さん。いやあ、あのガキには手を焼いてたんだよ。お前、よく捜し出せたな」
そんなことを言いながら、中年男は札束の入った封筒を隆一に渡す。ブランドもののスーツを着て、髪はオールバックだ。目は細く、顔の数箇所に古い傷痕があった。首からは二十四金のネックレスをぶら下げ、左手首には時価数百万の腕時計だ。全身から、堅気ではない雰囲気を漂わせている。
傍らには、チンピラ風の若者が控えていた。髪は金色で、ホストのごとき白いスーツ姿である。隣の中年男ほどではないにしろ、高そうな時計や指輪を身につけていた。両方ともに、パッと見でどんな職業の人間なのか判別できる。今時、裏社会では珍しいタイプだ。
さらに言うと、現金の手渡しというのも今では珍しい。もっとも、これは仕方なかった。なにせ、表に出せない金なのだ。
「ありがとうございます。また何かありましたら、よろしくお願いします」
隆一は一礼すると、足早に事務所を出ていく。その後ろ姿を、チンピラは顔を歪めて見つめる。
「兄貴、あいつ本当に暗いっスね。もうちょっと愛想良くすればいいのに」
「そうなんだよ。こないだキャバクラに連れてったら、あいつニコリともしやがらねえ。女が気を遣っていろいろ話しかけてんだけど、ずっと不機嫌そうな顔してんだよ。おかげで、場がすげえシラケちまった」
中年男もまた、顔をしかめて語る。
「マジっすか。キモいッスね。あいつ、家で女の肉とか食ってるんじゃないですか?」
「ああ、食ってても不思議じゃねえよ。何があっても表情ひとつ変えねえからな。まあ、仕事はきっちりやってくれるんだけどよ。あいつ、感情ないんじゃないか」
母が死んでから、隆一はすっかり変わってしまった。平凡な高校生だったはずの彼が、それから立て続けに暴力沙汰を起こし学校を退学になってしまったのだ。
隆一の喧嘩の仕方は異常だった。普通、高校生同士の喧嘩など、どちらかが優勢になれば終わるものだ。しかし、隆一は何度殴られようとも退かない。鼻血を出し前歯をへし折られながらも、相手にくらいついて行く。しまいに、不気味がった相手が逃げ出していく……そんな喧嘩を重ね、隆一は地元で恐れられる存在になっていた。
喧嘩をしていない時は、ウエイトトレーニングに打ち込み体を鍛えぬいた。いや、体をイジメ抜いたと言った方が正確だろう。その様は、自分に罰を与えているかのようだった。
やがて、無表情のまま人を痛め付けられる異様な性格を買われ、裏の世界へと入る。だが、裏社会の住人からも好かれてはいなかった。金のためなら何でもする彼らから見ても、この男は異様だったのである。
母親が死んでから、隆一は一切笑わなくなっていた。裏の世界の住人になってから、その傾向に拍車がかかる。冗談を口にすることなどなく、右手でプロテインドリンクを飲みながら左手の電動ノコギリで死体をバラバラに切り刻む……そんな神経の持ち主へとなっていた。
事務所を出た隆一は、地下駐車場へと入っていった。停めておいた車へと近づいていく。が、おかしな声が聞こえてきた。
「ナメてんじゃねえぞゴラァ!」
明らかに普通ではない。隆一は、そっと近づいていった。
大柄な若者が、地面に倒れた小柄な中年女を蹴飛ばしているのが目に入る。傍らには、なぜかスタンガンが落ちていた。
「ざけんじゃねえぞ、このババア! ブッ殺してやるよ!」
喚きながら、若者は中年女を蹴り続ける。だが中年女は、なおも闘おうとしていた。蹴とばされながらも、必死の形相で足に掴みかかろうとしているのだ。
なんだ、こいつは?
興味を感じた隆一は、無言で足音を立てずに近づいていった。この若者、かなり大きい。身長は百九十センチ近く、体重も九十キロを超えている。このままだと、中年女は殺されるだろう。
見知らぬ女が、死のうが生きようが関係ない……はずだった。しかし、なぜか放っておけないものを感じた。
隆一は、音も立てず若者の背後に回る。と同時に、落ちていたスタンガンを拾う。
次の瞬間、若者に押し当てた──
若者は悲鳴をあげた。完全に不意を突かれ、地面に倒れる。しかし、意識は失っていない。何やら喚きながら、すぐに立ち上がろうとする。
立ち上がらせてはまずい。この男、体は大きく力も強そうだ。仕留めるのに手こずって、誰かに見られたら困る。出来るだけ早く、動きを封じなくてはならない。
隆一は、起き上がろうとしている若者に、もう一度スタンガンを押し当てた。バチバチという音の直後、若者は激痛のあまり転げ回る。その隙に、若者の首に腕を巻き付けた。そのまま、一気に締め上げる。
若者はじたばたもがいていたが、隆一は容赦なく締め上げる。やがて、若者の体の力が抜けていった。意識が途切れ、そのまま動かなくなる。
トランクに積んであったロープで男を縛り上げ、口に猿ぐつわをはめ、車の後部席に無理やり乗せる。慣れっこの作業だ。
次に、中年女の方を向いた。彼女は、未だ地面に座り込んだ体勢だった。呆然とした表情で、こちらを見ている。
隆一はしゃがみ込むと、笑みを浮かべ口を開いた。
「なあ、あんた。こいつとどういう関係なんだよ? よかったら、話を聞かせてくれねえか」
「で、でも──」
「俺は、あんたを助けたぞ。礼の代わりに、事情を聞かせてくれや。なあ、いいだろ」
隆一が、いかつい顔を近づけて来る。その迫力に押され、中年女は語り出した。
ここは、とある閑静な住宅地だ。周囲は静まり返っており、物音はほとんど聞こえない。時おり、遠くを走る車のエンジン音が聴こえてくるだけだ。
そんな場所で、隆一は電柱の陰に潜み、じっと待っていた。十年の歳月は、彼をすっかり変えている。身長は百七十センチほどだが、体は分厚い筋肉に覆われている。髪は短く、顔はいかつい。その額には、刃物のような長細い傷がついていた。一目で、堅気でないとわかるだろう。
時刻は、既に午後十時を過ぎている。空には月が昇り、周囲は暗闇が支配していた。街灯の明かりも、ここまでは届かない。隆一は、スマホを見ている……ふりをしながら、周囲に気を配る。
もうすぐだ。
もうすぐ、標的が現れるはず。
遠くから、足音が聞こえてきた。隆一は、表情を堅くする。
やがて、ひとりの男がこちらに歩いて来るのが見えた。歳は、二十代前半から後半だろうか。隆一と同じくらいの年齢であろう。
ただし、風貌は真逆である。彼はアイドルのように整った顔の持ち主であり、ホストのような髪型をしていた。細身のすらりとした体に、ブランド品の高級スーツを着ている。身につけている装飾品も、高級なものばかりだ。がっちりした筋肉質の体を運送会社の作業服で覆い、坊主頭に帽子を被っている隆一とは正反対のタイプだ。
男は、まっすぐ歩いていく。片方の手でスマホをいじくりながら、警戒心のかけらもない表情で隆一の前を通り過ぎていった。
なんと愚かな男なのだろうか。自身のこれまでしてきた悪行について、全く考えていないらしい。
この若者の名は秋本義春だ。これまで、その綺麗な顔とモデルのようなスタイルそして口の上手さで、大勢の女を騙してきた。聞いた話では、被害者は十人以上はいるらしい。中には、ヤク中にされた挙げ句に地下の秘密クラブに「奴隷として売られた」女もいたらしい。
そんな悪行を重ねてきたにもかかわらず、秋本はスマホをいじくりながら路上を歩いている。周囲を警戒している雰囲気は、まるで感じられない。こういう悪党が、もっとも大切にしなくてはならないのは警戒心だ。ある意味、臆病なくらいでなければ生き延びることなど出来ない。
その警戒心のなさゆえ、この男は今日で終わる。隆一は、音も立てずに背後から忍び寄った。
秋本は、隆一の動きに全く気づいていない。スマホをいじくりながら、歩き続けている。
後ろから、そっと首に腕を巻き付けた。
「歩きスマホは危ないよ。次回があったら、気をつけるんだな」
耳元で囁きながら、一気に絞め上げる──
秋本は、ようやく自分が危機に陥ったことに気づいたらしい。スマホを落とし、必死でもがく。だが、その抵抗は無駄だった。隆一の腕は彼の気道をふさぎ、頸動脈を絞めていく。
やがて、秋本の意識は途切れた。隆一はスマホを拾い上げ、親しげな様子で肩に腕を回す。
「おいおい、どうしたんだよ? 飲みすぎたんじゃないのか? しょうがねえなあ、すぐに車に連れてくから」
くだけた口調で語りかけながら、彼を運んでいく。無論、返事はない。既に意識がないのだから……このまま放っておけば、死亡する可能性がある。
もっとも、死なせるわけにはいかなかった。生かしたまま引き渡す、というのが今回の仕事である。それゆえ、これから少しばかり面倒な作業をしなくてはならない。
秋本の体を車の中に運び入れ、両手両足をきっちり縛りあげる。車を走らせ、人気《ひとけ》のない場所で停めた。
「おい、起きろ。時間だぞ」
言いながら、秋本の顔をぺちぺち叩く。
ややあって、彼はピクリと反応した。目を開けて、不思議そうな様子でこちらを見る。何が起きたのか、把握できていないのだ。
「えっと……あんた、誰だっけ?」
秋本が呟くように言った。その瞬間、隆一は動く。開いた口に、一粒の錠剤を放り込んだ。
さらに手のひらで口をふさぎ、上を向かせる。秋本は、ごくりと錠剤を飲み込んだ。その途端、顔に怯えの表情が浮かぶ。手足をばたつかせ暴れようと試みた。だが無駄だった。きつく縛り上げられている手足は、びくともしない。
必死でもがく秋本の口に、タオルで猿ぐつわをかけた。そのまま放置し、運転席へと戻る。
周囲を警戒しつつ、車を発進させた。
やがて、車内は静かになる。少しして、微かに寝息が聴こえてきた。やっと、先ほど飲ませた薬が効いてきたのだ。これで、あと数時間は目覚めない。絞め落とした後に飲ませてもよかったのだが、意識がない状態で錠剤を飲むと、食道に入らず気道に入り誤嚥性肺炎を引き起こす可能性がある。
この男は、なるべく傷つけずに渡さなくてはならないのだ。それが依頼人の意向である。殺す方が、よっぽど簡単だ。
いったん車を停めると、秋本の体を大きな絨毯でくるむ。あとは、この「品物」を届けるだけだ。
運転席に移ると、再び車を走らせる。これから依頼人に会い、若者を差し出す。それで、仕事は終わる。
秋本は今後、死ぬよりも恐ろしい目に遭わされるのだろう。もっとも、隆一の知ったことではないが。
翌日の夜、隆一は都内のとある事務所にいた。ふたりの男が、彼の前に立っている。
「ご苦労さん。いやあ、あのガキには手を焼いてたんだよ。お前、よく捜し出せたな」
そんなことを言いながら、中年男は札束の入った封筒を隆一に渡す。ブランドもののスーツを着て、髪はオールバックだ。目は細く、顔の数箇所に古い傷痕があった。首からは二十四金のネックレスをぶら下げ、左手首には時価数百万の腕時計だ。全身から、堅気ではない雰囲気を漂わせている。
傍らには、チンピラ風の若者が控えていた。髪は金色で、ホストのごとき白いスーツ姿である。隣の中年男ほどではないにしろ、高そうな時計や指輪を身につけていた。両方ともに、パッと見でどんな職業の人間なのか判別できる。今時、裏社会では珍しいタイプだ。
さらに言うと、現金の手渡しというのも今では珍しい。もっとも、これは仕方なかった。なにせ、表に出せない金なのだ。
「ありがとうございます。また何かありましたら、よろしくお願いします」
隆一は一礼すると、足早に事務所を出ていく。その後ろ姿を、チンピラは顔を歪めて見つめる。
「兄貴、あいつ本当に暗いっスね。もうちょっと愛想良くすればいいのに」
「そうなんだよ。こないだキャバクラに連れてったら、あいつニコリともしやがらねえ。女が気を遣っていろいろ話しかけてんだけど、ずっと不機嫌そうな顔してんだよ。おかげで、場がすげえシラケちまった」
中年男もまた、顔をしかめて語る。
「マジっすか。キモいッスね。あいつ、家で女の肉とか食ってるんじゃないですか?」
「ああ、食ってても不思議じゃねえよ。何があっても表情ひとつ変えねえからな。まあ、仕事はきっちりやってくれるんだけどよ。あいつ、感情ないんじゃないか」
母が死んでから、隆一はすっかり変わってしまった。平凡な高校生だったはずの彼が、それから立て続けに暴力沙汰を起こし学校を退学になってしまったのだ。
隆一の喧嘩の仕方は異常だった。普通、高校生同士の喧嘩など、どちらかが優勢になれば終わるものだ。しかし、隆一は何度殴られようとも退かない。鼻血を出し前歯をへし折られながらも、相手にくらいついて行く。しまいに、不気味がった相手が逃げ出していく……そんな喧嘩を重ね、隆一は地元で恐れられる存在になっていた。
喧嘩をしていない時は、ウエイトトレーニングに打ち込み体を鍛えぬいた。いや、体をイジメ抜いたと言った方が正確だろう。その様は、自分に罰を与えているかのようだった。
やがて、無表情のまま人を痛め付けられる異様な性格を買われ、裏の世界へと入る。だが、裏社会の住人からも好かれてはいなかった。金のためなら何でもする彼らから見ても、この男は異様だったのである。
母親が死んでから、隆一は一切笑わなくなっていた。裏の世界の住人になってから、その傾向に拍車がかかる。冗談を口にすることなどなく、右手でプロテインドリンクを飲みながら左手の電動ノコギリで死体をバラバラに切り刻む……そんな神経の持ち主へとなっていた。
事務所を出た隆一は、地下駐車場へと入っていった。停めておいた車へと近づいていく。が、おかしな声が聞こえてきた。
「ナメてんじゃねえぞゴラァ!」
明らかに普通ではない。隆一は、そっと近づいていった。
大柄な若者が、地面に倒れた小柄な中年女を蹴飛ばしているのが目に入る。傍らには、なぜかスタンガンが落ちていた。
「ざけんじゃねえぞ、このババア! ブッ殺してやるよ!」
喚きながら、若者は中年女を蹴り続ける。だが中年女は、なおも闘おうとしていた。蹴とばされながらも、必死の形相で足に掴みかかろうとしているのだ。
なんだ、こいつは?
興味を感じた隆一は、無言で足音を立てずに近づいていった。この若者、かなり大きい。身長は百九十センチ近く、体重も九十キロを超えている。このままだと、中年女は殺されるだろう。
見知らぬ女が、死のうが生きようが関係ない……はずだった。しかし、なぜか放っておけないものを感じた。
隆一は、音も立てず若者の背後に回る。と同時に、落ちていたスタンガンを拾う。
次の瞬間、若者に押し当てた──
若者は悲鳴をあげた。完全に不意を突かれ、地面に倒れる。しかし、意識は失っていない。何やら喚きながら、すぐに立ち上がろうとする。
立ち上がらせてはまずい。この男、体は大きく力も強そうだ。仕留めるのに手こずって、誰かに見られたら困る。出来るだけ早く、動きを封じなくてはならない。
隆一は、起き上がろうとしている若者に、もう一度スタンガンを押し当てた。バチバチという音の直後、若者は激痛のあまり転げ回る。その隙に、若者の首に腕を巻き付けた。そのまま、一気に締め上げる。
若者はじたばたもがいていたが、隆一は容赦なく締め上げる。やがて、若者の体の力が抜けていった。意識が途切れ、そのまま動かなくなる。
トランクに積んであったロープで男を縛り上げ、口に猿ぐつわをはめ、車の後部席に無理やり乗せる。慣れっこの作業だ。
次に、中年女の方を向いた。彼女は、未だ地面に座り込んだ体勢だった。呆然とした表情で、こちらを見ている。
隆一はしゃがみ込むと、笑みを浮かべ口を開いた。
「なあ、あんた。こいつとどういう関係なんだよ? よかったら、話を聞かせてくれねえか」
「で、でも──」
「俺は、あんたを助けたぞ。礼の代わりに、事情を聞かせてくれや。なあ、いいだろ」
隆一が、いかつい顔を近づけて来る。その迫力に押され、中年女は語り出した。
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