灰色のエッセイ

板倉恭司

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ブラックな工場の話

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 これは、かつて務めていた工場で実際に起きた話です。なお、様々な事情を考慮し実際とは異なる描写に変えた部分もあります。



 関東地方の某所にて実在していたその工場は、何かの部品を作っていました。百人前後か務めていた記憶があります。上は六十過ぎから、下は十代の少年までです。女性はひとりもいません。男性のみで構成されていました。
 今思うと、工場内には独特の空気が漂ってぃした。はっきり言うと、全員どこか社会からはみ出てしまった雰囲気を漂わせていたのです。恐らくは、刑務所帰りの人間もいたでしょう。
 また、工場は全寮制でした。全員が、個室の部屋を与えられていたのです。中は冷暖房完備という触れ込みでしたが、実際にあったのは電気ストーブと扇風機だけでした。
 ただ、そんなものはまだマシです。寮の中を仕切っているのは、寮長なる人物でした。名前は大月とでもしておきましょう。年齢は、二十代後半だった記憶があります。
 この大月、「俺は昔ヤクザだった。今も、ヤクザの知り合いは大勢いる」などと、普段から吹聴していました。寮内のことは、この男に一任されていたのです。
 また、工場内でも権力を持っていました。基本的に、工場での作業は本社から出向した正社員たちか回していました。しかし、この大月は工場での作業の仕方や人事にまで口を出していたのです。立場は我々と同じ契約社員ですが、ある意味では正社員より立場が上でした。
 この大月、寮の中でよくギャンブルを開催していました。とはいっても、麻雀やトランプ、さらにはトトカルチョといった他愛ないものてす。
 ただ某漫画の班長と違い、大月はそれで儲けているわけではありません。単純に、皆の娯楽のため開催しているという感じでした。まあ、本人の「俺は大物だから、こんなことも出来るんだぞ」という自己顕示欲みたいなものもあったのかもしれないですが。
 言うまでもなく、額にかかわらず賭博は犯罪です。にもかかわらず、寮内ではおおっぴらにギャンブル大会が行われていました。金のやり取りも、隠すことなく行われていたのです。
 会社はというと、大月のしていることを全て知っていました。ところが、完全に黙認していましたね。なぜかと言いますと、大月は会社にとって使い勝手のいい人間だったのです。実際、寮で揉め事が起きると、大月と周りの子分たちが出て来て丸く収める………そんなことがあったのです。それも、一度や二度ではありませんでした。大月のおかげで、寮の平和が保たれている部分は確かにあったのです。
 私はというと、大月に逆らったりはしませんでした。ハイハイと言うことを聞いていましたし、付き合いでトトカルチョに参加することもありました。もっとも、ある程度の距離は置いてもいました。
 そんなこんなで、工場と寮は大月の仕切りで回っていましたが……ある日、終止符が打たれることとなりました。



 事の発端は、ある中年男か入ってきたことです。その男は、仮に山田とてもしておきましょう。当時四十代の山田は「俺は昔ヤクザだった。刑務所にもいたことがある」などと、周りの人間に吹聴しておりました。
 この山田ですが、事あるごとに大月に逆らっていました。「あんなガキにナメられてたまるか」という意識があったようです。
 最初、大月は穏やかに接していました。が、山田の方はだんだんと図に乗ってきました。さらに、もともと大月をこころよく思っていなかった人間たちが、山田の周りに集まるようになってきたのです。
 そうなると、大月派と山田派の対立が始まりました。やがて、事件へと発展したのです。大月とその子分たちが、山田の部屋に乗り込み集団でリンチをしたのです。実のところ、これまでにも似たようなリンチはあったそうですが、今までは泣き寝入りしていたようです。
 しかし、今回は違いました。山田派の誰かか警察に通報し、刑事事件へと発展してしまったのです。
 結果、大月とその子分たちは傷害罪で逮捕されました。さらに、寮内に本社からの査察が入り、当時の社員たちは全員が処分を受けることとなりました。大月のことを黙認していたことに対する罰です。

 その後、寮がどうなったかと言いますと……率直な話、居心地が悪くなりました。初めは、寮長を廃止し住んでいる者たちの自主性に任せるという形になりましたが……すると、誰もが好き勝手なことをし始めて無法地帯となりました。挙げ句、今度は社員たちが厳しい規則を作ったのです。まるで刑務所のような有様になり、私は程なくして工場を辞めました。



 この大月という男、確かにろくでもない人間ではあります。しかし、大月がいたおかげで上手く回っていた部分もあるのですよね。そう考えると、世の中には必要悪というものもあるのだな……と思います。





 
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