灰色のエッセイ

板倉恭司

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甘い! という言葉の話

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 昔、いじめられた過去を持つ少年たちを集めて交流する会に参加したことがあります。参加といっても、わたしは会の運営を少し手伝っただけです。
 その会で、ちょっとしたトラブルがありました。途中、ひとりの少年がこんなことを言ったのです。

「みんな、まだまだ甘いなと思った。俺なんか、いじめられ続けて何度も死にかけた。自殺未遂も十回はしてるし、薬の飲みすぎで学校にも仕事にも行けない。みんな甘ちゃんだと思う」

 言うまでもなく、この言葉のせいで場の空気は最悪になりました。その後は、誰も発言しないまま何となくお開きとなった……ように記憶しております。


 甘い──
 この言葉、実は昭和から平成にかけての時代によく聞かれたものなんですよね。要は、今でいうマウンティングです。

「何、こんなのがキツイの? 甘いよ。俺なんか若い頃は、もっと酷いところに回されたから」

「えっ、何を言ってんの? 甘いんだよ。我慢しろよ」

 昭和から平成にかけての体育会系の部活動、さらには新入社員は、この言葉を嫌というほど聞かされます。かくいう私も、さんざん聞かされて育ちました。まさに、昭和という時代の悪しき一面を現す言葉のひとつですね。
 困るのは、誰かに悩み事を打ち明けると……この言葉が出てくることがあるんですよ。

「そんなことで悩むなんて甘いよ。俺なんか、もっとキツイ目に遭ってきたんだからな」

 こうして、悩み相談はいつのまにかマウンティング&「俺スゲー話」へとすり替わっていくのでした。
 実際、昔はこういう人が少なくありませんでした。学校の上級生や教師、さらに会社の上司などなど……悩みなど相談しようものなら「お前は甘い。俺は、もっと凄い修羅場をくぐってきた」などと、己の武勇伝を交えた話をされた挙げ句「悪いのは、この程度のことに耐えられないお前だ」という、ふざけた自己責任論にすり替わってしまうのですよ。
 私は、こうした人々と接してきたおかげで、他人に悩みを相談することが出来ない体質になりました。

 今にして思えば、当時は不幸自慢や苦労自慢をする人が本当に多かったですね。寝てない自慢や怪我自慢も、この部類に属しているのでしょう。昔は、不幸な体験や苦労した経験がひとつのステータスになり得たのでしょうね。
 しかし、時代は変わりました。今では、聞かれてもいない苦労自慢などしても「ふーん、そうなんだ」で終わりでしょうね。寝てない自慢などは、昔は評価されたようですが、今は「睡眠時間を確保することが出来ない。つまりは、時間の使い方が下手」と評価されてしまうようです。ベストな体調を作る上での睡眠の重要さがわかっていくにつれ、睡眠時間の確保も自己管理能力として評価されるようです。
 また、スポーツの世界では、昔は血尿が出るまで練習しろ……などという指導がまかり通っていたようです。しかし、今では血尿など何の意味もないことが知られています。むしろ、血尿が出るまで練習するのはオーバーワークと判断されてしまいます。ひいては、練習メニューの作成が下手……と評価されてしまうようです。
 今は、本当にいい時代なあ……と思いますね。ただし、この令和の時代でも未だ昔の価値観を振り回す人もいるようです。そうした人々は、こちらが何を言おうが変わりません。あまり近づかない方がいいでしょうね。
 余談ですが、昔は「甘いなーおじさん」というのがいました。飲み屋で仲間と飲みながら仕事の愚痴など言っていると「甘い! 青い! 若い! 俺の若い頃はな……」などと言いながら、話に加わってくる常連のオッサンです。こういう人が、どこの飲み屋にも必ずいたそうです。うっとうしい時代だったのですね。




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