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真夜中の格闘の話
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これは、二十年ほど前の話です。
当時、若い……というより幼かった私は夜中に家を抜け出し、友人と二人で歩いていました。その徘徊には、特に何か目的があった訳ではありません。ただ「二人で夜中の町をうろうろしてる俺らカッケーな。何かアメリカ映画のアウトローみたいじゃね」という気分だったのです。はっきり言ってバカですね。
しかし、この後に私たち二人がやらかしたことは……さらなるバカな行為でした。
私たちはベラベラ喋りながら歩き、とある場所にさしかかりました。
すると、何を思ったか友人のグンジ(仮名です)は立ち止まりました。そして、ある一点をじっと見つめます。
「どしたのグンジ?」
私が尋ねると、グンジは自分の見ているものを指さします。
そこにあったのは、エロ本の自販機でした。しかも何故か、コンドームの自販機まで隣に設置されていたのです。
ここで一応、若い人のために説明しますと……昭和から平成十年くらいまでは、町外れの裏通りなどにはエロ本の自販機がありました。イメージとしては、千円自販機に似た形です。金を入れてボタンを押すと、目当てのエロ本やらエロビデオやらが出てくる構造になっていました。この自販機は例外なく目立たない場所に設置されており、性欲に支配された愚かなる男たちの欲望の捌け口となっていたのであります。
さて、グンジはじっとエロ本の自販機を見つめています。私は思わず首を傾げました。この男、エロ本が買いたいのだろうか?
しかし、グンジはとんでもないことを口にしたのです──
「おい、あのガラス壊せないか?」
彼の言うガラスとは、自販機に付いているものです。一応、説明しますと……エロ本の自販機は前面に透明な強化樹脂(材質は不明です。私の勝手な想像で強化樹脂と書いてます)が張られており、そこからエロ本の見本が見えました。見本とは言っても、ジュースの見本と違い本物です。
「いや、壊そうと思えば壊せるんじゃないの」
私が答えると、グンジはこう言いました。
「じゃあ、壊そうぜ」
唖然となっている私を尻目に、グンジはつかつかと自販機に近づいて行きました。
次の瞬間、グンジの蹴りが自販機のガラスに炸裂──
派手な音はしましたが、自販機はびくともしませんでした。
「お、おいおい……人が来るかも知れないぞ」
私は止めようとしました。すると、グンジは私に言ったのです。
「板倉、お前は空手の黒帯なんだろ。このガラスぶっ壊すの手伝え」
実は、当時の私は「俺は空手と骨法やってて黒帯だよ」などと大嘘を言っていたのです(実際は白帯でやめましたが)。
もしここで拒絶したら、私の経歴が疑われてしまうかもしれない……そんな思いに駆られた私は、自販機の前に立ちました。
次の瞬間、踏み込みながらの横蹴りを放ったのです──
ところが、自販機のガラスはびくともしません。当然といえば当然ですが、私の蹴りごときで壊れるほど、ヤワな材質ではないのです。
私は、どうしたものかと思いました。しかし、ここで引くわけにもいきませんでした。ここで引いたら、ただでさえ高いとは言えない板倉株が、さらなる値下がりをするかもしれないのです。
まず、私はその場で深く息を吸い込みました。さらに、技のフォームを確かめます。
そして、全体重をかけた渾身の中段後ろ回し蹴りを、自販機のガラスめがけ叩きこんだのです。
派手な音がしました。しかし、ガラスの方はびくともしません。硬い、というよりは弾力性が強く、バインと跳ね返される感触が強かったですね。
すると、グンジはライターを取り出しました。ライターの火で、ガラスを炙り出したのです。
「板倉、ガラスが脆くなったら、もう一発いけ」
そう言いながら、ガラスを炙るグンジ。その時でした。
「くぉらぁ! お前ら何しとんじゃあ!」
罵声と同時に、こちらに向かい歩いて来た男がいます。遠目なのではっきりとは分かりませんが、厳つい感じの中年男でした。しかも、手には長い棒のような物を持っています。恐らくは木刀でしょうか。
しかも、それだけではありません。
「どうした!」
その声とともに、今度は野球のバットらしきものを持ったおっさんが出て来ました。
その、怖そうなおっさん二人を見た私たちはというと──
「逃げろ!」
すぐに、その場から逃げ出しました。しかし、おっさんたちは追いかけて来ます。
「待てゴルァ!」
喚きながら、追いかけて来るおっさん。しかし、木刀やバットを片手に持った状態で走るというのは、意外と大変なのですよ。どういう理屈かは知りませんが、スピードがかなり落ちるように思います。興味のある方は、一度試してみてください。
それはともかく、私とグンジは何とか逃走に成功しました。
それから、数年後のことです。
私は、とある知人にその時のことを話して聞かせました。こんなバカなことをやってましたよ……という感じです。
すると、その知人はこんなことを言いました。
「お前、バカだな……ものにもよるが、あの当時の自販機は二人がかりでバール使えば、こじ開けられたんだぞ。静かに開ければ、エロ本どころか現金だって手に入ったのに」
私は、何も言えませんでした。いやいや、それ犯罪だから……って、私のやっていたことも器物損壊という立派な犯罪ですが。それにしても、自身のバカな笑い話をしたつもりが、まさか犯罪についてのダメ出しをされるとは思いませんでした。
念のため書いておきますが、自販機を壊すのは立派な犯罪です。また、今時の自販機はバールくらいでは開けられない構造になっているそうです。絶対に真似しないでください。
当時、若い……というより幼かった私は夜中に家を抜け出し、友人と二人で歩いていました。その徘徊には、特に何か目的があった訳ではありません。ただ「二人で夜中の町をうろうろしてる俺らカッケーな。何かアメリカ映画のアウトローみたいじゃね」という気分だったのです。はっきり言ってバカですね。
しかし、この後に私たち二人がやらかしたことは……さらなるバカな行為でした。
私たちはベラベラ喋りながら歩き、とある場所にさしかかりました。
すると、何を思ったか友人のグンジ(仮名です)は立ち止まりました。そして、ある一点をじっと見つめます。
「どしたのグンジ?」
私が尋ねると、グンジは自分の見ているものを指さします。
そこにあったのは、エロ本の自販機でした。しかも何故か、コンドームの自販機まで隣に設置されていたのです。
ここで一応、若い人のために説明しますと……昭和から平成十年くらいまでは、町外れの裏通りなどにはエロ本の自販機がありました。イメージとしては、千円自販機に似た形です。金を入れてボタンを押すと、目当てのエロ本やらエロビデオやらが出てくる構造になっていました。この自販機は例外なく目立たない場所に設置されており、性欲に支配された愚かなる男たちの欲望の捌け口となっていたのであります。
さて、グンジはじっとエロ本の自販機を見つめています。私は思わず首を傾げました。この男、エロ本が買いたいのだろうか?
しかし、グンジはとんでもないことを口にしたのです──
「おい、あのガラス壊せないか?」
彼の言うガラスとは、自販機に付いているものです。一応、説明しますと……エロ本の自販機は前面に透明な強化樹脂(材質は不明です。私の勝手な想像で強化樹脂と書いてます)が張られており、そこからエロ本の見本が見えました。見本とは言っても、ジュースの見本と違い本物です。
「いや、壊そうと思えば壊せるんじゃないの」
私が答えると、グンジはこう言いました。
「じゃあ、壊そうぜ」
唖然となっている私を尻目に、グンジはつかつかと自販機に近づいて行きました。
次の瞬間、グンジの蹴りが自販機のガラスに炸裂──
派手な音はしましたが、自販機はびくともしませんでした。
「お、おいおい……人が来るかも知れないぞ」
私は止めようとしました。すると、グンジは私に言ったのです。
「板倉、お前は空手の黒帯なんだろ。このガラスぶっ壊すの手伝え」
実は、当時の私は「俺は空手と骨法やってて黒帯だよ」などと大嘘を言っていたのです(実際は白帯でやめましたが)。
もしここで拒絶したら、私の経歴が疑われてしまうかもしれない……そんな思いに駆られた私は、自販機の前に立ちました。
次の瞬間、踏み込みながらの横蹴りを放ったのです──
ところが、自販機のガラスはびくともしません。当然といえば当然ですが、私の蹴りごときで壊れるほど、ヤワな材質ではないのです。
私は、どうしたものかと思いました。しかし、ここで引くわけにもいきませんでした。ここで引いたら、ただでさえ高いとは言えない板倉株が、さらなる値下がりをするかもしれないのです。
まず、私はその場で深く息を吸い込みました。さらに、技のフォームを確かめます。
そして、全体重をかけた渾身の中段後ろ回し蹴りを、自販機のガラスめがけ叩きこんだのです。
派手な音がしました。しかし、ガラスの方はびくともしません。硬い、というよりは弾力性が強く、バインと跳ね返される感触が強かったですね。
すると、グンジはライターを取り出しました。ライターの火で、ガラスを炙り出したのです。
「板倉、ガラスが脆くなったら、もう一発いけ」
そう言いながら、ガラスを炙るグンジ。その時でした。
「くぉらぁ! お前ら何しとんじゃあ!」
罵声と同時に、こちらに向かい歩いて来た男がいます。遠目なのではっきりとは分かりませんが、厳つい感じの中年男でした。しかも、手には長い棒のような物を持っています。恐らくは木刀でしょうか。
しかも、それだけではありません。
「どうした!」
その声とともに、今度は野球のバットらしきものを持ったおっさんが出て来ました。
その、怖そうなおっさん二人を見た私たちはというと──
「逃げろ!」
すぐに、その場から逃げ出しました。しかし、おっさんたちは追いかけて来ます。
「待てゴルァ!」
喚きながら、追いかけて来るおっさん。しかし、木刀やバットを片手に持った状態で走るというのは、意外と大変なのですよ。どういう理屈かは知りませんが、スピードがかなり落ちるように思います。興味のある方は、一度試してみてください。
それはともかく、私とグンジは何とか逃走に成功しました。
それから、数年後のことです。
私は、とある知人にその時のことを話して聞かせました。こんなバカなことをやってましたよ……という感じです。
すると、その知人はこんなことを言いました。
「お前、バカだな……ものにもよるが、あの当時の自販機は二人がかりでバール使えば、こじ開けられたんだぞ。静かに開ければ、エロ本どころか現金だって手に入ったのに」
私は、何も言えませんでした。いやいや、それ犯罪だから……って、私のやっていたことも器物損壊という立派な犯罪ですが。それにしても、自身のバカな笑い話をしたつもりが、まさか犯罪についてのダメ出しをされるとは思いませんでした。
念のため書いておきますが、自販機を壊すのは立派な犯罪です。また、今時の自販機はバールくらいでは開けられない構造になっているそうです。絶対に真似しないでください。
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