灰色のエッセイ

板倉恭司

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子供大好きおじさんの話

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 今の子供たちはどうなのか知りませんが、私が幼い頃は大勢で集まり、公園で遊ぶことが頻繁にありましたね。最近では、公園での野球やサッカーといった球技は禁止されているようですが、当時は何でもありでした。

 さて、私の生まれ育った町は、あまり治安のいい所ではありませんでした。公園にたむろしていたのも、子供たちだけではありません。実に様々な人種がいました。
 多かったのは、地元の不良中学生ですね。公園の隅に溜まり、タバコを吸いながらしゃがみこむ。時にはよその中学の不良と「テメーら何中だ!」などと言い合いながら喧嘩してましたね。
 また、ホームレスもいました。時にはホームレスと中学生が喧嘩を始めることもありました。私の地元のホームレスは、やられっぱなしでは収まらないようなタイプの人間が多かったようです。
 そんな公園には、名物キャラともいえる二人の男がいました。ひとりは「ゴルゴ」というアダ名の老人で、何故かゴルフクラブ片手に公園をうろうろしている妙な男でした。この男も、かなりヤバいのですが、触れるのは別の機会にします。
 もうひとりは「チカちゃん」と呼ばれていた人物でして、今回の主役です。髭ぼうぼうで髪も長く、常にジャージ姿で公園をうろうろしていました。背も高く、がっちりした体格であったように記憶しています。当時、私は小学生だったので、なおさら大きく見えたのかもしれません。
 このチカちゃん、私たちのような幼い小学生を見つけると「おじさんと遊ぼう!」と親しげに話しかけてくるのです。挙げ句に野球やサッカーやドッジボールなどに加わり、子供と一緒になって遊んでいました。
 実は私、このチカちゃんが大嫌いでした。他の子供たちは、面白がってチカちゃんとよく遊んでいましたが……私は彼が来ると、少し離れた場所で他の子(その子もチカちゃんが嫌いでした)と喋っていました。

「あのチカちゃんて、大人のくせに子供と遊んでて変だね」

「うん、変だよ」

 などと言い合っていた記憶があります。
 遊びが終わると、チカちゃんは子供たちにお菓子やジュースを買ってあげてます。私たちは、それを横目で見ていました。正直、お菓子は食べたかったですが……チカちゃんに対する嫌悪感の方が勝っていましたね。
 嫌悪感の源は何なのか、当時の私には分かりませんでした。髭に長髪そして大男という要素でないのは確かです。
 理由はともかく、私はチカちゃんが嫌いでした。彼と遊ぼうとしない子供は、他に数人いた記憶があります。
 やがて私たちは中学生になり、当然ながらチカちゃんとは遊ばなくなりました。チカちゃんもまた、別の子供たちと遊ぶようになりました。



 そして月日は流れ、二十年近く経ったある日のことです。
 私は幼馴染みの友人と久しぶりに会い、昔話に花を咲かせていました。
 その時、ふと思い出しました。

「なあ、昔チカちゃんていたじゃん。あいつって、実は幼児をいたずらする変態だったんじゃないの?」

 私の言葉に、友人は意外そうな表情を浮かべます。

「えっ、お前知らなかったのか? チカちゃん、だいぶ前に逮捕されたらしいぜ」

「えっ!?」

 友人の話によれば、チカちゃんは公園にいた幼い男の子を連れ回し、挙げ句に体のあちこちを触ったらしいです。挙げ句に未成年者誘拐の罪で逮捕された、とのことでした。
 私は驚くと同時に、やっぱりな……という思いもありました。あのチカちゃんならやりかねないな、と。しかし、話はここで終わりではありません。

「板倉、あいつが何でチカちゃんて呼ばれてたか知らないのか?」

 不意の言葉に、私は首を傾げました。

「本名がチカダとか、チカマツとか、そういう理由じゃないの?」

「違うよ。チカンのチカちゃんだよ」

「えっ……」

 友人から聞いた話によれば、チカちゃんはたびたび子供たちの体を撫で回していたそうです。バットを振り回す子供に「もっとケツ振らなきゃ」などと言って尻を鷲掴みにしたり、「お前、そのへなちょこボールは何だ。ちんこ付いてんのか」などと言いながら、子供の胯間を掴んで揉んでいたとか……結果、チカちゃんというあだ名が付いたというのです。
 私は唖然となりました。

「それヤバいだろ。何で親とか先生とかに言わなかったの?」

 私の問いに、友人は顔をしかめながら語り出た。
 彼の言うことを要約しますと、子供たちはみんな気を使っていた。尻を撫でられるのは気持ち悪いけど、チカちゃんには悪気は無いようだ。これは、チカちゃんの変な癖なのだろう。しかも、菓子やジュースなどを毎日おごってくれる。だから、チカちゃんの癖はほっとこうっていう暗黙の了解になっていた……というのです。もともと性の知識などなく、まして幼児にいたずらする性癖を持つ中年男の存在など、子供たちが知るはずがありません。
 しかも、子供たちには子供たちの世界があります。チカちゃんは、一応はその世界の一員です。しかし、親や教師はその一員ではない……となると、チカちゃんのことをいちいち親や教師に話したりはしません。それはチクリと見なされる場合もあるからです。
 結果、チカちゃんは子供たちと遊びながら……己の歪んだ欲望を満たしていたのです。



 私などが言うまでもないこととは思いますが、お子さんのいる方などは本当に気を付けて下さい。実際、このチカちゃんは近所では「子供好きな優しいおじさん」として見られていたようなのです。
 万が一、近所の公園にそんな子供好きで評判の男がいたとしたら、近寄らせない方が賢明かと思います。知らない間に、奇妙なサークルの一員になってしまう可能性がありますから……チカちゃんは、「自分は子供たちの仲間である」という空気を作り上げ、自身の欲望を満たすためのサークルのようなものを作っていました。最終的にはやり過ぎて逮捕されましたが、こんな人間は他にいくらでも居るのではないか、と私は思います。
 ところで「昔はどこの町にも、世話好きな大人がいて子供たちを見ていてくれて、時には一緒に遊んでくれた。人情に溢れた時代だった。ところが今は、目の前で子供が怪我をしようが喧嘩をしようが素知らぬ顔をしてる大人ばかり……冷たい世の中だ」などと言う意見を聞いたことがあります。確かに、今は下手に声をかけられないような時代です。冷たいという見方も否定はできません。
 しかし、昔の時代の世話好きな大人の中に、チカちゃんのような人物がいなかったとは言い切れないですよね。子供のことを考えれば、これでいいのではないかと思います。




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