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板倉恭司

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朝夫のトラブル

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 有村朝夫は、ずっと沈み込んでいた。朝からベッドの上で寝そべり、天井を見上げている。学校には行っていないし、外出もしていない。
 昨日の出来事が、未だ心に引っかかっていたのだ。

(こいつ、ひとりだったら全然大したことねえ!)

 ひとりだったら、大したことないのか?
 俺はひとりじゃ、何も出来ないのか?

 今までは、立花欣也と清田隆平がいた。どちらも強い。欣也はプロの格闘家に近いくらいのレベルだし、隆平もチンピラ相手なら秒殺できる強さだ。
 そんなふたりが、常に傍にいてくれる。その状態が、いつの間にか依存心を生み出していたのだろうか。

 違う。
 俺は、ひとりでも闘ってきた。

 あのふたりがいない時に闘ったこともある。昨日は、不意を突かれて慌てただけだ……朝夫は、そう考えて自分を納得させようとした。
 だが、それが嘘であることは自分がよくわかっていた。



 気がつくと、外は暗くなっていた。朝から、何も食べていない。朝夫は立ち上がり、玄関に歩き出した。コンビニで何か買うとしよう。
 その時、昨日の出来事を思い出した。自分たちは、狙われているのだ。丸腰で外出したら、また襲われるかもしれない。
 朝夫は着替え、スタンガンをポケットに入れた。

 近所のコンビニに入り、しゃがみ込む。下の棚に並んでいるカップ麺を取ろうとした時だった。

「おい、お前。さっさと金出せ」

 不意に声が聞こえた。朝夫は、しゃがんだまま振り返る。だが、誰もいない。どうやら、朝夫に向けられたものではないらしい。

 コンビニ強盗か?

 朝夫は、そっと立ち上がった。いつの間に入って来たのか、サングラスをかけマスクをした者がいた。レジの前にいる店員に向かい、拳銃らしきものを構えている。
 その後ろに、もうひとりいる。こちらもサングラスをかけ、マスクをしている。大きなカバンを持ち、じっと店員を見ている。どちらも、朝夫には気づいていない。
 店員は、三十代から四十代の中年男だ。表情を歪め、じっと拳銃を凝視している。金を出す気配はない。
 朝夫は気付かれないように姿勢を低くし、ゆっくりと近づいて行った。拳銃を構えている方は黒いパーカーを着てフードを株っており、華奢な体型で背が低い。先ほど聞いた声や体格から察するに、若い女だろう。
 だからといって、危険であることに代わりはない。若い女といえど、拳銃を構えトリガーを引けば人は殺せる。下手にしかければ、店員が撃たれる可能性もあるのだ。暴発の可能性もある。
 そう……万一、拳銃が本物であった場合を考えると、あまりにもリスクの大きい戦いだ。
 ここは、おとなしくしているべきなのだろうか。何もしなければ、強盗は誰も傷つけることなく、金だけ奪って立ち去るかもしれないのだ。
 その時、あの一言が頭を掠める。

(こいつ、ひとりだったら全然大したことねえ!)

 ざけんな。
 俺は、ひとりでクズを狩っていたんだ!
 欣也も隆平もいらねえ。
 俺ひとりで充分だ!

 朝夫は、そっと右手を伸ばした。手近な棚に置かれていた缶詰を掴み、握りしめる。さらに左手で、ポケットのスタンガンを取り出した。 

「ほら、早く金出しなよ!」

 強盗がそう言った瞬間、朝夫は動いた。立ち上がり、缶詰を強盗めがけて投げつける。
 缶詰は、強盗の後頭部に命中した。予想外の攻撃に、強盗はよろめく。
 と同時に、朝夫は床を前転した。一気に間合いを詰め、スタンガンを腹に押し当てた──
 強盗は、その一撃で吹っ飛んだ。壁に頭を打ち、床に倒れる。
 その瞬間、後ろにいた強盗の仲間が叫んだ。

「ちょ、ちょっと待ってよ! これ、ギャグだから! ガチじゃないから! 持ってるのモデルガンだし!」

 想定外の言葉に、朝夫の動きは止まった。唖然とした表情で、仲間を見つめる。
 一方、仲間は慌てた様子で、肩から下げていたカバンから何かを取り出す。それは「ドッキリだよーん!」と書かれた小さな立て札と、撮影用のカメラだった……。 

「これ、ただのギャグだよ! ドッキリの動画撮って、サイトに投稿するだけだったのに……」

 不意に、言葉が止まった。仲間の体が、ワナワナ震えている。その目は、強盗のふりをしていた者を見つめている。
 そちらを見ると、床に血溜まりが出来ていた。強盗の頭から、大量の血が流れている。
 仲間は、震えながらしゃがみ込んだ。朝夫は、思わず顔をしかめる。恐らく、スタンガンを当てられ吹っ飛んだ時、角に頭を打ち付けたのだ。ひょっとしたら、頭蓋骨が折れたかもしれない。だとしたら、命にかかわる怪我だ──
 その時、朝夫の肩を叩く者がいた。振り向くと、コンビニの店員だった。

「君は悪くないよ。さっさと家に帰るんだ。警察には、俺がちゃんと言っとくから。いざとなったら、俺が裁判で証言するよ」

 店員は視線を移し、倒れている強盗としゃがみ込んでいる仲間を睨みつけた。

「ふざけんじゃねえぞ。これが、ドッキリで済まされるかよ。こっちは仕事中だってのに、いい迷惑だ。こんなふざけた奴、死んだって誰も困りゃしない」

 吐き捨てるような口調で言った後、店員は再び朝夫の方を向いた。

「さあ、君は早く帰るんだ。こんなクズのせいで、逮捕される必要なんかない。君は、何も悪いことはしてない。悪いのは、こいつらだ」



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