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板倉恭司

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恭介のドライブ

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 真幌市の繁華街は、今日もにぎやかだ。老若男女、みな浮かれた様子で町を漂っている。
 だが、伊達恭介と工藤憐のふたりは、周囲とは明らかに違う空気をまとっていた。冷酷な光を目に宿し、人混みの中を進んで行った。
 やがて、彼らは目当ての場所に到着した。人通りのない路地裏にある古ぼけたビルだ。一階にはバーらしき店がある。さらに、店の側には車が止まっていた。
 ふたりは、何のためらいもなく店に入っていく。中には、アジア系の外国人が四人いた。ソファーに座っており、早口の外国語で何やら話している。
 だが、ふたりの姿を見るや会話が止まった。彼らは、無言で恭介を見つめる。
 恭介は男たちの顔を見回すと、流暢な外国語で指示を出した。男たちは頷き、ひとりが奥の扉を開ける。恭介は、室内に入っていった。
 部屋の中は、ひどく殺風景なものだった。四畳ほどの広さで、テーブルや椅子といった家具は何も置かれていない。床には申し訳程度にカーペットらしきものが敷かれているが、壁紙はボロボロである。しかも、窓も付いていない。明かりといえば、上から裸電球がぶら下がっているだけだ。刑務所の独居房のようである。
 そんな不気味な部屋の中央には、ひとりの青年が座り込んでいた。体つきは細く華奢であり、スポーツの類いは全く経験していないように見える。顔は端正であり、どこかのアイドル事務所に所属していてもおかしくないだろう。だが、その美しい顔はやつれ果てており、人生に疲れきったような表情が浮かんでいる。
 青年は顔を上げ、恭介を見た。その途端、さらに表情を歪める。

「な、なあ、俺はいつまでここにいなきゃならないんだ? いつになったら出国できるんだよ?」

 青年は、怯えた顔つきで聞いてきた。すると、恭介はにっこり笑う。

「明日だ。明日には、出国する。だから、今日はここを引き払ってもらう。今まで、不自由な思いさせてすまなかったな」

 そのとたん、青年の顔はパッと明るくなった。先ほどまでの様子が嘘のように、勢いよく立ち上がる。

「そ、そうか! で、約束の金はあるのか?」

「ちゃんと用意してあるよ。二千万あれば、タイじゃあ大金持ちだぜ。お前も、人生をやり直せる」

 そう言うと、恭介は持っていた紙袋を開けて見せた。中には、札束が入っている。それを見て、青年は目を輝かせた。

「そ、そうか! いやったぜえぇぇ!」

 叫ぶと同時に、青年は紙袋に手を伸ばす。だが、恭介はその手を払いのけた。

「待て待て。金は、タイに行ってからだ。今、お前に渡して、あちこちで散財されても困るからな。お前を狙ってる奴は、まだあちこちにいるんだよ。お前が闇金にいくら借金があるか、忘れたのか?」

「えっ……あ、ああ。それでもいいか。後で手に入るなら、同じことだしな」

 そこで、青年は愉快そうに笑った。

「いやあ、今まで大変だったよ。あの女は顔は可愛いが、クソ生意気でバカで性格最悪でさ……俺じゃなかったら、とっくにブチ切れてたぜ──」

「わかったわかった。お前の働きは評価してる。だから、さっさと外の車に乗れ。まずは、ここを離れるぞ」


 三人は、表に止めてあった車に乗り込んだ。車内では恭介がハンドルを握り、憐と青年が後部席に座っている。
 青年は上機嫌であった。ベラベラと、一方的に喋り続けている。憐は無言のままで、恭介は適当に相づちを打っている。

「いや、本当にきつかったよ。あの女さ、ネタ食うと狂い出すんだよ。あんたの指示通りにしたら、完璧なポン中になったけどさ……あいつのヨレ具合は、普通じゃなかったぜ。まあ、あの又吉に比べリゃマシだけどな。又吉の奴、まさかヨレて人刺すとは思わなかったよ。あれ? ちょっと待ってよ。ここ、どこ?」

 青年は、ようやく異変に気づいた。いつのまにか、山の中に来ているのだ。周囲は暗く、人家は見当たらない。窓から見えるものといえば、暗闇と木の枝ばかり。
 だか、恭介は何も答えずにずっと車を走らせている。青年は顔を引き攣らせ、もう一度尋ねた。

「ね、ねえさん、聞いてんの? ここ、どこなの?」

「悪いな。今日から、しばらくここで暮らしてもらう」

「は、はあ!? どういうこと!? 俺、タイに高飛びするんじゃなかったの!? 話が違うじゃん!」

 いきなり騒ぎ出す青年に、恭介は面倒くさそうに言った。

「うるせえなあ。レン、黙らせろ。ただし、殺すなよ」

 その言葉と同時に、憐が襲いかかる。人間離れした腕力で青年の襟首を掴み、前腕を喉に押し付けた。青年は必死でもがくが、外すことは出来ない。憐の腕は容赦なく喉に食い込み、気管を潰し呼吸困難な状態へと追い込んでいく。
 一分も経たぬうちに、青年の意識は消えた。全身から力が抜け、崩れ落ちる。絞め落とされたのだ。
 直後、異様な匂いが漂う。落とされた時、失禁したのだ。糞尿の匂いが、車内に充満する。

「くせえなあ、このバカ」

 不快そうに呟きながらも、恭介は窓を開けずに車を走らせる。憐もまた、表情ひとつ変えない。悪臭に満ちた車内で、無言のまま青年の手に手錠をかけた。



 やがて、車は目的地に止まった。古い木製の小屋が建っており、周囲は草原だ。周囲に人家はなく、人の気配もない。
 恭介は車を降りた。と同時に、憐が青年の体を担ぎ上げる。悪臭を放っており下半身は糞尿で汚れているが、憐は眉ひとつ動かさない。青年の体を、小屋の中に運び込む。
 その様を横目で見ながら、恭介はスマホを取り出した。

「お嬢さん、いきなり電話かけて申し訳ありません。ですが、一刻も早くお伝えしなければと思いまして……その件です。青島と名乗っていた男を、先ほど確保しました……ですから、お嬢さんの目で確認していただきたいんですよ。明日、ご足労願えませんか?」







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