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板倉恭司

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朝夫の不安

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 その話を聞いたのは、昨日のことだった。



「それ、本当か?」

 有村朝夫の問いに、清田隆平は頷いた。

「ああ、本当だよ。俺もちょっと調べてみたんだがな、あれは間違いないぜ。マンションの一室でひとり暮らししてて、そこで週末には仲間を集めてドラッグパーティーやってるらしいんだよ」

「なあ、その正樹マサキってのは、いったい何者なんだ?」

 尋ねたのは立花欣也だ。正樹という男が、今回のターゲットである。隆平が話を持ってきたのだ。

「お笑い芸人の横須賀丈二ヨコスカ ジョウジっているじゃん、正樹ってのは、そいつの次男なんだよ。ひとり暮らししてて、うちの学校じゃ有名な奴なんだけど、どうしようもないバカなんだよ。校内で、シャブやってること自慢げに話してんだぜ。ま、だからこそ俺にも情報が伝わってきたんだけどな」

 そう言うと、隆平はふたりの顔を交互に見る。

「どうするんだ? やるのか、やらねえのか?」

「やるに決まってるだろう。そんなクズには、きっちりとお仕置きをしてやらないとな」

 朝夫が言うと、欣也も頷いた。



 その翌日──

「お前、誰だ? 何しに来たんだ?」

 横須賀正樹は、訝しげな表情で首を捻った。彼は学校から帰り、家でくつろいでいたところだ。そろそろ、知り合いの女でも呼ぶか……などと考えていた時、いきなりブザーが鳴ったのだ。
 誰かと思いドアを開けてみれば、メガネをかけパーカーを着た少年が立っている。見た感じは、ごく普通の若者だ。年齢は、自分と同じくらいか年下に見える。体格もごく普通であり、危険な雰囲気は全く感じられない。
 正樹は体はさほど大きくないが、目つきは鋭く顔つきもワイルドであり、かつ好戦的な雰囲気を漂わせている。
 実際、この少年はそれなりに喧嘩慣れもしている。ヤンキーたちとの付き合いもある。ヤクザの知り合いもいる。そんな彼から見れば、訪問者は片手で捻り潰せる一般人にしか見えない。だからこそ、さして警戒もせずにドアを開けたのだ。
 正樹はわかっていなかった。ここにいるのは、片手で捻り潰せる一般人などではない。有村朝夫という危険人物なのだ。

「あのう、横須賀正樹さんですよね?」

 朝夫は、にこにこしながら尋ねた。

「はあ? だったら、どうだって言うんだよ? お前誰だよ? 何しに来たんだ?」

 言いながら、正樹は睨みつけた。彼の目には、朝夫は脅せば引き下がるようなザコにしか見えない。
 しかも、今の正樹は苛立っていた。これから女たちを呼ぼうとしていたのに、こいつは何をしに来たのだろうか。くだらない用事だったら、この場で殴り倒すだけだ。
 だが、その態度は一転する。朝夫の背後から、スキンヘッドの厳つい男が現れたのだ。男は正樹の襟首を掴み、無言のまま一気に屋内へと入っていく。男の凄まじい腕力に、正樹は抵抗すら出来ず押し込まれていった。
 後に続く朝夫は、静かに扉を閉め鍵をかける。これで、目撃される心配はない。
 スキンヘッドの男は正樹の襟首を掴んだまま、思い切り壁に押し付ける。正樹は恐怖のあまり、何も出来ず震えるだけだった。

「おいコラ、お前ヤクやってるんだってなあ? さっさと出せ」

 低い声で凄む。その正体は、言うまでもなく欣也である。常人離れした腕力で壁に押し付けられ、正樹は震えながら頷いた。

「だ、出すよ。だから、離してくれ」

「ついでに、有り金も残らず出せや」

 言いながら、欣也は力任せに壁に叩き付けた。正樹は呻きながら、うんうんと首を縦に振る。

「だ、出すよ」

「出すよ、じゃねえだろうが。出します、だろうが!」

 吠える欣也に、正樹は泣きながら叫んだ。

「だ、出します! 出しますから!」

 その様子を、朝夫は苦々しい表情を浮かべながら見ていた。この正樹という男は、紛れも無いクズだ。マンションの一室で、ドラッグに塗れた生活をしている。先ほどの自分に対する態度も、非常に不快なものであった。相手が自分より弱いと見るや居丈高になるが、自分より強いと判断するや途端に卑屈になる。それが、どれだけみっともないかわかっていないのだろうか。
 もっとも欣也は、そんな朝夫の思いなどお構いなしだ。ただ、本能のままに正樹をいたぶっている。

「おいコラ、俺らも暇じゃねえんだ。さっさと出すもん出せ。でないと、怪我じゃすまねえぞ」

 言った直後、欣也は彼の体をブン投げた。
 正樹はくるりと一回転し、床に叩きつけられる。その衝撃で、呻き声をあげた。硬い床に叩きつけられる衝撃は凄まじいものだ。これは、打撃技よりも威力がある。

「早くしろや。でないとお前、本当に死ぬよ」

 正樹を見下ろす欣也の顔には、残忍な表情が浮かんでいる。正樹は痛みのあまり顔をしかめながら、這うようにして部屋の中を動いた。
 本棚から、DVDのケースを取り出す。

「ネ、ネタはここです」

 震えながら、そのケースを差し出した。
 欣也がケースを開けると、中にはクレジットカード大の小さなビニール袋と、注射器が入っていた。
 ビニール袋の中には、氷の結晶のような粉末が入っている。朝夫も欣也も、その粉末が何であるかは知っていた。

「シャブかよ。ったく、このクズが」

 そう言うと、欣也は再び正樹の襟首を掴んだ。

「おい、これだけじゃねえだろ。この家にあるネタ、全部出せや。もちろん、現金もな」



 その帰り道、朝夫と欣也は並んで歩いていた。
 正樹の部屋にあった現金とドラッグは、全て奪い取った。ドラッグは公衆便所の便器に流し、現金は二人のポケットに入っている。さらに、正樹とドラッグの入ったビニール袋とを並べた画像もスマホで撮影した。その上「僕は横須賀丈二の息子の正樹です。僕は、覚醒剤をやっていました」と告白している動画も撮影している。もし警察に訴えたら、この動画が世間に流れるぞ……という言葉を残し、二人は去っていった。
 ちなみに、金は二十万と少しあった。

「ったくよ、隆平の奴は本当にどうしようもねえよな。金はいくらあったんだって、さっきからしつこく聞いて来やがる。俺たちが、金をくすねると疑ってやがるんだよ」

 不意に、欣也が吐き捨てるような口調で言った。
 今回の襲撃に、隆平は加わっていない。正樹と顔見知りである隆平が、現場に行くのは危険だという判断で、あえて外したのだ。隆平も、それは承知している。
 だが、欣也のスマホには何件もメッセージが来ているらしい。金はいくらあったんだ、俺の取り分はいくらなんだ、という内容のようだ。
 実のところ、朝夫のスマホにも隆平からのメッセージは来ている。全て無視しているが、本当にしつこい。

「なあ、お前は隆平をどう思う?」

 いきなりの欣也からの問いに、朝夫は首を捻った。

「どう思う、って……確かに金にはうるさいけど、仕方ないだろ」

「あいつ、大丈夫なのか?」

 尋ねる欣也の表情は、真剣なものだった。

「大丈夫って、何が?」

 一応、聞き返しはしたものの、朝夫には彼が何を言おうとしているかは分かっていた。

「あいつさあ、はっきり言って金に汚いじゃん。金が絡めば、俺たちのこと平気で裏切るんじゃねえか」

「いや、そんなことはないだろう」

 そうは言ったものの、朝夫も似たような気持ちを抱いていた。
 欣也という男は、金にはさほどこだわらない。もらえるものはもらうが、金払いもいい。宵越しの銭は持たない、とばかりに風俗などであっさり散財してしまう。人柄も単純であり、粗暴ではあるが付き合いづらくはない。
 それに対し、隆平は金が絡むとシビアになる。路上でヤンキーやチンピラを狩った時も、隆平はきっちり有り金を取り上げていく。数百円しか持っていないような輩からも、残らず回収していくのだ。その姿に、微かな不安を感じていた。
 ふと思い出した。隆平は、欣也のことを不安視していたのた。短絡的であり、衝動に任せて動くことの多い欣也は、いつかとんでもないことをしでかすのではないか……とぼやいていたのを覚えている。
 ところが、欣也もまた隆平に対し不安を覚えていたとは。

「朝夫、あいつには気をつけた方がいいぜ。俺らも、いずれヤクザとやり合うことになるかも知れないからな。そん時、金次第で裏切るような奴がいたら困るだろ」

「ヤクザ?」

「そうだよ。なあ、ヤンキーなんか狩ってても仕方ないだろ。俺たちも、そろそろ大物を狩っていこうぜ。ヤクザを狩った方が、世のため人のためだよ」

 その言葉に、朝夫は思わず立ち止まった。この男は、何を言いだすのだろう。

「ちょ、ちょっと待ってくれよ。お前は何を言ってるんだ──」

「朝夫、お前はこのままヤンキー狩りで終わるつもりか? この先は進学して就職して、平凡なサラリーマンになるつもりかよ?」 

 欣也は、真剣な眼差しで問い掛けてきた。だが、朝夫には何も言えない。ただただ困惑するばかりだった。まさか、欣也がこんなことを言い出すとは。
 ただただ、享楽的に毎日を過ごしていると思っていたのに。

「朝夫、お前は悪人を狩りたいんだろ? だったら、ヤンキーやチンピラみたいな小物を相手にすんのは、そろそろやめようや。もっと大物を狙おうぜ。ちょうど今、極悪なヤクザの話を聞いたんだ。そいつ、俺の先輩を病院送りにしやがったらしい」

「えっ……」

 想定外の話の流れに、朝夫は戸惑い口ごもる。すると、欣也はにっこり笑った。

「まあ、考えておいてくれや。ただ、俺はひとりでも、そのヤクザを殺るぜ」




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