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板倉恭司

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朝夫の暴力

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 その日、有村朝夫はひとりだった。学校帰りにたまたま寄ったコンビニで、おかしな事件に巻き込まれてしまう──



「だからあ、お前は誰に何を言ってんだよ!」

 コンビニから出た時、いきなり罵声が聞こえてきた。そちらを見ると、いかつい顔のチンピラが小柄な少年の襟首を掴み、壁に押し付けている。どう見ても、仲良くジャレあっているようには見えない。
 朝夫は、思わず舌打ちした。こんな面倒ごとに巻き込まれるとは。
 だが、見過ごすわけにもいかない。チンピラは道路に背を向け、少年を恫喝している。隙だらけだ。倒すのは簡単だろう。
 まずスタンガンで一撃、さらに首投げで地面にぶっ倒す。直後、少年に逃げるように指示して自分もその場からすぐに離れる。以上のことを、一瞬で計算した。
 ポケットのスタンガンを確認し、周囲を見回した。人の姿はない。チンピラは背を向けたまま、なおも怒鳴り続けている。朝夫は、そちらに歩きかけた。が、その足が止まる。
 今気づいたが、電柱の陰に人がいた。スーツを着たサラリーマン風の男だ。嬉々とした表情でスマホをかざしている。どうやら、スマホで一部始終を録画しているらしい──
 朝夫は立ち止まり、サラリーマンを睨む。こいつは、いったい何をしているのだろうか。
 その時、思い出した。通り魔・又吉修の事件を録画し、ネットにて発表していた者がいたことを。
 この男も、事件の動画をネットにて拡散しようとするクズなのだろうか。

「あんた、何やってんだ?」

 気がつくと、スマホを持った男の前に立っていた。近くで見れば、まだ若い。恐らく二十代の前半だろう。線が細く、気の弱そうな顔つきである。

「ちょ、ちょっと黙ってろ。今、撮ってんだよ」

 サラリーマンは、狼狽したように小声で言った。朝夫の見た目は、メガネをかけた痩せ型の少年である。お世辞にも恐そうには見えないだろう。
 だが、朝夫の実体は見た目と真逆である。しかも、今の言葉で完全にタガが外れてしまった。無言のまま手を伸ばし、スマホを取り上げる。

「な、何すんだ!」

 喚きながら、サラリーマンは掴みかかってきた。だが、朝夫は意に介さずという表情だ。サラリーマンの腕を、素早く脇に挟みこんだ。突進してきた勢いを利用し、思いきり投げ飛ばす──
 サラリーマンの体は一回転し、地面に叩きつけられた。強烈な痛みに、呻き声を漏らす。
 そんな彼を、朝夫は冷酷な表情で彼を見下ろす。
 ややあって、本来の目標の方を向いた。
 チンピラは今になって、朝夫たちの存在に気づいたらしい。少年の襟首を掴んだまま、唖然とした表情でこちらを見ている。
 朝夫は口元を歪め、つかつかと近づいて行く。

「お前、いい加減にしろ。人を殴りたいなら、ああいうクズを殴れ」

 言いながら、チンピラの首に触れた。直後、一瞬で相手の首を脇に抱えこむ。チンピラは、あまりの早業に何が起きたのか把握できず、反応が遅れる。
 一方、朝夫には一切の躊躇も容赦もない。フロントチョークで、チンピラの首を絞めあげる──
 僅かに抵抗したチンピラだったが、首の気道をしっかりと極められてはひとたまりもない。やがて絞め落とされ、意識を失った。

「おい、さっさと帰れ。しばらく、この辺りには顔を出さない方がいいぞ」

 朝夫は、呆然となっている少年に言った。その時、ぷんと嫌な匂いがした。明らかに尿と糞便のものだ。
 匂いの元は、チンピラだった。どうやら、絞め落とされた時に失禁してしまったらしい。これは、珍しい現象ではない。 

「ざけんじゃねえぞ、このバカが」

 言いながら、朝夫はチンピラを突き飛ばした。意識のないチンピラは、そのまま地面に崩れ落ちる。
 朝夫は、足早にその場を離れようとした。うかうかしていると、近所の住人に警察を呼ばれる。その前に、立ち去らなくては……。
 その時、不意に足首を掴まれた。

「け、携帯、返せ」

 倒れていたサラリーマンが、朝夫の足首を掴んでいる。
 その瞬間。収まっていたはずの怒りが再燃してきた。この男は先ほどまで、嬉々として人の災難を録画していた。
 そのスマホを返せというのか。
 スマホを返したら、サラリーマンは動画投稿サイトにさっきの映像を載せるだろう。そんなことを考えた時、朝夫の胸には殺意に近い感情が湧き上がる。

「このクズが。本当に殺すよ」

 言葉と同時に、朝夫は相手の顔面を蹴飛ばした。サラリーマンは、顔を両手で覆いうずくまる。その口からは、啜り泣く声が出ていた。さらに、地面には血が垂れている。歯と鼻が折れているかもしれない。
 だが、そんなのは自業自得だ。この男は、犯罪を目の当たりにしながら何もしなかった。まあ、それは仕方ない。
 問題なのは、その後だ。まるで面白動画でも撮るようなつもりで、その現場を撮影していたのだ。
 こいつは、紛れもないクズ……朝夫は、振り向きもせずに去って行った。



 今の朝夫の行動は、客観的に見れば犯罪と同レベルだ。しかし、今の彼はその事実に気づいていなかった。




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