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恭介の対応と、関根の不安
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「おい伊達、今なんて言ったんだ? もう一度言ってみてくれや」
関根智也の言葉に、伊達恭介は冷ややかな表情で答えた。
「ですから、今はちょっと手が離せないんですよ」
その答えに、関根の表情が変わる。
「てめえ、誰にンな口きいてんだ? 死にてえのか?」
恭介と工藤憐は、仁龍会の事務所にいた。二人の前には、いきり立った関根と、面倒くさそうな顔をした井上和義が立っている。関根は、今にも襲いかかりそうな表情でプルプル体を震わせていた。
「てめえ、わかってんのか? 俺の息子が昨日、どっかのガキにやられて病院送りにされたんだよ。しかも、そのガキは言ったらしい……仁龍会なんか知らねえよ、ってな。ヤクザはな、ナメられたら終わりなんだよ! わかってんのかゴラアァ!」
凄まじい形相で怒鳴りつける。だが、恭介は全く怯んでいない。
「それは、ごもっともです。しかし、自分は尾形さんのお嬢さんを傷つけた青島を探しています。ですから、あなたの息子さんのケツ拭きにまでは手が回りません。勘弁してください」
そう言って、恭介は頭を下げた。すると、関根の表情がさらに歪む。
「ケツ拭きだあ? てめえ、自分の立場ってものが分かってねえらしいな。てめえは、俺の舎弟なんだよ。舎弟ってのはな、兄貴の言うことを聞くもんだぜ」
低い声で、関根は凄んだ。すると、傍らにいた憐が反応した。音もなく動き、恭介の前に立つ。冷酷な目で、じっと関根を見つめた。無言だが、目からは強烈な意思が伝わってくる。
その行動が、関根の怒りの炎に油を注ぐことになった。
「このガキがぁ! 俺にケンカ売ろうってのか!? 上等じゃねえか!」
吠えながら、憐に掴みかかろうとした。しかし、今度は井上が割って入る。
「おい関根ぇ、やめとけよ。こいつは今、青島の行方を探してるんだ。だから、な? 俺の顔を立ててくれよ。な?」
穏やかな口調で言いながら、関根の肩をポンポンと叩いた。立場から言えば、井上は関根よりも上である。いかに武闘派幹部といえど、引き下がらざるを得ない。
関根は腹立たしそうに憐を睨みつけたが、それ以上は何もしなかった。
すると、井上は軽く会釈する。
「すまねえな関根。だがな、伊達の言うことももっともだ。息子がやられた件は、お前がケジメ取れ。俺からも、何人か協力させる。んで、伊達ちゃんよう……」
そこで恭介の方を向いた。
「お前は、一刻も早く青島を見つけろ。いいな?」
「はい。では、失礼します」
井上に頭を下げると、恭介は事務所を出た。だが、関根が後を追って来る。エレベーターの中に強引に入りこんできた。
「おい、待てよ」
言いながら、恭介の襟首を掴む関根。同時に憐も動こうとした。だが、恭介が鋭い声で制する。
「憐、動くんじゃねえ。黙って見とけ」
直後、エレベーターの扉が閉まる。と同時に、関根は拳を振り上げた。
鈍い音とともに、拳が腹にめり込む。だが、恭介は声ひとつ上げない。
その態度が、関根の怒りに油を注いだ。彼は拳を振り上げ、なおも恭介の腹に叩き込む。
「てめえみたいなケツの青いガキが、調子こいてんじゃねえ! てめえは、俺が仁龍会に入れてやったんだろうが! 俺がいなかったら、てめえはただのチンピラだったんだぞ!」
喚きながら、関根は殴り続ける。筋金入りの武闘派であり、体重も百キロはある関根だ。そんな男のパンチをこれだけ喰らえば、常人なら腹を押さえて倒れていただろう。それどころか、内臓が破裂する可能性もある。
だが恭介は、声ひとつ上げなかった。無言のままパンチを受けきる。しかも、表情ひとつ変えていない。むしろ、横にいる憐の方が表情を歪めていた。
やがて、エレベーターが一階に到着した。関根は息を荒げながら、恭介に囁く。
「いいか、もしガキが見つかったら、誰にも言わず真っ先に俺の前に連れてこい。これは命令だぞ、分かったな?」
「わかりました」
・・・
去り行く伊達恭介の後ろ姿を見ながら、関根智也は口元を歪める。あれだけ殴ったのに、声ひとつあげなかった。足取りも、いっさい乱れていない。
それに、彼の傍にいた少年……あれは、とんでもない奴だ。関根も今まで、数々の修羅場を潜ってきた。だが、奴は別格だ。そこらのチンピラやヤクザなどとは、比較にならない危険な雰囲気を醸し出していた。
伊達はどこで、あんな男を見つけてきたのだろう。
井上和義は、尾形由美の一件を伊達に押し付けるつもりだ。どちらに転んでも、井上には傷は付かない。仮に、伊達が上手い具合に青島を見つけたら……井上は「俺があいつの器量を見抜いて一任した」などと周囲に吹聴し、自らの手柄にするだろう。逆に見つけられなければ、落し前としてマグロ船に乗せる気だ。もちろん多額の生命保険をかけて、海の上で「事故死」してもらう予定である。それが、あの男のやり方なのだ。
もっとも、井上は伊達の実力に気づいていない。あの男は「自分なら見つけ出せる」と幹部たちの前で断言した。伊達は、根も葉もないハッタリをかますタイプではない。やると言ったことは、必ずやる。つまり、既に青島の居場所に目星をつけている……その可能性が高い。となると、またしても井上が美味しいところを掠め取るわけだ。
しかし、今回ばかりは井上の手柄にさせない。もし、伊達が青島を見つけて来たら……その時は、自分が見つけたという形で尾形に報告する。伊達には、気の毒だが消えてもらうとしよう。
そう、バカとハサミは使いようだ。ただし、あまりにも切れ味のいいハサミは、時として持ち手をも傷つける。そんなものは、部下としては不向きだ。
前から感じていたが、伊達は頭がキレるし度胸もある。うかうかしていたら、自分を追い落とす存在になるかもしれない。そうなる前に、奴を潰す。
関根は、スマホを取り出した。
「おい片桐、お前に頼みたいことがあるんだがな……」
関根智也の言葉に、伊達恭介は冷ややかな表情で答えた。
「ですから、今はちょっと手が離せないんですよ」
その答えに、関根の表情が変わる。
「てめえ、誰にンな口きいてんだ? 死にてえのか?」
恭介と工藤憐は、仁龍会の事務所にいた。二人の前には、いきり立った関根と、面倒くさそうな顔をした井上和義が立っている。関根は、今にも襲いかかりそうな表情でプルプル体を震わせていた。
「てめえ、わかってんのか? 俺の息子が昨日、どっかのガキにやられて病院送りにされたんだよ。しかも、そのガキは言ったらしい……仁龍会なんか知らねえよ、ってな。ヤクザはな、ナメられたら終わりなんだよ! わかってんのかゴラアァ!」
凄まじい形相で怒鳴りつける。だが、恭介は全く怯んでいない。
「それは、ごもっともです。しかし、自分は尾形さんのお嬢さんを傷つけた青島を探しています。ですから、あなたの息子さんのケツ拭きにまでは手が回りません。勘弁してください」
そう言って、恭介は頭を下げた。すると、関根の表情がさらに歪む。
「ケツ拭きだあ? てめえ、自分の立場ってものが分かってねえらしいな。てめえは、俺の舎弟なんだよ。舎弟ってのはな、兄貴の言うことを聞くもんだぜ」
低い声で、関根は凄んだ。すると、傍らにいた憐が反応した。音もなく動き、恭介の前に立つ。冷酷な目で、じっと関根を見つめた。無言だが、目からは強烈な意思が伝わってくる。
その行動が、関根の怒りの炎に油を注ぐことになった。
「このガキがぁ! 俺にケンカ売ろうってのか!? 上等じゃねえか!」
吠えながら、憐に掴みかかろうとした。しかし、今度は井上が割って入る。
「おい関根ぇ、やめとけよ。こいつは今、青島の行方を探してるんだ。だから、な? 俺の顔を立ててくれよ。な?」
穏やかな口調で言いながら、関根の肩をポンポンと叩いた。立場から言えば、井上は関根よりも上である。いかに武闘派幹部といえど、引き下がらざるを得ない。
関根は腹立たしそうに憐を睨みつけたが、それ以上は何もしなかった。
すると、井上は軽く会釈する。
「すまねえな関根。だがな、伊達の言うことももっともだ。息子がやられた件は、お前がケジメ取れ。俺からも、何人か協力させる。んで、伊達ちゃんよう……」
そこで恭介の方を向いた。
「お前は、一刻も早く青島を見つけろ。いいな?」
「はい。では、失礼します」
井上に頭を下げると、恭介は事務所を出た。だが、関根が後を追って来る。エレベーターの中に強引に入りこんできた。
「おい、待てよ」
言いながら、恭介の襟首を掴む関根。同時に憐も動こうとした。だが、恭介が鋭い声で制する。
「憐、動くんじゃねえ。黙って見とけ」
直後、エレベーターの扉が閉まる。と同時に、関根は拳を振り上げた。
鈍い音とともに、拳が腹にめり込む。だが、恭介は声ひとつ上げない。
その態度が、関根の怒りに油を注いだ。彼は拳を振り上げ、なおも恭介の腹に叩き込む。
「てめえみたいなケツの青いガキが、調子こいてんじゃねえ! てめえは、俺が仁龍会に入れてやったんだろうが! 俺がいなかったら、てめえはただのチンピラだったんだぞ!」
喚きながら、関根は殴り続ける。筋金入りの武闘派であり、体重も百キロはある関根だ。そんな男のパンチをこれだけ喰らえば、常人なら腹を押さえて倒れていただろう。それどころか、内臓が破裂する可能性もある。
だが恭介は、声ひとつ上げなかった。無言のままパンチを受けきる。しかも、表情ひとつ変えていない。むしろ、横にいる憐の方が表情を歪めていた。
やがて、エレベーターが一階に到着した。関根は息を荒げながら、恭介に囁く。
「いいか、もしガキが見つかったら、誰にも言わず真っ先に俺の前に連れてこい。これは命令だぞ、分かったな?」
「わかりました」
・・・
去り行く伊達恭介の後ろ姿を見ながら、関根智也は口元を歪める。あれだけ殴ったのに、声ひとつあげなかった。足取りも、いっさい乱れていない。
それに、彼の傍にいた少年……あれは、とんでもない奴だ。関根も今まで、数々の修羅場を潜ってきた。だが、奴は別格だ。そこらのチンピラやヤクザなどとは、比較にならない危険な雰囲気を醸し出していた。
伊達はどこで、あんな男を見つけてきたのだろう。
井上和義は、尾形由美の一件を伊達に押し付けるつもりだ。どちらに転んでも、井上には傷は付かない。仮に、伊達が上手い具合に青島を見つけたら……井上は「俺があいつの器量を見抜いて一任した」などと周囲に吹聴し、自らの手柄にするだろう。逆に見つけられなければ、落し前としてマグロ船に乗せる気だ。もちろん多額の生命保険をかけて、海の上で「事故死」してもらう予定である。それが、あの男のやり方なのだ。
もっとも、井上は伊達の実力に気づいていない。あの男は「自分なら見つけ出せる」と幹部たちの前で断言した。伊達は、根も葉もないハッタリをかますタイプではない。やると言ったことは、必ずやる。つまり、既に青島の居場所に目星をつけている……その可能性が高い。となると、またしても井上が美味しいところを掠め取るわけだ。
しかし、今回ばかりは井上の手柄にさせない。もし、伊達が青島を見つけて来たら……その時は、自分が見つけたという形で尾形に報告する。伊達には、気の毒だが消えてもらうとしよう。
そう、バカとハサミは使いようだ。ただし、あまりにも切れ味のいいハサミは、時として持ち手をも傷つける。そんなものは、部下としては不向きだ。
前から感じていたが、伊達は頭がキレるし度胸もある。うかうかしていたら、自分を追い落とす存在になるかもしれない。そうなる前に、奴を潰す。
関根は、スマホを取り出した。
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