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恭介のトラブル
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午後九時、伊達恭介は町外れの雀荘にいた。『絶一門』という奇妙な名の店である。薄暗い店内はとても狭く、八人も入れば満員だろうか。壁は染みだらけで、床も汚い。しかも、客は恭介の他にはいない。
店員もひとりだけだ。ワイシャツの上にベストを着た長身痩躯の中年男が、カウンターに立っている。オールバックの髪に、きれいに整えられた口ひげが特徴的だ。
恭介はちらりと店員を見ると、カウンターの上に一枚の写真を乗せる。
「俺は今、このバカを探してる。マスター、あちこちに噂を流しといてくれ。頼んだぜ」
その言葉に、マスターは慌てて写真を見た。
クールな表情を浮かべた、綺麗な顔立ちの青年が写っている。青島と名乗っていた男だ。
「こ、こいつを見つけたら、伊達さんの携帯に連絡すればいいんですね!?」
媚びを売るような表情を作り、マスターは聞いてきた。すると、恭介は目を細める。
「俺は、噂を流してくれと言っただけだ。探してくれとは、一言も言ってない。俺の話を聞いてなかったのか?」
「は、はひ! す、すいません!」
慌てて頭を下げるマスターに、恭介は虫けらでも見るかのような視線を浴びせる。
「とにかく、伊達恭介がこのバカを探してる……その噂を流すだけでいい。あと、コーヒーくれ」
「は、はい」
怯えたような口調で答える。その時、店の自動ドアが開き二人の男が入って来た。
ひとりは、中年の男だ。ブランドもののスーツを着てはいるが、突き出た太鼓腹を隠しきれていない。脂ぎった顔に残忍な表情を浮かべ、ずかずか歩いて来た。
もう片方は、異様な体躯の若者である。十月の肌寒い時期だというのにTシャツとジーパン姿であり、はち切れんばかりの筋肉が巨大な骨格を覆っているのが丸わかりである。身長は百八十センチ以上、体重の方も百キロはあるだろう。耳は潰れていて鼻は曲がっており、顔つきは野獣のようである。
恭介は、ふうとため息を吐いた。大男の方は知らないが、中年男には見覚えがある。この男、他人が喜ぶようなことはひとつもしないタイプだ。
「よう伊達、今日はひとりか? あのボディーガードはいねえのかよ?」
中年男はそんなことを言いながら、馴れ馴れしい態度で近づいて来る。恭介はちらりと見上げた。
「今日は帰らせた。あいつにも、プライベートってものがあるからな。何か用か?」
「聞いたぜ、お前ら仁龍会もいろいろ大変らしいなあ。バカ娘のわがままに付き合わされるとは、本当に災難だ」
言いながら、中年男は恭介の肩をポンポン叩く。だが、恭介はその手を払いのけた。
「ああ、今は特に大変だ。話すだけで、こっちのIQが下がりそうなバカが二人、目の前にいるからな」
うっとおしそうな表情で答えた。すると、大男の表情が変わる。今にも飛びかかって来そうな表情で恭介を睨んだ。
この中年男は、片桐という名のケチな男である。もう五十近い年齢ではあるが、立場的にはチンピラに毛の生えたような存在である。ヤクザにも堅気にもなりきれない中途半端な男だ。もっとも、この手の人間は裏の世界には珍しくない。
横にいる大男が何者かは不明だが、恐らくは食いつめた元格闘家だろう。格闘家は、基本的に潰しの利きづらい仕事である。ほとんどの者が中卒もしくは高卒であり、若い頃のほとんどの時間を格闘技に費やしてきた。結果、引退した後は何も残らない者が大半である。
片桐は、そんな元格闘家に目を付けボディーガード代わりに連れ回しているのであろう。
「んだと? てめえ何様のつもりだ?」
低い声で凄むと、片桐は顔を近づけてきた。チンピラがよくやる手口だ。恭介は面倒くさそうに、彼から目を逸らす。
「てめえと友だちになった覚えはないな。用がないなら、とっとと消えろ。俺は忙しいんだよ」
恭介の言葉に、片桐は血相を変えた。
「んだと! このガキが! 俺はな、てめえに力を貸してやろうと思って、わざわざここまで来てやったんだぞ!」
「ああ、そう。けどな、そんなこと誰も頼んでねえんだよ。だいたい、あんたは使えねえ。はっきり言って猫の手以下だ」
冷たい口調で言った時、マスターがコーヒーを持って来た。マグカップを恭介の前に置き、顔を近づける。
「すみません、血を見るような騒ぎだけは勘弁してください」
震えながら囁いたマスターに、恭介は声をひそめて答える。
「それは、こいつら次第だ」
その時だった。大男が突然、恭介の襟首を掴む。
「てめえ、片桐さんをナメてんのか?」
低い声で凄む。恭介は、溜息を吐いた。
「マスター、店を汚すぜ。修理代は、こいつらに払わせろ」
言うと同時に、マグカップを掴んだ。同時に、大男の股間にコーヒーをかける。熱いコーヒーによる奇襲攻撃は、完全に想定外のものだった──
「あぢぃ!」
間抜けな声と共に、顔をしかめ下を向いた。
一方、恭介の攻撃は止まらない。大男の口に、マグカップを思い切り叩きつける。
その一撃で、マグカップは砕けた。大男の唇も切れ、前歯は砕ける。
だが、恭介は攻撃の手を休めない。今度は、砕けたマグカップを顔面に叩きつける──
思わず悲鳴を上げる大男。顔に、割れたマグカップが突き刺さったのだ。恭介はその声を無視し、立ち上がり素早く移動する。
壁際にあった消火器を手に取り、思いきり振り上げた。
表情ひとつ変えず、大男の顔面に叩きつける──
血と砕けた歯を撒き散らし、大男は倒れる。恭介はそれを無視し、片桐を見つめた。
片桐は怯えきっている。この男は、恭介を完全に甘く見ていたのだ。手下の大男が脅せば、すぐに怯むだろうと思っていた。
しかし、恭介の振るう暴力は片桐の想像を超えていた。今や恥も外聞もなく怯え、震えるばかりだ。
「片桐さんよう、今度俺のところに来る時は、金になる話を持ってきてくれよ」
恭介の言葉に、片桐は慌てた様子でウンウンと頷いた。
「それでよし」
そう言うと、恭介はマスターの方を向いた。
「じゃあ、さっきのこと頼んだぞ。噂を流しとけ」
「は、はい!」
直立不動の姿勢でマスターは返事をすると、片桐の方を向いた。
「あんた、そこに寝てるゴリラを何とかしてくれないかな。営業の邪魔なんだよね」
恭介とは、完全に違う態度だ。もっとも、今の片桐は文句を言えない。
「あ、ああ」
青い顔で言いながら、大男のそばにしゃがみこむ。
そんな二人を尻目に、恭介はさっさと出ていった。外に出るなり、ため息を吐く。
「まったく、落ち着いてコーヒーも飲めやしねえ」
店員もひとりだけだ。ワイシャツの上にベストを着た長身痩躯の中年男が、カウンターに立っている。オールバックの髪に、きれいに整えられた口ひげが特徴的だ。
恭介はちらりと店員を見ると、カウンターの上に一枚の写真を乗せる。
「俺は今、このバカを探してる。マスター、あちこちに噂を流しといてくれ。頼んだぜ」
その言葉に、マスターは慌てて写真を見た。
クールな表情を浮かべた、綺麗な顔立ちの青年が写っている。青島と名乗っていた男だ。
「こ、こいつを見つけたら、伊達さんの携帯に連絡すればいいんですね!?」
媚びを売るような表情を作り、マスターは聞いてきた。すると、恭介は目を細める。
「俺は、噂を流してくれと言っただけだ。探してくれとは、一言も言ってない。俺の話を聞いてなかったのか?」
「は、はひ! す、すいません!」
慌てて頭を下げるマスターに、恭介は虫けらでも見るかのような視線を浴びせる。
「とにかく、伊達恭介がこのバカを探してる……その噂を流すだけでいい。あと、コーヒーくれ」
「は、はい」
怯えたような口調で答える。その時、店の自動ドアが開き二人の男が入って来た。
ひとりは、中年の男だ。ブランドもののスーツを着てはいるが、突き出た太鼓腹を隠しきれていない。脂ぎった顔に残忍な表情を浮かべ、ずかずか歩いて来た。
もう片方は、異様な体躯の若者である。十月の肌寒い時期だというのにTシャツとジーパン姿であり、はち切れんばかりの筋肉が巨大な骨格を覆っているのが丸わかりである。身長は百八十センチ以上、体重の方も百キロはあるだろう。耳は潰れていて鼻は曲がっており、顔つきは野獣のようである。
恭介は、ふうとため息を吐いた。大男の方は知らないが、中年男には見覚えがある。この男、他人が喜ぶようなことはひとつもしないタイプだ。
「よう伊達、今日はひとりか? あのボディーガードはいねえのかよ?」
中年男はそんなことを言いながら、馴れ馴れしい態度で近づいて来る。恭介はちらりと見上げた。
「今日は帰らせた。あいつにも、プライベートってものがあるからな。何か用か?」
「聞いたぜ、お前ら仁龍会もいろいろ大変らしいなあ。バカ娘のわがままに付き合わされるとは、本当に災難だ」
言いながら、中年男は恭介の肩をポンポン叩く。だが、恭介はその手を払いのけた。
「ああ、今は特に大変だ。話すだけで、こっちのIQが下がりそうなバカが二人、目の前にいるからな」
うっとおしそうな表情で答えた。すると、大男の表情が変わる。今にも飛びかかって来そうな表情で恭介を睨んだ。
この中年男は、片桐という名のケチな男である。もう五十近い年齢ではあるが、立場的にはチンピラに毛の生えたような存在である。ヤクザにも堅気にもなりきれない中途半端な男だ。もっとも、この手の人間は裏の世界には珍しくない。
横にいる大男が何者かは不明だが、恐らくは食いつめた元格闘家だろう。格闘家は、基本的に潰しの利きづらい仕事である。ほとんどの者が中卒もしくは高卒であり、若い頃のほとんどの時間を格闘技に費やしてきた。結果、引退した後は何も残らない者が大半である。
片桐は、そんな元格闘家に目を付けボディーガード代わりに連れ回しているのであろう。
「んだと? てめえ何様のつもりだ?」
低い声で凄むと、片桐は顔を近づけてきた。チンピラがよくやる手口だ。恭介は面倒くさそうに、彼から目を逸らす。
「てめえと友だちになった覚えはないな。用がないなら、とっとと消えろ。俺は忙しいんだよ」
恭介の言葉に、片桐は血相を変えた。
「んだと! このガキが! 俺はな、てめえに力を貸してやろうと思って、わざわざここまで来てやったんだぞ!」
「ああ、そう。けどな、そんなこと誰も頼んでねえんだよ。だいたい、あんたは使えねえ。はっきり言って猫の手以下だ」
冷たい口調で言った時、マスターがコーヒーを持って来た。マグカップを恭介の前に置き、顔を近づける。
「すみません、血を見るような騒ぎだけは勘弁してください」
震えながら囁いたマスターに、恭介は声をひそめて答える。
「それは、こいつら次第だ」
その時だった。大男が突然、恭介の襟首を掴む。
「てめえ、片桐さんをナメてんのか?」
低い声で凄む。恭介は、溜息を吐いた。
「マスター、店を汚すぜ。修理代は、こいつらに払わせろ」
言うと同時に、マグカップを掴んだ。同時に、大男の股間にコーヒーをかける。熱いコーヒーによる奇襲攻撃は、完全に想定外のものだった──
「あぢぃ!」
間抜けな声と共に、顔をしかめ下を向いた。
一方、恭介の攻撃は止まらない。大男の口に、マグカップを思い切り叩きつける。
その一撃で、マグカップは砕けた。大男の唇も切れ、前歯は砕ける。
だが、恭介は攻撃の手を休めない。今度は、砕けたマグカップを顔面に叩きつける──
思わず悲鳴を上げる大男。顔に、割れたマグカップが突き刺さったのだ。恭介はその声を無視し、立ち上がり素早く移動する。
壁際にあった消火器を手に取り、思いきり振り上げた。
表情ひとつ変えず、大男の顔面に叩きつける──
血と砕けた歯を撒き散らし、大男は倒れる。恭介はそれを無視し、片桐を見つめた。
片桐は怯えきっている。この男は、恭介を完全に甘く見ていたのだ。手下の大男が脅せば、すぐに怯むだろうと思っていた。
しかし、恭介の振るう暴力は片桐の想像を超えていた。今や恥も外聞もなく怯え、震えるばかりだ。
「片桐さんよう、今度俺のところに来る時は、金になる話を持ってきてくれよ」
恭介の言葉に、片桐は慌てた様子でウンウンと頷いた。
「それでよし」
そう言うと、恭介はマスターの方を向いた。
「じゃあ、さっきのこと頼んだぞ。噂を流しとけ」
「は、はい!」
直立不動の姿勢でマスターは返事をすると、片桐の方を向いた。
「あんた、そこに寝てるゴリラを何とかしてくれないかな。営業の邪魔なんだよね」
恭介とは、完全に違う態度だ。もっとも、今の片桐は文句を言えない。
「あ、ああ」
青い顔で言いながら、大男のそばにしゃがみこむ。
そんな二人を尻目に、恭介はさっさと出ていった。外に出るなり、ため息を吐く。
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