悪魔との取り引き

板倉恭司

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御手洗村の異変

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「私は今、御手洗村と呼ばれていた場所に来ています」

 若い男性のレポーターが、神妙な顔つきで語っていた。彼の前には、カメラを担いだクルーが立っている。レポーターの姿を、生中継で映し出していた。
 レポーターの背後には、一軒の家がある。かつて、高木和馬が住んでいた場所だ。今は黄色いテープが張られ、大勢の捜査員がうろうろしていた。時おり、カメラの方を不快そうな表情で睨む。
 それも当然だった。この場所の捜索は、始まったばかりなのだ。それでも、テレビ局は中継を続けている。

「ここには、数世帯の家族が暮らしていました。様々な問題を抱えた人たちが、身を寄せ合い生活していたようです。この村の中心人物は、高木和馬という名の、ひとりの老人です。この老人には、意外な顔がありました。かつては、犯罪者集団のリーダー格であったと言われています」

 ここでレポーターは言葉を切り、険しい表情を作る。

「その高木和馬さんが、自宅で亡くなっていました。しかも、他の村人たちは忽然と姿を消してしまっているのです。現在、警察が捜索に当たっております」

 真剣な顔つきで語り続けるレポーター。誰もが、このニュースに注目していた。 



 この高木和馬の死体を発見したのは、動画配信などのネットビジネスで稼いでいる集団であった。
 もともとは、個人でゲーム実況などの動画を配信していた。だが、いつしか社会派と呼ばれるタイプへと変わっていく。かつて凄惨な事件が起きた現場を撮影したり、未解決の事件を調査し動画サイトに投稿したりするようになった。もっとも、第三者から見れば迷惑系と大差ない。被害者に突撃取材を試みたり、無断で他人の敷地内に入り込むなどの行動が、良識派からは煙たがられていた。
 やがて、数人でチームを作り活動するようになった。動画を投稿するほかにも、自分たちのブログに悪趣味な画像や映像を載せることで収入を得ていった。そうなると、やることはさらにエスカレートしていく。犯罪スレスレのこともするようになっていた。
 御手洗村の存在を知ると、彼らは強く興味を持った。山の中、スマホも通じないような閉ざされた村の中で、ひっそりと暮らしている集団。しかも、中にはかつて世間を賑わせた事件の被害者もいるという。ならば、是非とも撮影してみたい。さっそく場所を調べると、村の中に侵入し撮影した。
 その後も、彼らはネタに困ると御手洗村を訪れ、無断で村の様子を撮影していった。その中には、村人とおぼしき若い母親と娘が歩いている映像もある。森の中から隠れて撮影していたのだ。その動画は一部の人間たちの興味をそそり、かなりの閲覧数を稼いだ。
 そんな中、奇妙なものを発見する。とある家屋のドアが開けっ放しになっていたのだ。しかも、嫌な匂いが漂っている。吐いてしまいそうな悪臭だ。
 普通、ドアが開けっ放しの家を見つけたからといって、中に入ったりはしないだろう。外部の人間なら、なおさらだ。しかし、彼らは撮影用カメラを手に、鼻をふさぎ入って行った。申し訳程度に声をかけつつ、家の奥へと侵入していく。
 そこで、虫のたかった腐乱死体を発見する──

 まともな人間なら、死体を見た時点ですぐに退散していただろう。ところが、彼らは違っていた。まず、腐乱死体をカメラで撮影する。その映像を、自分たちのブログに載せる。さすがに、まともな動画投稿サイトでは、死体の映像は削除されてしまうからだ。彼らのブログは、殺人事件を追ったドキュメンタリーのようなものになっていた。
 もっとも、個人のブログといえど、そんなものを載せて無事に済むはずがない。すぐに通報され、警察が御手洗村へと出動する。ブロガーは全員が不法侵入で逮捕され、すぐに規制線が張られた。
 検死の結果、死体は高木和馬であることが判明する。立ち会った検死官は、死んでから一週間以上は経過しているだろうと述べた。死因は不明である。腐敗がひどく、自殺か他殺かの判断も難しい状態であった。
 その後、警察がこの事件のあらましを発表すると、さっそくマスコミが飛びついた。まず彼らは、村のリーダー格であった高木の過去を徹底的に調べ上げる。
 やがて高木の素性が知られることとなり、ワイドショーを初めとするテレビ番組の報道はさらに過熱していく。結果、高木和馬はかつて犯罪集団を率いていた悪の大物だった……という黒い過去までも晒されてしまった。
 そうなると、世間の人たちの興味を集めることとなる。犯罪者集団のボスという黒い過去を持つ男が、山奥にて奇妙なコミュニティーを形成していた。私財を投げうって山奥の土地を買い取り、人が住みやすい環境に変えているのだ。
 御手洗村に関する報道は、否応なしに世間の注目を浴びることとなった。「この高木という人は偉い」「ただの偽善」「犯罪の隠れみの」などなど、様々な意見が飛び交う。
 しかし、それよりも問題なことがある。御手洗村の住人たちが、完全に消え去っていたことだ──

 御手洗村は、様々な問題を抱えている人間を積極的に受け入れていた。どんな人間であろうとも、その人のあるがままを受け入れていく。心の病を無理に治療しようとはせず、むしろ病と共存する方法を模索していく。それが、この村の目的である。その中には、幼い頃に誘拐され何年も監禁生活を強制され、心に深い傷を負わされた者もいた。
 そんな者たちが、山奥で共同生活を営む。互いの存在を知りつつも、個人的な事情や生活には深く干渉しない。それが、御手洗村というコミュニティーであった。以前は、ネットなどに募集広告を出している。
 ところが、ここ一年ほどは全ての広告を消していた。新たな人間の受け入れもやめている。村人たちは、ひっそりと生活していた。
 当時、村で暮らしていたのは以下の者たちである。

 佐倉広志と妻の京香、そして息子の健太。

 真壁幸乃と、娘の紫苑。

 岡田雄一と妻の文江、そして娘の結菜。

 御手洗村の相談役であった西野昭夫。

 この九人に高木和馬を加えた十人が、御手洗村で暮らしていた。加えて一年ほど前から、ふたりの家出少女が住み着いていたという噂もあるが、本当かどうかは不明だ。記録に残っていないのは確かである。
 人数の方はともかく、村に住んでいた者たちは、ひとり残らず姿を消していた。警察は村の中および周辺をくまなく捜索したが、ただのひとりも見つからなかった。
 村の周辺は森に囲まれており、子供を連れ徒歩で進むのは非常に困難である。また、山を下りられたとしても、その先は車無しではどうにもならない。にもかかわらず、村に一台しかない車は置かれたままだった。ホコリが積もっており、使われた形跡がない。
 また、村民が電車を使った形跡もなかった。もっとも近いのが品祖駅だが、防犯カメラをチェックしても村民の姿は確認できなかった。それ以前に、村から駅までは車でも一時間以上かかる。そんな距離を、徒歩で行けるはずがなかった。
 その上、彼らの親戚筋にも一切の連絡がない。マスコミは取材を申し込んだが、きっぱりと拒否される。そもそも、村に入る前から親戚筋とは疎遠になっている者がほとんどであった。
 事の是非はともかく、確かなことはひとつ。村人たちの全ての足跡や痕跡が、完全に消えているのだ。神隠し、という言葉が相応しい事態であった。



 それから三ヶ月が経過した今も、村人たちは見つかっていない。警察は事件に巻き込まれた可能性が高いとみて捜索を続けているが、手がかりは見つかっていなかった。御手洗村には今も規制線が張られており、一般人は立ち入り禁止である。
 一方、ネットでは今も様々な噂が飛び交っている。

 村民たちは皆、高木和馬の指揮の下で集団自殺を遂げた。

 全員がカルト教団の信者であり、今も日本のどこかで生きている。

 御手洗村は世を忍ぶ仮の姿。実体は日本転覆をたくらむ秘密結社であり、公安により全員が秘密裏に始末された。

 村人たちは、宇宙人とコンタクトを取っていた。高木の死をきっかけに、彼らは別の惑星へと移住した。

 いずれも、無関係な個人の流した無責任な噂である。ただ、大きく外れているわけでもなかった。




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