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終業の日
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その日、浦田智也は寝過ごしてしまった。
時計を見れば、既に八時を過ぎている。父は仕事、母も集まりがあるとかで外出している。
そのため、家は無人であった。智也の頭に、いっそのこと、このままサボってしまおうか……などという考えが頭を掠める。
だが、そうもいかない。自分が行かなければ、仁平の面倒を滝沢先生ひとりで見なくてはならないのだ。智也は仕方なく、大急ぎで支度し出かける。
あの日以来、宮崎と安原のふたりは行方不明になってしまった。学校はもちろんのこと、家にも帰っていないらしい。
さらに、ペドロも学校を辞めてしまった──
オカルト研究会は、今では智也と仁平のふたりだけになってしまった。顧問である滝沢が手伝ってくれて、どうにか仁平の面倒を見ている状態だ。
智也は、学校での日々を虚ろな表情で過ごしていた。ペドロがいなくなってから、何にも興味が湧かない。何をしていても、楽しくない。
ふとした時に思い出すのは、あの日の記憶。彼との思い出だけが、今の智也にとって意味のあるもの──
この日、智也が寝坊した原因は不明である。だが結果として、彼は救われたのかもしれなかった。
なぜなら、その日は……日本の犯罪史上に残る、恐ろしい事件が起きたのだ。その舞台は、浜川高校であった。
・・・
その日は、浜川高校の終業式であった。
「これから、君たちは夏休みを迎える。高校生として、節度のある生活をして欲しい」
浜川高校の体育館では、終業式が行われていた。校長先生による、おざなりの言葉。生徒たちは皆、面倒くさそうに聞いている。教師たちですら、あくびをしている者がいるくらいだ。
しかし、校長の言葉を終わらせる事態が起きる。
突然、体育館に入ってきた者がいた。背は高く、真っ白いコートを着てフードを目深に被っていた。ズボンも靴も真っ白で、まるでアニメか特撮番組に出てきそうな格好である。
さらに、その手には奇妙な棒のような物を持っていた。鉄パイプのような形状ではあるが、握っている部分は妙に太い。
「おい、お前誰だ? うちの生徒か?」
ひとりの教師が、訝しげな表情で乱入してきた者に近づいていく。生徒たちも、この奇妙な事態にざわついている。
だが、場の空気は一瞬で変化した。
「地獄へ行っても忘れるな。俺は、宮崎茂人だ」
コートを着た者は、そう答える。次いで、鉄パイプの先端を教師に向けた。
直後、落雷のような音が響き渡る──
教師は、顔がぐちゃぐちゃに潰れた。一瞬遅れて、ばたりと倒れる。
場内は凍りついた。宮崎は、鉄パイプを他の教師にも向ける。
またしても、落雷のような音が響く。その教師は、胸から血を吹き出しながら倒れた。
その時になって、皆はようやく理解した。あれは単なる鉄パイプではない。殺傷力を持つ銃なのだ。
コートを着た者は、銃で二人を射殺した──
場内の空気は、またしても変わる。パニックが群衆を支配し、皆は一斉に反対方向へと逃げていく。
「俺は、ずっと夢見ていたんだ! お前らをこうやって殺すことをな!」
吠えながら、宮崎は銃を撃った。
弾丸は、近くにいた生徒の頭を破裂させる。撃たれた生徒は、声も出せずに倒れた。
また、銃声が轟く。弾丸は、もうひとりの生徒の頭を貫いた。
「おいおい、お前らはこんなに弱かったのか?」
呆れたような声を出し、宮崎は大げさに首を振って見せる。
「おかしいよなあ! 笑えるよ! お前らは俺より強いんだって、ずっと信じてたんだよ。あいつに会うまではな!」
喚き、そして笑いながら銃をぶっ放す。撃ちながら感心していた。これは素晴らしい出来だ。ペドロは、有り合わせの材料で製作した……と言っていたのだが、こんなに威力があるとは。
気がつくと、周囲には人がいなくなっていた。体育館に残っているのは、腰が抜け立てなくなった数人の者たちだ。
「なあ、教えてくれよ」
言いながら、宮崎は銃口を向ける。
「死ぬのって、どんな気分かな?」
全員を殺した後、宮崎はゆっくりと屋上へと向かう。そこには、まだ数人残っているはずだった。ひょっとしたら、もう逃げたかもしれないが。
だが、途中で邪魔が入った。
「お、おい! お前、う、動くな!」
震える声が聞こえた。振り向くと、警官の制服に身を包んだ若者がいる。恐らく、二十歳を超えて間もないであろう。
「あんたに、用は無いんだよ」
宮崎は、迷わず銃口を向けた。
・・・
その頃、下で起きている惨劇に、ようやく気づいた者たちがいた。
「おい、何か下が騒がしいぞ」
屋上にて、ひとりの生徒が下を見下ろす。次いで、何かが破裂するような音が聞こえた。それも、立て続けに数回。
直後、悲鳴らしき声が響き渡る。
「おい、どうしたんだ? トウコウが今ごろになって仕掛けてきたのか?」
面倒くさそうに、藤井が言った。東邦工業の連中は、このところピタリとおとなしくなっている。そんな東邦工業の態度について、疑問に思う部分もあった。
だが、藤井という男は基本的に楽天家である。これまでは、恵まれた体格と並外れた腕力、さらに度を超した凶暴さとで、喧嘩に勝ち抜いてきた。
そのため、危機を察知する能力には乏しかった。
「藤井さん、みんなキャーキャー言いながら逃げてますよ。何かあったんじゃないッスか?」
下を見ている後輩が、不安そうに言う。藤井とその取り巻きは立ち上がった。
「何だと? いったい何が起きたんだ?」
不快そうな表情で言うと、階段へと歩いていく藤井。その時、階段に通じる扉が開かれる。
そこから、小柄な男が姿を現した。白いコートを着て白いズボンを履き、鉄パイプのような棒を持っている。
藤井らは思わず立ち止まり、顔を見合わせる。こんな奴は、今まで見たこともない。
まさか、東邦工業の人間だろうか。
「お前、誰だ?」
低い声で、藤井は尋ねた。何者かは知らないが、蹴とばせば隣町まで飛んでいきそうな体格である。藤井は、その少年を全く恐れていなかった。
しかし、それは大きな誤りだった。
「お前ら、動くな」
そう言うと、コートの男は鉄パイプを構える。まるでライフルのようだ。
「はあ? お前、頭は大丈夫か?」
藤井は首を捻り、取り巻きはゲラゲラ笑う。
だが、コートの少年は冷静そのものである。彼は目だけを動かし、その場に何人いるかを確認した。
全部で七人。だが、うちひとりを潰せば、他の者は抵抗すら出来なくなるだろう。
そう、奴らはムカデと同じなのだ。手足は多いが、頭を潰せば動きは止まる。 だから、まずは頭を潰すとしよう。
少年は、引き金を引いた──
破裂音が響き渡り、藤井の頭は割れたスイカのように破裂する。
次の瞬間、藤井は後方に倒れた。百キロを超える巨体が、どうと倒れる。
周囲は、一瞬でしんとなる。何が起きたのか、不良たちには分かっていなかったのだ。
だが少年は、そんなことにはお構い無しである。狙いを定めて、もう一発撃った──
今度は、別の不良の胸に当たった。学生服に穴が空き、血が流れる。
不良は、ばたりと倒れた。
その時になって、彼らはようやく状況を理解した。悲鳴を上げながら、少年から離れようと走り出す。
それは、最高に愚かな選択だった。この屋上から逃げる唯一の手段は、階段を降りることである。
しかし、階段を降りるためには、少年を何とかしなくてはならない。いくら銃を持っているとはいえ、少年はひとりなのだ。全員で一斉に襲いかかれば、少年を制することが出来たかもしれなかったのだ。
だが、彼らにはそれが出来なかった。自分より圧倒的に強い者に襲われる……という原始的な恐怖を前にして、不良たちは怯える小動物のように、本能のまま動いていたのだ。
結果、彼らの逃げ道は柵に阻まれる。絶望的な表情を浮かべ、不良たちは振り向いた。
すると、少年は何かを足元に放り投げる。
よく見ると、それは手錠だった。
「この手錠を、お前らの右手首と左足首にかけるんだ。さっさとやれ」
・・・
目の前の光景に、智也は呆然となっていた。
浜川高校は今、警官たちが包囲している。パトカーが何台も停まっており、さらにマスコミのものらしき車もびっしりと停まっているのだ。
さらに、ものものしい形のトラックが停まり、中から楯のような物を持ったいかつい男たちが降りて来ている。
「私はただいま、浜川高校の前に来ております。ここで先ほど、二人の少年が教師や生徒ら数人を手製の銃で撃ち殺したとのことです。さらに今、少年たちは人質を取って立てこもっております……」
テレビカメラの前で、レポーターが緊張した面持ちで喋っている。
それを横目で見ながら、智也は顔をしかめていた。まさか、とは思うが……これは、あの男の仕業なのだろうか?
いや、こんなことが出来るのは、ペドロしかいないだろう。
その時、乾いた音が響いた。次いで、ガラスが割れる音。
間違いない。今のは銃声だ。校内に立て込もっているペドロが、下にむけて発砲したのだ。
「危険ですから、離れてください!」
警官が怒鳴り、強引に智也やレポーターたちを押し出そうとする。だが、レポーターたちは引こうとしない。
「我々にも、取材する権利があるでしょう!」
「いいから行け! 死にたいのか!」
マスコミと警官たちの怒鳴り合いは、激しさを増していく。だが、智也には関係なかった。とぼとぼと離れていき、うなたれた表情で地面に腰を降ろす。
ペドロ……君は、何をしているんだ?
智也は胸の中で、そっとペドロに問いかける。彼は、何のためにこんなことをしたのだろう。
全くわからない。理解不能だ。
その時──
「やあ浦田さん、久しぶりですね」
聞き覚えのある声に、智也はハッとなった。慌てて顔を上げる。
そこにいたのはペドロだった。普段とはうって変わって、Tシャツにジーパンのラフな服装である。
しかし、Tシャツから覗く腕は異様だった。分厚い筋肉に覆われているのは見て分かるのだが、その付き方が尋常ではないのだ。彫刻家が意図的に筋肉質の腕を作り、そこに生命を吹き込んだ……そんな風に見える。肩や胸の盛り上がり方も普通ではない。
だが、彼の肉体の何より恐ろしい点は、野生動物の雰囲気を漂わせていることだ。犬と狼が似て非なる生き物であるように、ペドロは自分たちとは根本から違う……その事実を、本能が教えてくれるのだ。
「き、君じゃなかったのか……」
呟くように言った。こんな大それたことが出来るのは、彼しかいなかったのに。
と同時に、涙が出そうになる。さりげなく、顔を手で拭った。
よかった。
ペドロは、何もしていない──
すると、ペドロは微笑みながら首を振った。
「あいにくですが、僕ではありません。騒ぎを起こしたのは誰か、あなたならわかるでしょう」
その言葉に、智也はハッとなった。
「まさか、宮崎たち?」
「その通り、宮崎さんです。彼は、実に単純でした。あれでは、将来ろくな人間にならないでしょうね」
そう言うと、ペドロはおかしそうに笑った。クックックック、という不気味な声を発しながら。
だが、智也は少しも笑えなかった。何が何だか、全く分からないのだ。この男は、いったい何を考えている? なぜ宮崎は、学校で人を殺した? この後、いったいどうするつもりだ?
様々な疑問が浮かび、智也の頭はパニックになる。だが、ペドロの手が彼の肩に置かれた。
「まあまあ、お気持ちはわかりますが、とにかく今は彼らの活躍を見守るとしましょう」
・・・
宮崎は、ゆっくりと階段を上がっていく。
外からは、けたたましい音がしている。パトカーのサイレン、野次馬の声、それを整理する警官の怒鳴り声、さらにマスコミのものらしき声も聞こえた。
宮崎はニヤリと笑う。これなら、注目度は申し分ない。他の犯罪者たちなど、比較にならないだろう。
だが、この程度で満足していてはダメだ。さらなる注目を浴びなくては。今のうちに、自分を売り出すための戦略を考えておこう。
でないと、本が売れない。
(いいですか、あなたは少年です。何人殺しても、絶対に死刑にはなりません。それどころか、十年も経てば出られるでしょう。その時、少年Aの手記と題して発表するんです……浜川高校の事件の犯人だと名乗ってね。そうすれば、あなたは間違いなくベストセラー作家の仲間入りですよ)
ペドロの言葉を思いだし、ニンマリとした。そう、あと十年を我慢すればいい。そうすれば、自分はスターだ。
真っ白だったはずの宮崎のコートは、いつの間にか返り血で真っ赤に染まっていた。だが、宮崎はそんなものは気にもせずに歩く。
やがて、一番上へとたどり着いた。宮崎は扉を開け、屋上へと出ていく。
そこには、自身の左足首と右手首を手錠で繋いだ不良が五人いる。皆、凄まじい暴力を受けたらしく顔がボコボコに腫れ上がり、鼻や口から血を流している。さらに、二人の死体が転がっていた。
だが、ひとりだけ無傷な者もいる。白いコートを着た、小柄な少年だ。
少年は、くるりと振り向く。宮崎は笑みを浮かべ、片手を挙げた。
「ヤッちゃん、全て順調だよ」
時計を見れば、既に八時を過ぎている。父は仕事、母も集まりがあるとかで外出している。
そのため、家は無人であった。智也の頭に、いっそのこと、このままサボってしまおうか……などという考えが頭を掠める。
だが、そうもいかない。自分が行かなければ、仁平の面倒を滝沢先生ひとりで見なくてはならないのだ。智也は仕方なく、大急ぎで支度し出かける。
あの日以来、宮崎と安原のふたりは行方不明になってしまった。学校はもちろんのこと、家にも帰っていないらしい。
さらに、ペドロも学校を辞めてしまった──
オカルト研究会は、今では智也と仁平のふたりだけになってしまった。顧問である滝沢が手伝ってくれて、どうにか仁平の面倒を見ている状態だ。
智也は、学校での日々を虚ろな表情で過ごしていた。ペドロがいなくなってから、何にも興味が湧かない。何をしていても、楽しくない。
ふとした時に思い出すのは、あの日の記憶。彼との思い出だけが、今の智也にとって意味のあるもの──
この日、智也が寝坊した原因は不明である。だが結果として、彼は救われたのかもしれなかった。
なぜなら、その日は……日本の犯罪史上に残る、恐ろしい事件が起きたのだ。その舞台は、浜川高校であった。
・・・
その日は、浜川高校の終業式であった。
「これから、君たちは夏休みを迎える。高校生として、節度のある生活をして欲しい」
浜川高校の体育館では、終業式が行われていた。校長先生による、おざなりの言葉。生徒たちは皆、面倒くさそうに聞いている。教師たちですら、あくびをしている者がいるくらいだ。
しかし、校長の言葉を終わらせる事態が起きる。
突然、体育館に入ってきた者がいた。背は高く、真っ白いコートを着てフードを目深に被っていた。ズボンも靴も真っ白で、まるでアニメか特撮番組に出てきそうな格好である。
さらに、その手には奇妙な棒のような物を持っていた。鉄パイプのような形状ではあるが、握っている部分は妙に太い。
「おい、お前誰だ? うちの生徒か?」
ひとりの教師が、訝しげな表情で乱入してきた者に近づいていく。生徒たちも、この奇妙な事態にざわついている。
だが、場の空気は一瞬で変化した。
「地獄へ行っても忘れるな。俺は、宮崎茂人だ」
コートを着た者は、そう答える。次いで、鉄パイプの先端を教師に向けた。
直後、落雷のような音が響き渡る──
教師は、顔がぐちゃぐちゃに潰れた。一瞬遅れて、ばたりと倒れる。
場内は凍りついた。宮崎は、鉄パイプを他の教師にも向ける。
またしても、落雷のような音が響く。その教師は、胸から血を吹き出しながら倒れた。
その時になって、皆はようやく理解した。あれは単なる鉄パイプではない。殺傷力を持つ銃なのだ。
コートを着た者は、銃で二人を射殺した──
場内の空気は、またしても変わる。パニックが群衆を支配し、皆は一斉に反対方向へと逃げていく。
「俺は、ずっと夢見ていたんだ! お前らをこうやって殺すことをな!」
吠えながら、宮崎は銃を撃った。
弾丸は、近くにいた生徒の頭を破裂させる。撃たれた生徒は、声も出せずに倒れた。
また、銃声が轟く。弾丸は、もうひとりの生徒の頭を貫いた。
「おいおい、お前らはこんなに弱かったのか?」
呆れたような声を出し、宮崎は大げさに首を振って見せる。
「おかしいよなあ! 笑えるよ! お前らは俺より強いんだって、ずっと信じてたんだよ。あいつに会うまではな!」
喚き、そして笑いながら銃をぶっ放す。撃ちながら感心していた。これは素晴らしい出来だ。ペドロは、有り合わせの材料で製作した……と言っていたのだが、こんなに威力があるとは。
気がつくと、周囲には人がいなくなっていた。体育館に残っているのは、腰が抜け立てなくなった数人の者たちだ。
「なあ、教えてくれよ」
言いながら、宮崎は銃口を向ける。
「死ぬのって、どんな気分かな?」
全員を殺した後、宮崎はゆっくりと屋上へと向かう。そこには、まだ数人残っているはずだった。ひょっとしたら、もう逃げたかもしれないが。
だが、途中で邪魔が入った。
「お、おい! お前、う、動くな!」
震える声が聞こえた。振り向くと、警官の制服に身を包んだ若者がいる。恐らく、二十歳を超えて間もないであろう。
「あんたに、用は無いんだよ」
宮崎は、迷わず銃口を向けた。
・・・
その頃、下で起きている惨劇に、ようやく気づいた者たちがいた。
「おい、何か下が騒がしいぞ」
屋上にて、ひとりの生徒が下を見下ろす。次いで、何かが破裂するような音が聞こえた。それも、立て続けに数回。
直後、悲鳴らしき声が響き渡る。
「おい、どうしたんだ? トウコウが今ごろになって仕掛けてきたのか?」
面倒くさそうに、藤井が言った。東邦工業の連中は、このところピタリとおとなしくなっている。そんな東邦工業の態度について、疑問に思う部分もあった。
だが、藤井という男は基本的に楽天家である。これまでは、恵まれた体格と並外れた腕力、さらに度を超した凶暴さとで、喧嘩に勝ち抜いてきた。
そのため、危機を察知する能力には乏しかった。
「藤井さん、みんなキャーキャー言いながら逃げてますよ。何かあったんじゃないッスか?」
下を見ている後輩が、不安そうに言う。藤井とその取り巻きは立ち上がった。
「何だと? いったい何が起きたんだ?」
不快そうな表情で言うと、階段へと歩いていく藤井。その時、階段に通じる扉が開かれる。
そこから、小柄な男が姿を現した。白いコートを着て白いズボンを履き、鉄パイプのような棒を持っている。
藤井らは思わず立ち止まり、顔を見合わせる。こんな奴は、今まで見たこともない。
まさか、東邦工業の人間だろうか。
「お前、誰だ?」
低い声で、藤井は尋ねた。何者かは知らないが、蹴とばせば隣町まで飛んでいきそうな体格である。藤井は、その少年を全く恐れていなかった。
しかし、それは大きな誤りだった。
「お前ら、動くな」
そう言うと、コートの男は鉄パイプを構える。まるでライフルのようだ。
「はあ? お前、頭は大丈夫か?」
藤井は首を捻り、取り巻きはゲラゲラ笑う。
だが、コートの少年は冷静そのものである。彼は目だけを動かし、その場に何人いるかを確認した。
全部で七人。だが、うちひとりを潰せば、他の者は抵抗すら出来なくなるだろう。
そう、奴らはムカデと同じなのだ。手足は多いが、頭を潰せば動きは止まる。 だから、まずは頭を潰すとしよう。
少年は、引き金を引いた──
破裂音が響き渡り、藤井の頭は割れたスイカのように破裂する。
次の瞬間、藤井は後方に倒れた。百キロを超える巨体が、どうと倒れる。
周囲は、一瞬でしんとなる。何が起きたのか、不良たちには分かっていなかったのだ。
だが少年は、そんなことにはお構い無しである。狙いを定めて、もう一発撃った──
今度は、別の不良の胸に当たった。学生服に穴が空き、血が流れる。
不良は、ばたりと倒れた。
その時になって、彼らはようやく状況を理解した。悲鳴を上げながら、少年から離れようと走り出す。
それは、最高に愚かな選択だった。この屋上から逃げる唯一の手段は、階段を降りることである。
しかし、階段を降りるためには、少年を何とかしなくてはならない。いくら銃を持っているとはいえ、少年はひとりなのだ。全員で一斉に襲いかかれば、少年を制することが出来たかもしれなかったのだ。
だが、彼らにはそれが出来なかった。自分より圧倒的に強い者に襲われる……という原始的な恐怖を前にして、不良たちは怯える小動物のように、本能のまま動いていたのだ。
結果、彼らの逃げ道は柵に阻まれる。絶望的な表情を浮かべ、不良たちは振り向いた。
すると、少年は何かを足元に放り投げる。
よく見ると、それは手錠だった。
「この手錠を、お前らの右手首と左足首にかけるんだ。さっさとやれ」
・・・
目の前の光景に、智也は呆然となっていた。
浜川高校は今、警官たちが包囲している。パトカーが何台も停まっており、さらにマスコミのものらしき車もびっしりと停まっているのだ。
さらに、ものものしい形のトラックが停まり、中から楯のような物を持ったいかつい男たちが降りて来ている。
「私はただいま、浜川高校の前に来ております。ここで先ほど、二人の少年が教師や生徒ら数人を手製の銃で撃ち殺したとのことです。さらに今、少年たちは人質を取って立てこもっております……」
テレビカメラの前で、レポーターが緊張した面持ちで喋っている。
それを横目で見ながら、智也は顔をしかめていた。まさか、とは思うが……これは、あの男の仕業なのだろうか?
いや、こんなことが出来るのは、ペドロしかいないだろう。
その時、乾いた音が響いた。次いで、ガラスが割れる音。
間違いない。今のは銃声だ。校内に立て込もっているペドロが、下にむけて発砲したのだ。
「危険ですから、離れてください!」
警官が怒鳴り、強引に智也やレポーターたちを押し出そうとする。だが、レポーターたちは引こうとしない。
「我々にも、取材する権利があるでしょう!」
「いいから行け! 死にたいのか!」
マスコミと警官たちの怒鳴り合いは、激しさを増していく。だが、智也には関係なかった。とぼとぼと離れていき、うなたれた表情で地面に腰を降ろす。
ペドロ……君は、何をしているんだ?
智也は胸の中で、そっとペドロに問いかける。彼は、何のためにこんなことをしたのだろう。
全くわからない。理解不能だ。
その時──
「やあ浦田さん、久しぶりですね」
聞き覚えのある声に、智也はハッとなった。慌てて顔を上げる。
そこにいたのはペドロだった。普段とはうって変わって、Tシャツにジーパンのラフな服装である。
しかし、Tシャツから覗く腕は異様だった。分厚い筋肉に覆われているのは見て分かるのだが、その付き方が尋常ではないのだ。彫刻家が意図的に筋肉質の腕を作り、そこに生命を吹き込んだ……そんな風に見える。肩や胸の盛り上がり方も普通ではない。
だが、彼の肉体の何より恐ろしい点は、野生動物の雰囲気を漂わせていることだ。犬と狼が似て非なる生き物であるように、ペドロは自分たちとは根本から違う……その事実を、本能が教えてくれるのだ。
「き、君じゃなかったのか……」
呟くように言った。こんな大それたことが出来るのは、彼しかいなかったのに。
と同時に、涙が出そうになる。さりげなく、顔を手で拭った。
よかった。
ペドロは、何もしていない──
すると、ペドロは微笑みながら首を振った。
「あいにくですが、僕ではありません。騒ぎを起こしたのは誰か、あなたならわかるでしょう」
その言葉に、智也はハッとなった。
「まさか、宮崎たち?」
「その通り、宮崎さんです。彼は、実に単純でした。あれでは、将来ろくな人間にならないでしょうね」
そう言うと、ペドロはおかしそうに笑った。クックックック、という不気味な声を発しながら。
だが、智也は少しも笑えなかった。何が何だか、全く分からないのだ。この男は、いったい何を考えている? なぜ宮崎は、学校で人を殺した? この後、いったいどうするつもりだ?
様々な疑問が浮かび、智也の頭はパニックになる。だが、ペドロの手が彼の肩に置かれた。
「まあまあ、お気持ちはわかりますが、とにかく今は彼らの活躍を見守るとしましょう」
・・・
宮崎は、ゆっくりと階段を上がっていく。
外からは、けたたましい音がしている。パトカーのサイレン、野次馬の声、それを整理する警官の怒鳴り声、さらにマスコミのものらしき声も聞こえた。
宮崎はニヤリと笑う。これなら、注目度は申し分ない。他の犯罪者たちなど、比較にならないだろう。
だが、この程度で満足していてはダメだ。さらなる注目を浴びなくては。今のうちに、自分を売り出すための戦略を考えておこう。
でないと、本が売れない。
(いいですか、あなたは少年です。何人殺しても、絶対に死刑にはなりません。それどころか、十年も経てば出られるでしょう。その時、少年Aの手記と題して発表するんです……浜川高校の事件の犯人だと名乗ってね。そうすれば、あなたは間違いなくベストセラー作家の仲間入りですよ)
ペドロの言葉を思いだし、ニンマリとした。そう、あと十年を我慢すればいい。そうすれば、自分はスターだ。
真っ白だったはずの宮崎のコートは、いつの間にか返り血で真っ赤に染まっていた。だが、宮崎はそんなものは気にもせずに歩く。
やがて、一番上へとたどり着いた。宮崎は扉を開け、屋上へと出ていく。
そこには、自身の左足首と右手首を手錠で繋いだ不良が五人いる。皆、凄まじい暴力を受けたらしく顔がボコボコに腫れ上がり、鼻や口から血を流している。さらに、二人の死体が転がっていた。
だが、ひとりだけ無傷な者もいる。白いコートを着た、小柄な少年だ。
少年は、くるりと振り向く。宮崎は笑みを浮かべ、片手を挙げた。
「ヤッちゃん、全て順調だよ」
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二度と合わないつもりで別れたのに、突然六年ぶりに会いに来た。
「優、迎えに来たぞ」
でも俺は、お前の手を取ることは出来ないんだ。絶対に。
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