6 / 21
今川勇三(1)
しおりを挟む
今川勇三は、車を停めた。
ここ数日間、ベッドの上で寝ていない。事件の情報を調べるためにあちこち動き、ずっと車の中で寝泊まりしている。疲れる日々だが、確かな成果はあった。
だが、知れば知るほど、ますますわからなくなってきたのも事実である。
彼は、改めて島田義人という人物について考えてみた。
取材に応じて島田の情報を教えてくれた住友顕也は、どうしようもないチンピラだった。ヤクザにもなれないし、半グレの間でも出世できないタイプの男である。取材の最中も、暴力を背景にした脅迫のごとき言動を繰り返していた。最後には、恐喝のようなやり方で金を得ようとしたのである。おかげで、予想外の金額を支払うことになった。
そんなチンピラですら、島田の悪口は言っていなかったのだ。
(俺はな、島田を小学生の時から知ってる。あいつはな、マスコミが言ってるような血も涙もないモンスターじゃなかったんだよ。あいつは、本当にいい奴だった)
この言葉は、島田という男の人間性を証明しているのではないのか。ああいうチンピラは、他人を褒めるよりけなすことの方を好むものだ。にもかかわらず、島田のことは悪く言っていない。
さらに、島田が施設の職員である石川誠を殺害した動機は……石川が、施設の女の子にいたずらをしていたからだとも言っていた。いや、いたずらなどと呼んでいいものではない。
住友は、はっきり言っていた。
(石川はな、小学生の女の子をレイプするようなロリコン野郎だったんだよ)
自らの教え子である幼い少女をレイプする、正真正銘のクズ。他の者たちが見て見ぬふりをする中で、中学生の島田が話をつけようとしたのだ。挙げ句に口論になり、刺してしまった……と、言っていた。この事実を、夏帆と栞は知っているのだろうか。
今川は、かつて島田と話した時のことを思い出した。とても不器用な性格だが真っすぐな男……という印象を受けている。それは、間違いではなかったらしい。
そんな男がなぜ、あんな事件を引き起こしたのだろうか。
誰ひとり得をしないような、大それた事件を。
次に、松村広志のことを考えてみた。
一流大学を卒業後は、一流企業に就職し課長にまで昇りつめた。まぎれもないエリートサラリーマンであり、交遊関係も広い。俗に言う「リア充」なのだろう。いや、そんなレベルではない。
ところが、元カノ(セックスフレンドと呼んだ方が正確かもしれないが)の光穂由紀は、広志にも違う一面があることを教えてくれた。
(あいつはね、顔みたいに目立つ場所は絶対に殴らないんだよ。肩とか、腹とかを何度も何度も殴るの。あたしも、何度殴られたかわかりゃしない)
広志には、女性に暴力を振るう性癖があったらしい。それも、腕や腹といった目立たない部分を執拗に殴り続ける、という卑劣きわまりないものだ。エリートサラリーマンらしからぬ性癖である。もっとも、エリートに相応しい性癖は何なのか? と問われたら、今川には答えられないが。
ともかく、広志には公に出来ない一面があった。そのことを教えてくれた光穂には、大いに感謝せねばなるまい……もっとも、随分と高い代償を支払うことになったのだが。
さらに、夏帆と栞の母子についても考えてみる。
先日、白土市を散歩をしていた二人は、とても幸せそうに見えた。人間の裏側ばかり見てきた今川が、思わず表情を崩してしまうくらいに。
しかし、あの母子は……傍から見れば、紛れもなく不幸な身の上なのである。夫が、いきなり侵入して来た脱獄犯に襲われ死亡。その後、人質としてあちこち連れ回されたのだ。
さらに、彼女たちには別の一面もあった。
(男の声だったけど、お前聞いてんのか! とか、ぶっ殺すぞ! みたいな感じのさ。そんなのを、家の前を通りかかった時に二、三回聞いた覚えがあるよ)
(あの奥さん、綺麗な顔してたけど……いつも俯いて、下ばかり見て歩いてた。声をかけると、ビクッとなって顔を上げるんだよ。なんか、怯えた動物みたいな感じだったね)
上田聡子の言葉を思い出す。やはり、夏帆もまた広志から暴力を振るわれていたのであろう。さらに栞にいたっては、外出すらさせてもらえなかった。
そういえば、広志の親友を自認していた佐藤は、栞の存在は知っていた。だが、どんな娘であるかは知らなかったし、会ったこともなかった。今川の話を聞くまでは、耳が不自由であることすら知らなかったのだ。
広志は、親しい友人であるはずの佐藤にも、娘の状態を話していなかった。さらに、娘を家の中に閉じ込めていた。まるで、籠の中の鳥のように。恐らく、友人知人を家に招いたこともないのだろう。これは、何を意味するのか。
今川の頭に、ひとつの可能性が浮かび上がる。松村広志という人物は、もしかしたら……ヤンキー女の見本のような光穂に優るとも劣らないくらいのクズだったのかもしれない。
そんなクズが支配する家に……脱獄した直後、偶然に侵入した島田。家にいた広志を一瞬で殴り殺し、二人を車で連れ出した。
これは、偶然なのだろうか?
はっきり言って、この事件は……始まりから終わりまで、何もかもがおかしいのだ。そもそも、島田がどうやって松村邸に行ったのかがわからない。刑務所から松村邸までは、徒歩で行ったら十時間近くかかるだろう。もちろん迷わずに行けたとして、だ。島田が、あの辺の地理に詳しいとは思えない。
そんな中、島田は山の中を凄まじい速さで走破した。さらに、たまたまドアの鍵が開いていた松村邸に侵入する。しかも、猟銃が保管してあった家に、である。こんなことは、海岸で一粒の砂を拾うに等しい可能性ではないのか。
次に、島田は夏帆と栞を連れて車であちこち移動していた。実際、市内で三人の姿を目撃していた者もいるらしい。町の中なら、二人か逃げる隙はいくらでもあったはずだ。にもかかわらず、夏帆と栞は島田に付いて行った。自分の夫を、目の前で殺した男に。
全てが、あまりにも不自然なのだ。にもかかわらず、警察はあっさりと捜査を終わらせた。被疑者死亡という最悪の形で。
もっと、詳しく調べてみなくてはならない。
その時、また別の人物の名前を思い出した。チンピラである住友が、畏怖の念とともに語っていた男。
(施設にひとり、化け物みたいなのがいたんだ。俺は、そいつが石川を殺したんじゃねえかと思ってる)
高村獅道。
その男は、今回の件とは何の関係もない。住友の言っていたことも、全く信用できなかった。あの手の男は、とかく話を盛りたがるものだ。
にもかかわらず、妙にひっかかるものを感じた。ついでに、その高村獅道のことを知っていた人物に、いろいろ聞いてみるとしよう。他の人間が、高村という男に何を思っていたか……調べてみるのも面白い。
そんなことを思いつつ、今川は車を降りた。朝、パンひとつを食べたきり、何も口にしていない。まずは、腹ごしらえだ。彼は、目の前のコンビニへと入って行った。
・・・
佐藤孝明は、ようやく仕事を終えて会社を後にした。空には、既に月が出ている。
今日は、トラブル続きで本当に疲れた。学生アルバイトが大量に休んだせいで、とばっちりを受け残業をする羽目になった。さっさと帰って、泥のように眠りたい気分である──
「すみません、佐藤孝明さんですよね?」
不意に呼び止められ、佐藤は振り返った。
そこには、灰色の地味なスーツを着た男が立っている。年齢は四十代から五十代。身長はさほど高くないが、肩幅は広くがっちりしている。髪は、てっぺんの方からだいぶ薄くなってきており、落ち武者を連想させる。目つきは鋭く、鼻は曲がっている。
言うまでもなく、佐藤はこんな男には見覚えはない。彼は、じっと目の前の男を睨みつけた。
「どちら様でしたかねえ?」
一応は敬語を使ってはいるが、その顔には警戒心があらわになっている。
「ちょっと、お話を聞きたいのですが、よろしいですか?」
「悪いけど、今は忙しいんですよ。また今度にしてください」
そう言って、佐藤は歩き出す。何者かは知らないが、今日は疲れている。かかわりたくない。
だが、中年男は退かない。すっと動き、彼の前に立ち進路を塞ぐ。
「まあまあ、そう言わなないでくださいよ。すぐに終わりますから」
言いながら、佐藤の肩に触れる。
佐藤の表情が変わった。あまりにも馴れ馴れしい態度だ。
「おい、おっさん! いい加減にしろや!」
怒鳴ると同時に、中年男の胸を手のひらで突いた。力任せに突き飛ばし、進路から排除しようとしたのだ。
だが、男は微動だにしない。平然として、佐藤を見つめているのだ。
佐藤は唖然となる。まるで大木を殴ったかのような感触が、手のひらを通じて伝わって来たのだ。
一見すると、ただのメタボ気味のオヤジだが……この男、超人的な腕力の持ち主だ。今も相当鍛えているらしい。スーツの下は、分厚い筋肉に覆われている。
さらに、今になって気づいたが、男の耳たぶには明確な特徴があった。潰れてデコボコになっており、まるでギョーザのような形である。柔道を長年やっていた者に特有の形だ。
「あ、あんた何者だよ……」
佐藤のその問いに対し、男は余裕の表情で軽く会釈する。直後、懐から何かを取り出した。
それは、警察手帳であった。
「えっ? あなた、刑事さんだったんですか?」
怪訝な表情を浮かべる佐藤に、男は頷いた。
「どうも、私は加賀谷巧という者です。二、三お聞きしたいことがありまして……ちょっとだけ、お時間よろしいですか?」
「いったい何事ですか?」
「大丈夫ですよ。あなたが事件の容疑者と目されているわけではありません。それに、すぐ終わりますので……実は、あなたの知人についてお聞きしたいんです」
「え、ええと──」
「嫌とは言わないですよね? 今、あなたがやったことは公務執行妨害になりますよ。それを見逃してあげますから、ね」
ここ数日間、ベッドの上で寝ていない。事件の情報を調べるためにあちこち動き、ずっと車の中で寝泊まりしている。疲れる日々だが、確かな成果はあった。
だが、知れば知るほど、ますますわからなくなってきたのも事実である。
彼は、改めて島田義人という人物について考えてみた。
取材に応じて島田の情報を教えてくれた住友顕也は、どうしようもないチンピラだった。ヤクザにもなれないし、半グレの間でも出世できないタイプの男である。取材の最中も、暴力を背景にした脅迫のごとき言動を繰り返していた。最後には、恐喝のようなやり方で金を得ようとしたのである。おかげで、予想外の金額を支払うことになった。
そんなチンピラですら、島田の悪口は言っていなかったのだ。
(俺はな、島田を小学生の時から知ってる。あいつはな、マスコミが言ってるような血も涙もないモンスターじゃなかったんだよ。あいつは、本当にいい奴だった)
この言葉は、島田という男の人間性を証明しているのではないのか。ああいうチンピラは、他人を褒めるよりけなすことの方を好むものだ。にもかかわらず、島田のことは悪く言っていない。
さらに、島田が施設の職員である石川誠を殺害した動機は……石川が、施設の女の子にいたずらをしていたからだとも言っていた。いや、いたずらなどと呼んでいいものではない。
住友は、はっきり言っていた。
(石川はな、小学生の女の子をレイプするようなロリコン野郎だったんだよ)
自らの教え子である幼い少女をレイプする、正真正銘のクズ。他の者たちが見て見ぬふりをする中で、中学生の島田が話をつけようとしたのだ。挙げ句に口論になり、刺してしまった……と、言っていた。この事実を、夏帆と栞は知っているのだろうか。
今川は、かつて島田と話した時のことを思い出した。とても不器用な性格だが真っすぐな男……という印象を受けている。それは、間違いではなかったらしい。
そんな男がなぜ、あんな事件を引き起こしたのだろうか。
誰ひとり得をしないような、大それた事件を。
次に、松村広志のことを考えてみた。
一流大学を卒業後は、一流企業に就職し課長にまで昇りつめた。まぎれもないエリートサラリーマンであり、交遊関係も広い。俗に言う「リア充」なのだろう。いや、そんなレベルではない。
ところが、元カノ(セックスフレンドと呼んだ方が正確かもしれないが)の光穂由紀は、広志にも違う一面があることを教えてくれた。
(あいつはね、顔みたいに目立つ場所は絶対に殴らないんだよ。肩とか、腹とかを何度も何度も殴るの。あたしも、何度殴られたかわかりゃしない)
広志には、女性に暴力を振るう性癖があったらしい。それも、腕や腹といった目立たない部分を執拗に殴り続ける、という卑劣きわまりないものだ。エリートサラリーマンらしからぬ性癖である。もっとも、エリートに相応しい性癖は何なのか? と問われたら、今川には答えられないが。
ともかく、広志には公に出来ない一面があった。そのことを教えてくれた光穂には、大いに感謝せねばなるまい……もっとも、随分と高い代償を支払うことになったのだが。
さらに、夏帆と栞の母子についても考えてみる。
先日、白土市を散歩をしていた二人は、とても幸せそうに見えた。人間の裏側ばかり見てきた今川が、思わず表情を崩してしまうくらいに。
しかし、あの母子は……傍から見れば、紛れもなく不幸な身の上なのである。夫が、いきなり侵入して来た脱獄犯に襲われ死亡。その後、人質としてあちこち連れ回されたのだ。
さらに、彼女たちには別の一面もあった。
(男の声だったけど、お前聞いてんのか! とか、ぶっ殺すぞ! みたいな感じのさ。そんなのを、家の前を通りかかった時に二、三回聞いた覚えがあるよ)
(あの奥さん、綺麗な顔してたけど……いつも俯いて、下ばかり見て歩いてた。声をかけると、ビクッとなって顔を上げるんだよ。なんか、怯えた動物みたいな感じだったね)
上田聡子の言葉を思い出す。やはり、夏帆もまた広志から暴力を振るわれていたのであろう。さらに栞にいたっては、外出すらさせてもらえなかった。
そういえば、広志の親友を自認していた佐藤は、栞の存在は知っていた。だが、どんな娘であるかは知らなかったし、会ったこともなかった。今川の話を聞くまでは、耳が不自由であることすら知らなかったのだ。
広志は、親しい友人であるはずの佐藤にも、娘の状態を話していなかった。さらに、娘を家の中に閉じ込めていた。まるで、籠の中の鳥のように。恐らく、友人知人を家に招いたこともないのだろう。これは、何を意味するのか。
今川の頭に、ひとつの可能性が浮かび上がる。松村広志という人物は、もしかしたら……ヤンキー女の見本のような光穂に優るとも劣らないくらいのクズだったのかもしれない。
そんなクズが支配する家に……脱獄した直後、偶然に侵入した島田。家にいた広志を一瞬で殴り殺し、二人を車で連れ出した。
これは、偶然なのだろうか?
はっきり言って、この事件は……始まりから終わりまで、何もかもがおかしいのだ。そもそも、島田がどうやって松村邸に行ったのかがわからない。刑務所から松村邸までは、徒歩で行ったら十時間近くかかるだろう。もちろん迷わずに行けたとして、だ。島田が、あの辺の地理に詳しいとは思えない。
そんな中、島田は山の中を凄まじい速さで走破した。さらに、たまたまドアの鍵が開いていた松村邸に侵入する。しかも、猟銃が保管してあった家に、である。こんなことは、海岸で一粒の砂を拾うに等しい可能性ではないのか。
次に、島田は夏帆と栞を連れて車であちこち移動していた。実際、市内で三人の姿を目撃していた者もいるらしい。町の中なら、二人か逃げる隙はいくらでもあったはずだ。にもかかわらず、夏帆と栞は島田に付いて行った。自分の夫を、目の前で殺した男に。
全てが、あまりにも不自然なのだ。にもかかわらず、警察はあっさりと捜査を終わらせた。被疑者死亡という最悪の形で。
もっと、詳しく調べてみなくてはならない。
その時、また別の人物の名前を思い出した。チンピラである住友が、畏怖の念とともに語っていた男。
(施設にひとり、化け物みたいなのがいたんだ。俺は、そいつが石川を殺したんじゃねえかと思ってる)
高村獅道。
その男は、今回の件とは何の関係もない。住友の言っていたことも、全く信用できなかった。あの手の男は、とかく話を盛りたがるものだ。
にもかかわらず、妙にひっかかるものを感じた。ついでに、その高村獅道のことを知っていた人物に、いろいろ聞いてみるとしよう。他の人間が、高村という男に何を思っていたか……調べてみるのも面白い。
そんなことを思いつつ、今川は車を降りた。朝、パンひとつを食べたきり、何も口にしていない。まずは、腹ごしらえだ。彼は、目の前のコンビニへと入って行った。
・・・
佐藤孝明は、ようやく仕事を終えて会社を後にした。空には、既に月が出ている。
今日は、トラブル続きで本当に疲れた。学生アルバイトが大量に休んだせいで、とばっちりを受け残業をする羽目になった。さっさと帰って、泥のように眠りたい気分である──
「すみません、佐藤孝明さんですよね?」
不意に呼び止められ、佐藤は振り返った。
そこには、灰色の地味なスーツを着た男が立っている。年齢は四十代から五十代。身長はさほど高くないが、肩幅は広くがっちりしている。髪は、てっぺんの方からだいぶ薄くなってきており、落ち武者を連想させる。目つきは鋭く、鼻は曲がっている。
言うまでもなく、佐藤はこんな男には見覚えはない。彼は、じっと目の前の男を睨みつけた。
「どちら様でしたかねえ?」
一応は敬語を使ってはいるが、その顔には警戒心があらわになっている。
「ちょっと、お話を聞きたいのですが、よろしいですか?」
「悪いけど、今は忙しいんですよ。また今度にしてください」
そう言って、佐藤は歩き出す。何者かは知らないが、今日は疲れている。かかわりたくない。
だが、中年男は退かない。すっと動き、彼の前に立ち進路を塞ぐ。
「まあまあ、そう言わなないでくださいよ。すぐに終わりますから」
言いながら、佐藤の肩に触れる。
佐藤の表情が変わった。あまりにも馴れ馴れしい態度だ。
「おい、おっさん! いい加減にしろや!」
怒鳴ると同時に、中年男の胸を手のひらで突いた。力任せに突き飛ばし、進路から排除しようとしたのだ。
だが、男は微動だにしない。平然として、佐藤を見つめているのだ。
佐藤は唖然となる。まるで大木を殴ったかのような感触が、手のひらを通じて伝わって来たのだ。
一見すると、ただのメタボ気味のオヤジだが……この男、超人的な腕力の持ち主だ。今も相当鍛えているらしい。スーツの下は、分厚い筋肉に覆われている。
さらに、今になって気づいたが、男の耳たぶには明確な特徴があった。潰れてデコボコになっており、まるでギョーザのような形である。柔道を長年やっていた者に特有の形だ。
「あ、あんた何者だよ……」
佐藤のその問いに対し、男は余裕の表情で軽く会釈する。直後、懐から何かを取り出した。
それは、警察手帳であった。
「えっ? あなた、刑事さんだったんですか?」
怪訝な表情を浮かべる佐藤に、男は頷いた。
「どうも、私は加賀谷巧という者です。二、三お聞きしたいことがありまして……ちょっとだけ、お時間よろしいですか?」
「いったい何事ですか?」
「大丈夫ですよ。あなたが事件の容疑者と目されているわけではありません。それに、すぐ終わりますので……実は、あなたの知人についてお聞きしたいんです」
「え、ええと──」
「嫌とは言わないですよね? 今、あなたがやったことは公務執行妨害になりますよ。それを見逃してあげますから、ね」
0
お気に入りに追加
70
あなたにおすすめの小説
ザイニンタチノマツロ
板倉恭司
ミステリー
前科者、覚醒剤中毒者、路上格闘家、謎の窓際サラリーマン……社会の底辺にて蠢く四人の人生が、ある連続殺人事件をきっかけに交錯し、変化していくノワール群像劇です。犯罪に関する描写が多々ありますが、犯罪行為を推奨しているわけではありません。また、時代設定は西暦二〇〇〇年代です。
ダブルネーム
しまおか
ミステリー
有名人となった藤子の弟が謎の死を遂げ、真相を探る内に事態が急変する!
四十五歳でうつ病により会社を退職した藤子は、五十歳で純文学の新人賞を獲得し白井真琴の筆名で芥山賞まで受賞し、人生が一気に変わる。容姿や珍しい経歴もあり、世間から注目を浴びテレビ出演した際、渡部亮と名乗る男の死についてコメント。それが後に別名義を使っていた弟の雄太と知らされ、騒動に巻き込まれる。さらに本人名義の土地建物を含めた多額の遺産は全て藤子にとの遺書も発見され、いくつもの謎を残して死んだ彼の過去を探り始めた。相続を巡り兄夫婦との確執が産まれる中、かつて雄太の同僚だったと名乗る同性愛者の女性が現れ、警察は事故と処理したが殺されたのではと言い出す。さらに刑事を紹介され裏で捜査すると告げられる。そうして真相を解明しようと動き出した藤子を待っていたのは、予想をはるかに超える事態だった。登場人物のそれぞれにおける人生や、藤子自身の過去を振り返りながら謎を解き明かす、どんでん返しありのミステリー&サスペンス&ヒューマンドラマ。
さらば真友よ
板倉恭司
ミステリー
ある日、警察は野口明彦という男を逮捕する。彼の容疑は、正当な理由なくスタンガンと手錠を持ち歩いていた軽犯罪法違反だ。しかし、警察の真の狙いは別にあった。二十日間の拘留中に証拠固めと自供を狙う警察と、別件逮捕を盾に逃げ切りを狙う野口の攻防……その合間に、ひとりの少年が怪物と化すまでの半生を描いた推理作品。
※物語の半ばから、グロいシーンが出る予定です。苦手な方は注意してください。
没入劇場の悪夢:天才高校生が挑む最恐の密室殺人トリック
葉羽
ミステリー
演劇界の巨匠が仕掛ける、観客没入型の新作公演。だが、幕開け直前に主宰は地下密室で惨殺された。完璧な密室、奇妙な遺体、そして出演者たちの不可解な証言。現場に居合わせた天才高校生・神藤葉羽は、迷宮のような劇場に潜む戦慄の真実へと挑む。錯覚と現実が交錯する悪夢の舞台で、葉羽は観客を欺く究極の殺人トリックを暴けるのか? 幼馴染・望月彩由美との淡い恋心を胸に秘め、葉羽は劇場に潜む「何か」に立ち向かう。だが、それは想像を絶する恐怖の幕開けだった…。
死後の世界が科学的に証明された世界で。
智恵 理侘
ミステリー
二〇二五年九月七日。日本の研究者・橘紀之氏により、死後の世界――天国が科学的に証明された。
天国と繋がる事のできる装置――天国交信装置が発表されたのだ。その装置は世界中に広がりを見せた。
天国交信装置は天国と繋がった時点で、言葉に出来ないほどの開放感と快感を得られ、天国にいる者達との会話も可能である。亡くなった親しい友人や家族を呼ぶ者もいれば、中には過去の偉人を呼び出したり、宗教で名立たる者を呼んで話を聞いた者もいたもののいずれも彼らはその後に、自殺している。
世界中で自殺という死の連鎖が広がりつつあった。各国の政府は早々に動き出し、天国教団と名乗る団体との衝突も見られた。
この事件は天国事件と呼ばれ、その日から世界での最も多い死因は自殺となった。
そんな中、日本では特務という天国関連について担当する組織が実に早い段階で結成された。
事件から四年後、特務に所属する多比良圭介は部下と共にとある集団自殺事件の現場へと出向いた。
その現場で『heaven』という文字を発見し、天国交信装置にも同じ文字が書かれていた事から、彼は平輪市で何かが起きる気配を感じる。
すると現場の近くでは不審人物が保護されたとの報告がされる。その人物は、天国事件以降、否定される存在となった霊能力者であった。彼女曰く、集団自殺事件がこの近くで起こり、その幽霊が見えるという――
アナグラム
七海美桜
ミステリー
26歳で警視になった一条櫻子は、大阪の曽根崎警察署に新たに設立された「特別心理犯罪課」の課長として警視庁から転属してくる。彼女の目的は、関西に秘かに収監されている犯罪者「桐生蒼馬」に会う為だった。櫻子と蒼馬に隠された秘密、彼の助言により難解な事件を解決する。櫻子を助ける蒼馬の狙いとは?
※この作品はフィクションであり、登場する地名や団体や組織、全て事実とは異なる事をご理解よろしくお願いします。また、犯罪の内容がショッキングな場合があります。セルフレイティングに気を付けて下さい。
イラスト:カリカリ様
背景:由羅様(pixiv)
堕天使が夢見た未来
板倉恭司
SF
人間に対し異常なまでの嫌悪感を抱く吉良徳郁と、謎の少女サン。白土市にて起こる奇怪な連続殺人事件のさなか、運命的な出会いを果たしたふたり。一方、最強の犯罪者ペドロを追って山村伽耶と桐山譲治の最凶バカップルは白土市に潜入した。やがて、無関係だったはずの者たちの人生が交錯する──
ひとりの「女」を全身全霊で愛したふたりのアウトローが紡ぐ血みどろのラブ・サスペンス。
※この作品は、以前に書いた『舞い降りた悪魔』のリメイクです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる