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あるヤクザの秘密(2)
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翌日の夜。
人気のない荒れ地で、徳田は車を止めた。辺りを見回すが、誰もいない。どういうことだろうか。
「おいコラ、来てやったぞ。出てこいや」
言ってみたが、周囲はしんと静まりかえっている。
徳田は首を捻る。組の事務所に、徳田宛ての封筒がきていた。中身を開けると、なんと果たし状である。場所を詳細に書いた地図とともに、決着は一対一の勝負でつけたし……などと時代がかった文面だったため、ひとりで来てみたのだ。しかし、人の気配はない。もしや、知り合いがサプライズか何かを仕掛けているのか……などと思った時だった。
突然、恐ろしいまでの殺気を感じる。直後、とんでもない轟音が響き渡った。
振り返ると、車がひっくり返っている──
「お前が、トリンドル徳田か」
ひっくり返った車のそばには、緑色のスーツを着て、同じく緑色のハットを被った巨大な男が立っていた。くわえタバコで、じっとこちらを見ている。どうやら、この男がひとりで車をひっくり返したらしい──
徳田は怯みながらも、言い返した。
「そういうお前は誰だ?」
「権藤組組長、権藤薫《ゴンドウ カオル》だ。お前が、いつでも来いと言ったんじゃないのか」
その言葉を聞いた瞬間、徳田の顔から血の気が引いた──
権藤薫……身長百九十センチ、体重百六十キロ。ステゴロ(素手の喧嘩)では日本最強と言われている男だ。鍛えること、武器を使うことを良しとせず、生まれ持った天性の力のみで闘う……そんな生き様を貫く漢である。
その武勇伝たるや、凄まじ過ぎて都市伝説と同レベルの扱いを受けている。いわく、対立する外国人マフィアのアジトに単身で乗り込み、素手で三十人以上を病院送りにした。抗争の際にマシンガンで撃たれたが、その日のうちに病院を抜けだして報復した。動物園から逃げ出した五百キロの灰色熊を素手で殴り倒して気絶させ、動物園まで担いで行き引き渡した……などなど、幾多の伝説の持ち主である。
正直、徳田はでたらめだと思っていた。ちょっとした喧嘩自慢に尾鰭が付き、大袈裟に伝わっているのだろうと。だが、本人を前にして確信した。
この男は、本物の怪物だ──
「お前、ウチの人間を痛め付けてくれたらしいな。挙げ句に、いつでも来いとも言ってらしいじゃねえか。遊んでもらうぜ」
権藤は、重々しい口調で言った。徳田は、思わず顔をしかめる。
「だからなんだって言うんだよ!」
怒鳴ると同時に、殴りかかる。徳田とて、ステゴロで負けたことはない。先制攻撃で数発入れれば、勝てるはず──
どのくらい殴っただろうか。かれこれ数十発は入れた。その打撃を、権藤は避けもせずに全て顔面で受け止めた。
にもかかわらず、権藤は微動だにしてない。平然としているのた。むしろ、こちらの拳が痛いくらいである。
「次は、こっちの番だな」
ボソッと呟く声がした。次の瞬間、徳田は宙を舞う──
気がつくと、地面に倒れていた。権藤の強烈なボディアッパーを喰らったのだ。とっさに腕でガードしたものの、肋骨はへし折れている。腕も折れてしまった。凄まじいパンチ力だ。かつてトラックに跳ねられた時よりも、強烈な衝撃力である。
徳田は立ち上がろうとした。が、体が言うことを聞いてくれない。ガハッという呻き声を発し、再び崩れ落ちる。
「まだ終わりじゃねえぞ。ケジメは、きっちりとらせてもらう」
重々しい口調で言いながら、権藤は近づいて来た。このままだと殺される、と思った時だった。
突然、目の前に小さな動物の影。それも、二匹いる。
アレクとニャンゴロウだ──
「お前ら、何やってる……来るな……」
徳田は呻いたが、二匹はどく気配がない。背中の毛を逆立て、権藤を睨んでいる。
いや、アレクとニャンゴロウだけではなかった。その場に、続々と猫が集まって来ている。三毛子、ニャー丸、ジョニー、ヴァネッサたちが現れたのだ。猫たちは威嚇の声をあげながら、権藤と向き合っている。
「バカ、お前らじゃ勝てねえ……」
徳田は呻き、立ち上がろうとした。が、腕と肋骨の痛みに耐え切れず崩れ落ちる。
その間にも、次々と猫が集結する。神社に住む茶虎の茶太郎、ひときわ体の大きなニャムコ、便利屋に飼われているカゲチヨ、尾形さんちのマオニャン、工場に住むルルシー……あちこちの猫たちが集まり、徳田の周りを囲んでいる。さらには、アレクと同じ家に飼われている雑種犬のシーザーや、ミニチュアブルドックのロバーツまで来ていた。彼らは、権藤に敵意ある視線を向けている──
「お、お前ら……」
徳田の胸に、熱いものがこみあげてくる。彼は体の痛みも忘れ、立ち上がっていた。
その時。異変に気づく。権藤の様子がおかしいのだ。さっきから、ぴくりとも動かない。
どういうことだ……と首を捻り、恐る恐る近づいて見る。
直後、とんでもないことが起きる。権藤が、目の前でひざまずいたのだ。
「きゃあああ! 猫ちゅわん!」
狂ったような声で叫びながら、土下座のごとき姿勢で猫に近づいていく……身長百九十センチ、体重百六十キロのいかつい大男が、文字通りの猫撫で声を出しながら猫たちに擦り寄っているのだ。
さすがの猫たちも、ドン引きしている。無論、徳田も唖然としている。
その時、アレクがこちらをちらりと見る。どうする? と聞いているのだ。仕方なく、目で合図する。アレクとの付き合いは長い。お互い、言葉を交わさずとも会話できるのだ。
アレクは、こちらの意図をすぐに読み取った。次の瞬間、うにゃんと可愛い鳴き声を上げながら腹を見せる。軽く前足を伸ばし、権藤にじゃれついていった。
すると、権藤は巨体を震わせた。
「か、可愛いでちゅねえ!」
叫びながら、アレクの腹に顔を埋めていった──
その三日後、徳田は喫茶店にいた。折れた腕をギブスで固定させ、首から吊っている。
ボロボロになった彼の前には、権藤が座っていた。お子様ランチを食べながら、凄まじい形相で徳田を睨んでいる。
実のところ、徳田は笑いをこらえるのに必死だった。
「いいか、お前んとこの縄張りでシャブ売ってたバカは破門にした。あいつが勝手にやったことで、組は関係ねえからな。あと、これは俺なりの誠意だ。受け取れ」
お子様ランチを食べながら、権藤は分厚い封筒を差し出す。中には、札束が入っていた。
「は、はい。ありがとうございます」
徳田は頭を下げ、封筒を受けとった。途端に、権藤の手が伸び徳田のネクタイを掴む。
「これで手打ちだ。ところで明日、アレの用意は出来ているな?」
「も、もちろんです。明日は、アレクとニャンゴロウと三毛子が来ます。明後日は、ニャー丸とジョニーとヴァネッサが来ることになってます」
「そうか。で、ほっぺスリスリと肉球ふみふみはやってくれるんだな?」
「もちろんです」
徳田は震えながら頷いた。目の前の男は、猫が好きで好きでたまらないのだ。その恐ろしい外見からは、到底信じられない話だが事実なのである。もっとも、それを知っているのは徳田だけだが。
すると、権藤はニッコリ微笑んだ。
「これからは、よろしく頼む。仲良くしようや」
権藤との話が終わった後、徳田は公園のベンチに腰掛けていた。今回は、いろんな意味で疲れた。しばらく動きたくない。
ふと周りを見ると、若いカップルだらけである。地元の若者たちにとって、有名なデートスポットなのだろうか。ひとりでベンチに座っている徳田は、明らかに浮いていた。
居心地の悪さを感じ、ぷいと横を向く。すると、どこからともなく猫が現れた。黒い猫だが、アレクとは違う。毛並みが綺麗で、体つきもしなやかだ。顔つきも上品である。だが、何より異なる点は……尻尾が二本生えていることだった。
その黒猫は、恐れる様子もなくベンチに飛び乗ってきた。徳田の膝の上に、馴れ馴れしい態度で座り込む。
徳田は苦笑し、黒猫の背中を撫でる。
「何だお前、ひとり寂しい俺を慰めてくれんのか。ありがとよ」
人気のない荒れ地で、徳田は車を止めた。辺りを見回すが、誰もいない。どういうことだろうか。
「おいコラ、来てやったぞ。出てこいや」
言ってみたが、周囲はしんと静まりかえっている。
徳田は首を捻る。組の事務所に、徳田宛ての封筒がきていた。中身を開けると、なんと果たし状である。場所を詳細に書いた地図とともに、決着は一対一の勝負でつけたし……などと時代がかった文面だったため、ひとりで来てみたのだ。しかし、人の気配はない。もしや、知り合いがサプライズか何かを仕掛けているのか……などと思った時だった。
突然、恐ろしいまでの殺気を感じる。直後、とんでもない轟音が響き渡った。
振り返ると、車がひっくり返っている──
「お前が、トリンドル徳田か」
ひっくり返った車のそばには、緑色のスーツを着て、同じく緑色のハットを被った巨大な男が立っていた。くわえタバコで、じっとこちらを見ている。どうやら、この男がひとりで車をひっくり返したらしい──
徳田は怯みながらも、言い返した。
「そういうお前は誰だ?」
「権藤組組長、権藤薫《ゴンドウ カオル》だ。お前が、いつでも来いと言ったんじゃないのか」
その言葉を聞いた瞬間、徳田の顔から血の気が引いた──
権藤薫……身長百九十センチ、体重百六十キロ。ステゴロ(素手の喧嘩)では日本最強と言われている男だ。鍛えること、武器を使うことを良しとせず、生まれ持った天性の力のみで闘う……そんな生き様を貫く漢である。
その武勇伝たるや、凄まじ過ぎて都市伝説と同レベルの扱いを受けている。いわく、対立する外国人マフィアのアジトに単身で乗り込み、素手で三十人以上を病院送りにした。抗争の際にマシンガンで撃たれたが、その日のうちに病院を抜けだして報復した。動物園から逃げ出した五百キロの灰色熊を素手で殴り倒して気絶させ、動物園まで担いで行き引き渡した……などなど、幾多の伝説の持ち主である。
正直、徳田はでたらめだと思っていた。ちょっとした喧嘩自慢に尾鰭が付き、大袈裟に伝わっているのだろうと。だが、本人を前にして確信した。
この男は、本物の怪物だ──
「お前、ウチの人間を痛め付けてくれたらしいな。挙げ句に、いつでも来いとも言ってらしいじゃねえか。遊んでもらうぜ」
権藤は、重々しい口調で言った。徳田は、思わず顔をしかめる。
「だからなんだって言うんだよ!」
怒鳴ると同時に、殴りかかる。徳田とて、ステゴロで負けたことはない。先制攻撃で数発入れれば、勝てるはず──
どのくらい殴っただろうか。かれこれ数十発は入れた。その打撃を、権藤は避けもせずに全て顔面で受け止めた。
にもかかわらず、権藤は微動だにしてない。平然としているのた。むしろ、こちらの拳が痛いくらいである。
「次は、こっちの番だな」
ボソッと呟く声がした。次の瞬間、徳田は宙を舞う──
気がつくと、地面に倒れていた。権藤の強烈なボディアッパーを喰らったのだ。とっさに腕でガードしたものの、肋骨はへし折れている。腕も折れてしまった。凄まじいパンチ力だ。かつてトラックに跳ねられた時よりも、強烈な衝撃力である。
徳田は立ち上がろうとした。が、体が言うことを聞いてくれない。ガハッという呻き声を発し、再び崩れ落ちる。
「まだ終わりじゃねえぞ。ケジメは、きっちりとらせてもらう」
重々しい口調で言いながら、権藤は近づいて来た。このままだと殺される、と思った時だった。
突然、目の前に小さな動物の影。それも、二匹いる。
アレクとニャンゴロウだ──
「お前ら、何やってる……来るな……」
徳田は呻いたが、二匹はどく気配がない。背中の毛を逆立て、権藤を睨んでいる。
いや、アレクとニャンゴロウだけではなかった。その場に、続々と猫が集まって来ている。三毛子、ニャー丸、ジョニー、ヴァネッサたちが現れたのだ。猫たちは威嚇の声をあげながら、権藤と向き合っている。
「バカ、お前らじゃ勝てねえ……」
徳田は呻き、立ち上がろうとした。が、腕と肋骨の痛みに耐え切れず崩れ落ちる。
その間にも、次々と猫が集結する。神社に住む茶虎の茶太郎、ひときわ体の大きなニャムコ、便利屋に飼われているカゲチヨ、尾形さんちのマオニャン、工場に住むルルシー……あちこちの猫たちが集まり、徳田の周りを囲んでいる。さらには、アレクと同じ家に飼われている雑種犬のシーザーや、ミニチュアブルドックのロバーツまで来ていた。彼らは、権藤に敵意ある視線を向けている──
「お、お前ら……」
徳田の胸に、熱いものがこみあげてくる。彼は体の痛みも忘れ、立ち上がっていた。
その時。異変に気づく。権藤の様子がおかしいのだ。さっきから、ぴくりとも動かない。
どういうことだ……と首を捻り、恐る恐る近づいて見る。
直後、とんでもないことが起きる。権藤が、目の前でひざまずいたのだ。
「きゃあああ! 猫ちゅわん!」
狂ったような声で叫びながら、土下座のごとき姿勢で猫に近づいていく……身長百九十センチ、体重百六十キロのいかつい大男が、文字通りの猫撫で声を出しながら猫たちに擦り寄っているのだ。
さすがの猫たちも、ドン引きしている。無論、徳田も唖然としている。
その時、アレクがこちらをちらりと見る。どうする? と聞いているのだ。仕方なく、目で合図する。アレクとの付き合いは長い。お互い、言葉を交わさずとも会話できるのだ。
アレクは、こちらの意図をすぐに読み取った。次の瞬間、うにゃんと可愛い鳴き声を上げながら腹を見せる。軽く前足を伸ばし、権藤にじゃれついていった。
すると、権藤は巨体を震わせた。
「か、可愛いでちゅねえ!」
叫びながら、アレクの腹に顔を埋めていった──
その三日後、徳田は喫茶店にいた。折れた腕をギブスで固定させ、首から吊っている。
ボロボロになった彼の前には、権藤が座っていた。お子様ランチを食べながら、凄まじい形相で徳田を睨んでいる。
実のところ、徳田は笑いをこらえるのに必死だった。
「いいか、お前んとこの縄張りでシャブ売ってたバカは破門にした。あいつが勝手にやったことで、組は関係ねえからな。あと、これは俺なりの誠意だ。受け取れ」
お子様ランチを食べながら、権藤は分厚い封筒を差し出す。中には、札束が入っていた。
「は、はい。ありがとうございます」
徳田は頭を下げ、封筒を受けとった。途端に、権藤の手が伸び徳田のネクタイを掴む。
「これで手打ちだ。ところで明日、アレの用意は出来ているな?」
「も、もちろんです。明日は、アレクとニャンゴロウと三毛子が来ます。明後日は、ニャー丸とジョニーとヴァネッサが来ることになってます」
「そうか。で、ほっぺスリスリと肉球ふみふみはやってくれるんだな?」
「もちろんです」
徳田は震えながら頷いた。目の前の男は、猫が好きで好きでたまらないのだ。その恐ろしい外見からは、到底信じられない話だが事実なのである。もっとも、それを知っているのは徳田だけだが。
すると、権藤はニッコリ微笑んだ。
「これからは、よろしく頼む。仲良くしようや」
権藤との話が終わった後、徳田は公園のベンチに腰掛けていた。今回は、いろんな意味で疲れた。しばらく動きたくない。
ふと周りを見ると、若いカップルだらけである。地元の若者たちにとって、有名なデートスポットなのだろうか。ひとりでベンチに座っている徳田は、明らかに浮いていた。
居心地の悪さを感じ、ぷいと横を向く。すると、どこからともなく猫が現れた。黒い猫だが、アレクとは違う。毛並みが綺麗で、体つきもしなやかだ。顔つきも上品である。だが、何より異なる点は……尻尾が二本生えていることだった。
その黒猫は、恐れる様子もなくベンチに飛び乗ってきた。徳田の膝の上に、馴れ馴れしい態度で座り込む。
徳田は苦笑し、黒猫の背中を撫でる。
「何だお前、ひとり寂しい俺を慰めてくれんのか。ありがとよ」
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