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あるヤクザの秘密(1)
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「おいコラ、てめえはどこのチンピラだ? 誰に断って、ウチのシマでシャブ売ってんだあ? なんとか言ってみろ」
金髪にスカジャン姿の若者の襟首を掴んでいるのは、これまた金髪の若者だ。ただし、スカジャンの若者と違い天然の金色なのである。肌は白く、顔は端正で欧米人のように彫りが深い。着ているスーツには、スカジャンの返り血が付いている。
スカジャン男は、既にボコボコの顔だ。鼻血を流しながらも、ニヤリと笑ってみせる。
「てめえ、俺にこんなことしてただで済むと思ってんのか……ウチの組長はな、必ずてめえを殺すぞ。イキってられんのも今だけだ」
「はあ? 組長だあ? 上等だよ。俺はな、福井組の徳田だ。その組長さんとやらに、いつでも来いって言っとけや。どうせ、どっかのチンピラに毛の生えたようなガキだろうが」
言うと同時に、徳田はスカジャンを殴り倒した。見た目や態度からして、ヤクザにもなれない半端者のチンピラだろう。こんな奴を叩きのめしたからといって、組長なる人物が出てくるはずがない。
「いいか、ウチの組はシャブ禁止なんだよ。今度、このあたりで見かけたら殺すぞ。リベンジしたいなら、いつでも来いや。相手になってやる」
トリンドル徳田は、ヤクザである。
名前を見ればわかる通り、アメリカ人の父と日本人の母との間に生まれたハーフだ。もっとも、両親は彼が幼い頃に亡くなっている。アメリカを旅行中に、銃の乱射事件に巻き込まれてしまったのだ。
その後、彼は祖父に当たる福井組組長の福井光徳に引き取られ、高校卒業と同時にヤクザとしての道を歩み始める。
徳田は、ヤクザの世界でたちまち頭角を現した。喧嘩は負け無し、商売に関しても抜群の才覚を持っている。危険に対する勘も鋭い。今では、二十五歳という若さでありながら福井組でナンバー1の稼ぎ頭となっている。若い組員からの人望も厚い。
もっとも、彼は犯罪に類するシノギには手を出さない。むしろ、まっとうな商売の方で儲けている。しかし、福井組の縄張りを荒らす者には、容赦なく暴力で報復する。
その後、徳田は車に乗りあちこちの店を回った。こまごまとした用事を片付け、自宅へ帰った頃には午後十時になっていた。
徳田は、今も組長である福井と一緒に暮らしている。福井は昔気質のヤクザであるが、家はこじんまりしたものだ。昭和のアニメに出てきそうな、二階建ての一軒家である。二階の一室が、彼の部屋なのだ。いつもなら、帰ると同時に祖父に挨拶するが、午後十時ともなると眠っている。大半の老人の例に洩れず、福井は夜の八時に寝て朝五時に起きるような男なのだ。
そんなわけで、徳田は真っすぐ自室に向かった。部屋に入りスーツを脱ぎ、ジャージに着替えた時である。
突然、二階の窓ガラスを叩く音がした。何者であるかはわかってる。人間なら、用があるからといってわざわざ二階によじ登って来たりはしない。
窓を開けると、そこには一匹の三毛猫がいる。
「なんだよ三毛子、今日はいろいろあって疲れてるんだ。お前と遊んでる暇はないんだよ」
猫に向かい、面倒くさそうに言った。すると三毛子は、にゃあと鳴く。
徳田の顔が歪む。くるりと背中を向けた。
「んなこと知らねえよ。猫の世界の揉め事は、猫同士で解決してくれ。なんで人間の俺が首突っ込まなきゃならねえんだよ」
言った途端、三毛子が背中に飛びついて来た。ジャージのフードに爪を引っかけ、にゃあにゃあ鳴いてくる。
徳田は溜息を吐いた。どうやら、離してくれそうもない。
「わかったわかった。今行くから、ちょっと待ってろ」
徳田には、誰も知らない秘密がある。動物と、意思の疎通が可能なのだ。
初めは、気のせいだと思っていた。動物の語る言葉が理解できるなど、あるはずがない。彼は、それを人の言葉だと思っていた。遠くで話している人間の言葉が、様々な音に混じって聞こえて来るのだろうと解釈していた。
だが、ある日を境に変わる。
両親が死んだ日、彼はひとり泣いていた。その時、目の前に白い猫が現れる。猫は、こう言った。
(人間の子供が泣いているのか)
ひとり言のようだった。以前なら、気のせいだと思っていただろう。だが、今は違っていた。猫でもいいから、話し相手が欲しかった。
「パパとママが、死んじゃったんだって……」
猫に語りかけると、彼は足を止めた。
(おや、珍しい。我らと会話できる人間が、まだ残っていたのだな)
その時、徳田は自身の秘められた能力に気づく。白猫とじっくり話すことにより、ボロボロになっていた心が癒されるのを感じていた──
やがて、彼は様々な動物と会話をするようになる。付近の動物たちの間で、徳田は有名人になってしまった。
時おり、徳田の家に動物が訪問することもある。ほとんどの場合、彼らは手に余る厄介事を解決してもらうためにやって来るのだ。
彼がまっとうな商売で儲けられるのも、動物たちの情報をうまく活用しているからである。したがって、動物たちからの頼みを無視する訳にもいかないのだ。
そして今、徳田は夜の公園にいる。彼の前には、数匹の猫がいた。皆、殺気立った様子で睨み合っている。まさに一触即発の雰囲気だ。
「つまり、アレクの縄張りにニャー丸組のジョニーとヴァネッサが入り込んで、ニャンゴロウにぶちのめされた。だからニャー丸は怒ってる……これで、間違いないな?」
徳田の言葉に、大柄なキジトラ猫がにゃあと鳴いて答える。すると、大きな黒い猫がウウウと唸り声をあげた。威嚇の声だ。キジトラと黒猫は睨み合い、唸り声をあげる。
「やめねえか、お前ら」
徳田の声で、両者は渋々ながらも引き下がる。
このキジトラはニャー丸、黒い猫はアレクだ。どちらも、群れを仕切るボスである。アレクの群れとニャー丸の群れは対立関係にあり、小競り合いの絶えない状態だ。今回もまたトラブルになっており、アレクの愛人いや愛猫である三毛子が、顔役の徳田に間に入ってくれるよう頼みに来たのである。
「まず、アレクの縄張りを荒らしたのはジョニーとヴァネッサだ。それは、ニャー丸組の方が悪い。しかし、ニャンゴロウもやりすぎだ。という訳で、喧嘩両成敗。これでどうだ?」
言った途端、アレクとニャー丸の双方が不満そうな声をあげる。徳田は、渋い表情で背負っていたリュックを降ろす。
中から、モンペチゴールドの缶を取り出した。猫専用の、超高級なウエットフードの缶詰だ。見た途端、アレクもニャー丸もぴたりと黙り込む。
「頼むから、俺の顔を立ててくれ。今回の件は、このモンペチゴールドで手打ちだ。いいな」
言いながら缶詰を開け、持ってきた大皿の上に中身を移す。すると、その場にいた猫たちは食べ始めた。
対立する猫同士が、頭を並べてモンペチゴールドに舌鼓を打つ姿は微笑ましい。そんな姿を、徳田は優しい表情で見ている。
やがて食べ終えると、ニャー丸は無言のままさっさと消えた。彼の子分であるジョージとヴァネッサも、礼を言わず消える。
アレクはといえば、こちらを見上げ、にゃあと鳴いた後に去って行った。アレクの子分であるニャンゴロウも、にゃあと鳴いて帰って行った。
ひとり残された徳田は、苦笑しつつ空き缶と大皿をビニール袋に入れて、リュックへと戻した。
「礼は言わないぞ、って……本当に意地っ張りな奴らだなあ」
金髪にスカジャン姿の若者の襟首を掴んでいるのは、これまた金髪の若者だ。ただし、スカジャンの若者と違い天然の金色なのである。肌は白く、顔は端正で欧米人のように彫りが深い。着ているスーツには、スカジャンの返り血が付いている。
スカジャン男は、既にボコボコの顔だ。鼻血を流しながらも、ニヤリと笑ってみせる。
「てめえ、俺にこんなことしてただで済むと思ってんのか……ウチの組長はな、必ずてめえを殺すぞ。イキってられんのも今だけだ」
「はあ? 組長だあ? 上等だよ。俺はな、福井組の徳田だ。その組長さんとやらに、いつでも来いって言っとけや。どうせ、どっかのチンピラに毛の生えたようなガキだろうが」
言うと同時に、徳田はスカジャンを殴り倒した。見た目や態度からして、ヤクザにもなれない半端者のチンピラだろう。こんな奴を叩きのめしたからといって、組長なる人物が出てくるはずがない。
「いいか、ウチの組はシャブ禁止なんだよ。今度、このあたりで見かけたら殺すぞ。リベンジしたいなら、いつでも来いや。相手になってやる」
トリンドル徳田は、ヤクザである。
名前を見ればわかる通り、アメリカ人の父と日本人の母との間に生まれたハーフだ。もっとも、両親は彼が幼い頃に亡くなっている。アメリカを旅行中に、銃の乱射事件に巻き込まれてしまったのだ。
その後、彼は祖父に当たる福井組組長の福井光徳に引き取られ、高校卒業と同時にヤクザとしての道を歩み始める。
徳田は、ヤクザの世界でたちまち頭角を現した。喧嘩は負け無し、商売に関しても抜群の才覚を持っている。危険に対する勘も鋭い。今では、二十五歳という若さでありながら福井組でナンバー1の稼ぎ頭となっている。若い組員からの人望も厚い。
もっとも、彼は犯罪に類するシノギには手を出さない。むしろ、まっとうな商売の方で儲けている。しかし、福井組の縄張りを荒らす者には、容赦なく暴力で報復する。
その後、徳田は車に乗りあちこちの店を回った。こまごまとした用事を片付け、自宅へ帰った頃には午後十時になっていた。
徳田は、今も組長である福井と一緒に暮らしている。福井は昔気質のヤクザであるが、家はこじんまりしたものだ。昭和のアニメに出てきそうな、二階建ての一軒家である。二階の一室が、彼の部屋なのだ。いつもなら、帰ると同時に祖父に挨拶するが、午後十時ともなると眠っている。大半の老人の例に洩れず、福井は夜の八時に寝て朝五時に起きるような男なのだ。
そんなわけで、徳田は真っすぐ自室に向かった。部屋に入りスーツを脱ぎ、ジャージに着替えた時である。
突然、二階の窓ガラスを叩く音がした。何者であるかはわかってる。人間なら、用があるからといってわざわざ二階によじ登って来たりはしない。
窓を開けると、そこには一匹の三毛猫がいる。
「なんだよ三毛子、今日はいろいろあって疲れてるんだ。お前と遊んでる暇はないんだよ」
猫に向かい、面倒くさそうに言った。すると三毛子は、にゃあと鳴く。
徳田の顔が歪む。くるりと背中を向けた。
「んなこと知らねえよ。猫の世界の揉め事は、猫同士で解決してくれ。なんで人間の俺が首突っ込まなきゃならねえんだよ」
言った途端、三毛子が背中に飛びついて来た。ジャージのフードに爪を引っかけ、にゃあにゃあ鳴いてくる。
徳田は溜息を吐いた。どうやら、離してくれそうもない。
「わかったわかった。今行くから、ちょっと待ってろ」
徳田には、誰も知らない秘密がある。動物と、意思の疎通が可能なのだ。
初めは、気のせいだと思っていた。動物の語る言葉が理解できるなど、あるはずがない。彼は、それを人の言葉だと思っていた。遠くで話している人間の言葉が、様々な音に混じって聞こえて来るのだろうと解釈していた。
だが、ある日を境に変わる。
両親が死んだ日、彼はひとり泣いていた。その時、目の前に白い猫が現れる。猫は、こう言った。
(人間の子供が泣いているのか)
ひとり言のようだった。以前なら、気のせいだと思っていただろう。だが、今は違っていた。猫でもいいから、話し相手が欲しかった。
「パパとママが、死んじゃったんだって……」
猫に語りかけると、彼は足を止めた。
(おや、珍しい。我らと会話できる人間が、まだ残っていたのだな)
その時、徳田は自身の秘められた能力に気づく。白猫とじっくり話すことにより、ボロボロになっていた心が癒されるのを感じていた──
やがて、彼は様々な動物と会話をするようになる。付近の動物たちの間で、徳田は有名人になってしまった。
時おり、徳田の家に動物が訪問することもある。ほとんどの場合、彼らは手に余る厄介事を解決してもらうためにやって来るのだ。
彼がまっとうな商売で儲けられるのも、動物たちの情報をうまく活用しているからである。したがって、動物たちからの頼みを無視する訳にもいかないのだ。
そして今、徳田は夜の公園にいる。彼の前には、数匹の猫がいた。皆、殺気立った様子で睨み合っている。まさに一触即発の雰囲気だ。
「つまり、アレクの縄張りにニャー丸組のジョニーとヴァネッサが入り込んで、ニャンゴロウにぶちのめされた。だからニャー丸は怒ってる……これで、間違いないな?」
徳田の言葉に、大柄なキジトラ猫がにゃあと鳴いて答える。すると、大きな黒い猫がウウウと唸り声をあげた。威嚇の声だ。キジトラと黒猫は睨み合い、唸り声をあげる。
「やめねえか、お前ら」
徳田の声で、両者は渋々ながらも引き下がる。
このキジトラはニャー丸、黒い猫はアレクだ。どちらも、群れを仕切るボスである。アレクの群れとニャー丸の群れは対立関係にあり、小競り合いの絶えない状態だ。今回もまたトラブルになっており、アレクの愛人いや愛猫である三毛子が、顔役の徳田に間に入ってくれるよう頼みに来たのである。
「まず、アレクの縄張りを荒らしたのはジョニーとヴァネッサだ。それは、ニャー丸組の方が悪い。しかし、ニャンゴロウもやりすぎだ。という訳で、喧嘩両成敗。これでどうだ?」
言った途端、アレクとニャー丸の双方が不満そうな声をあげる。徳田は、渋い表情で背負っていたリュックを降ろす。
中から、モンペチゴールドの缶を取り出した。猫専用の、超高級なウエットフードの缶詰だ。見た途端、アレクもニャー丸もぴたりと黙り込む。
「頼むから、俺の顔を立ててくれ。今回の件は、このモンペチゴールドで手打ちだ。いいな」
言いながら缶詰を開け、持ってきた大皿の上に中身を移す。すると、その場にいた猫たちは食べ始めた。
対立する猫同士が、頭を並べてモンペチゴールドに舌鼓を打つ姿は微笑ましい。そんな姿を、徳田は優しい表情で見ている。
やがて食べ終えると、ニャー丸は無言のままさっさと消えた。彼の子分であるジョージとヴァネッサも、礼を言わず消える。
アレクはといえば、こちらを見上げ、にゃあと鳴いた後に去って行った。アレクの子分であるニャンゴロウも、にゃあと鳴いて帰って行った。
ひとり残された徳田は、苦笑しつつ空き缶と大皿をビニール袋に入れて、リュックへと戻した。
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